薬草摘み
話し合いの結果、伝令が帰ってくるまでは村に留まることになったので、クゥを牧場へと連れていく。
そこには沢山の地鳥がいて、クゥはその中へと弾むように走っていった。
世話は村の人達がしてくれるというし、地鳥は脚力があるので多少なら戦える。
なので、下手に私と一緒にいるよりここにいた方がクゥは安全だろう。
セロンから村長にも紹介されて、村にある薬草や設備を見せてもらう。
その時に薬師であることも話して、メダルを見せて信用してもらった。
私は戦えないこと、伝令が帰ってくるまでの一時的な滞在であることをセロン達が話す。
薬を作ることに許可をもらい、調合道具と家を一軒借りる。
薬作りをすることにしたのだが、材料が少し足りない。
森に入るといえば、止められたので、治癒魔法の方の軽量化と体力増強魔法を併用して、屋根の上に飛び乗ってみせた上で、追いかけっこをして捕まらないことを証明して納得してもらう。
教えて!と言われたが軽量化と体力増強魔法をかけてその感覚に慣れるだけのことなので教えようもない。
それに攻撃は軽くなる。
なのでセロンのような盾になる人だと攻撃されたときに吹っ飛ぶし、押し負ける。
手数で押し切る軽戦士や魔法剣士、魔法使いや弓使いとは相性がいいかもしれないが、それだけだ。
ゲリラ戦をしたり、逃げるだけなら、役には立つけれど実際の戦いで役に立つかは未知数の技だ。
「とまぁこんな感じで逃げるだけならそう滅多に捕まりません。なので護衛はいらないです。森の深くには入らないと約束します」
実際に誰もついてこれなかったので仕方なく黙っていた。
それに村の防衛もある。
壕を作ったり、塀を立てたり、罠をはったり、やらなくてはならないことも沢山あるのだ。
「本当に平気か?」
「平気です。薬草を自力で取りに行くために覚えたことですから」
実際には遠距離から飛んでくる弓や魔法に対する対抗策として教わったことだ。
近接攻撃が出来ないからといってボーッと立っていればそれはそれで的になる。
なので逃げるための技として教わった。
あとは剣術と護身術とナイフ投げを教わってはいるのだが、剣術と護身術はほぼ型をなぞるだけ。つまり体力増強のためであって戦うためではない。
なので、実際に戦うとなったらナイフ投げと魔法になるのだが、基本、相手が逃げるか、こちらを無視するために戦いになることはほぼないのである。
それでも何度も念を押され、段々嫌になってきた頃にやっと解放された。
村の人達から薬草がある場所を聞き出して、森へ向かう。
入る前に探知魔法をかけると、ゴブリンや魔物は近くにはいなかった。
ふむ、動物は普通にいるのね。
ゴブリン達が増えたっていってたからもっと乱獲されてるのかと思ってたけど…。
乱獲したら自分達が餓えるとわかっていて調整しているのだとしたらゴブリンキングは恐ろしい存在になるんだけど…。
ここで考えていてもそれはわからないので、結界を強めてから、森に入って、バランスを崩さない限界値まで薬草や山菜を採っていく。
根こそぎとれれば、薬の数も増やせるけど、そうしたらこの森の生態系を崩してしまう。
ゴブリンに蹂躙されれば生態系も何もないのだけど、勝てることを前提に準備するしかない。
食べられそうなものは片っ端から採って収納していく。
狩りもしようと思えば出来なくはないが、投げナイフだけでも使えるとわかれば戦闘参加になるかもしれないので避ける。
明日からは暫く薬作りがメインになるので、お昼もとらずに採取をして、村に戻ったのは日が傾く頃だ。
村の柵が見えて気を抜く。ここまで戻れば大丈夫だ。
とりあえず早めの夕食食べて、そのあとに薬草の処理かな?
体力が切れる前に処理して、寝た方が効率的かしら?
