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12 屋台の蒸かし芋と腸詰

 「自分のことは自分が一番よく分かっている」という旨の言葉を、時折文字で読んだり、もしくは耳に挟むことがある。なるほどそれ自体は至極真っ当な内容に聞こえる。だが、私のようなぽんつくには、正しく自己を認識するというのも存外難しいものだ。己の全てに逐一気を払って生きていけるほど器用者でもない。例えば、今のように。






 納品の帰りだった。その日は朝の内に用事を済ませようと、早くに王都の平民街へ繰り出したのだが。私が懇意にしている商店がまだ開いていなかったり、別のお店で勝手が分からず余計に手間取り、ちょっとばかし予定に遅れが出ていた。

 午前中に買い出しまで済ませておきたかったけれど。ままならないものだ。先に何か腹に入れておこうか。私は小腹が空いていた。


 王都の平民街には、それなりの数の飯屋がある。外で何か食うのには困らない。そのはずだった。私がこうして困っているのは、ひとえに私の心の動きに起因する。

 小腹が空いたので何か腹に入れたいが、何を入れればいいのか自分でも分からない。平民街で最も手軽に摂れる食事の一つであろうポリッジと黒パンは、朝食べたしな。二食続けてと言うのも芸がない。食べたくないものはわかるが、食べたいものがわからない。胃は小さくきゅるると鳴るだけで、入れて欲しい食べ物を答えてくれるわけもなし。どうしたものやら。

 私はそれらを提供してくれる飯屋の店先を目端に捉えながらも、そのまま視界の端に見送って歩き続ける。貴族街の方なら、物珍しい料理を出す店もあるんだけどな。でも、この後は買い物も控えているし、そんな遠くまで歩くというのも、ちょっと気が引ける。

 こういうのは考えたとしても、得てして答えは出ない。飯を選ぶ基準というのは、つまるところその時々の気分による。たゆたうものだ。常に正しく一定な理屈で飯を食うやつはそうはいるまい。そして答えのあやふやな問いを考えているうちに、空腹は強まっていってしまうのだ。

 すっぱり決めてしまおう。なんなら昼飯は適当に済まして、夜に良いものを食えばいい。


 しかしながら。歩を進めていると、今度は飯屋を見かけること自体がなくなってしまった。薬屋。糸問い屋。貸本屋。様々な店々が連なる。でも、飯屋が見つからない。普段取引がある商店の辺りならともかく、私はあまりこの辺りに土地勘がない。これから進む先に飯屋があるかどうかも分からなくなってしまった。かといって引き返すのも間抜けだ。まずい。まずいぞ。

 もうなんでもいいから次に目に入ったところにしようかと、半ば捨て鉢な心持ちで街を歩いていると、とある路地の向こうに、珍しいものを発見した。

 それは、屋台だった。木で造られたそれは、小さめの馬車くらいのサイズ。日本のお祭りの夜店のように目立つ装飾はつけておらず、屋号さえない。有り体に言って地味だ。飯屋を見逃さないために目を凝らしていなかったら、見過ごしていたかもしれない。足早に近づいて、様子を窺う。ちょうどそのとき、屋台の前で待っていた客と思しき男に、屋台の中から何かが手渡されるのを見た。串焼きだった。芋とウインナーが交互に刺さっている。


 いいじゃないか。小腹が空いていてなにか適当に入れたいという折に、屋台の串焼き。TPOを弁えているというか。シチュエーションとしてはぴったりだという感じがする。私は早速屋台の主に声をかけた。


「すいません。さっきの人と同じの、お願いできます?」


 店主は、スキンヘッドの大きな男だった。屋台の外で見れば威圧感がありそうだが、けして大きくない屋台の中で窮屈に身を置いているのを見れば、ちょっと不憫でさえある。店主は私を見下ろしつつ、きわめて薄い表情で答える。


「あいよ。250エンな」


 私から硬貨を受け取ると、店主は屋台の中で手狭そうに動き始める。用意されている機材は、蒸し器であろう。店主が蓋を開ければ、沸き立つ湯気の中に、小ぶりなマレイショが皮付きのまま蒸されていた。同時に蒸されていたウインナー二本が、それぞれ半分に切られて四本に。ウインナー、マレイショの順番に交互に串に刺され、一本の串焼きとなった。味付けに、軽く塩を振って完成。ウインナー四本、マレイショ三つで、ウインナーの方が多い。肉の方が多いと、なんか得した気分になる。

 注文から三十秒も経たないうちに、そのまま手渡される。熟練を感じさせる手つきだった。包み紙なんて気の利いたものはなく、剥き出しだ。すぐに実食する分にはゴミが少なくて都合がいい。持ってみると、けっこう重たい。串も太めで無骨だ。これで250エンは安く感じる。お安いのは良いことだ。

 想像していたよりもヘビー。これを立ったまま食べるのはちょっと……腰を落ち着けて食べたいという気持ちが湧いてくる。でも、今から座れる場所を探すっていうのもな。朝から歩いてけっこう足にきてるし。私は思い切って店主に尋ねた。


