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異世界スピノ ~恐竜に生まれ変わった私はスローライフを希望する~  作者: SIS
ウォールランド王国騒乱

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第33話 オルタレーネの視点1



「4番テーブル、モカフェ一つにフレンチトースト。6番テーブル、ミルクにサンドイッチね」


「はーい」


 昼下がりの喫茶店。通常の飲食店なら一休憩入る所だが、喫茶店はまだしばらく忙しい。


 食後の一杯を求めてやってくる客を出迎えるべく、静かに、しかしキビキビとウェイトレス達がキッチンとホールを往復する。


 その中の一人として、オルタレーネは今日もせっせと働いていた。専用にあしらえてもらった親指を通す穴が開いているお盆を手に、彼女には少し低いキッチンの天井をしゃがむようにしてメニューを受け取る。


「あ、来た来た。こっちでーすぅ」


 ホールに戻ると、メニューを待っていたらしい常連が手を振ってオルタレーネを呼んでいる。先に声をかけられちゃった、と彼女は急ぎ足でメニューを配膳した。


「はい、お待たせしました。モカフェ一つにフレンチ、ミルクとサンドイッチです」


「ありがとぉ」


 まるっとした毛むくじゃらの客が、鼻をひくひくさせてコーヒーの香りを楽しむ。大きな鼻を見て、オルタレーネは少し同族の事を思い出した。ノルヴァーレ帝国は寒い北の山にあり、暖かいコーヒーは人気のある飲み物だった。


「お客さん、最近よく来ますけど本業、大丈夫なんです?」


「んー。しばらくは休業、カナー。仕事場がペシャンコになっちゃって……あ、僕、印刷関係の仕事をしてますぅー」


「ペシャンコ、ですか」


「そうなのぉー。こないだのスピノ様と飛竜との闘いに運悪く巻き込まれちゃってねー」


「そうですか……」


 相槌を打ちつつ、ちらりと窓から街の景色に目をむける。


 丸ガラスをいくつも組み合わせて作ったステンドグラスのような大窓からは、ぐにゃぐにゃに歪んではいるものの街の様子が見て取れる。


 いくつもの家屋が、言葉通りぺしゃんこだ。むしろ無事な家の方が少ないあり様である。この辺りの通りは、飛竜とスピノの肉弾戦の現場になったおかげでめっちゃくちゃだった。この喫茶店は幸いにして屋根のレンガがいくらか脱落しただけで済んだが、両隣の家には巨大な脚跡が残されている。


 壊したのは殆ど家屋を足場にしていた飛竜だが、スピノも若干破壊には関わっている。他にも大きな被害だと、踏み台にされた防壁が崩れかけているとか、自慢の看板をもぎ取られた商店とか、いろいろだ。


 幸いにして、家屋の強度に自信がない住民は早々に避難していたし、避難し遅れた住民も家の奥で箪笥の中などに入り込んで身を守っていたため死傷者はほぼゼロ、負傷者も破壊の規模を考えると驚くほど少ない。


 理由としては、飛竜によって焼かれた家屋が最初の数軒で済んでいたからだろう。


 スピノが飛竜を倒してくれたから物理的な家屋の損壊で済んでいるのであって、もしスピノがこなければ飛竜は住民を文字通りあぶりだすために火をつけて回っただろうというのがギルドの見解だ。事実、この街にくるまでに飛竜が腹ごなしで襲ったであろう小さな村の中には、何もかも焼き尽くされて炭の山になっていた場所もあるという話を、レギンと名乗る冒険者からオルタレーネも聞いていた。


 おかげで、街の復興に忙しいという事もあってスピノを討伐しようとか報復しようという動きは今のところない。オルタレーネとしては胸を撫でおろすばかりだ。


 見ている前で作業員が倒れた柱を引き上げ、レンガの山を山車で運び、倒壊した家屋の撤去を行なっている。しかしながら破壊規模に対して人手があまりにも足りていないようで、遅々として作業は進んでいないようだった。聞いた話だと資材も足りてないらしい。石はどうにかなるが、木材の方でトラブルが起きていると。


