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タクハの実家。

 タクハ、恋人かい?とからかわれながら、肉屋で買物をすませて、案内されたのは、大きな雑貨店。

 聞けばここはタクハの実家の店だという。


「随分、大きな店なのね」

「まあね、でも俺、三男だから行商人してるんだ。布地の販路をもう少し確立できたら、親父の口利きで商売許可証ももらえるかもしれないから、あんたがしてたあの布の畳み方も知りたいんだよ」


 風呂敷の畳み方だけで布地を売る商売が軌道にのるとは思えないが気持ちはわからなくはない。


「ならいくつか教えるね。よい物が沢山手に入ったのは貴方のおかげだから」


 よせやい、とちょっと照れた後、タクハは店の扉を開けて中に入る。


「お客さん連れてきた」

「おかえり。布は届いてるよ。…いらっしゃいませ。どうぞゆっくりご覧下さい」


 中にいた女性がこちらに頭を下げた。

 タクハは「俺が案内するから大丈夫」と片手をあげる。

「こっちだよ」と手招きをされたので女性には頭を下げてタクハについていく。


「まずは保存食だよね。堅焼きパンにスープに乾燥野菜、ナッツ類もあるよ。肉は…さっき買ったからいいよね。干魚は?乾飯や押麦もいる?」

「堅焼きパンはいいわ。他は欲しい。あとは油が欲しい」

「何日分くらいにする?肉とか野菜とかかなり買ったよね。油は菜種、オリーブ、葡萄、向日葵、綿、とうもろこしにゴマ、アーモンドに…」


 タクハの言葉は止まらない。


「えっと、油はオリーブとゴマ。乾飯と押麦は5日分。乾燥野菜は10回分。ナッツはアーモンドとカシューナッツとヘーゼルナッツを各1掬い。スープは香辛料代わりにも使うから2掬い。あと干魚はそこの縛られてるのをお願い」


「はいはーい」とタクハは商品を取り出してくれる。

 その商品達はいつの間にか持っていた籠の中へと入れられていく。


「香辛料と塩と砂糖もあるよ。あとお茶もね。葉っぱと粉末どっちとあるよ」


 粉末茶は風味はあまりよくないが簡単だ。回転寿しによくあるやつを想像してもらうと早い。

 香辛料はデパートのお茶屋さんに展示されているみたいにガラス瓶に入れられて並べられている。

 その中からよく使うヤツを選んでいく。


「結構買うね。野営の時は料理する派なんだ」

「…一応ね。じゃなかったらお野菜とか買わないよ」


 これは嘘だ。今までは乗合馬車が多かったし、野営と言っても小屋がある場所でが多かった。

 本格的な野営はこれからだけどクゥと出来るだけ長く一緒にいたいから宿にはあまり泊まらないつもり。


「じゃ調理用具はちょっといいヤツにする?直火調理派?魔石派?」

「それ、何か味に差が出るの?」

「直火の方が美味しいって人も多いし。なにより野営の時は獣除けに火を焚くでしょ。ならその火で調理って人は多いんだよ」


 それに、とタクハが野営用具コーナーで自慢気に焚き火台を指差した。


「これね、焚き火台っていうんだよ。調理に焚き火って優れもので。雨の日や地面が濡れてても火が付きやすいし、燃えやすい。直火派の人はこれを買う人が多いよ」


 焚き火台。こんなところで出会うとは思わなかった。

 でも、これを一緒にきた聖女が考案したのは1年、いや、もう2年近く前なのだから普及していてもおかしくないのかもしれない。


「薪集めや炭持って行くのは食料の量考えるとちょっと大変だから、今回は魔石でいいわ。基本、私1人分だし」

「え!1人!1人で旅するの?」


 物凄く驚くタクハはこちらが驚いた。


「危ないよ!」

「乗合馬車か脚屋で脚借りるから大丈夫よ」

「ああ、そっか。俺みたいに歩く人ばかりじゃないか」

「タクハさんは歩きで行商してるの?」

「乗合馬車にも乗るし、馬車借りたりもするけど、まずは歩いてってのが親父の方針なんだよ」

「なんで?」

「自分の力量を見極めるためって言われたな。あとは体力と人との縁を結ぶのと、人を見極める目を持つのも仕事だって言われたよ」


 ある意味で商売の基本だろう。


「だからさっき広場で布を預けたの?」

「そう。俺が見込んだ奴だから商売道具を預けた。あそこで売ってたのは一級品ってわけでもないってのもあるけどな」


 それに、とタクハは笑う。


「あんたは面白そうだからさ」

「どういうこと?」

「あんた自身がどう思ってるのかはわかんないけど。旅人としては格好は一丁前。むしろ過ぎるくらいの旅装。なのに無計画で世間知らずなくせに警戒心がない。だから、あっさり俺についてきたり、商売の種になりそうなことを教えるって言ったり、露店で金貨出したりする。だけど魔法が使えたり、ただの布を鞄にしたり。俺の知らない知識をたんまり持ってる。しかもそれを街の案内程度でくれるっていうんだから…」


