クゥを貸し切り。
脚屋に顔を出すと「早いな」と言われた。
そういえばまだ昼の鐘を聞いていない。
「すいません」と謝れば「気にするな」と笑われる。
「で、どうする?」
「クゥを借りたいです。出来れば1ヶ月」
この世界の1年は10ヶ月。1ヶ月は40日で、1週間は10日。
つまり1年は400日。半年は5ヶ月で200日になる。
「本気だってことだな。で、次はどこの国に行くんだ?」
「最終的にはエスト国ですが、あちこちで薬草を探しながらの旅なので決めてません」
ちょっと来い。と事務所に連れて行かれて地図を広げられた。
「うちの脚屋がある国境は丸で囲ってある奴だ。そこならどこの国境でも大丈夫だ。それでコースになるが…」
脚屋の説明によると、街にある脚屋で脚を次々乗り換えて走る超速脚コース。
同じ脚でずっと国境まで駆け抜ける速脚コース。
街から街までの脚コース。
1日、5日、1週間単位で場所を限定せず借脚コースがあった。
借脚コースは同じ脚屋に戻るかで料金が違う。長期になると2週間単位で割引があること、各街の脚屋で脚のケアと厩に預けられること、回数制限はあるが保存食仕様になっている飼葉が提供されることなどを聞いた。
「借脚コースのお客様には地図もつける」
この地図は地形の詳細図ではなく、日本で言えば路線図のようなものだ。
主な街道に街や村。どこに脚屋があるか書いてある。
「…紙って結構高いですよね」
「まぁな。これはそこまでいい紙じゃねぇし、乗合馬車の乗場の方が詳しい位の地図だから戦略的に価値があるわけでもない」
向こうの世界のようにネットがあるわけでも、衛星があるわけでもないので、詳細な国の地図は軍事機密でもある。
だが、完成された地図がどこかの国にあるか、と聞かれたら、幼子でも「それはない」と答える。
何故ならば、人が住んでいなくて、道もない場所など正に魔境であり、魔物も多くいるので人の生活圏が余り広くないので地図製作は遅々として進んでいないからだ。
ただ、人が住んでいるところの地図はおおざっぱなものならば大陸地図や世界地図、国の地図は冒険者ギルドや役所で売られている。
近場でいいなら乗合馬車の乗場に行けば路線図のような地図を見ることは可能だが、それは一定の範囲内だけだ。
「なによりな、地図、渡さねぇとどこが系列の脚屋だかわからねぇって苦情がくるんだよ」
「…看板見たらわかりませんか?」
脚屋には幾つか系列があり、その系列毎に看板が違う。
クゥが所属している脚屋は兎熊がマークになっている。
他にも竜や馬、地鳥など様々なマークを使った脚屋がある。
「俺もそれは思うが、わからん!という客がいるのも事実なんでな」
脚屋さんは困ったように言う。
装具や木札にもマークが入っているのに何故わからないのかがわからないけれど、そういう人達がいるのはわかるので頷いておく。
「あと、説明してないことは…と。脚の貸賃には装具代も入る。荷物がそれなりにあるようだから荷物入れのある装具にしておくよ」
そこで思い出した。
「あの、野営の時ってどうしたらいいんでしょうか?」
「あんだけ、慣れてりゃ逃げないだろうから装具類外して、やれば勝手にやるだろうさ」
聞きたいことが伝わってない。どう聞いたらいいんだろう。
「えーと…クゥ用のテントとかいります?」
「いらないな。嵐とかなら困るが…。そういう時に走る術も一応は仕込まれてるしな」
うん、違う。でも、これは私が悪い。脚を脚として使わない方法を尋ねているようなものなのだから。
「街や宿に入るとクゥと一緒にいられなくなるので借りてる間は野営を多くして一緒に寝たいなって思ってるんです」
脚屋さんは動きを止めて、こちらを見る。
その後に大きな声で笑い出した。
「な、なるほどな。ああ、あんたならクゥと一緒に寝れるだろう。多分、羽の中に入れてくれるからテントはなくて大丈夫だ」
苦しそうに笑いながらも教えてくれたことにホッとする。
脚屋さんは笑いの発作が治まると脚の世話は出来るか?と聞く。
「一応。マッサージにブラッシングと身体を洗うんですよね?」
「まぁ、そうだな。ボロの処理とかはいいだろう。外ならあまり関係ないしな。地鳥が主に食べるのは草や木の芽に木の実。草食だ。森や草原の側を走るなら飼葉もそれほどいらない。むしろ重要なのは水だ」
「あ、それは大丈夫です。生活魔法全部と水魔法使えますから」
脚屋さんが無言になった。
あれ?何かまずかったのかな?
