初めて望んだもの。
「凄い!速いのに揺れないのね、貴方」
地鳥とは揺れるもの。その常識を覆すクゥの走り。
流れる景色は今まで乗ったどの脚より速いのに、揺れはごく僅か。
ジャンプしてるとしか思えない走りもあるのに安定感が抜群だ。
しかも、身体が小さいからだろうか?風の抵抗も少ないのだ。
手綱を引くまでもなく、こちらの安定をはかりつつ、街道の脇を飛ぶのように走って行く。
「街に着く前に休憩したいんだけど平気かしら?」
クゥは少しだけ首を傾げ、こちらを伺う。
その姿は、休憩しなくても街まで走れるよ、と言っているようだった。
「貴方が大丈夫なのはわかってるわ。でも、私が休憩したいの」
ダメかしら?と首を撫でると、仕方がないなぁ、というように大きな羽根をパタパタと動かす。
しばらく走って街道が見える位置にある大きな木の下でクゥは止まった。
「ありがとう。喉は渇いてる?」
頷くクゥに周りを確認して結界を強める。
街道からは木を背にしているので見えないはずだ。
収納魔法の中から桶を取り出し、その中に魔法で水を出すとクゥは嬉しそうに飲み干す。
その横で私も収納魔法の中からコップを取り出して水を飲む。
果物も出してクゥに見せれば、目を輝かせた。
「どうぞ、食べて」
そう言えば首を伸ばして、そっと果物だけを口にする。
シャクシャクと軽快な音をさせてペロリと食べるので2、3つと差し出すとそれも食べた。だが、4つ目になると首を振る。
かなり頭がいい。
「もういいの?」
クゥゥと小さく鳴いて、名残惜しそうだが頷く。
「気にしないで食べていいのよ」
ふるふると首を振り、羽で自分に乗るように促す。
「仕事熱心なのね」
キョトンとしたように大きな目でこちらを見てクゥゥと鳴く。
仕事熱心というよりは、乗せて走るということに誇りを持っているのだろう。
バケツとコップをしまって、乗るとさっきより速い速度でクゥは走り始めた。
日が落ちる前にテイトに辿り着いた私はそのまま脚屋に向かう。
「こんにちは」
「はいよ」
クゥを連れている私を見て返却だとわかっただろうクゥがつけてる首輪を見てから、木札を渡すように言われた。
「確かに。まずは預け金の清算だ」
金貨30枚を受け取ると、もうクゥとはお別れだ。
「またのご利用をお待ちしてます。ほら、いくぞ」
クゥを連れて厩へと行こうとする脚屋さんの言葉を遮るように話しかける。
「あのっ!この子、クゥを次の街まで借りることって出来ませんか?」
短い旅路ですっかりクゥを気に入ったので、少しでも長くクゥと一緒にいたくて聞いた。
「こいつを?出来るというか…国内なら乗ってくことは可能だよ。これは足が速いからたまに国境までの直通便も担当してるし、頭もいい」
「なら国境まで借りることは出来ますか?」
そこで脚屋さんは難しい顔をした。
「…可能だが、物凄く急いでないなら勧めない」
「何故ですか?」
脚屋さんがクゥを撫でる。クゥも気持ちよさそうに首を伸ばす。
「預け金も借り賃も高くなるからだよ」
気持ちよさそうにクゥが鳴いた。
「こいつはな、速いから高いんだよ。それに長期になれば魔物の危険性も増す。つまり、脚がこちらに返ってこない可能性が高くなるから預け金も高くなる。お嬢さん、そんなに急ぐ旅でもないんだろ?」
急いでいるといえば急いでいるが、急いでないとも言えるので、なんと答えていいかわからない。
それよりも何故そんなことがわかったのかが気になる。
「何故ですか?」
「…急いでるなら最初から国境まで、で脚を頼む。そう頼まれればこちらも飼い葉かこいつら用保存食、街で買うよりは割高だが客用にも野営道具や保存食も用意する」
それにな、と脚屋さんはニヤリとした。
「まっすぐ国境へとなるとこの街は通らないんだよ」
街道でわかれ道がいくつかあったろ?と聞かれて、確かにあったのことを思い出す。
黙った私に脚屋さんは、簡単なことだろ?と笑う。
「聞いてみれば確かに簡単な話ですね。確かに私はそこまで急いではいませんが、クゥと旅をしたいんです」
そう訴えると脚屋さんの雰囲気が変わった。
「…国を抜けるんだよな」
「はい」
「どこまで行くのかは知らねぇが大陸を走り回るつもりなら預け金でコイツを買ったらどうだ。といっても今の預け金じゃ足りないけどな」
「買う?」
思わず聞き返してしまった。
確か、脚屋の脚はレンタルだけ。確か王都でそう聞いた。
「出来る。ただし、脚が買主を気にいること。脚屋が認めることという条件がつくから滅多にないがな」
クゥと仲良くなった自覚はあるが、脚屋さんに認められたのは何故だろう?