 わざと、タメを作ってから「な、面白いだろ?」とタクハは言うが、その対象が自分だと思うと面白くはない。


「親父さんの鞄だって背中に背負うために作られたって一発で見抜いたのあんただけだよ」


 それはメッセンジャーバッグを知っていたから。

 けれど、そんなことはタクハ達には関係ないし、わからない。


「布だって俺なら、商人の目の前であんなことはしない。食い付かれる可能性あるから、離れてからやるね」


 鞄にする折り方を知らないなんて思わなかったから。

 あ、なるほど。確かに私は世間知らずだ。

 タクハの言葉に納得した。


「なるほどね、勉強になったわ。ありがとう」


 頷く私を見て、タクハがふきだした。


「な、なんで笑うの?」

「いや…笑うだろ。バカにされた!って怒るかと思ったら礼言われたらさ」

「え?何か怒る要素あった?」

「普通、世間知らずって言われたら怒らない?」

「んー…ちょっと嫌な気分にはなったけど、本当のことだし、ためになったから」


 真面目に答えたのにタクハは籠を床に置いて本格的に笑い出す。


 なぜ?ちゃんと答えたのに。


 そこにスパンと気持ちのよい音がした。

 タクハが知らない男性に頭を叩かれている。


「いってぇな!親父!」

「お前はお客様を放り出して何笑ってやがる!」


 ひどく真っ当なその文句に今度は私が笑う。


「親父のせいで笑われただろ!」

「お前がちゃんと接客しないからだ!」


 喧喧諤諤な親子ゲンカが目の前で始まる。

 野菜を買った時にも思ったがまるで大阪人の会話だ。

 それがおかしくて懐かしい。

 一通りの掛け合い漫才のような親子ゲンカが終わり、タクハの父がタクハの頭を強引に下げさせて詫びる。


「お客様にお見苦しいところを。大変失礼いたしました」

「いえ…気にしてませんから」

「許していただけるとはありがとうございます。魔石付きの野営用調理器具をお求めとか」

「あ、はい。食器類も一式お願いします」


 では、これなどいかがでしょう。と目の前に広げられたのは雪平鍋のような鍋にはめ込むような蓋がついたもの。


「こちらの浅鍋ですが、取っ手は鍋にそって収納できるようになっております。蓋は平皿として、中にはサイズ違いの深皿が5枚とコップ。それにフォークとスプーンが収納されています」


 中から魔法のように沢山の食器が出てきた。


「こちらは魔石付きで。付与されている魔法は火力調整と時間制限と焦付き防止。鍋の外は熱くならないという優れものでございます」

「凄いですね」

「はい。その代わりお値段は少しお高めですが、その価値はございます。どうぞお手にとってご覧下さい」


 手に取るとどれも軽い。付与魔法はついてないはずだから軽い素材で作られているのだろう。

 これ、いいかもしれない。前の鍋より確実に性能が上だし全部まとめられる。

 そんなことを考えていたらタクハが「はい、これ」と目の前に丸い木の板を差し出した。


「なに、これ?」

「まな板。これだと蓋とよりちょっと大きいくらいだから鍋敷きしても使えるし、このセットは付属で巾着袋が付いてるんだけどそれと一緒に入れられる。ナイフはどれにするの?剥ぎ取り用と兼用にする人もいるし…」


 こちらの世界には包丁がない。

 作ってもらうことも考えたが、それよりこちらの世界で使う調理器具に慣れた方がいいと考えて大小様々なナイフを使うことを覚えた。

 その中で知った一番使いやすいサイズのものを断ってから持ってみた。


 ちょっと重いかな?

 ひとつ小さいサイズがしっくりくる。

 でも、これだと魚は捌けても、鳥や兎の解体は難しいかな。


 こちらの世界では毛だけ毟られた鳥や皮だけ剥がれた兎がそのまま売られている。

 場合によっては羊や豚もそのまま売られているので料理をするなら解体技術は必至なのだ。


 街に入れば、解体してくれるお肉屋さんはあるけど…村とかでも頼めばしてくれるのかなぁ?

