1話. 豪邸に住む貴婦猫にゃんです
都会の喧騒から少し離れた場所にある一軒家。
ご主人様からしたら、少々不便な場所なのかも知れないけれど、いつも車でお出掛けしているから関係はないみたいね。
私にとって2階の窓から見える、青々とした芝生の広いお庭も、木々を揺らしてキラキラ光る景色も大のお気に入り。
たまに木にとまる鳥の囀りも、耳に心地よい音楽となっていたわ。
お庭の端には1人用のブランコと、小さな滑り台が置いてあり、その近くには小さなテーブルと椅子が4脚。
お庭を囲む壁に沿うように植えられている、色とりどりのお花は丁寧にお手入れをされていて、美しく咲き誇っていた。
今日も2階の窓枠に腰を掛け、日向ぼっこをしながらボーッと凛子の帰宅を待ちつつお外を見ていたの。
そのお庭を元気に走ってくる、黄色い帽子に水色の服を着た女の子は、2階の窓から見下ろしている私に向かって、満面の笑みを浮かべて手を振っている。
その後ろからは子供の荷物を沢山持たされながらも、優雅な足取りで後を追う女性がいた。
「ココー!ココー!ただいまーー!!今帰ったよ!」
玄関の扉が勢いよく開け放たれる音とともに、私の小さなご主人様凛子の大きな声が家中に響いた。
慌てて靴を乱雑に脱ぎ捨て、バタバタと階段を上がってくる姿が目に浮かぶ。
幼稚園から帰宅した小さなご主人様は、一刻も早く私を相手に遊びたいのでしょうね…
ペット冥利につきるとは思うものの…
『本当はまだボーッと景色を眺めながら、日向ぼっこをしてのんびりとしていたいのに…』
無視を決め込みぐーっと両手を伸ばして伸びをして、そこから動くことはなく凛子を待つ。
そこにご主人ママさん由利江さんの声が聞こえてきた。
「凛子!先ずは手洗いにうがいでしょ!?靴もしっちゃかめっちゃかじゃないの~」
「はぁ~い…」
階段をのぼる足音が止まり、不服そうな声と一緒に足音が遠ざかっていった。
『少しだけのんびりとする時間が延びたわね…』
凛子が帰ってきた嬉しさもありつつ、これから長時間相手をすることを思うと少しホッとした。
◇◆◇◆◇
さて、ここで一つ自己紹介をしておこうかしら。
私は猫。名前はココ。
由利江ママさんの好きなブランドからいただいた名前のようで、どうやら私はアメリカンショートヘアという名の知れた種族だそうなの。
艶々と輝く真っ黒な毛並みは、由緒正しき血統書とやらのお陰らしく、両親の猫は何らかのチャンピオンになったとかならなかったとか…
真っ黒の毛並みはアメリカンショートヘアでは珍しい色だったようで、私の輝く黄金の瞳と共に凛子の一目惚れだったそうよ。
「絶対にこの子が良いの!他の子なら私要らないもん!」
凛子に甘いご主人パパは『絶対にこの子がいい!』というワガママにあっさりと敗北し、その日のうちに私を連れて帰ったそうよ。
そして物心付いた時には既にこの住み心地のよい屋敷に連れてこられて、3人にとても愛されながら蝶よ花よと育てられたの。
だけど、首輪というものを初めて着けられた時には、何とも気持ちの悪い物が喉元から取れなくて嫌だったわ!
必死にこの柔軟な身体でどうにかしようと暫くねばったけれど、無理だとわかって諦めたら直ぐに慣れたの。
それでもハーネスと言うものを着させられそうになった時はもう最悪!
変なベストみたいなダサい物を持ってこられ、どう考えても私には似合わないし気持ち悪いったらありゃしにゃい!!!
あの時は必死に身をよじり、幼いながらも着せられてなるものか!と牙と爪で全力で抗議したのよ!
私のあまりの抵抗に、ママさんからパパさんへとバトンタッチ。
どうにか着せようと何度かチャレンジしたけれど、2人は引っ掻き傷だらけになった手を見ながらため息とともに諦めたわ。
変なベストから無事にのがれて、首輪とやらだけを着けることに落ち着いたけど、首輪を着けているとママさんや凛子がお庭に連れていって遊んでくれるの!
