服を買うつもりだったのが…。
服はこの世界では高級品の扱いになる。
麻、亜麻、綿、毛皮が一般的に使われていて、絹は高級品。でも、絹糸で作るレースは庶民でも服に使う。
それ以外にも蜘蛛の魔物からとれる糸やある種の魔物の表皮は布として使われる。
物によっては武器防具にもなる。
一般的には布を買い、仕立屋に頼むことになるが、自力で作る人も多い。
王族、貴族、金持ちは布地からオーダーメイドで服を注文し、それなりにお金のある人間は仕立屋で服を仕立てる。
街に住む人は布地を買い、自分で仕立てるか、上手な人に頼む。
農民は自力で糸を紡ぎ、布を織るか編むかして服を作る。
中古の服を売る服屋や旅人や冒険者などを相手にした仕立上りを買う服屋もある。
広場に行けば布地屋とお針子や主婦が空き時間で作った服やレース、小物や下着を売る光景はよく見られる。
そんな露店のひとつにタクハが声をかけた。
「こんちはー。お客さん連れてきたよ」
「お!タクハじゃねぇか、この前、やつよかったぜ」
「親父さんなら上手に使うと思ったんだ」
拳を握って軽く合わせながらそんな会話をしている2人を横目で見ながら並べられてる服を見る。
種類は多くないし、実用一点張りという感じではあるけれど、丁寧に作られてて、布の肌触りも悪くなさそうだ。
というより質の悪いものはないのだろう。
あるのは亜麻か綿。絹は装飾としてもあまり使われてはいない。
騎士服や冒険者用の服などの補強には魔物素材が使われているようにも見える。
なにより珍しいのが露店なのに男性が服を売っていることだろう。
「この人、すげぇ腕はいいんだぜ。指名で仕立てしてるくらいなんだけど、命令されて仕事するのとドレスとか作るのは嫌いだって言って露店出してんの。その気になればすぐ営業許可証出してもらって店を出せるのにさ」
営業許可証が出るほどの腕前の人が露店?
そんな驚きが顔に出たのだろう。仕立屋さんはタクハの頭をはたく。
「余計なこと言うんじゃねぇ!お客さんにはそんなこと関係ねぇんだよ」
それから照れたような顔で説明をしてくれた。
「俺はな、お貴族様の服を作るのも嫌いじゃねぇよ。でもな、服ってのは使われて、動いてこそナンボだって思う。だから俺は実用的な服。俺らでも手に届く服を作りたいんだよ」
とてもまっすぐな職人さんといった感じだ。
「気持ちわかります。成人の儀でドレス着ましたけどコルセットはキツいし、動きにくいしで辛かったです」
「そうなんだよなぁ。動かないか、ダンスを踊るか。それくらいしか動けない上に動けないほど重い装飾品したりするだろ。俺は、あれは違うと思うんだよ」
そのまま実用品は素晴らしい談義に入りそうになるところをタクハが止めてくれた。
「はーい!そこまで、服を見に来たんでしょ。親父さん、見繕ってよ」
そうだった。忘れるところだった。
タクハに言われて仕立屋さんは色々と広げて見せてくれる。
「お、お嬢ちゃんお目が高いね。今見てるやつはタクハが持ってきた布で作ったやつだから丈夫だよ」
広げていたのはシャツだ。
男性でも着られるくらい大きなもので私が着たら肩も合わないし、シャツの裾も膝近くまでくるだろう。
本当はシャツは買うつもりはなかったけれど、このシャツは気に入ったので、買うことにする。
寝間着にしてもいいし、マント代わりに羽織るのもいいかもしれない。
他にもちょっと大き目のチェニックと立襟のシャツ、それからズボン。ズボンはこの場で裾上げしてくれるそうだ。
あとはベストとワンピース。ペチコートと下着を買った。
男性から下着を買うのはほんの少し恥ずかったけど、コルセット以外の下着はサイズがないようなものなので気にしても仕方がない。
「こりゃ大量にお買い上げ下さってありがとうございます、だな」
「いえ、こちらこそです。手触りも縫製も凄くしっかりしてて気に入りました」
