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異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~  作者: SIS
ウォールランド王国騒乱

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第35話 セルヴェの街とスピノ



 三人での話にひと段落がついた頃、気が付けば空の二連太陽はすっかり傾いていた。


 オルタレーネが飛べるとはいえ、この時間から街に戻っていたら暗くなってしまうだろう。ここは街まで送っていくべきだ。


 茜色の空の下、サルッカスと並んで黄昏色に染まる水面に浮かぶ。オルタレーネは全く迷う様子もなく、私の背中に飛び移ると背びれにしがみついた。


 小さな指がひれにしがみついている感触がちょっとくすぐったい。


「グルルル」


 ゆっくりと、背中の彼女を揺らさないよう、濡らさないように泳ぎ始める。その後にサルッカスが続く。


 神殿を離れると忽ち空が曇り始める。その様子をみて、サルッカスが感慨深げに声を上げた。


『いや、しかし。これほどの規模の結界がまだ機能してるなんて珍しいっすね』


 やっぱそうなのか。そうだろうとは思っていたが、専門知識を持っている者の断言がもらえるならそれは助かる。


 しかし結界かあ。本当に魔法みたいな要素があるのね、この世界。


 背中にいるオルタレーネが、その発言を受けて何ごとかサルッカスに尋ねた。


「●●◆×、▲×■●?」


『ん? まあ、旦那の匂いは特徴的だったし……それにものすごく濃い神気が漂ってたんで。それがなかったら流石に俺も見つけられなかったかなあ』


 え、何。神気?


 びっくりして視線を向けると、サルッカスだけでなく背中のオルタレーネにも「やっぱり……」という顔をされた。


 も、ものを知らなくて悪かったな。


 こっちはロクな説明もなくこの世界にほっぽり出されたんですよ!


『俺の冷気とか、旦那の電気の源になってる力でさあ。神々の力の源、といってもいいかもね。魔獣の連中が俺達と似たような超常の力を振るえるのは、不正な手段でこれを掠め取ってるからなんすわ』


 なるほどねぇ。やはり、力の源はまた別の所にある、という考察はあっていたらしい。それにしても神の力の源とは、思ったよりも大仰な話だ。前世の考えで言うと、大マナとか、そういう感じに近いのだろうか。


 で、魔獣はそれをハックして引き出してると。セキュリティが甘いのでは?


『うーん。スピノの旦那、一体どういう発生の仕方をしたんで? 見た所この世界についての知識が皆無に等しくない?』


 それは私が聞きたい。


 得体のしれない存在に強制的にこの世界にほっぽり出されて気が付いたらスピノサウルスの姿で湖に浮いていた、とか多分言葉が通じたとしても理解不能だろうなあ……。そもそもこの肉体、どうやって生成されたものなんだ? もともと湖にいたスピノサウルスに乗り移った……って訳じゃないのはなんとなく分かる。なんせ出会う相手全て初対面の反応だ。


 そもそも神獣って一般的にどう生まれるものなんだ?


『……うーん。旦那みたいにキャラの濃ゆい奴が何百年も知られてなかった、ってのはあり得ないから、割とつい最近発生しました? なんか陛下の方であったんかな……。あ、陛下ってのはわかります? わかりませんよね、まあ、俺達神獣世界でも上下関係はあるんすよ。で、物質世界じゃなくて神の世界の方に俺達の責任者がいるんすよ。それが陛下』


「●■×▼●?」


『あー、オルタレーネさんの方も伝わってない? まあ最終戦争の後、世界創造に関わった存在は皆、神の世界に引っ込んじゃいましたからね。神も双子女神も陛下も皆。勿論、今もこちらの世界を見守ってはいらっしゃるのですが、基本的に俺達神獣にも一切の干渉や指示はないんですよ。あ、話し過ぎた、これ内緒でお願いしますね。俗世にあんまり神の事教えちゃいけないんで』