「新聞社が機能してたら大ニュース、号外バンバン刷ってたんだろうけどねぇ。残念ながらそちらもお休み中。一部の社員が、気合で瓦版を刷ってるみたいだけど、みた?」


「あ、はい。ギルドからの今回の飛竜の襲撃についての公式見解とかかいてありましたね」


「そうそう。死体を調べたら、古い伝承に名前が出てくるようなヤバイ奴だったみたいだねぇ、あの飛竜。レギン君が急いで戻ってきてくれたけど、スピノ様が居なかったらどうなっていたのやら。感謝しないとねぇー」


「ええ、そうですね」


「こらー、オルタレーネちゃん、お客さんの相手も大事だけどメニュー回してちょうだい!」


「あ、はーい。すいません」


 長話が過ぎたようだ。同僚に声をかけられ、オルタレーネは客にちょいと頭を下げると盆を持ってキッチンに向かった。


 この日の喫茶店の客足は多く、忙しさに忙殺されて何かに思い悩む暇はオルタレーネには与えられなかった。





◆





 翌日。早朝の街を、オルタレーネは一人ぶらついていた。


 喫茶店は休みだ。材料が尽きてしまったらしい。


 彼女は私服は持っていないので、喫茶店の侍女服のまま。そんな彼女に、街の人達は気さくに声をかけてくれる。


「オルタレーネさん、おはようございます。今日は良い天気ですな。気分が上向きます」


「そうですね。私も翼がじんわり温まります」


「あ、オルタのねーちゃん。こんにちは!」


「はい、こんにちは。足元に気をつけてね」


 通り過ぎる街の人たちが、彼女に気軽に声をかけてくる。


 オルタレーネに対して彼らは驚くほど壁意を持たなかった。彼らより頭いくつぶんも高く、毛に覆われていない肌を持ち、根本的に造りの違う顔をもつ彼女を、街の人々は大らかに受け入れている。それは素晴らしい事なのだろう。


 だけども。


 オルタレーネは見る。


 自分の頭がつっかえてしまうような天井の低い家。誰一人として、彼女と視線を合わせる事のできない体格の違い。


 この街でどれだけ人が集まっても。そこにオルタレーネ自身が紛れる事はできない。どれだけの人が集まっても、彼女一人だけが悪目立ちしてしまう。


 故郷と違って、ここではオルタレーネに冷たくあたる者はいない。誰もが彼女個人の人となりを見て、その上で好意的に接してくれる。それは違いない。それは間違いないのだ。


 だが……。


「……スピノ様」


 思い返されるのは、言葉の通じない巨獣の事。


 人と触れ合う事の出来る倫理と知性を持っているのに、それゆえに、言葉が通じない、それだけで俗世と距離を置いている人。


 どこか、寂しい諦めを抱えた人。冷たい壁に、しょうがない、と笑って背を向けてしまう人。


 彼は今、どうしているのだろうか。無性に彼の顔が見たくなって、オルタレーネは踵を返した。


 向かうのは、街の外れに聳えている世界樹の麓だ。スピノがここへ定期的に食事に来ているのは知っている。巨木の根元まできたオルタレーネは、軽く周辺に目を通して肩を落とした。


 どうやら、入れ違いになってしまったらしい。真新しい食事の痕跡を目にする限りだと、どうやら彼は食事を終わらせて住処に戻ってしまった後のようだ。


 だが逆に言えば、今から寝床に向かえば確実に会えるはず。彼女は気持ちを切り替えて、世界樹の梢を見上げた。


 ノルヴァーレ帝国では女神を敵視しているため、それに携わる遺産である世界樹は切り倒されてしまっている。なので、ここにきて初めてオルタレーネは生きた世界樹を目にした。


 大仰な名前に負けぬ、雄大な生命力を感じる巨木だ。一体何千年、いや、何万年この地に立っていたのか想像もつかない。サハラの湖も古くからあるというが、こちらは地殻変動で後から出来た湖なのがわかっている。それよりも昔からこの大樹は人の営みを見守ってきたのだ。


 この木からすれば、人種の違いや、信仰の違いなど些細な事なのだろうな。オルタレーネはそんな事を思いつつも、軽く地を蹴った。


 翼を広げて上昇し、世界樹の枝に飛び乗る。それを繰り返して、世界樹の上へと昇っていく。オルタレーネは飛翔は得意な方だが、湖を渡るとなると高度を稼いだ方が楽である。


「そういえば、スピノ様の前で飛ぶのを披露させていただいた事はありませんでしたね」


 純粋に機会がなかったのだが、もしかすると彼はオルタレーネが飛べるとは思っていないかもしれない。そんな彼女がひょっこり神殿にやってきたら、彼の事だ、素直にびっくりしておもしろリアクションを見せてくれるかもしれない。


