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私的に素晴らしい朝ごはんとサンプル。

 ふかふかのベッドはとてもよく眠れたが身についた習性なのか夜明け頃には目が覚めた。

 せっかく用意してくれたので、水で顔を洗って旅装に着替える。マントと荷物はそのままにして窓を開けると街も起き出したのか色々な音がしていた。


 人が営みを始める音はどこか心地がいい。

 密偵にはもう追いつかれているだろうけれど、クゥとの道行を思えば、そこまで心に影を落とすことでもない。

 クゥの脚は速い。並の脚では追いつけない。だが、追跡のペンダントがあるからまくことは出来ない。それでも一時は自由になれる。追いつかれるまでは自由なのだ。

 本当は捨ててしまいたいけれど監視が強化されるよりはいいし、死んだと思わせる計画なのだからそれまでは気付かないフリで持っていた方がいい、と自分を納得させていた。


 扉がノックされる。


「どうぞ」

「おはよう。ミルク持ってきた。あとこっちは母親から」


 部屋に入ってきたタクハの缶入りのミルクと柔らかい蔦で編まれた籠を持っていた。


「え?」

「昨日の話をしたら、朝搾りのミルクをうちの分も買うからついでに買ってきたって言ってたよ。こっちの籠には果物が入ってる。この籠さ、この部分で脚用の装具に固定出来るから持って行きなって言ってた」

