腹が減っては調合はできぬ
炊き出しをしている女性のところへ、山菜を届けると凄く喜ばれた。
少し冒険者に持ってていいかと聞くと数人は嫌な顔をしたがリーダーの女性がザルひとつ分取り分けてくれた。
「すまないね。ゴブリンが出たのは冒険者のせいじゃないのはわかってるんだけどね」
それでも色々割り切れないことはあるのだろう。
「いえ。あの、今日から借りた家にこもって薬作りをします。匂いや音でご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「村長から聞いてるよ。こっちとしても助かる。あの山でとれる薬草は今は役立たずだからねぇ」
そう山でとれる薬草は主に夜の夫婦生活に対して使われるものなのだ。
女性の痛みを和らげたり、男性の持続力を良くしたり、お互いの感度を高めたり。
そういう薬効があるものなので、珍重はされるが、村に必須かと聞かれたらそうではない。
なので村では地鳥も育てているし、畑も作っているのだ。
「でも、今回はどうしても治癒薬とかが多くなります。湿布薬とかは作りますが…」
「それだけでも充分助かるよ。慣れない環境と仕事してるからあちこち痛めてる奴らも多いからね」
どうしてもここが防衛拠点になる。
森を切り開くにしても、森の中に砦を作るにしろこの村が大切なのだ。
「あんた、食事はどうするんだい?」
「冒険者の方と食べるか自分で用意します。あ、そうだ。薬作りで薪をわけて頂いたんですが、大丈夫ですか?」
「薪くらいならね。あの家に既に運んであるよ。一応、言われた鍋とかザルとかも運んであるけど足りないものがあったらいいな。こっちが助けてもらうんだし冒険者達みたいに食べないなら食事だって大丈夫だよ」
内心どれだけ食べたんだよ!とは思ったが体が資本なので仕方がない。
「ありがとうございます。どうしてもの時には言いますね」
それだけ言って炊き出し場を離れて、冒険者達が借りている家に向かう。
「こんにちは」
挨拶して中に入るとガボが食事の支度をしていた。
「あれ?帰ってきたんだ。皆が心配してたよ」
「そうみたいですね。ご心配おかけてしてすいません。これ、今日、薬草採りがてら採取した山菜です」
え!もらっていいの!とカボが言う。
「村の人には先に渡しました。皆さんに持ってくと伝えてありますし、大丈夫だと思いますけど…」
「なら、遠慮なく。村の人達もさ、一応、野菜とか届けてはくれるんだけど、量もなんだけど新鮮じゃなくてさ…」
どうやら村と冒険者達の確執はそんなところにも表れているらしい。
「大変ですね」
「村人からしたら、たかがゴブリンにボロボロな冒険者だからねぇ…」
ゴブリンキングの怖さも、それによって地力が上がったゴブリンの怖さも村人はまだ実感していない。
だからこそ、森に入らず見回りしかしない冒険者達に焦れているのだろう。
「討伐隊が来れば現実が見えるんじゃないですか」
私の言葉にカボは苦笑する。
「無理だよ。村の人達は全面に出て戦う訳じゃない。というよりも、ここまでゴブリン達が来た時点でこっちの負けだから」
意味がわからなくて首をかしげる。
そんな私を見てカボは小さくため息をつく。
「そっか。マゥは戦いをしない人だったね。ゴブリンキングを倒すためにはこちらから打って出る。最前線はゴブリン達の集落近くに作る砦になるはず。ここを中継点にして物資を運ぶけど、そんな中継点にまでゴブリンが来たらこっちの負けか、かなりヤられてるってことだよ」
丁寧に解説されてやっとわかった。
見回りのゴブリン達と戦闘する程度ならともかく、ここを攻撃するときはゴブリン達はかなり本気ということだ。
なんてことに首を突っ込んだのだろう、と顔が青くなるのを感じる。