 なーんかさらっととんでもない事を説明されてる気がする。背中のオルタレーネがひきつった笑いを浮かべているので、相当宗教的に爆弾じみた話だったのだろう。それを話してくれたのは、多分私の為なんだろうな。むしろ巻き込んでしまったオルタレーネには悪いことをした。


 と、そんな事を話している間に岸部が見えてきた。


 上陸し、地面に腹ばいになるようにしてオルタレーネを下ろす。


 地面に降り立ったオルタレーネはスカートの裾を押さえたまま、不安そうに私に振り返った。その視線に含まれる意図を見て取った私は、しかし首を横に振った。


「グァゥ」


 私が彼女を見送れるのはここまでだ。うかつに姿を見せて街の人たちを驚かせるのは本意ではない。


「●■……」


 小さくつぶやき、オルタレーネは少しがっかりした様子を見せたものの、気丈に笑みを見せて私に背を向けた。そのまま丘を上がっていく後ろ姿を見守っていると、背後からツンツンと背中をつつかれた。


 サルッカスだ。


『……後を追った方が良いんじゃないです?』


「グルルゥ……」


『いやまあ、俗世には極力関わらない方が良い、ってのは俺も同意見ですけどね。一度ちょっかいだしたら、最後まで面倒を見るのもまた責任なんじゃないすかねえ』


 それを言われるとグゥの音も出ない。


 御尤もである。


『あれこれ難しく考えすぎだと思うんですよ、旦那。街の人には嫌われてるかもしれないけど、そもそも生きてりゃ恨み辛みの一つや二つ、抱えて当然でしょ』


 割とぼろくそに言われてしまった。確かに、サルッカスの言う通りだ。誰とも争わず、だれも嫌わず嫌われずに生きていく事が不可能だっていう事を、私は嫌というほど知っている。世の中にはいろんな考えがある、常識から逸脱しない範囲であっても、その全てと問題なくかみ合う心の形なんてどこにも存在しない。


 わかっているさ。わかっている。


 それでも数秒ほど悩んで、それでも最終的に私は一歩踏み出した。


 砂地を踏みしめて丘に上がり、先にいくオルタレーネの後を追う。


 歩幅の差か、それとも単純にゆっくり歩いていたのか。気のせいか肩を落として歩いていたように見える彼女に、すぐに追いつく。


 背後に気配を感じたのだろう。振り返った彼女が、金色の瞳を見開いた。


 そんな彼女に鼻面をよせて分かりやすく喉を鳴らす。


 戸惑ったように鼻先を撫でてくる彼女の繊手。硬いゴツゴツとした鱗を、柔らかい蝙蝠の翼に拭われるとなんだか心が落ち着く気がする。


 とはいえずっとここでこうしている訳にもいかない。だがどうしよう?


 私と彼女では歩幅が合わないし、背中に乗ってもらうのも陸の上だと危ないし……仕方ない。


 私はゆっくりと手を伸ばして優しくオルタレーネを抱きかかえた。キャア、と声を上げた彼女だったが、自分が抱きかかえられている事を理解すると、借りてきた猫のように縮こまって大人しくなった。