「…泊めてもらったのに」

「昨日の…しゃんぷーの礼だってさ。石鹸も気に入ったらしい。なんか義姉さんも兄貴も今朝は艶々してた」


 …うん、突っ込まないでおこう。見かけはともかく私は大人。なんとなく何があったかわかるけれど、突っ込むのは止めておく。


「そういえば、色々ありがとう」

「あ、うん。ああいうものは食べやすいからいいかなって思ってさ」

「あと代金は?」

「その辺りは親父から聞いて。朝食もうすぐ出来るから。食べたらすぐ出るつもりだけど大丈夫?」

「うん。これも荷物の中に入れるようにする時間だけ下さい」


 ミルクの入った缶を掲げてみせると、それくらい待つよ、と笑いながらタクハは部屋を出て行った。




 昨日の夕食もだったが朝食は素晴らしかった。

 かぼちゃのポタージュにトースト、ハムエッグにジャム。

 素朴なんだけど、ハムが凄く上等で。マナーなんて関係なくパンに載せてかぶりつきたい味。

 でも何より美味しかったのはポタージュ。茹でたかぼちゃを潰しながらミルクで伸ばして塩胡椒しただけのものなのに濃厚で甘くて、本当に美味しかった。

 あんまりにも美味しい、と言ったせいか、かぼちゃのポタージュが入った竹の水筒とあのハムで作ったホットサンドのようなサンドイッチをお弁当が出て困る。


 シャンプーとリンスの代金だといって昨日の買物のお金は払わせてもらえてないのに。

 泊めてもらったし、これ以上はもらいすぎだと思うのにタクハも家族もそれを認めてはくれない。

 しかも旅のお供に、と鉈まで渡された。ハンドル部分まで金属で、ハンドル全体は細い革紐で覆われていて持ちやすい。


「昨日、選んだナイフは片刃でしたから、こちらは両刃にしておきました。薪も割れますし、藪も払えますよ」


 ニコニコと断ることをさせない迫力でタクハの父が言う。

 絶対に引かないという気迫が見え隠れしていたので諦めて、ありがたくいただくことにした。

 丁寧にお礼を言ってタクハの家を出て、まずは靴職人さんの家へと向かう。




 革製品を作る場所はどの街でも決まっていて、そこは独特の匂いと音で満たされている。

 それは薬品であったり、革そのものの匂いであったり、様々だがあまり身体によさそうな匂いではない。


「凄い匂いね」

「革職人街に来るのは初めて?」

「ええ」


 そっか。とタクハは楽しそうに説明を始める。

 聞いてるだけでワクワクしたが、今はあまり時間がない。

 それはタクハもわかっているので足は止めずに次から次へと説明をしていく。

 気付けば奥まった路地の小さな工房についていた。


「おやっさん、お邪魔するよ」


 中から声は聞こえないがタクハはどんどん中へと入る。

 奥には頑固そうないかにも職人といった髭を生やした初老の男性が作業していた。


「おやっさん、これ、土産ね」


 タクハが昨日の教えた布を縛って作った鞄から取り出したのはお酒と染められた革。

 それを男性はジロリと見て「今度はなんの厄介ごとだ」と言う。


「嫌だなぁ。おやっさんは」


 はっはっはっ、とわざとらしく笑いながら、合図を送られたのでベルトポーチから取っ手のような器具を取り出す。

 それを男性に見せながら「おやっさんなら、これ、革で作れない?」と聞く。


「見せてみろ」


 タクハがそれを渡すと男性は色々の角度から眺めながら言った。


「すぐに作れるがコレは何するものなんだ。あとこのリングは持ってきたか?」


 よくぞ聞いてくれました!というように興奮気味にタクハが話す。

 話しながら沢山のリングを手渡すと男性はタクハの話を聞き流しながら、早速作り始めた。

 タクハはが実演してみせている間に男性はひとつ作り上げていた。


「ほらよ」

「おやっさん、ありがとう!長さも変えて作れる?」

「お安い御用だ」


 作り立ての器具をタクハが差し出してくるので具合をみる。

 流石プロだ。


「長さってもっと長くてもいいよね」

「私は背負える位の長さのが欲しいな」


 あっという間にタクハと私の分に長さの違う5種類の器具を作ってくれた。


「おやっさん!ありがとう」

「なに、いいさ。量産するにしてもこれなら半人前でもすぐに作れる。ま、量産することになったら指導はしてやるよ」

「その時はお願いします」

「おう、その時はとびっきりのやつ頼むぜ」


 そう言って男性はタクハが持ってきたお酒と革をどこかへと持っていく。


「あの…これのお代は?」

「ん?さっきの革と酒で済んでるから大丈夫」

「でも…」

「おやっさんが使ってたの切れ端だし、お金は受け取る人じゃないから」


 お酒か…。確か小さな瓶があったな。

 ベルトポーチから出すふりでたった今縮小化の魔法をかけた酒瓶を出す。


「これなら受け取ってもらえるかな?」


 目の前で縮小化をといてタクハに渡す。

 どれどれ、と覗き込んだタクハが驚いていた。


「これ、めっちゃ、高いやつだよ!どうしたの!」

「旅に出る前に餞別にもらったの」


 これは嘘だ。城にあったものなので質は悪くないと思っている。


「中々手に入らなくてプレミア付いてるお酒だよ」

「そうなんだ。じゃ喜んでもらえるかな?」

「喜ぶというか…。そうだ!」


 いいこと思いついた!というよりにタクハは手を叩いた。


「これから靴見せてもらうから、そのお代として渡したらいいと思う。この酒なら靴2足は買えるね」


 えーと…あの…取っ手のお礼なんだけど…。