「伝令に出た奴が戻るまで、ここを守れって言われてるけど、向こうが本気でこっちを攻めてきたら、終わりだよ。その時はマゥは逃げなね。おいら達と違って、契約している訳じゃない。というか、戦えないのはわかってるから、薬を置いて逃げた方がいい」
「で、でも…」
敵わないとわかっていても、死ぬかもしれない人達を置いて逃げることに罪悪感を覚える。
「村長さんには同じことを伝えてある。本当は今すぐにでも逃げてほしいけど、どれだけ危険かわかってない村の人達を説得は出来ないって言われたからさ」
セロンとゴブリンの戦闘を見てなければ私も同じことを言ったかもしれない。
カボは焦れったそうに続ける。
「ゴブリンキングが生まれるってことは瘴気が強くなってるってことなんだよ。これからはこうやって魔物が増えるし、危険になる。おいら達には稼ぎ時でもあるけど、瘴気のせいで強さがわからなくなってるから危険度も高いんだ。国がそれぞれに対策には乗り出してるらしいけど、危険な目にあうのは末端なんだよね」
カボの言葉に、今まで全く実感のなかった瘴気というものがいきなり現実味を帯びた。
「だったら、やっぱり私がいた方が…」
「その方が少しは持ちこたえられるよ。でもね、ここにゴブリン達が本気で襲撃してきたら確実に負けるんだ。おいら達だって戦いながら逃げるよ。だからこそ、非戦闘要員には先に逃げてほしいんだ」
出来れば領主様とは契約せずにね。と続いた。
きっとこの人も何かを抱えている。
でも、触られたくはないから話さないのだろう。
そして、邪魔だとハッキリ言わないのは優しさなんだろう。
「わかりました。早いうちに逃げます。でも、今はまず薬を作ります。カボさんも無理しないで下さいね」
「マゥが皆を治してくれたから、おいら達はちゃんと休みがとれるようになったよ」
だから、大丈夫。とカボは明るく笑う。
「ところで食事どうするの?」
「それさっき村の人にも聞かれました」
クスリと笑うとカボも笑う。
「薬師で治癒師なら自分達の方に引き込んでおきたいもんね。それにおいら達の方だと量は保障できるけど味はそれなりだしなぁ…」
一度ご馳走になってみたい、と思いつつ、こちらの誘いも断る。
「薬作りながらだと食べる時間がいつになるかわからないので自分で作ります。薬作りには火が欠かせませんし、閉じ籠りますから」
「そっか。薬どのくらいで出来るの?」
「とりあえず3日ですね。その間は今朝渡した薬でしのいで下さい。酷い怪我の場合は呼んで下さい」
りょーかい。とカボは笑う。
「ゴブリン以外の魔物がちょこちょこ来るから戦闘しないわけにもいかないしね」
ため息をつくカボに6人でこの村を守っているという難しさを感じる。村人とも上手くいっているとは言い難い今の状況でカボ達が怪我をするのは色々と問題だし、何より外で放牧されているクゥ達が心配だ。
薬を作ってる間だけ結界を強めておこう。
そうすれば、怪我人を治すことなく薬作りに専念出来る。
そのあと、少しカボと話をして果物を渡すと、割り当てられた家へと向かう前にクゥのところへと顔を出す。
放牧されているところへ顔を出すとクゥはすぐに気付いて走ってきてくれた。
それが嬉しくて果物を渡すと、クゥは喜んで食べる。
「しばらくこの村に滞在することにしたの。薬を作るから顔見せられないこともあると思うけど、伝令さんが帰ってきたら出発するからクゥもそのつもりでいてね」
どこまで伝わるかわからなくても説明はしっかりとしておこうと思った。
クゥは何度か頷くと、頭を下げて仲間達の元へと戻っていく。
本当にクゥは頭がいいな。ずっと一緒に旅出来たらよかったけど…。
クゥを見送って、借りた家へと向かう。
元々、薬師の家だったその家は調合用の広い台所と大きな棚のある部屋の奥に小さな寝室があるだけのこじんまりとした家だ。
玄関をあけるとすぐに大きな台所で、玄関の近くにテーブルと椅子。それにベンチがある。