そんなことを考えつつ歩いていると、セロンが慌ててこちらにやってきた。
「マゥ!」
「あ、セロンさん。ただいまです」
「帰りが遅いから捜索隊を出そうかって話をしてたんだ!」
「あれ?私、日が落ちるまでに帰るって言ってませんでしたっけ?」
「言ってたが…。薬草摘みならそこまで遅くなることないと思っていたからな」
セロンの感覚は間違いではないが、冒険者として駆け出しの頃にやったことのある薬草採取を基準に話をしているのでかなりズレている。
「山菜も採ってきましたし、薬草もこの森豊富なんで、もっと採る気になれば遅くなりますよ」
「そうなのか?」
「ええ、片手間にやるなら違いますけど、何度も森に入るのは危ないのはわかってますから、限界値まで採ってきましたし」
「荷物持つぞ」
「縮小化に軽量化に保存の魔法かけてるので大丈夫です」
全部生活魔法だがセロン達だと山菜や薬草には使ったりはしないので不思議な顔になる。
「入れ物にいれて、それにかければ中に入れたもの全てが魔法にかかるんですよ」
「そうなのか。俺達は札を使ってばかりだからあんまり詳しくなくてな」
少し恥ずかしそうにセロンは言う。
縮小化や軽量化、保存の魔法は札として売られていて冒険者には必需品なのだという。
「生活魔法は地味ですから。でも上級まで使えるようになるとかなり便利ですよ」
「マゥを見てると便利さがわかる気がするよ」
便利だとわかっても覚えないだろうなぁ、ということはなんとなくわかる。
セロンのような盾になる戦士には役に立つ魔法が少ないからだ。
「山菜もかなり採ってきたんですが、村の人に渡した方がいいですか?」
セロンは腕を組んで考える素振りをみせる。
「生の野菜は俺達も欲しいがそうした方がいいだろうなぁ」
「1食分くらいならきっとくれると思いますけどね」
食料事情が厳しいので、村では炊き出しのように1ヶ所で作ってそれを配っている形だ。
薪などの燃料のこともあり最初はセロン達も一緒に煮炊きをしていたが、冒険者は体が資本。
つまり、よく食べる。
そのせいで微妙な空気になり、今では別に煮炊きをしているそうだ。
「マゥはどうする?」
「とりあえずは薬草の処理をして夕食ですね」
「俺らと食べるか?」
「処理の状況によります。目が離せないこともあるので…」
「そうか。何か手伝えることや出来ることはあるか」
「今のところないです。あ、どんな薬が欲しいかは決まりました?」
一応、作れそうな薬のリストを出して、優先順位を決めてもらっている。
これはセロン達だけでなく、村の方にも同じことを頼んでいた。
「ああ、決まったぞ。しかし、マゥは凄いな。魔力回復や体力回復もだけど、治癒薬もかなりのものが作れるんだな」
実際にはリストに載ってない薬も作れるがセロン達に使った治癒魔法と同程度に抑えてある。
「魔法を混ぜなから作るんで1から作るよりは簡単なんですよ」
これは事実だ。だから治癒魔法が使える方が楽に薬は作れる。
治癒魔法を使わなくても薬を作ることは出来るが、その分作るのが難しかったり、多くの薬草が必要になったりする。
「なるほど。だから初級の治癒魔法が使える薬師が多いのか」
「生活魔法の乾燥とか発酵とかも薬作りには役に立つんです。でも、魔法を使わない方が薬効が高かったり消費期限が長かったりするんですけどね」
薬は長いもので2年持つ。それ以上は薬効を保証できないとしている。
短いものだと10日というものがあるが、これは基本劇薬の類いになる。
魔力回復薬、体力回復薬、治癒薬はよく効くものほど消費期限は短い。
なので戦場に薬師を連れていくことは常識でもある。
「今回は私1人で作りますし、いつ襲われるかもわかりませんから消費期限は短めになっても数を作るつもりなんですがそれでいいですか?」
「俺らには文句はない。あんたがいなかったら俺は生きてここにはいない可能性が高いし、生きていたとしても俺は戦力にはならなかっただろうしな」
村には初級の治癒薬しかなかったし、セロン達が持っていた薬も尽きていた。
しかも治癒を担当する伝令もいなかったのだ。村にとってもお荷物になっていただろう。
「あと軽量化と体力増強って薬でも出来るのか?」
「出来ますよ。体力増強の方は使ったことありませんか?」
「俺はあんまりねぇなぁ」
体力増強薬には副作用がある。効果時間が切れたあとに脱力感と倦怠感が増すのだ。
それが戦闘中に起これば、盾役として役目を果たすことが出来なくなるのでセロンは使ったことがほぼないのである。
「軽量化に関しては札を自分に使えばいいことですし、体力増強薬のデメリットは効果時間が切れる前に体力回復薬を飲んでおけば多少は緩和されますよ。ただ…」
「ん?なんだ?」
そこで言葉を切った私にセロンは不思議そうに聞く。
「私は戦わないのでよくわかりませんが、薬に頼った戦い方はよくないと戦士の方から聞いたことがあります。本当の自分の実力を見誤るから多用は避けた方がいいと…」
なるほど。とセロンは頷く。
「その人は本物の戦士なんだろうな。みんな、安易に強くなりたがる。そして、その方法があれば使いたがる。そして、過信する。その過信が自分の命を落とすだけならいいが、仲間の命や依頼人の命を脅かすこともあるんだ。それを皆、知らない。知るのは死の直前。その時に後悔しても遅いんだよ」
何か過去があるのだろう。セロンの声は重く暗い。
日本にいた頃もこちらに来てからも本当の意味で死ぬと思ったことはない。
それでも魔法や薬が危険なことはわかる。
「…その言葉、私は本当の意味では理解できてないと思います。それでも、今は薬を作ります」
「手段があるとわかっていて、使わないのはもっとバカだからな。ま、でも、軽量化と体力増強を多用はするなよ」
「しません。魔法が切れたときに、ものすごく体が重くて太ったような気分になるから嫌なんです」
セロンからしたら斜め上過ぎた回答に思わず固まる。
それから吹き出した。
あまりの勢いで笑い出したセロンに驚いた私もそこで止まる。
「あ、やべ。腹筋つりそう」
小さな声でそう言ったセロンを不思議そうに見ていると背中を思いっきり叩かれた。
「いいな!そういう理由は平和でいい!あんたはそのままでいてくれ」
また笑い出すセロンに私は今度は不機嫌になるのだった。