5話 強欲なる商人
ただ1つ、豪奢なベッドだけがある空間。
真っ暗で、深い深い何もない空間に突然扉が現れた。
ここは私の夢の中、その世界に突如として侵入者が現れた。
「久しぶり、と言えばいいんかな? 怠惰の魔王」
3回のノックの後、扉から顔を見せたのは見覚えがあるようで無い少女。
それでも私は少女を知っている。
《強欲か……、それが新たな身体か?》
記憶にある姿とは齟齬がある。
年齢が記憶よりも幼い、髪や瞳の色が違う。
肩より上の蒼い髪に、黄桃色の瞳。
肌の色も新雪の白から、象牙のような少し黄味がかった色に変わっていた。
「はいな、お陰様で赤ん坊からやり直すはめになりましたん……ウチの溜め込んだ財産も、異世界転生に使ってぜぇんぶパァになってしまたんよ」
笑っているが、笑ってない眼で強欲は私に告げる。
ただ、金が無くなった事には相当きているのが表情を見なくても分かる。
……何をしに来たのかと思ったが、態々文句を言いに来たのか。
《それがどうした? 態々、私に文句をつけに来たのか?》
だが強欲の能力を考えると、それだけの為に私の空間に紛れ込んだとは考えにくい。
こいつは、他の6人の中で最もケチ臭い守銭奴だ。
「どうしたって……相変わらず、他人に興味がないようで……腹いせに殺してやりたいところやけど、アンタを殺るにはちぃと金がかかりすぎる。ウチ、儲けが出んことはしない主義なん。なんで、ウチはアンタと商売をしに来たんよ? アンタは金に執着せんから、金払いいいしな」
そうキッパリと言ってのける強欲の真意を見極めようと、数秒見詰めあったが、流石に優秀な商人なだけある。
さっぱり分からん。
というより、深く考えるのは面倒だ。
《商談なら兄に言え。そういうのは、兄がやっている》
面倒事は、兄やアリシュタ達に任せればいいだろう。
私の仕事は、寝て食べるだけのぐーたら生活を送る事なのだ。
「……本当、昔から変わらんな……まぁ、そう言うのは予想済みやから、今度直接会いに行くわ。場所はもう調べがついとるしな」
強欲はがっかりしたような、詰まらなそうな顔で頷く。
居場所……まぁ、強欲の能力を考えれば当然か。
寧ろ、遅い位だ。
転生先は、恐らく相当貧困な家庭であったのだろう。
強欲の力は金さえあれば何でも出来れば、逆に無一文では何も出来ない。
身体能力も平凡なものだし、ある程度の金が貯まるまでひたすら息を潜めていたのだろう。
「では、怠惰の魔王よい夢を──アンタは、ずっと醒めない夢の中で生きればいい」
扉から外に出て行く直前、強欲は私から視線を外してベッドの下の方へと眼を向けた。
この何もない空間で、何を見ているのか。
《……? あぁ、言われなくても私はぐーたら生活を過ごす。邪魔をするものは、面倒だが消す》
会話をするのに疲れた私は、邪魔がこれ以上入らないよう世界を強固に閉じた。
にゃー、と何かの鳴き声が聞こえた気がした。