 ちょ、ちょっと大胆だったかな……。でも他によいやり方を思いつかなかったし……うん、仕方ない。


 手の中の彼女の体は思っていたよりもずっと軽い。骨のしっかりしていない赤子を抱きかかえるような気持ちで優しく抱きかかえたまま、私は一路街を目指した。




◆




 街は、飛竜との闘いの傷跡が色濃く残っていた。いやまあ、うん。その半分ぐらいは私がやらかしたのだけど。


 外から見ると、防壁の一部に変な歪みがある。恐らく私が飛竜に反撃する際に踏み台にしたところだとおもう。こうやって見ると、思った以上にやらかしていて草も生えない。


 ごくり、と唾を飲む。


 オルタレーネを見るに街の人たちも私が敵ではない、と判断してくれてはいるようだが、実際に顔を出してどういう反応が返ってくるか想像できない。


 自然、歩みも遅くなってしまう。目の前に見えている街が、遠く感じる。


 と、腕の中でくいくい、と引っ張られる感触。視線を向けると、頬をちょっと赤らめたオルタレーネが、しきりに街を指さしている。


 ……まあ、なるようになれ、だ。


 彼女に背中を押されて街の入口に向かう。


 初めて来たときは襲撃に備え固く閉ざされていた鉄門。それが今は開かれて、人の出入りを迎え入れている。とはいえすでに夕刻、通り過ぎる街人や商人の姿はなく、槍を片手に鎧姿の兵士があくびをしながら見張りをしていた。


 その兵士の視線と目が合う。直後、兵士は文字通り飛び上がって驚き、着地をヘマして尻もちをついた。外れた兜がカラカラと音を立てて転がる。


 まあ、うん。気持ちは分かる。


「グ、グララ……」


「●×◆!? ▲●×!?!」


 挨拶のつもりで小さく声を出したが、逆効果のようだった。兵士は腰が抜けたのか這いつくばるようにして兜を拾い、手にした槍を構えなおそうとするも、何か急にはっとしてそれを取りやめた。槍を床に置き、両手をぱたぱたさせている。



 なだこれ? どういう意味?


 困惑していると、腕の中にいたオルタレーネがするりと抜け出した。彼女は泡を食っている兵士に小走りでかけよると、何事か小さく語り掛けた。


「◆×●……●◆××」


「▲●!」


 はっとしたように兵士が立ち直り、一礼して街の中に引き返していく。それと入れ替わりのようになんだなんだと門の奥から新たな兵士が姿を顕し、再び私を見て竦み上がる。そこにオルタレーネが注釈を入れると、彼らは困惑しつつも左右に分かれて道を開いた。


 オルタレーネが振り返り、私の方を手招きしている。


 ……何が何やらよくわからないが。


 少なくとも、来訪を拒絶されている訳ではないらしい。


 門の左右で槍を手にこちらを見ている兵士の視線を気にしつつも、私はおずおずと開かれた鉄門をくぐった。先導するオルタレーネの後を追うようにして、街に入る。


 街に入るのはこれで二度目だが、ゆっくり観察するのは初めてだ。


 ぱっと見、痛々しい破壊の爪痕は色濃く残っている。が、人々は普通に暮らしているようだ。前世のように、建築法やら安全の問題でちょっとでも柱が歪んでいれば建て直す、という事はないらしい。あくまでも完全に人が住めないような廃墟になってしまった家屋は撤去し、屋根がはがれたとか、壁が崩れた、ぐらいの損害ならそのまま生活しているようだ。


 逞しいというかなんというか。まあ、人間基準でいうとどれもこれも半分ぐらいの小さなサイズなので、家屋の安全基準も大きく違ってくるのだろうけど。


 あるいは資源の節約か。


 壁にざっくりと刻まれた爪痕に、編み目状に木材を宛がって斬新なデザインの窓にしている家をみかけて、私は思わず唸りを上げて感嘆した。たくましい。


 その上で改めて街並みを観察すると、非常によくできた計画都市であるのが見て取れる。日本でいうとかつての京都が編み目状に発達した交通網を持ち、それに合わせて家屋が並んでいた、とされるのが有名だが、この街も負けてはいない。


 迷路のように街内部にも存在する防壁、それと一体化するように無数の家屋が並び、道路は恐らく馬車か何かが通りやすいように広く作られている。道の幅は一定で、最初からきちんと交通網を整備されており、なおかつ身勝手な建築物の拡大が行われていないのが見て取れる。卓越した手腕を持つ為政者の元で正しく都市運営が行われており、かつ、住人が自己中心的に身勝手な事をしていない。高い教養がこの世界に存在しているのが見て取れた。