 でも、必要なのはクゥと一緒なこの1ヶ月のこと。

 収納魔法もあるし、お肉のことはなんとかなる。

 生魚だって干物だって入っているのだから。


「ナイフはこれを」


 1本だけ差し出したナイフを見てタクハもその父も不思議そうな顔をした。


「1本でよろしいのですか?」

「はい」

「他にまだ何か必要なもんは?」


 タクハが持ってる籠の中身をザッと見て気付く。

 タオルがないことに。


「タオルってありますか?」

「ございますよ」


 こちらに、と案内された先は化粧品や石鹸、リンスに使う酢なども並ぶコーナーだ。

 タオルも手拭いのようなものから、ガーゼなもの、柔らかな亜麻、絹。それを合わせて二重して縫ってあるもの。様々なものがある。


「これね、この辺は俺が仕入れたやつ」


 ガーゼと亜麻を指差してタクハが言う。


「あんたなら肌触りが優しいこの辺がいいんじゃない?」


 差し出されたのはガーゼが二重になったもの。確かに肌触りがいい。

 一応、他のタオルにも触ってはみたがタクハがすすめてくれたものが一番好みに合った。


「これを5枚程お願いします。それからこれを」


 タオルと一緒に海綿も差し出す。

 旅の途中で買ったがリュックに入れていたので、今はもうなかったからだ。


「はい。ご一緒に石鹸やクリームなどはいかがですか?」


 お風呂でスポンジ代わりにする海綿を選んだのだから当たり前のようにすすめられた。


「いえ、そちらは自作しますから」


 大丈夫です。と言おうとしたがタクハにそれを遮られた。


「え!石鹸とかクリームとかも作るの?」

「タクハ!」


 父親から厳しい叱責が飛ぶがタクハはどこ吹く風だ。


「ええ、元々よく作ってたの。それがキッカケで薬師の道を志したのよ」


 嘘は言っていない。ものは言い様である。


「へぇ、変わってるね。じゃあ化粧品や石鹸は自作なんだ」

「ええ、最近、薬師ギルドで売り出されたシャンプーに近いものやお風呂上りに肌を潤す化粧水なんかは昔から自作してるわ」

「だから旅してるのに肌が綺麗なんだね」


 日焼け止めがないし、日本ほど肌の手入れをする機会がないこの世界では外で仕事をする人程肌は荒れるか、硬くなる。

 家事をせず、適度にしか日にも当たらない王族や貴族、お金持ちや魔術師だけが柔らかな肌を保つことが出来る。

 薬師は調合があるし、働く者の肌はどうしても荒れる。

 旅をしていても同様だ。

 乗合馬車に乗っているだけでも幌は日中は中に熱気がこもらないように巻き上げられたりもするからかなり日に当たる。

 だから自分で歩いてなくても日焼けをする。

 でも旅に出てからも肌の手入れはそれなりにしていた私の肌はまだ柔らかなままだ。

 勿論若いということもあるのだけど。


「大したことはしてないけどね」

「どんなことしてるの?」

「基本的にクリーンをよくかけることと、入浴出来る機会は逃さないようにしてること。あとはこれ」


 ベルトに固定されている薬入れから3つ小さな入れ物を引き抜いてタクハの手のひらにのせる。


「なにこれ?」

「お風呂で使うもの。これで髪を洗って、こっちで流して。これは湯上りに肌につけるもの」

「へー薬師ギルドで最近売り出された奴に似てるね」

「そうね」


 流石にギルドにレシピを売ったのは自分だとは言えないのでそこはごまかした。


「…そちら試させてもらうことは出来ますでしょうか?」


 黙って聞いていたタクハの父が口を開く。


「親父?」


 怪訝そうなタクハの声に私も首を傾げた。


「石鹸や化粧品は薬と違って薬師ギルドの専売ではございません。ですからこの店でも取り扱いをさせていただけるのですが、新しい可能性のある商品は中々出ては来ません。その中で最近、薬師ギルドから出たシャンプーとリンスはかなりな評判になっております。それと似たものと聞いては商人として見逃すわけには…」


 そういえばシャンプーは大衆浴場に行くたびにすすめられたし、持ってる人も多くなってきていた。

 それにクリーム類は【マルガリートさんの】とか【蜂の】とかそんな名前で色々売っていた。それぞれに特徴があって聖女も侍女も好みのクリームを見つけ出すのを楽しみにしてたっけ。確か侍女達は自分達用や主人のために自作もしてたからよくアドバイス求められっけ。


