第九話 一人の女子生徒
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「ん~~。よく寝たあ~~」
ベッドの上で背伸びをする。最高の朝。最高の目覚め。なぜか荒哉は、そう感じていた。今日は上京前日の日曜日。荒哉の頭の中は上京という言葉が駆け巡っていた。
頭の中から上京という言葉が離れないせいか、荒哉は起きた瞬間から早速、荷物をまとめ始めた。
正直言って、この学生寮でまだ三日しか過ごしていないというのに彼はもう新天地に出向く。荷物を三日前にこの部屋に入れたはずだが、今日の三日後に一気に出す始末。
だがそんな細かいことを、荒哉は気にすることはなかった。
荒哉は起きて早々、着々と明日の準備を進める。気が早いのかもしれないが、あとになって泣きながら準備する自分が荒哉の頭に浮かんでいた。
「お~っす!起きたか荒哉?」
そこへ相変わらずの気さくな性格が目立つ双麻が部屋のドアから覗くように声を掛けてから、部屋に入室した。
荒哉は準備を優先するので未だ寝巻き姿なのだが、双麻は私服になってラフな姿に。
「ねえねえ。双麻様」
「なに?」
「ここが双麻様のお部屋ですか?」
「うん。そうだよ」
「げっ。こんな寝巻き男といて大丈夫ですか?」
「うん。彼はいいやつさ。もしかしたら僕よりも強いかも」
「まさか。双麻様のほうが強いですよー」
寝巻き姿の荒哉の目の前で、後ろにいる連れの女子達と楽しそうに話をする双麻。
それにはさすがの荒哉も苛立ちが募る様子が窺えた。
思春期男子にとってなんとも羨ましいことだが、その思春期男子が今の現状に置かれるとまあ苛立ちを募らせるのは当然だろう。
だが、舞い上がっている双麻にはその配慮ができなかった。
連れの女子は双麻と笑顔で楽しそうに話すが、一人の女子生徒はどこか心配そうに荒哉のほうを見ていた。ただ、肝心の荒哉はその視線に気付くことなくそっぽを向いてなにやら小言でグチグチと文句を吐いている。
そんな中、女子との会話に夢中な双麻は部屋のドアを閉めてこの場をあとにする。荒哉にとって今の双麻の行動はとても許せなかった。苛立ちはただ増すばかりだった。荒哉は早速、双麻の欠点を見つけてしまった。
荒哉にとって今の行動は悪気があってやったわけではないことを信じたかった。だが、誰だって自分の寝巻き姿を見られるのは嫌だろう。しかも寝癖があったりとセットされていない状態。
荒哉は過剰なほど外見に頓着するわけではないが、ある程度は気にしている。
だからこそ、寝起き姿を誰かに見られるのは恥ずかしいうえ、その状態をいつまでも続けさせられるのには苛立ちを募らせるほかないだろう。
荒哉は不機嫌な状態で先にせっせと寝巻きから私服に着替え始める。朝からの出来事に荒哉の口からは深いため息が出る。
そんな中で、突如として再び部屋のドアが開いて一人の女子生徒が様子を見に来るが……。
「キャッ!」
「え?あっ!ご、ごめん!すぐ着替える!」
荒哉が着替えている最中にドアを開けてしまう展開に。女子生徒は思わず手で視界を遮る。荒哉はその間に猛スピードで着替えて髪型もある程度で整える。
荒哉は完了したところで、部屋のドアを開ける。
「ごめん。着替えてなくて」
「あっ。いや。こちらこそ、着替えていると思わなくて確認せずに入ろうとしてしまったので」
申し訳わけなさそうに話す女子生徒。荒哉はその女子生徒の名前は知らなかったが、その姿は見たことがあった。セミロングに清楚な感じが特徴的な女子生徒。可憐で顔立ちがかなり整っていた。
生徒会長である庵奈もまた清楚だが、荒哉は庵奈の本当の性格である小悪魔的な雰囲気を知っているため清楚と言われると目の前の女子生徒が当てはまるだろう。
そしてさらに言えば、その女子生徒は入学式当日に荒哉と双麻が観戦した武力決闘で勝利を収めたあの女子生徒だったことに荒哉は気付いた。
「もしかして、入学式の武力決闘で戦ってた…」
「はい。そうです」
「でもなんで双麻と?」