「あの。ここで食べてもいいですか」

「あん?」


 屋台の周囲には、石畳と建物があるだけだ。地べたに座れなくもないが、幸いにして椅子代わりになるものなら影の中に入っている。


「好きにしろよ」

「ありがとうございます」


 私はやってくる客の邪魔にならないよう屋台の横に、野営用の丸めた毛布を石畳の上に置いて腰掛けた。何処からか毛布を取り出した私に店主が眉を顰めたが、何も言わなかった。魔術師のローブが見た目に効いているのだろうと思う。ついでに水筒も出しておく。さて、実食だ。


 一般的に、ウインナーやマレイショは、あまり香りが強くない。熱処理を行っても同様だ。でも、この場合それでいい。香りを楽しむ料理と言われれば、そこにはけっこう繊細な印象がある。私の手にあるこれは、言うなればこれはジャンクフードだ。香りに拘泥する必要はない。屋台の串焼きって、そういうものだ。

 ウインナーに齧り付く。まだ湯気の立つそれは、ぱりっとした皮の食感。そして肉汁が追ってくる。味付けはシンプルに塩のみだが、その粗野とも言える味がちょうどいい。次いで、芋を囓る。小ぶりとはいえ、さすがにこの小さな口に丸ごと一個は入らない。けっこう歯応えがある芋だ。皮がついてるからかな。皮があるおかげで、芋が串から崩れ落ちる心配は薄いようだ。炭水化物のほのかな甘みを、ウインナーの脂が残る口腔内で咀嚼すれば、シンプルに美味い。肉と芋って仲いいよな。

 それ以上はもう、語ることもない。肉と芋を、交互に繰り返し食う。時々、水を流してリセット。また食う。それだけ。複雑なものは何にもいらない。一心不乱、同じ動作を繰り返す。


 食べている内に、自分が思ったより空腹であったことに気付いた。そしてそれは、手に裸の串が残った後でもまだ満たされていないようだ。むしろ、食べている内に腹が減ってしまったというか、もっと食べたいというか。もう小腹を満たすなんて言ってないで、がっつりいってしまおうか。そう思い、立ち上がった私であったが。

 屋台には、けっこうな人が並んでいた。どうも食事に夢中になって気付いていなかったらしい。これは……ややもすれば待たされそう。んん。どうせなら……。店主は忙しそうにしているので、声はかけずにおく。私は毛布と水筒と、あと串を影にしまって、その場を後にした。






 その店の中は、ちょっと薄暗い。こういう所は、採光のための窓は小さめに造ってあるのが常だ。日光が品質を悪化させてしまう場合があるので、なるべく光を取り入れないようにしているのだと思われる。


 私がその足で向かったのは、近くの薬屋だった。とはいえ、私の心は未だ食事に囚われており、まだ買い出しという心境ではない。日用品としての薬を求めに来たわけではないのだ。初めて入る薬屋なので、お目当てのものがあるか探して見て回る。魔術師が薬の材料を買い求めるのはよくあることなので、奇妙な容貌をした私を見ても店主は何も言わなかった。助かる。

 程なくして、お目当てのものを見つける。それはとある塗り薬だった。私の小さな片手に収まるような小ぶりな壷。木の栓で封がなされている。硝子瓶なんて洒落たものではないので、内容物は見えない。店主に断って一度開けて貰い、中身を見せてもらうことにした。薄暗い店内の、さらに暗い壷の中だが、吸血鬼である私の目にはしっかりと映っていた。薄黄色の、ペースト状の物体。店主が軽く壷を持つ手を揺らせば、染み出た液体がとろりと揺れ、それが油のような粘性を持っていることが分かる。これは、バターだ。


 バターは薬としても使われている。というより、そちらが本来的な使い方らしい。切り傷などに塗ると化膿を防ぐほか、歯痛止めの薬にもなったりする。私は体質からして傷がすぐ治ってしまうのでお世話になったことはないが……。一般に、外用薬として膾炙している。