「…私は合格したってことですか?」
「そうだな。コイツは気難しいが脚の速さは一流だ。だからこそ、その背に乗せる奴は選ぶんだ」
「国境の脚屋さんも気難しいって言ってました」
あとな、と脚屋さんは続ける。
「ここに来てすぐに水を欲しがらなかったってことは、どこかで休憩をとったってことだ。脚を単なる道具として考えてない連中はそんなことはしない。しかもお嬢さん、ここまで乗ってきたのに足腰はちゃんとしてる」
脚は馬と同じだからそれなりの訓練を積まないと、降りた後は生まれたての子鹿のように足がプルプルと震える。
最初は股の間の皮膚もちょっと酷いことになった。
今はそのどちらもない。
一度慣れてしまえば自転車のように何年か乗らなくても身体が覚えてるので多分乗れる。
「つまり、それなりに乗り慣れてる。なら、自分のために休憩は必要としないだろうってことさ」
見抜かれている。クゥと少しでも長く一緒にいたかったからの行動だということを。
「どんな理由であれ、コイツ自体を大切にしてくれて、コイツもあんたを気に入っている。なら、条件は満たしてるってことだ」
クゥとずっと一緒にいれたら楽しいだろうとは思う。
これが名前を変え、他の大陸に渡った後だったら一も二もなくクゥを譲ってもらった。
ひとりはやっぱり寂しい。
今までも優しく手を差し伸べてもらったことがないわけじゃない。
気が合いそうな人がいなかったわけじゃない。
それでも、ダメだったのだ。
この世界にそのものに対する不信感が抜けない。
どこかで疑いながら、遠慮しながらの付き合いは破綻しやすい。
それを日本で体験している私はとても臆病で。
目の前のチャンスを逃したことも多々あるだろう、とわかっていても国から自由になるまではどうにもならないのだ。
しかも、それをついさっき証明されてしまった。
リズだ。
まさかリズを使ってくるとは思わなかった。
こちらの世界、特に城の中では1番の仲良しであったことは間違いない。
だからこその人選なのもわかっている。
孤児院や治癒院の人間でなかったのは出発前に散々引き止められたからだろう。
その中でリズだけが「そうですか。お手伝い出来ることはありますか」と引き止めることをしなかったのを知って使ったのだろう。
ただ、それは火に油だ。
私の心を余計に頑なにしただけだった。
でも、だからこそ温もりが恋しい。
素直に心を寄せて、信じたいと願うのだ。
「…事情があるのでクゥを買うことはできません。でも、一緒に旅をしたいんです。だから1ヶ月。…1ヶ月程クゥを貸し切ることは出来ませんか?必ずそちらが決めた場所にお返ししますから」
脚屋さんがジッとこちらを見る。
居心地は悪いが自分が変な客であることは自覚してるので肚に息を吸い込んで耐えた。
「…こちらとしては客の要望には出来るだけ応えるようにはしている。ま、でも、今夜一晩考えてからでも遅くはねぇ。それにあんた装備も色々買わなくちゃだろ?」
あっ…そうだった。収納魔法の中のものを使えば何年かは街に寄らなくても生活が出来るとはいえ、収納魔法のことは、まだ内緒なのだ。
「本気なら…明日の昼過ぎにもう一度来い」
「わかりました」
「それまでにコイツの手入れもしといてやる。ところでどっちの方面に国を抜けるつもりなんだ?」
「小国群です」
「コイツの足なら国境まで10日もかからんぞ。1ヶ月で本当にいいのか?」
「はい。その間はこの国をゆっくりとクゥと旅をします」
脚屋さんは変な奴だな、と小さく呟いたあと「明日、待ってるぞ」と私の背中を強く叩いた。