「あー。その…私は入学時の次席で…世で言われる十二族とは違うのですが…周りからはよくしてもらってて。友達が双麻様と一緒に会おうって誘われたんですけど。ルームメイトであるあなたに迷惑を掛けてしまったときは、その…申しわけない気持ちで…」
荒哉は彼女が入学時の次席だったことや、迷惑を掛けたと思って謝罪するということに対して驚いた表情になっていた。だが同時に、双麻といた理由がよくわかった。
「あの…お名前を聞いていいですか?」
「え?ああ…僕は、八千戈荒哉。君は?」
「私は佐々木累和です」
「そうか。よろしく。佐々木さん」
「はい。八千戈さん」
二人が固い握手を交わす。このときの荒哉にはなんで自分の名前を聞いてきたのかがよくわからなかったが、その疑問に答えるかのように累和は話を進めた。
「それと…、確認という形で聞きたいことがあるのですが…。あなたも来週に上京しますよね?」
「え?」
荒哉は一段と驚いた表情を見せる。
彼女は今日荒哉を見たのは初めて。別にストーカーなどという行為はしていない。だが、彼女は知っていた。それはなぜか……。
「なんで知ってるの?」
「その…次席ながら、生徒会長さんからお話をいただいたのです」
「それは、適正武器検査の?」
「はい」
「でも武器、持ってるよね?」
「はい。ですが、この武器は私に合っていないと結果が出てしまいまして、結果的には上京という事態になっていたのです」
その話を聞いていて荒哉のい表情がだんだん和らいでいき、胸をなで下ろす。
累和はそんな荒哉に首を傾げる。
「…あっ。ごめんごめん。ちょっとホッとしちゃってさ。確かに 僕も上京するんだけどさ。僕だけかと思ってて。やっぱ一人だと心細い面があったりしてさ」
「なるほどです。確かに、上京ですもんね」
合ったばかりの二人は会話を弾ませる。彼らからは笑顔も見られてとても初対面とは思えなかった。荒哉自身も女子とこんなに話すことになるとは思っていなかった。
「そうだ、『FID』交換しよう」
「はい」
そう言って荒哉は部屋から腕輪型通信デバイスを持ってきて、累和は腕に付けていた通信デバイスをいじり始める。
そしてお互いにデバイスをくっつけたかと思いきや通知音が鳴り響く。
二人がしたのはFIDと呼ばれる学生専用の通信会話機能。約一世紀前に大きく発展したSNSに似た仕組み。
Fはfriend、IDはidentifier。
まず、腕輪型の通信デバイスには生徒個人の情報で所有者権限を設定した。その情報はただ権限を設定するだけでなく、コミニュケーション機能に併用して画面内での会話形式や通話形式はもちろん。投影型の通話機能もあり多くの生徒とコミュニケーションができる。
この学校では欠かせないツールだ。
「よし。これでオッケー。ありがとう」
「はい。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします」
「あっ…よ、よろしくお願いします」」
荒哉は丁寧な言葉遣いの累和に、一瞬どう答えればと悩みながらも同じように伝える。
荒哉にとって初めて同級生の女子と話た瞬間だった。
「私は、これから用事があるので」
「あっ。そうか。ごめんね」
「はい。では!」
荒哉に笑顔を見せてこの場を去って行く。累和は人並み以上に可憐さがあって魅惑的な雰囲気があったりする。顔つきも整っているので男子ウケがいい。そう荒哉は分析する。
荒哉はあまり異性と話したことすらない彼は、攻め寄られると弱いが同時に察しがいいわけでもなく。さほどのことでないと気付かないことがある。
ゆえに、彼に対して人並み以上の可憐さが発揮されていたとしても軽い具合で捉えることで留まった。初めてとあって当然ながら好意までは抱かず、一目惚れなどということも両者ともに起こらず、会話は終了した。
付近にある階段入り口からは、気付かれまいと隠れながら傍観者のように盗み聞きしていた者がいた。
「順調だ……」
そう言って事の区切りが付いたことを確認すると、背を向けて階段を降りて去って行く。
その際、アクセサリーが揺れてぶつかる音が密かに響いた。