「そうだ。親父さん、あれ、見せてやってよ。鞄も欲しいって言ってたからさ」
あー、あれか。と言いながら仕立屋さんは後ろに置いていた行李のような入れ物から鞄を取り出した。
布で作られた横長の鞄。付いているベルトは太めで調節も可能。
「見せてもらってもいいですか?」
「いいけどよ。これ、試作品だぞ」
手渡された鞄を隅々まで見る。
底より間口が広い構造で。マチもたっぷりある。
蓋はかなり長くてカラビナで底に固定できるようになっている。
蓋は二重構造で内側にポケットがついていた。
身体に沿う部分にもポケット。こちらは真ん中で2つにわかれている。
中にもポケットが大小で5つほど。
何より優れていると思ったのは間口が布で縛る巾着になっていたことだ。
「…これって物が落ちないための工夫ですよね?」
「お!気付いたか。スリ対策でもあるけどな」
些細なことだけどとっても大切。
気付いたら、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?と思うようなことって実はとっても重要だ。
「背負ってみてもいいですか?」
「いいぞ」
許可が出たので、ベルトを調節してメッセンジャーバックのように背中にピタリと背負う。
今までの鞄とは違って間口の方がひろいから背中に背負いやすい。
しかも蓋が底に固定できるから蓋が開くこともないし、マントを斜めにつける時に同じように付ければ邪魔にもならない。
これ、多分、背中に背負うことを前提に作られてる。でも、肩から下げても違和感がないように。どちらでも使えるように仕上げてあるんだ。
「…これ、いいですね」
「だろ?嬢ちゃんみたいに背負うやつが意外といるから、それ専用にしてみたんだよ。横長だと中の物を探しやすいしな」
「これ、いくらですか?」
「結構するぞ」
「これなら高くても欲しいです。これ服飾ギルドか小物ギルドに登録するといいと思います。広まったら旅先でも買えるし…」
私の言葉に仕立屋さんがジッと顔を覗き込んでいた。
「それ、悩んでたんだが、登録料がそれなりにいるからなぁ」
「なら登録料が出るくらいに私にふっかけて下さい」
真顔でいうとタクハが本気?といった顔でこちらを見ていた。
「え?だって、これ、この先も欲しいなって思った時にこの街まで来れるかわかりませんし、ギルドに登録されてれば仕立屋さんで頼めますよね?」
ギルドに登録してあるものはそんな風にも使える。
なので遠い街や違う大陸の最新流行ファッションでも登録さえしてあれば、どこでも仕立ててもらうことが可能だ。
「あ…でも無理にじゃないですけど。エスト国でも買えたらいいなって思ったんです…」
「エスト国だって!」
「そんなところまで行くの!」
「えっと…はい。そのつもりです」
ここはエリーゼ国の隣だからエスト国は大陸の果てにも感じるのだろう。
「…海を渡って違う大陸に行く方が楽だよね、それ」
「前にも言われたことあります」
王都を出る時の乗った乗合馬車でも言われたし、旅をしてる最中に話すと大抵同じことを言われた。
飛行機もない、魔物もいるこの世界では国を跨ぐような商売をする人は国境の近くに住むか、小国群のように国自体が小さいかのどちらかだ。
旅をしていれば魔物に遭遇することはかなり多い。その上、盗賊も出る。それが元傭兵や冒険者だったりした場合、護衛がいる乗合馬車に乗ったとしてもなんとかなるものでもない。
危険もあり、乗合馬車の値段も高いので、遊興目的で旅をする人は稀だ。
「何しに行くの?」
「私、薬師なんです。エスト国でとれるある薬草が見たくて旅をしてるんです」
「なるほどなぁ。薬師なら旅の資金は途中で稼げるってわけだ」
「それに魔法も使えるなら食いっぱぐれはないよなぁ」
「え?魔法?」
