1話
※普段読み専な作者が血迷って書いた作品です。色々とご注意下さい。
※最初の方で主人公が土砂災害に逢う描写があります。苦手な方はご注意下さい。
「行ってきまーす!」
それが祖父母と交わす最後の言葉になるなんて、思いもしなかった。
9歳の時に両親が飛行機事故で亡くなり、それまで住んでいた都心から離れた、海と森に囲まれた田舎に住む祖父母に引き取られてから早7年。今年で15歳になる自分は、いつものように畑に向かう祖父母の背中に声をかけながら家をでた。
自分たちも高齢でありいつまで孫の面倒を見れるか案じた祖父母は、それまで触れてこなかった自然に溢れた田舎であることを活かし掃除洗濯などの他、採れたての山菜や猟で得た肉や魚を使った料理、畑の耕し方や野菜の植え方などを教えこんだ。おかげで男子中学生であるにも関わらずすっかり家事の腕があがり、忙しさに両親を亡くした寂しさもいつの間にか紛れてしまっていた。
今では朝起きて朝食作りと並行して夕飯の仕込みをしてから学校に行き、夕方は家に帰って夕飯作りと洗濯をするという穏やかでも忙しい日々を過ごしていた。
そんな、穏やかな日がこれからもずっと続くのだと、理由もなく信じていた。
両親を亡くしたときに、日常なんて一瞬で変わってしまうものだと痛感していたのに…。
自分の通う学校は海が見渡せる崖の上にあり、海を眺めながら崖沿いのガードレールと縁石が敷かれた通学路を歩くのが好きだった。往路は上り坂なため学校に着く時にはすでに疲れきっているが、帰りの沈む夕陽を眺めながらのんびり歩く時間が大好きだった。
その日もいつもと同じように夕陽を眺めながら道を歩いていると、「ガラ…」という小さな音と共に、ふわりと身体が浮く感じがした。
なんの前触れもなく足下が沈み、崖が崩れたのだと察したもののどうすることもできずにあちこち身体をぶつけ、上も下も分からないまま冷たく重いものが身体を覆っていくのを感じた---
自分が覚えているのは、そこまでだった。
冷たく、重いものが自分を覆っている…。
徐々に眠りから覚めるように、意識が浮かび上がる。
酷く重たい目を開けると目の前は真っ暗だった。周りの状況を確認しようと手を伸ばそうとすると、硬い土の感触がした。
意識を失う前の状況から自分は生き埋め状態になっているのではと察し、なんとかそこから出ようと手に力を込めると、硬いと思っていた土は案外呆気なく崩れた。
(まずは、ここから出ないと…)
そのことのみを意識し、痛みこそないものの力が入りにくくなっている腕を懸命に動かす。無心になって土を掘り進めいくと、隙間から眩い光が差し込み思わず目を瞑る。
(ようやく、外に出れるのか…?)
正直、身体は疲れきっておりもう一掻きともしたくなかったが、差し込む光に気力を奮い立たせててを伸ばす---。
そうしてなんとか外に出た自分の目に飛び込んできたのは、晴れ渡る空。
---などではなく、明るく光る草やキノコに照らされた水晶が幻想的に光る洞窟だった。
先程感じた眩しさは水晶に反射された煌めきが、明るさに慣れない目に差し込んできたせいだったらしい。本当なら暗闇に包まれているであろうその空間も、所々にある草や水晶により問題なく明るい。
そうして不思議な光景に目を奪われつつも、怪我の有無を確認しようと何気なく腕を上げてみる。
見えたのは所々白銀色の金属に覆われている、透明な水晶のような鉱石で出来た手と鋭く伸びた爪だった。
『…っはっ?!』
自分は人間であり、男にしては白いが普通の手と爪をしていたはずだ---
驚きに思わず声を上げるが、自分の口から出たのは
「…ぴぎゃっ?!」
という幼い爬虫類みたいな鳴き声だった。
(一体、なにがどうなっているんだ…?!)
目の前の光景に理解が追いつかず、頭の中がぐちゃぐちゃで真っ白になる。
とりあえず光る草の近くでもっと自分の身体をよく見ようと歩こうと穴からでる---
-とそのとき、人の怒鳴り声と蝙蝠のような獣の叫び声が聞こえ、続いて金属がぶつかり合う音や人の叫び声が響き渡った-
(なになに…? 一体何が起こってんだ---?!)
祖父母と暮らしていた田舎では時々イノシシ猟が行われ、鉄砲の鳴り響く音と獣の叫び声は耳にした事がある。
だが直接狩りに参加したことがなく、極々普通に高校生をしていた自分には、あまりにも--- 生々しすぎる叫び声や金属音だった。
(こここ、怖い…っ!! とにかく、隠れなきゃ!!)
恐怖で混乱した中でも生存本能が働き、先程出てきた穴の中に戻り必死で土をかき集めて自分に被せ、息を潜める。
---しばらくジッとしていると、やがて獣のかん高い断末魔が響き渡り、思わず身体がビクリと震える。
そのまま息を潜めていると、何人かの話す声が聞こえてくる。
が、その言葉は日本語ではなく、理解できず内容も分からない。
(自分と同じ『人間』であるなら、直ぐに出ていって助けを求めたい…!)