「この量を差し上げるのはいいのですが、ご覧の通り一から旅の支度をしている状態な上に旅の途中なので商品としてこちらに卸すのは難しいです」


 タクハの父の意図を理解した私は丁重にお断りをする。

 だが、タクハの父も簡単には引かない。


「例えば…作り方を教えていただくわけには参りませんでしょうか?」


 シャンプーとリンスはさほど難しくないが化粧品は無理だ。寝かせる時間があるからその間拘束されるのは困る。


「髪を洗うものとその後に流すものに関しては大丈夫ですが、洗う方はともかくその後に使うものはお酢と違って長持ちはしませんから、商品には適さないと思いますよ」

「それはなぜ、とお伺いしてもよろしいですか?」


 商売ならばその内容は秘密にするものだが、私の場合、これでお金儲けをするつもりはあまりない。


「簡単です。お酢の代わりにレモンやライムを使ってるからです」


 元々、石鹸で洗った髪の毛にお酢をかけるのは洗うことによりアルカリ性になったところを酸性に戻すためだ。

 肌は弱酸性なので戻してやらければキシキシと痛む。

 他にもキューティクルの補修だとかそんな効果もあったはず。


「ふむ…元々湯屋でもハーブと酢をその日使う分だけ混ぜておくものだし、そこは仕方ないだろう」

「親父、偉そう。こっちがお願いしてる立場なのに」


 はっ!としたようにタクハの父が顔を上げた。

「申し訳ありません」と深ぶかを頭を下げた。


「いえ、気にしないで下さい」

「そんな訳には…。ところでお客様、今夜のお宿はお決まりですか?」

「え?まだですけど…」


 いきなり変わった話題に疑問は湧いたが素直に答えた。


「ならば今夜は当家にお泊り下さい。狭い家ではございますが、湯殿もあります。こちらからお誘い申し上げたのですからお代は結構ですよ」


 お風呂!ここ数日ご無沙汰だったものだ。本来なら今夜、ガナルでお風呂付きの部屋をとるか、公衆浴場でゆっくりするつもりだった。

 それにクゥと旅をするならこの先しばらくは入れないかもしれないのだ。


 でも…と思う。

 今日、会ったばかりの人にそこまで甘えていいのかな?とも思うのだ。

 しかもお代はいらないと先に逃げ道を封じられている。


 躊躇している様子を見てタクハの父は言葉を重ねた。


「それに倅とも何やらこれから話すのならばうちの部屋をお使いになっていただければ時間も短縮出来るのでは?と思います」


 風呂敷の使い方をまだ教えていない。こんなに案内してもらって色々掘り出し品が見つかったのでタクハに夕食をご馳走するつもりだったのだが、これでは貰いっ放しになってしまいそうだ。


「人の縁とは一回きりのものも多うございます。縁にのってみませんか?私も髪の洗浄剤の話を聞きたいですからね」


 ニコニコとしながらしっかりと主張はする。

 やり手の商売人なのだろう。なら、ここで押し問答しても仕方がない。

 それにこの人達は私への悪意はない。

 純粋に好奇心や商売のため、それと親切心なのだろう。


「…お言葉に甘えます。あの、それでひとつお願いがあるのですが」

「なんでしょうか?」

「お台所貸していただけないでしょうか?」

「…食事はこちらでご用意しますよ」


 タクハの父だけでなく、タクハまで怪訝そうにこちらを見ていた。


「いえ、あの、明日からの旅に備えて、野菜やお肉の下処理をしておきたいんです。保存の魔法をかければ、野営する時にすぐにお料理出来て楽ですから」

「なるほど、なるほど。では夕食が終わってからでもよろしいですか?」

「はい!」

「親父、タクハは俺の客だからな」

「うちのお客様だ。お前は早く話をすませてこい」


 ちぇ、とタクハは拗ねるが、商売人としても父親としても敵わないのがよくわかわる。


「お品物はこれで全部でしょうか?まだお入用のものがございますか?」

「いえ、これでおしまいです」

「では、こちら、今夜お泊りになるお部屋に運んでおきます。他に運ぶものがありましたら一緒に運びますが」

「籠は台所に運んでおくよ」

「ありがとう」

「では、こちらに」


 案内されたのは店の奥の応接室。

 タクハの父は部屋を出る前にシャンプーとリンス。それと化粧水の使い方を聞いてから応接室を出て行く。


「なんかごめんな。親父が強引で」

「ううん、こちらこそ助かったから」


 タクハとタクハのお父さんは似てる。強引でどこか憎めないところがとても似てる。

 でも、それを言ったらきっと起こるのがわかるので言わないでおいた。


「じゃ、まず折り方だね。色々あるし、大きな瓶を運ぶのにいい折り方もあるから」

「瓶以外に必要なもんは?」


 タクハは私が必要だと言ったものを「持ってくる」と言って出て行く。


「これでも飲んでて」


 すぐに戻ってきたタクハの手にはお盆があり、その上にはお茶とお菓子がのっていた。

 優しい味のお茶と甘いクッキー。

 それが怒涛の1日の疲れを癒してくれて私はゆっくりと息を吐いて身体の力を抜いた。



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