 味見などはさすがに出来ないが、薬としておいてあるような一品だ。品質は悪くはないだろうと思う。小さな壷が4000エン。お買い上げ。






 私が戦利品を携えて屋台に戻ると、先程の行列はなくなっていた。もう捌けていたようだ。これ幸いと、店主に声をかける。


「あのー」

「ん? さっきの嬢ちゃんか」


店主は仕込みを行っていた手を止めて、屋台の壁越しに私を見下ろした。


「先程は、黙って消えてしまってすいません。お忙しそうだったので」

「ああ、いやなに。別にいいさ」


口の端に笑みを浮かべながら彼は答えた。さっきは無愛想だったが、今は機嫌がいいようだった。お昼時のピークを無事に捌けたからかなと当たりをつけつつ、私は尋ねた。


「いつもあんなに忙しいんですか」

「いいや。ありゃあ、嬢ちゃんに釣られたんだろうよ」

「え」


多分、間抜けな顔をしていたと思う。店主は私の様子に面白がりながら続けた。


「嬢ちゃんがあんまり美味そうに幸せそうに食うもんだから、みんな腹が減っちまったんだろうさ。ありがとうな」

「そ、それは……どうも」


にやにやしながらお礼を言われても、なんとなく素直に受け取れない。私は一つ咳払いをしてから、気を取り直して言った。


「それじゃあ、そのお代というわけではないですが。一つお願いしたいことがありまして」

「ふうん? 言ってみな」

「お金は払うので、芋を注文通りに調理して貰いたいんです」

「そんぐらいならなんでもねえな」


店主は、私の行動に興味があるのか、意外にも乗り気だった。好都合なので、早速お願いする。芋は大きめのものを二つほど選ぶ。ちょっと長めに蒸す。串を刺して火の通りを確認したら、ナイフで十字の切れ込みを入れて貰う。影から取り出した木皿に乗せて貰えばおしまい。簡単なものだ。

 店主も、これだけ? と言う表情を隠さなかった。私は気にせず、それで完成ですと答えた。すると、店主はぱぱっと塩を振ってから渡してくれた。


 木皿を手渡しして貰うと、それなりの重さ。切れ込みを入れた部分から、湯気が盛んに昇っている。この切れ込みの部分に、先程入手したバターを……ぼとっと。すぐさま熱にあてられ輪郭を曖昧に蕩けていく。マレイショは匂いがほとんどないが、バターは違う。熱されて揮発したのであろう成分が、鼻腔をくすぐる。思わず顔を近づけて鼻を動かすと、眼鏡が湯気に曇った。黄金色の油が芋の表面をてらりと塗らす。固形バターが溶けていくのを眺めるのは、楽しい。影からフォークを取り出した。


 縦にしてフォークを押しつければ、しっかり蒸されたマレイショは、すっと容易く切れ込みが入る。一口大にカットして、口に運ぶ。熱い。はふはふと口内で空気を循環させながら冷ます。ああ、ほっとする味だ。主軸は芋の淡泊な味。そこにバターが重なって、強いコクとうま味を与えてくれる。やはり芋と油はばっちり合う。その二つを、塩味がいい感じにまとめてくれている。単純な味、おつな味。

 塩と油と炭水化物で、これもまたジャンクフードまっしぐら。じゃがバターは家でも簡単に出来たから、不精な私もたまに作って食べていた。懐かしい。いや、ここではジャガイモとは言わないから、マレバターになるのか? んん。この味。劇的にうまい! ってんじゃないけど……嫌いじゃない。たまに食べたくなるやつだ。

 一つ目の芋を平らげ、このまま二つ目に着手しようかなと思った私であったが、店主が興味深そうに見ているのに気付いて、一口ばかり分けてあげた。店主はしばらくの間、一口分を味わうように口を動かしていたが、やがて飲み下して感想を漏らす。


「……なかなかいけるな」

「でしょう。もしよかったら、お店で出してみたらいかがですか」

「そりゃあ無理だ。値段を考えたらな。少なくともうちの客は買わねえ値段になっちまう」

「あー……残念です」


 少なくとも私は、王都でこの食べ方を見かけない。流行ってないものには、流行ってないなりの理由があるのだ。乳加工品の中でも、バターは取れる量の少なさと加工の大変さがあって、ややハードルが高い。もうちょっと寒冷な地方なら違うんだろうけど。気軽に手に入ればいいんだけどな。……固形バターにこだわらなければ、いけるかな? 今度暇があったら試してみよう。

 木皿の底には、バターの海が出来ていた。崩れた芋の欠片がバターに浸かり、黄金色になって透き通っている。こいつ、好き。さっと掬って口に運ぶ。うん、バターの味しかしない。悪くない。私はフォークの腹で残っていた二個目の芋を潰し、バターと絡めて、食べ進めていく。


「あのー。ごめんなさい」


 私と店主は、横から声をかけてきた青年へ顔を向けた。


「その子の食べてるやつ、僕にもひとつください」


 ……また気付かぬうちに客引きをしてしまったようだった。店主は、どうすんだよとでも言いたげな表情で私に目線を向ける。私は誤魔化すように曖昧に笑った。……どうしようかな。正直、バター持ってても使わないんだよな。量は多いし、そもそも料理はしないし、然して保存も効かないので持っていてもしょうがない。安くない値段だったけれど……。やや考えた末、私はバターの入った壺を店主に差し上げた。






「安くないお昼になっちゃったなあ」


 屋台から遠ざかりつつ、自戒する。無駄遣いだったかもしれない。お昼に使った金額はおよそ5000エン。ちょっとしたいいものを食べられる値段だった。何も考えないで、衝動的にふらふら動くとこうなるんだなあ。食べているときは、最も正しい選択だと思えていたんだけれど。腹が満たされてみればそうでもなかった気もしてくる。不思議なものだ。

以後不定期更新になるかと思います

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