何もかもが理解できない今、誰でもいいから縋りたい---
そんな気持ちが溢れていっぱいになるが、それと同時に先程みた自分の異形な手が浮かび、なんとか思いとどまる。
相手が自分の姿を見て化け物と判断し襲ってこないとも限らないからだ。
(早く、早く遠くへ行ってくれ…!!)
とにかく今近くで他人の息遣いが聞こえるのが落ちつかない。
恐怖に潜めた息が乱れそうになるのを懸命にこらえ、その場でジッと待ち続ける。
そうしてようやく、人の声が収まり足音が遠くへと去りやがて聞こえなくなってからようやく息を着くことができた。
(手や爪といい、さっきの獣の声といい… 一体なにがどうなっているんだ…?!)
バクバクとうるさい心臓を落ちつかせようと深呼吸をし、とにかく現状を把握しようと隠れた穴から這い出し、先程音がしていた場所に近づいてみる。
その途中、自分足下に目を落とすとやはり見える範囲の身体は水晶のような鉱石が所々白銀色の金属質に覆われたようになっており、更には黄金色の金属や青い透明な鉱石も埋まっていた。
『…な、何なんだこの身体は…?』
「…ギ、ギャルァ?」
思わず声を上げてしまい、そして(ヤバっ…!!)と感じて自分の口を塞ぎ耳を澄ませる。
幸い、先程の人間たちは既に遠く離れていて聞こえなかったらしい。
辺りは静まり帰っており、思わず止めていた息を吐き出す。
(鉱物でできた身体… まさか、ゴーレムにでもなっているのか…?)
自分は人間であり、そんなことは有り得ないと思いながらも過去のゲームに登場した魔物の姿を思い浮かべる。
しかしこの身体には尻尾も着いており、額に手を伸ばすと一本の角が生えていた。
しばらくその場で立ち止まって呆けていたが、いつまでもこうしてはいられないと再び歩き出す。
そうして獣と人が争うような声がしていたところに近づくと…
そこには翼をもぎ取られた、大きな牙をもつ蝙蝠の姿と、散らばる矢。それに折れた剣先があった。
恐る恐る蝙蝠に近づくと、目が虚ろに開ききっており死んでいるのがわかった。 グロテスクではあったが危険がないことがわかったため少し落ちつきを取り戻すと、改めてその蝙蝠を観察してみた。
その蝙蝠の表面は毛ではなく岩で覆われ、身体は自分と同じくらいの大きさがあり牙も異常に長く鋭いことがわかった。
この蝙蝠と戦って折れたのであろう剣先も見てみようと近づき覗き込むと、そこには…
洞窟の明かりに照らされ煌めく、---龍の顔が映っていた。
(はぁあっ?! りりりり、龍っ??!)
何かの見間違いではないかと改めて剣先に映るものをよく見てみると、そこには表面が白銀色の金属で覆われ、目も金色と蒼い宝石でできた、西洋のファンタジーモノによく登場するような龍の姿があった。
ただし、その姿はなんだか小さく丸っこい。
(ゴーレムかと思ったら、龍だって…?!!)
自分は日本で崖崩れに巻きこまれて、そして恐らく死んだはず… それなのに今はこうして踏みしめた地面や手で触れたものの感触を、気味が悪い程リアルに感じている。
(悪い夢なら、どうか覚めてくれっ!!)
こんなおかしな出来事は、あるはずがない。きっと夢だ---
頭が混乱しイヤイヤするように頭を抱えて蹲るが、その動きでも空気の震えや抱えた頭に感じる冷たくゴツゴツした感触を感じてしまい、涙がでてくる。
そうしてしばらく蹲まっているが、ひとしきり泣いて気持ちが少し落ちついたせいか、自分が空腹であることに気づいた。
何か食べて落ちつきたいなと思って辺りを見回しても、洞窟の中には岩と光る草やキノコと水晶、そして蝙蝠の死骸と折れた剣先しかない。
(キノコに蝙蝠の死骸… しかも、生…)
食べる気にはなれない。
しかしどれだけ辺りを見渡しても、見える範囲にはこれ以上何も見つからない。
どうしようかと俯いくと、視界に折れた剣先が入ってくる。
(いっそのこと、この剣先で自殺しようか…)
そんな物騒なことを考えながら眺めていると、突然剣先が美味しそうに見えてきた。
(ついに精神までヤられてきたか…)
とは思うものの、なんだか剣先から目が離せない。
拾い上げて眺めてみても、(食べられる…?)という思いが頭から離れない。
気は進まないが、本能のまま剣先を一舐めしてみる---
当然鉄の味がするかと思ったが、予想に反して鉄臭さはなくせんべいを舐めたかのような味がした。
思い切って剣先をかじってみると、やはりせんべいのような歯ごたえがあった後、「バキンっ!」と剣が折れた。
勢いでそのまま咀嚼して飲み込むと、ちょっとだけ腹が膨れるのを感じた。
『ハハッ… なんだよ、これ…』
呆然と呟くも、今起きていることは変わらない。
どうやら自分は崖崩れに巻きこまれ、そして---
---化け物となったらしい。
お読み下さり、本当にありがとうございました!