タクハが仕立屋さんに籠を渡す。見た目を裏切る重量に仕立屋さんが目を丸くした。
「これは…」
「上級生活魔法だってさー。これがあれば旅も楽々だよね」
「ああ、羨ましいな。露店を出す時に服担いで来るがもっと歳をとったら腰に来そうだ」
トントン、と腰を叩く仕立屋さんを「ジジくせえなぁ」と言いつつも「そんな時は呼べよ。運んでやるから」とタクハは言っていた。
本当に仲がいいのね。いいなぁ…。
国を出る最後の最後で裏切られたようなもの気分を味わった私からするとタクハは眩しい。
「それで幾らで売っていただけますか?もし、試作品、他にもあればそれも買いたいです」
「鞄なんぞ1つあればいいだろう」
「でも、この鞄にまた出会えるかはわかりませんし、親父さんの商品気に入りましたから」
仕立屋さんは無言で行李から同じタイプの鞄を4つ出した。
「サイズとポケットの位置や素材が違う。こっちのは魔物素材で水を通さない。こっちは引っ掛ける金具を増やしてあるから水袋や他の荷物も連結できる。これは小さいから街歩き用にもなる。小さいのを前に、大きいのを後ろに背負うってやりかたもあるし、ベルトを伸ばせば左右にもかけられる」
同じようで違う工夫がいくつもある鞄。
勿論、全ての鞄がメッセンジャーバックのように背中に背負えるようになっている。
「…随分豪勢な生地使ってますね」
「1枚布で作ったのは、あんたに見せたのだけだ。その辺りは端材や余り布を作って作ったやつだよ」
デザインも強度も余り布を使ったとは思えない鞄になっている。
「でも、これ、素敵です」
「ありがとよ」
「全部、買わせて下さい」
「…かなりの額になるが薬師だとしても払うの厳しくないか?」
「服も合わせてどのくらいになります?」
うーん…と仕立屋さんは悩む。
先程の服の総額でも金貨2枚近いのだ。
余り布や端材といっても、かなり高級な代物を使っている試作品の鞄は素材代だけで金貨1枚以上のものも混ざっている。
そこに手間賃がのるのだ。
「これって全部で金貨10枚にはなるよね?」
そこにタクハが口を出す。
商家で育ち、今は布地を主に扱うタクハの目は確かだ。
「…それでも安いくらいですよね?」
布地や素材のことはわからないけれど、仕立屋さんの腕がいいのは門外漢の私でもわかる。
「金貨…15枚ならどうでしょう?」
提示した値段に仕立屋さんだけでなくタクハも息を飲んだ。
仕立屋さんはゆっくりと自分が作った鞄を撫でてから口を開く。
「そりゃ俺は嬉しいが…いいのか?」
「はい。どれも素敵ですし、私は気に入りました。出来ればギルドにこの鞄を登録してくれたらもっと嬉しいですけど」
わかった。まいった!と男性は両手をあげる。
「登録しとくよ。そんだけ払ってもらえれば登録料は大した額じゃねぇ。登録するのは最初に見せたやつにしとく。もっといいの思い付いたら、また登録しておく」
「ありがとうございます」
仕立屋さんは照れたように手元の鞄をまとめ始める。
「どうする?どれかにいれるかい?」
「いえ、これに包みます」
タクハから買った布地の中に鞄と服を包み込んで背負う。
「じゃ、これ代金です」
金貨を15枚。1枚ずつ手に乗せながらお互いに数えた。
「確かに。もし、また来ることがあったらよろしくな」
「はい。ご縁があればよろしくお願いします」
挨拶して離れると、タクハが少し不貞腐れたように石を蹴った。
「なんか俺の出番ねぇなぁって感じ。あんたお金持ちだし」
その言葉に苦笑しながら、首を振る。
「そんなことないですよ。あの素晴らしい鞄はタクハさんがいなければ見せてもらえなかったものです。タクハさんのおかげです。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるとタクハは照れたように笑って、次は肉屋!と明るく言った。