「…あんた、本当にあいつ買わねえか?」
「え?」
「地鳥はな、水浴びが好きなんだよ。だから水が豊富にあることが、あいつらを気持ちよく飼う条件にもなるんだ」
それは知らなかった。だから砂漠では地鳥を使わないのね。
「魔法で水を出せるあんたはうってつけってわけだ。あいつもあんた気に入ってるしな」
「…一緒にいたいのは山々なんですけど」
下を向く私の頭の上で脚屋さんの手がポンっと跳ねた。
「ま、事情があるのはわかったからいい。とりあえずは手続きの話に戻すぞ。5日以上の長期の場合預け金が高くなるが、脚代はここではもらわない」
「え?」
じゃあどうやって脚を借りるのだろう。
「返す脚屋で預け金から料金を引くんだ。これだと脚代と預け金両方払わなくていいから客からの評判はいい。その代わり預け金は高くなる」
「お幾らなんですか?」
「クゥは癖はあるが速さだけなら最高ランクだから預け金は金貨100枚だ」
「え?」
余りの値段に呆然とした。
1千万。家が買える。
「払えないなら諦めるか、買取すればいい」
なるほど、買取をすすめるわけがわかった。これはかなりの金持ちか国でもないと借りられない。
「いえ…一応、払えます。脚代もそんなに高いんですか?」
払えるという言葉に今度は脚屋さんが言葉を失う。
「払…えるの…か?」
「はい。一応」
そう言ってポーチの中から財布として使ってる白金貨を取り出す。
それを見て脚屋さんが顔をしかめた。
「しまえ。簡単にそんな大金出すな。もう少し人を疑え」
結界があるからつい判断が甘くなる。
いけないな、と思いながらも素直に従っておく。
「お前まだ成人したてだろ?それで一人旅。それなのに大金なんか見せるな。カモにされるぞ」
「すいません」
本気で心配してくれているのはわかるので頭を下げて謝った。
「まぁ、いい。金の使い方は自由だ。料金の説明に戻るぞ」
クゥのレンタル代は2週間で金貨5枚。
最高ランクの中では下の方の価格である。
主な原因はクゥあまり重いものを運べないこと。
全身鎧を着た騎士が乗った場合、全力疾走が出来なくなるのでランクは最高でも安くなっているそうだ。
ただし、サイズと身軽さで崖や森の中も走れるのでランクとしては最高ランクなのだそうだ。
「一応、もしもの場合の話だが、クゥが死んだら脚屋に届け出てくれ。その場合は金貨20枚をもらってあとは返金する」
「脚代とは別にですよね?」
「いや、脚代は含んでる。なので金貨80枚が返金されると思ってくれ」
命の値段としては安い気がしなくもないが、魔物がいるこの世界では当たり前なのかもしれない。
「わかりました。これって装具やクゥ用の保存食も入ってるんですよね?」
「メンテナンス費用は全部入ってる。保存飼葉は2週間毎に5日分出る」
「今、全部持ってくことって出来ますか?」
「5日分だけならな。その後は2週間たったら系列の脚屋に寄ってくれ」
システムは大体わかったので、契約をする。
何やら小さなトランクが運ばれてきて、それを開けると白金貨を出すように言われた。
このトランクは魔道具で付属のペンで契約を書き、金貨を数えて、メダルを2枚作る。
そのメダルは1枚が脚に、もう1枚が客に渡されて契約が完了する。
「これを見せればメンテナンスと返却が出来る。保存飼葉の数もここに記録される」
なくすなよ、と念を押されてから、厩へと案内された。
クゥが嬉しそうにすり寄って来てくれるのが嬉しい。
脚屋さんが手早く装具をつけていく。
前回はなかった首から下げる鞄に鞍と一体型になった荷物入れ。
鞍に背もたれがついたような形で籠がついていて、その中に荷物を入れるスタイルだ。
馬だとこんな風にはせず左右に荷物入れが付くので、物珍しさも手伝ってしげしげと見てしまう。
「地鳥には羽があるから横に何かあると邪魔なんだよ」
確かに騎乗する時にも羽を広げてもらって乗る。走っている時には足は常に羽の内側にある。
「だから背中に籠を背負わせる。ついでに背もたれにもなってるから乗ってる方は楽だぞ」
脚屋さんはティッシュを2つ重ねたくらいのサイズの箱を持ってくきた。これが保存飼葉だそうだ。
このサイズで5日分。クゥが首から下げる鞄にちょうど収まる。
「保存飼葉は首に着ける鞄に入れておく。あんたの荷物は籠の中だな。あと鞄の中にはメンテナンス道具も入ってる」
メンテナンス道具は櫛とブラシ。これは脚によって変わるらしい。
他にもマッサージのやり方や装具の外し方を習う。
「ま、大体こんなもんだな。今日出発するのか?」
「はい」
「契約は明日からになってるから日付計算間違うなよ」
「え!」
「脚は1日単位でしか借りられねえからな」
笑う脚屋さんを見て優しい人なんだと思った。
「ありがとうございます」
「何、いいってことだ。あとこれはオマケだ」
そう言って1日分の保存飼葉もくれた。
「こいつは果物が好きだから覚えておくといい。じゃいい旅を」
そう言って脚屋さんは早く行けとばかりにクゥと私を送り出してくれた。