 それが教育によるものなのか、この世界の住人が生来持ち合わせているものなのか、それについてはまだよくわからないが、恐らく後者だろうと思う。街の住人は突然の来訪者に吃驚したように物陰に隠れてこちらを観察しているようだが、その視線には好奇心の色が強い。自分達の住処の破壊に関わった相手であるというのに、敵対的な視線の一つもないというのは戸惑ってしまう。


 足元で「どうでしょうか? よい街でしょう?」とでも言うように見上げてくるオルタレーネに思わず笑みが零れる。彼女がこの街に来てからそう月日が流れていないはずだが、随分と馴染んだようだ。それだけ優しい人が多いのだろう。


「●◆×! オルタレーネ◆●!!」


 不意に聞きなれない声で、覚えのある言葉を耳にして顔を上げる。


 道の向こうから、大声でオルタレーネの名前を叫びながら向かってくる一人の霊長がいる。


 ずいぶんと大きい。縦にも横にも。恰幅がいいというのだろうか、猫系の顔つきをしたその逞しくふくよかな霊長は、エプロン姿で声を張り上げながらノシノシとこちらに向かってくる。


 威圧感たっぷりのおっかない霊長だったが、その姿を目の当たりにしたオルタレーネは明らかに既知の、それも親しい人に出会った反応を示した。笑顔で小走りで走り寄ってくる彼女を、ネコ獣人はがっしと抱き止めた。豪快ながら繊細で、慈愛に満ちた抱擁。間違いなくオルタレーネとは赤の他人のはずなのだが、抱きしめ合う二人はまるで親子のように見える。


 なんていうか、私には獣人の年だとか性別だとかさっぱり分からないが、女将、と呼ぶのが相応しい気がした。


「オルタレーネ●★、◆×◆◎?」


「◎◆×★、◆●スピノ◆」


「スピノ?」


 ネコ女将がオルタレーネと会話を交わした後、首を巡らせてこちらを見上げてくる。穏やかな目が私と目が合った途端に鋭く細められ、その眼光の強さに思わず仰け反る私。


 体格でも体重でも何もかも私が上回っているはずなのだが、ネコ女将の眼力が強すぎる。とんでもなく我が強いというか、オーラが只者ではない。というか彼らからすると全長14mのスピノサウルスは、体感28mとかいう特撮怪獣か何かかっていうサイズに見えるはずだ。それに全く怯む様子を見せないのは怖い物知らずとかを通り過ぎて覚悟決まりすぎではないだろうか。やはりこの獣人、尋常ではないと見える。


 とはいえ気圧されてばかりもいられない。とりあず腰が竦むのはしょうがないとして、視線だけはそらさないように相手の目を真正面から見返す。


 ネコの喧嘩は目を逸らした方が負けともいう。何やらオルタレーネと親しい仲のこの獣人に悪印象を与えるのだけは避けたかった。


「グルルル……」


「◆●……」


 真正面から睨み合う二人。周囲の街の人は固唾をのんで見守っているようであり、何人かが女将に近づいて「やめときましょうよぉ」という感じに袖を引っ張ったが、女将は小動もしない。


 一分か、十分か、それとも30秒ぐらいか。ガン合わせは突如として終わりを告げた。


「……◆●! ●◆×★〇■! ニャッハッハッハ!」


 突然女将が呵々大笑と、私にもはっきりとわかる形で何やら満足そうに笑い始めた。そのままノシノシ近づいてきた女将は、あっけにとられて茫然とする私の鼻先を何やらベシベシ馴れ馴れしくはたくと、満足したように踵を返して帰って行ってしまった。


 なんだったの……?


 説明を求めて街の人たちに視線を向けるが、彼ら彼女らも「いや、何が何だか……」と首を振る限り。オルタレーネならわかるだろうか、と彼女に目を向けると、何故か彼女は顔を真っ赤にして視線を逸らした。


 何で?


 

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