これはベッドとしても使えるらしい。
その奥に竈が5つあり、流し台も3つある。
大きな調理台が真ん中にあった。
棚は天井まであるが、今は殆ど空っぽだ。
大鍋やすり鉢。調合に使う道具は揃っていた。
多分、炊き出しをやっていた人が運んでくれたんだろう。
奥に小さな扉。
こちらは寝室。
ベッドと作り付けのクローゼット。
ベッドには布団もなにもない。
部屋はどちらも掃除されていなくて埃っぽい。
玄関と窓を開けっ放しにして、生活魔法でまずは掃除をする。
マントを脱いで、鞄と一緒にベンチの上に置く。
それから薬草を出して、選別して洗っておく。
それだけで大きな調理台がいっぱいになったので、玄関横にあるテーブルで食事の支度をする。
片手で食べられて楽なもの…。やっぱりサンドイッチとトルティーヤとおむすびよねぇ。
米を取りだし洗って、浸水させておいて、その間に小麦粉を卵と牛乳で溶いて、混ぜてタネを作る。こちらも少し時間を置いておく。
次は具の準備、野菜を切って、パンも食べやすいサイズに切っておく。肉や魚も塩を振ったり、タレにつけたりと下処理をした。
竈に火を入れて、ひとつは米をいれた鍋をおく。
隣の竈ではダッチオーブンにジャガイモと玉ねぎを敷き詰めて下味をつけた固まり肉を入れてセットする。
もうひとつにはフライパン。油を引いてタネを薄く伸ばして何枚も焼いた。
焼き終わると次は肉と魚だ。
塩を振った魚に小麦粉をつけてバターで焼く。
ついつい焼き目を気にして触りたくなるけど我慢してジックリ火を通せば出来上がりだ。
それを皿に開けたら、フライパンを洗って次は野菜と一緒にタレにつけた肉を強火で炒める。
これで、具は完成したので、竈に網を置いてパンに焼き目をつけたら薄くバターを塗って野菜と肉を挟んでいく。
その作業の合間にご飯が炊けたので竈から外して蒸しておく。
次はトルティーヤだ。
こちらのメインは魚。
野菜を置いて、作り置きしてあったマヨネーズを塗って魚を置いてクレープみたいにクルクルと巻く。
それが終わったら、今度はおむすびだ。
蓋を開けると炊きたてのご飯の香り。
うーん、いい匂い。
このまま食べたくなる。
そこをグッと我慢して塩をつけて握っていく。
一膳分だけご飯を残したら、ダッチオーブンをテーブルへと持ってきて開ける。
蒸し焼きになったお肉とその肉汁で蒸された野菜達。
これだけでご馳走だ。
肉を出して切り分けて、とりあえずは晩御飯。
そろそろ辺りは暗くなってきていて、セロン達も村の人も食事をしている頃だろう。
「いただきます」
手を合わせて、まずはご飯を一口。
最近食べてなかったけれど、白米特有の甘味が舌に気持ちがいい。
やっぱり日本人は米だよね。
塩胡椒にハーブで味付けした肉と野菜達はホクホクのトロトロだ。
作り置きしたものや、街で買ったものばかり食べてたから、こうやって自分で作ったものを食べるのは久しぶり。
手間は大してかけてないけど誰の目も気にせず食べる温かな食事はそれだけで気持ちが弛む。
クゥとの旅は楽しいけど、のんびり食事をすることはない。
一緒にいたいから屋根のあるところに泊まることも少ない。
それに不満はないけれど、移動ばかりの生活をしていれば疲れも溜まる。
お腹いっぱい食べて息をつく。
この生活を望んだのは自分だ。
まだ、監視期間の半分も過ぎてない。
何年かは…否、一生さすらうかもしれないのだ。
いけない。ここで落ち込んでもなんにもならない。
立ち上がってお湯を沸かしてお茶をいれる。
温かいお茶を飲んで気合いを入れて、沢山お茶をいれた。
生活魔法で冷やして、温かいものと冷たいものを作って保存の魔法をかけた。
作った料理にも保存の魔法をかけて、並べて布をかける。
これで数日分の食事は大丈夫。
よし、作業に入りますか!