今ではあんなに嫌だった真っ赤な首輪も黒く艶やかな自慢の毛並みに良く合うし
『私の美貌に映えるじゃない!』
自分が鏡に映る姿を見て思ってしまうほどよ。
そして首輪に紐を付けて、お天気の良い日には凛子とお庭で走ったりじゃれあったり、ブランコやすべり台をすべって遊んだの。
その横ではママさんがお茶を飲みながらくつろいでいる。という楽しい日々を過ごしていたわ。
◇◆◇◆◇
あっという間に1年が過ぎ、凛子も幼稚園の年少さんから年中さんへ、私は人間でいうと25歳!?
気付いたら私の方が年上になっちゃったの?
でも、相変わらずおしゃまでかわいいままの凛子は『まるで我が子のようね』という感覚すら覚え始めてしまったわ。
本当に本当に大好きな小さなご主人様。
◇◆◇◆◇
そんな幸せにゆったりと過ぎていく日々に、最近嫌な者が目に飛び込んできたの!
庭の向こうに見える隣の家の庭に犬が住み始めたのよ!!
それも、うちとは比べ物にならないような小さな庭で寝起きをしているようで『ワン!』だの『キャン!』だの『クーン』だの、たまにこちらまで鳴き声が聞こえてくるのよ…
その不快な犬の家は、正直うちの庭に家から庭まですっぽりと収まってしまうのでは?という大きさ。
その狭さに少々不憫ね…と思いつつも、鳥の囀りとは全く違う、美しくない声に苛立ちをおぼえていたわ。
その隣の家と我が家の前は、車がギリギリ行き来できるくらいの道路があり、今日もいつものように2階の窓辺で日向ぼっこをしながら凛子の帰りを待っていたの。
『今日はいつもより凛子の帰りが遅いわねぇ』
陽の光の暖かさにウトウトとしていた私は、ハッと目を覚まし、庭先の方に目を向けた。
その時に見てしまったのよ!!!隣の犬が家の前の道路際で凛子と戯れる姿を!!
しゃがんだ凛子の膝に前足をのせ、嬉しそうにしっぽをバタつかせてじゃれてるじゃないの!!!
『うちの凛子ににゃんて馴れ馴れしく触って撫でられているのよ!ましてや膝に足をかけるとは!どんにゃ不届き者ですの!?』
犬に対する怒りと不快感に背中の毛が逆立ちそうな感覚を覚え、目が離せずにじっと見つめていたら、ふと凛子が私に向けてニコニコと手を振り、指をさしたの。
それに釣られるかのように、あの忌々しい駄犬が舌を出しただらしない顔で、嬉しそうに目をキラキラさせながらこちらを見上げ…
私と視線がバチッと合ってしまう!!
『ふ…不愉快ですわ!!!』
あんな駄犬の顔見たくない!と窓枠からサッと飛び降りる。
思わず床に降り立ってから何だか負けた様な気がして悔しさが胸に残ったわ…
そのまま2階から玄関先に早足で降りて、扉が開くのをじっと見つめて待つ。
『早く!1秒でも早く帰ってくるのよ凛子!!』
イライラが止まらず、まるで1分が10分や1時間に感じるような時間軸の中、玄関先で仁王立ち!という気持ちで待っていた。
もうどれくらい待たされたの!?
玄関を開けた凛子は、かくれんぼをせずにじっと座って待っていた私を見て少し驚き
「今日はお出迎えしてくれたの?ただいま~嬉しいなぁ、ココだ~い好き」
無邪気に抱きしめて撫でようと、手を伸ばしてきた。
凛子の笑顔を見ると嫌なことなんて直ぐに忘れてしまう…
だけど凛子の身体に付いた不快な駄犬の臭いにハッと我に返り、急遽反転!
『私の凛子からくさい臭いがするにゃ!!』
肩透かしを食らって寂しそうな顔をした凛子を玄関に残して、私は猛ダッシュで2階に駆け上がった。
そして、凛子だけのいい匂いのする部屋へと逃げこんだのだった。




