聖女の歌
飛ぶようにクゥが走る。
好きなように走れるのが嬉しいのだろう。クゥの調子は絶好調だ。
夜明け前に走り出して午前中に1度、お昼、午後に1度休憩をとり、宵闇になるまで走るのが定番になってきた。
クゥは朝と夜にガッツリ食べるが、それ以外は水と果物を少し。
そんな生活をして7日目。
昼過ぎに大きな街が見えてきた。
収納魔法の中にはまだまだ食料には余裕があるが、表向きはそろそろ補充が必要なので今夜はその街に泊まることにする。
地図を広げてみれば、脚屋もあった。
「クゥ、今夜は別々ね。脚屋さんで寝て。明日、また出発しましょう」
わかった。というようにクゥは鳴いてからいつもとは違いのんびりと歩き出す。
どうやら、少しでも離れる時間を少なくしようとしてくれているみたいだ。
「クゥも寂しいと思ってくれてるの?」
その言葉に返事はなかったが、ポンポンと羽が足を叩く。
7日で大分意思の疎通も楽になっていた。
「何か美味しそうな果物を仕入れてくるから待っててね」
仕方ないわね、というようにクゥは鳴いてから街へ向かって走り出した。
クゥを脚屋に預けて明日出発する旨と保存飼葉をお願いする。
まだ使ってはないがいつ使わなくてはならなくなるかわからないから多めに確保しておくことにしていた。
まずは市が立ってるであろう広場に向かう。
タクハからもらった籠には空のミルク缶だけが入っているので、その籠をいっぱいにするつもりで買物をしていく。
果物を多めに仕入れて堅焼きパンや粉スープが欲しくて雑貨屋を探していると鞄を広げた露店があった。
あの斜め掛け鞄はまだ使えないから何か別の鞄、買っておこう。
幾つか見てベルト調節機能があって横長な鞄に決めた。
これなら無理をすれば背中に背負うことも出来る。
鞄を買って雑貨屋と公衆浴場の場所を聞いて、まずは雑貨屋へと向かう。
その途中で見つけたパン屋でも堅焼きパンを売っていたのでそちらを買って他にも焼きたてパンを幾つか買った。
雑貨屋では粉スープと他にも幾つか買物をして、脚屋のある門に近いところの宿をとる。
今回は素泊まりで大部屋にした。
井戸の近くで調理や洗濯をしていいと聞いたので今買ったものを下拵えまでして保存魔法をかける。
籠を縮小化して、それをさっき買った鞄に入れるふりで収納魔法の中にしまう。
さて、準備は出来たからいこうかな。
向かうのは公衆浴場だ。
今日はフルコースにしようと受付で身体を洗うだけではなくマッサージも頼んでみる。
毎日、クゥにマッサージをしているが実に気持ちよさそうなのでしてみたくなったから。
治癒魔法でも代用は出来るんだけど人にしてもらうのは格別だもんね。
鍵のかかるロッカーも借りて着てきたものを脱いで入れる。
まずは身体を洗ってもらうのだけど、今回の人は当たりだった。
とっても気持ちよくて、まだお湯に入ってないのに緩む。
その後にゆっくりお湯に浸かってからマッサージだ。
気付けば眠っていた。
「お客様、終わりましたよ」
揺すられて目覚めて、それでもぼーっと気持ちよさに浸っていたくて動けない。
「よく寝てらっしゃいましたね。身体、強張ってましたから疲れてらっしゃたんですね」
クゥに乗っているだけなのでそんなに疲れているつもりはなかったが疲れていたらしい。
「すっごく気持ちよかったです。ありがとうございます」
「またどうぞ」
笑顔で送り出されて脱衣所に戻ってワンピースを着る。
どこかで食事をして帰りたいけど、どこにしよう。
休憩所に入って飲み物を飲みながら周りの話に聞き耳をたてる。
美味しいものの情報が集まるところだから、何かいいことが聞けるはず。
ボリュームがある料理、繊細な味が売りの店、夜でもやってるカフェ。
旅をしているといったら色々な店を教えてくれた。
その中で選んだのは吟遊詩人がいるお店。
「いらっしゃいませ」
「一人です」
「ステージはご覧になりますか?」
「はい」
吟遊詩人の歌を聞く場合は席料をとられるので聞かれたのだろう。
案内されたのは小さな丸テーブルの席。椅子は2つある。
「本日のメニューはステーキセットと貝のスープセット、他には…」
店員の説明を聞いてステーキセットを選んだ。
お風呂のおかげかお腹が減っていたからだ。
スープにサラダ。それに鉄板にのせられたステーキにパンが運ばれてくる。
飲み物はワインを果実水で割ったもの。
一番最初に説明があるだけあって美味しい。
これはニンニクと…なんだろう?
さっぱりした味がするのだが、正体がわからない。
でも、美味しいのでそれでいいや、と食べているとステージに長髪の男性が現れた。
椅子に座るとハープを奏ではじめる。
優しい旋律。
歌われるのはエリーゼ国の聖女の歌。
この世界を救うため命をかける聖女と、それを支える魔法使いの歌。傷付きながらも、人を救うためにひたすら耐える聖女に「もう止めてくれ」と懇願する魔法使い。
「なぜ?」と問う聖女に魔法使いが答える。
「人々を守り、国に捧げたこの身だが、心は貴方のもの。その貴方が苦しんでいるのを見ていられない。たとえこれが国や守るべき人々への裏切りとなっても私は貴方が大切だ。貴方は聖女でもあるが、私の愛する人。私には貴方はただの少女だ」と告げて、聖女でも敵わなかった敵へと一人で挑もうとする。
その姿に聖女の力が更なる段階へと至る。
魔法使いは怪我をしたがなんとか命はとりとめた。
それでも、すぐにその恋は成就はしない。
聖女が彼に怪我をさせてしまったこと、自分が異世界人であることを気にして身を引こうとしたからだ。
見舞いに来た聖女にそう告げられて魔法使いは動かない身体を無理矢理動かし、聖女を抱きしめてキスをする。
「この世界を。私を救ってくれたのは貴方だ。王や神が反対しようとも私は貴方と共にいたい」
その言葉に聖女はついに折れ、魔法使いの気持ちを受け止めるというラブストーリー。
実態を知ってると、誰?その人?と思うけれど、物語と思って聞く分には面白い。
戦いの話と恋愛の話が適度に混じっているので男女共に楽しめる。
しかし、あのヘタレがこんなにカッコよく歌われるとはねぇ…。
確かに助けている。聖女の代わりに怪我をしたのは事実だが、聖女様には自分など相応しくはないと想いを告げるのが怖くて逃げようとした男が英雄になっているのは笑いを誘う。
これ、お相手の聖女がどちらかといえば肉食系だったからまとまったのよねぇ。
ベッドで押し倒してキスをしたのは聖女の方だし、住む世界が違う私では貴方に相応しくない、と言ったのは男の方だ。
男女が逆ならそのままでもいいような話なのだが、そうじゃないのがまた笑える。
戦闘系聖女と一緒に魔物退治をする魔法使い。バランスもいいしお似合いではある。
でも、いけない。
物語として楽しむよりも現実とのギャップで吹き出しそうだ。
それを我慢しながら最後まで聞いて「先程の吟遊詩人さんに」と銀貨を1枚、店員に預けて店を出る。
娯楽の少ないこの世界では聖女はネタでしかない。
観客を楽しませるために吟遊詩人が話を作るのもよくわかるが、ともかく笑えて仕方がないのだ。
これから先は時間があったらたまには歌も聞いてみよう。
そう決めて私は足早に宿へと戻った。