 そんな私の心の声は無視され、タクハと靴職人さんの間で話が付いてしまった。

 靴の代金払います。とは今更言い出しにくい雰囲気。


「本当にサンダルでいいのかい?この酒ならもっといいものとだって交換してやるぜ」

「いえ、サンダルが好きなので」

「よっしゃ!ならとびっきりのを選んでやる」


 大変お気に召したようで、あれやこれやと出してくれる。


「オススメはこれだな。膝まで編み上げる奴と爪先を隠れる奴。これは踵もしっかりしてるから山歩きも出来る。それから、これ」


 出してくれたのは草履のように鼻緒がついたもの。

 これは踵はないが紐で足首に固定できるので歩きやすそうであった。

 履いてみろ。と言われて3足とも試して、その履き心地のよさにどうしようかと悩んでいると、3足とも持ってきな、と言われてしまった。


「え!ダメです!お金払います」

「この酒なら3足でもお釣りがくる。なによりな、俺の靴をそんなに気に入ってくれたことが嬉しいんだよ」

「…そんなにわかりやすかったですか?」

「ああ、歩き方が変わるからわかりやすい。しかもお嬢ちゃん、顔に出やすいからすぐわかったよ」


 それにな、と靴職人さんは続ける。


「俺ら職人は履いてくれる人を直接見ることは少ない。だから余計に嬉しいんだよ。な、持っててくれ」


 ここまで言われては断る方がよくないだろう。


「…本当にいいんですか?」

「ああ、お嬢ちゃんの旅のお供なら俺が見たこともないところまでこいつらは行けるってことだ。羨ましい限りだな」


 靴職人さんに何度もお礼を言ってから工房を後にする。

 次は昨日、広場であった仕立屋さんのところに行くという。


「広場に行くの?」

「親父さんの家。あの人、毎日露店やってるわけじやないから」


 店とは言えないけどね、とタクハが言った通り、着いたところは集合住宅の2階。

 ノックをすれば「開いてるよ」と声が返ってくる。


「なんだ。昨日のお嬢ちゃんとタクハか。今日はなんだ?」


 靴職人さんのところでも話したことを繰り返して、試作した器具を見せるとこちらは目の色が変わった。

 実演を見た後はタクハは凄む。


「タクハ、これは売るんだよな?」

「うん。で、親父さんには試作だけじゃなくて、これ作るのと端切れを組み合わせた布も作って欲しいんだ」

「…うちでも売っていいか?」

「勿論」

「これ、登録はどうする?」

「マゥに聞いたら俺の名前でしていいって言われた」


 そこで仕立屋さんは私の存在を思い出したらしい。

 風が起こるくらいの迫力で近付いてきて肩をガシッと掴まれた。


「お前さん!なんで自分で登録しない!」

「え…私、ギルド会員じゃないですし。何よりこれを売ろうとは思いませんから」

「なんでだ!」

「えーと…」


 説明に困っているとタクハが助け舟を出してくれた。


「マゥは薬師なの。商売はしないんだよ」

「だが、これ、儲かるぞ!」

「俺もそれ言った。でも、売るには量産しなくちゃならないし、何より販路がないって言われちゃったからね」


 タクハの言葉に仕立屋さんが「なるほどなぁ…」と頷く。


「あの…納得したならそろそろ離してもらってもいいですか」


「悪い、悪い」と言いながら解放されてホッとした。


「で、試作だな。嬢ちゃんにも幾つか作るんだな。長さはさっき見た5種類でいいいのか?」

「はい。お願いします」


 よし、任せろ。と仕立屋さんは端切れを持って来て、布地を選ばせてくれた。

 それをあっという間に縫っていく。

 こちらも早業だ。

 こんなもんだな、と縫い終わった完成品が並べられた。


「一応、何枚か重ねたし、芯になる布も入れておいた」

「流石ですね。こうやって並べると私が作ったのは歪みがひどいですもん」

「まぁ、それはな。でも、これも嬢ちゃんのがなかったら作れなかったんだ」


 でも、これ、日本で沢山出てた商品だし…。

 なんだかカンニング気分。


「なんでそんな顔してるかわからないけどさ。これも登録出しておくから。そしたら旅先で壊れた時に作れるよ。てか、それくらいしかお礼が出来ないのが悪いけど」

「そんなことないよ。タクハには色々してもらったもん。それになにより、親父さんと出会えて、あの鞄が手に入ったことがすっごく嬉しいから」


 私の言葉に仕立屋さんが盛大に照れる。

 タクハも照れていた。


「じゃ皆、幸せってことでいいじゃん。マゥ、時間は大丈夫?」

「うん。そろそろ行く。ここから脚屋さんに近い門ってどうやって行くの?」

「門までは案内するよ」

「お願いします」


 仕立屋さんに「気をつけてな。元気でな。また来いよ」と見送られて家を出る。

 途中、市場を通ったので果物を籠いっぱいになるまで買い足した。


「そんなに食うの?」

「保存魔法かけるから平気なの」


 そんな風に軽口を叩きながら門へと着いた。


「色々ありがとうございました。お父様とご家族によろしくお伝え下さい」

「こっちこそ。ほんと、また来いよ。いつでも訪ねて来てくれよ」


 その言葉には曖昧に返してタクハと別れた。


 その後、タクハの実家の雑貨屋から出されたシャンプー、リンス、化粧水に使えるハーブ水が大ヒットし、王族に献上する騒ぎになったり、タクハが風呂敷の折り方と器具でひと財産築くことになるのだけど、それはまた別の話。



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