「……ふふ!」


 大きな竜が目を白黒させて仰け反る様を想像して、彼女は頬を緩ませた。言葉が通じないからというのもあるだろうが、彼はどうにもオーバーリアクションだ。初めてあった時も、わざとらしい大げさな動きに大分毒気を抜かれたのを思い出す。


 再開を期待して胸を膨らませつつ、オルタレーネは良い感じの風を待ち続けた。


 強い風が梢を揺らす。待っていたそれに、翼を広げて身を投げる。


 一瞬、体が落ちる感覚に臓腑が浮く。だが広げた翼が風を受けて、瞬く間に彼女の体は空へと舞い上がった。薄い皮膜が圧力にたわむのを指先で調整しながら、凧のように上昇していく。高度を上げるにつれて気温が下がり空気が薄くなるのを感じるが、北方の山脈を飛んだ時に比べればなんという事はない。


「やっぱり飛ぶのは楽しいな……」


 自然と笑みが浮かぶ。一度翼を羽ばたかせて体勢を整える。一度捉えた風に固執しすぎるのはよくない。皮膜の翼は羽毛の翼に比べるとどうしても頑丈さに一歩劣る、限界を見極めるのが大事だ。


 あと今日は晴れているようだが、雨にも注意だ。羽毛の翼も濡れると駄目なのはかわらないが、あちらは油である程度水をはじく事ができる。それに対し皮膜の翼は剥きだしだ、濡れればすぐに翼は重くなり熱を奪われる。


 思えばスピノに出会った日も、そのせいで追っ手を振りきれず追いつかれたのだ。


 そして、唯一の侍従が囮になって、オルタレーネを生き延びさせてくれた。


「……ギレル……」


 幼馴染でもあった侍従の顔が思い浮かび、オルタレーネは首を振った。


 彼の事を振り切った訳ではないが、今からスピノの元に行くというのに浮かない顔をしていたら心配させてしまう。


 気持ちを切り替えて、眼下に広がる風景に目を凝らす。


 この高度で沖合にでれば、いくらサハラの湖が広大とはいっても向こう岸が辛うじて見える。北の方には規則正しく整理された森が広がり、さらに向こうにいけば寒々と黒い山脈が壁のように聳え立っている。東の方にいくとやがて森は途絶え、やや乾燥気味の高原が広がっているのが見えた。南は……この位置からだとまた湖の対岸が見えない。少し興味はあるが、今の所用事もない。


 そうやって周辺を一望し、オルタレーネは首を傾げた。


「おかしい……」


 記憶によれば、スピノの住処にしている神殿はこのあたりにあるはずだ。なのに、上空からは湖にそれらしき建造物は見いだせない。見落とした? いや、あれだけ大きな建造物を見落とすはずがない。そもそも神殿は一連の遺跡群の一部であり、小さな村ぐらいある無数の廃墟が周辺に広がっているのだ。オルタレーネは鷹のように地上を見通すほどの目は持っていないが、それでもあれを見落とすはずがない。


 もしかすると、と高度を落とす。


 湖の怪物を刺激しないよう慎重に。やがて湖面にはっきりとオルタレーネ自身の姿が映るほどに高度を落とすと、にわかに空が曇り始めた。


 あまりにも不自然な現象。常であれば雨を警戒して引くところだが、オルタレーネはこれがある種の見せかけである事を既に知っていた。


「やっぱり。何かしらの守りが今も生きてるのね」


 そのまま曇り空の下をまっすぐに飛ぶ。湖上には霧も出てきて、明らかに不穏な予兆であったがそれを全て無視して進む。


 と、ある程度進んだところで急に霧が晴れた。灰色に濁っていた空もいつの間にか晴れ渡る青空に代わっている。


 そして眼前には、水に沈む遺跡群。一度来たばかりで、それもつい最近の事にも関わらず、オルタレーネの胸に長い旅を経て実家に帰ってきたような深い安堵が満たされた。


「スピノ様!」

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