久しぶりの調合作業
使った調理器具にクリーンをかけて、きれいにしたら、旅装からワンピースに着替えて、着ていたものと自分にクリーンをかける。
本当に魔法は便利だ。
後片付けを殆どしなくていいのは料理するハードルがかなり下がる。
火加減も生活魔法が使えれば薪でも炭でも一定のままで調整がきくし、何分後に強火とかの設定まで出来る。
火魔法と生活魔法を組み合わせれば燃料がなくても魔力を燃料にして火を維持することも可能なんだから、電化製品に囲まれていた日本より確実に便利だ。
さてと、久しぶりだけど、きちんと作らないと不味いしね。
丈夫な素材で作られたエプロンをつけたら準備んだは完了だ。
あ、忘れてた。サンダルも簡易のものに変える。
今まで履いていた編み上げのサンダルはベンチの下へと置いた。
水切りをしておいた薬草達を行程別にわけていく。
本来なら天日で乾燥させた方がいいものもあるが、ここは生活魔法の出番だ。
すりおろすもの、刻むもの、煮るもの、灰汁を抜くもの、凍らせるもの、泡立てるもの。
治癒魔法の摘出で成分だけを抜き出すもの。
混ぜ合わせて、発酵させるもの。
様々な処理をひたすらしていく。
5つの竈はフル回転で使っていく。
ふぅ、生活魔法があるとはいえ、同時進行で色々しなくちゃなのは結構疲れるな。
でも、ここの作業を疎かにすると品質が下がるから手が抜けない。
下処理を終えて、魔法をかける。
属性を間違えないようにわけたら、それで今日の作業は終わりだ。
エプロンを外して、椅子に座る。
冷たいお茶を飲むと体に染みるように広がる。
それで作業中に水分をとっていなかったことを思い出して、お茶をさらに飲む。
やっと落ち着いて、一息つけば、辺りは真っ暗で人が動く音はしない。
何時なんだろ?随分静かだけど。
外へと出てみれば、怖いくらいの星空だ。
かなり遅い時間ね。12時回ってるのかも。こんな時間まで起きてたのは久しぶり。
灯りは燃料がいる。だから基本、この世界の人達は早寝早起きだ。
それは貴族でも変わらない。
離宮のように24時間体制でお風呂に入れたり、夜中まで食事が出来たりする方がおかしいのだ。
街に入る門は夏でも7時には閉まる。冬は5時だ。
なので、夜までやってる酒場でも10時には閉まる。
宿屋も食事は大抵8時までだ。
高級な宿屋になればそれなりに融通はきくがそれでも限度がある。
日本のように指一本で火がつき、蛇口を捻ればお湯が出る世界ではないのだ。
夜通し飲むには危険な場所へ行くか、部屋で火を通さない肴と酒で我慢するしかない。
そんな世界なので、今、灯りがついているのは私が借りた家と見張りが立つ門だけ。
こんな非常事態じゃない限り、村では夜は見張りを立てたりしないので本来ならば真っ暗なはずだ。
日本ならまだまだ働いている人もいる時間のなのに、不思議。
最近はこの世界を日本と比べることも少なくなっていたのに、とちょっと苦笑する。
多分、昼間、カボと話したからだろう。
瘴気にたいする心構えや常識が全く違った。
もしかしたら、瘴気には私の知らない話もまだまだあるのかもしれない。
瘴気の怖さもよくわかってない、平和ボケをしてる私が出来ることは多分とても少ない。
魔物と戦ったこともないから、強くなってると言われても実感もわかないのだから。
いけない。出来ることを探そうとして何も出来ないと思うのはやめよう。
そうやって暗くなっても自分が気持ちがいいだけだ。
私は聖女にはなれなかった。
瘴気を払うことも減らすことも出来ないのだから地に足をつけてこの世界で生きていくしかない。
「よし、寝よう。夜更かしするから変なことを考えるのよね」
家に戻って温かなお茶を飲んでベンチの上でマントを羽織って丸くなった。
魔力をかなり使ったせいなのか、目が覚めたのは遅かった。といっても日本で言えば8時頃なのでまだまだ早いとも言える。
ただ、硬いベンチの上で寝たので体が少し痛い。
伸びをして流しで新しい水を出して顔を洗ってから、座ってお茶を飲む。
ゆっくりとお茶を飲みながら今日の予定を考えていく。
消費期限の長いものから作った方がいいよね。
今回は一番長くて3ヶ月のものしか作れない。
魔力回復薬や体力回復薬はどんなに上手くいっても1ヶ月のものしか作れないだろうし…。
順番を頭の中で組み上げて作業を始める。
作業の合間に今日は忘れずに水分をとったり、食事をしたりする。
倒れて迷惑かけるわけにはいかないし、体力も魔力も使いきるわけにはいかない。
あぁ、そういえば結界強化するの忘れてた。
自分を中心に森の入口まで結界を広げておく。
円にしか出来ないから、それがちょっと困りものだけど、クゥ達がいる牧場まできっちり覆う。
クゥも家族や友達と楽しんでるのかな。いいなぁ…。もう帰れないことはわかっていても会いたい気持ちは消えない。
岬に会いたい。会ってどうでもいい話をして笑って怒って、また笑う。
岬じゃなくてもいい。誰かとそんなことがしたい。でも、出来ない。
何度も何度も考えた。
流されれば楽なのもわかっていた。
それでも、出来なかったから今ここにいる。
考えても答えはでないことは知っているのに考えることも、思うことも止められないのだ。
いけない。また飲み込まれそうになってる。
どうやったら、私を召喚した人達を傷つけられるかを考えてる。
こんなの嫌だ。
何も考えないで集中しよう。
薬を作って、伝令が帰ってくるのを待って、約束したことをしよう。
何故、そんなことばかりを考えてしまうかを私が知るのは次の大陸に渡ってから。
瘴気の正体を未だ知らないまま、私はこの時、ひたすら足掻いていた。




