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エルフは言霊に希う  作者: 望月うさぎ
壱ノ章 「いってきます。」
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其ノ弍拾 陸ノ業間 出かける準備

 混乱したままリビングに行くと、昨日あったことが少しずつ思い出される。確か魔法を完成させようとあれこれ考えながら家に帰り、そのまま食事をして……。

 はたと思いつく。その時コニオさんは何かを言っていなかったか。


「明日から大きな依頼が入った。しばらく家に居ないが、心配するな、すぐに戻ってくる」


 ああ、そうだ。確かにそんなことを言っていた。

 思い出すと、不思議と家が少し広く感じた。今まで家には必ずコニオさんがいる時間を過ごしていたが、本来コニオさんは冒険者でそれもとびきり有名な人だ。そして本来、ひっきりなしに依頼が飛び込んでくる筈なのに。ずっと守られていることにまた1つ気付いた。

 そして未だ解決しない自分の魔法の問題。何かが引っかかっている。それはわかっているのに、それが何かが分からない。

 思わず溜息が零れた。

 何かひとつ掴めたら前に行けそうなんだけどなぁ

 そんな気持ちを抱えながら着替えて学校へ。

いつもより少しゆっくりと歩いて到着すると、そのまま校長先生の部屋へ。前まで上がっていたあの教室への上り階段を通り過ぎる。

 ノックをして中へ。


「あら、おはようございます」


『おはようございます』


「今日は……ああ、《部活》の日でしたわね?」


『そうですね。なので少し早く終わるかと思います』


「分かりました。少々お待ちくださいな」


 そう言って校長先生は詠唱する。直ぐに横に転移魔法が発動した。


『毎回ありがとうございます。行ってきます』


「いえいえ、何か掴めることを祈っております」


 転移すると前と同じ部屋に来た。前も使った木々が並んでいたので、同じように傷を付けて練習を開始した。

静かな部屋に、魔法の光だけが輝く。

詠唱の言葉が積み重なっていた。


 そして練習が終わった。


「で、結局まだ掴めなかったからこの魔法研究部開設の日に沈んだ顔してるのね」


 《部活動》として魔法研究部に割り当てられた部屋で、私はクインさんと過ごしていた。


『すみません……もう少しだとは思うんですが』


「難しいとは聞いてたけれど、ミツキがそれだけ苦労するなんて、相当なのね。じゃあ今日はそれを題材にしようかしら」


 今思いついたと言うように、クインさん、いやクインが笑ってそう言う。


『題材……ですか。そうですね。特に何も考えてなかったですし、これから考えないとですね』


「まあ、私たち以外に人は居ないんだし、特に決めなくても何とかなるでしょう。そんなことより、どうやってミツキの魔法を良くするか考えないとね」


『どうやって、ですか』


「そもそもどんな感じに回復魔法のイメージってしてるの?」


『イメージは……なんて言えばいいんでしょう、傷が早く元通りに戻る感じ、ですかね』


「なるほどね、それで最終的にどうしたいのかしら。治るスピードを早くしたいのか、酷い傷でも治せるようにしたいのか」


『どちらかと言うとスピードですかね。まだそんな酷い傷を治せるような魔法は習っていないです』


「そうなの? てっきりどんなに酷い傷でも治せる様にするんです〜って感じかと思ってたわ」


『なんでです?』


「だってスピードなら簡単じゃない。……私は出来ないからそんなこと言えないんだけれど、ミツキなら簡単よ」


『え? そうなんですか?』


「だって、聞いてる限りだとそれ、時間が戻ってるみたいじゃない?」


そういって、クインは説明してくれた。


>>>>>>>>>>>>>>>>>



クインの説明を聞いて実際の形にする頃には、日が沈み始めていた。


「今日はこのくらいでお開きにしましょうか」


開いていた研究ノートなどを片付けつつ、クインはそう言う。頷きつつ


『そうですね。それにしてもクインさ……クインはよくそんなイメージを思い付きましたね、わたしは全くダメでした』


 未だ醒めない驚きを表す。……途中でクインとの約束が慣れてないせいで睨まれた。実際クインの言ったイメージの方法は全く頭に無かったので、自分の固まっていた頭が恥ずかしくなる。


「なにいってるのよ。最終的に整えたのはミツキなんだから、とくに凄くはないわよ。きっともう少し時間をかければ、ミツキにも思いついたわ」


『そうですかね? でもありがとうございます。これで次に進めそうです』


「まだ先を目指してるのね、私も頑張らないと、ね」


 そう言って微笑むクインに笑い返す。


『次回はクインの話をしましょうね!』


 片付け終わったのを確認する。そして学校の外に出る。その途中で、そうだ、とクインが口にした。


「先を目指すのも良いけど、これまでのことをきちんとまとめておくのも必要かもしれないわ」


『何故です?』


「試験があるらしいわよ。好成績の人は冒険者になるためのクラスに行けるとか」


『そんなものがあるんですか。私のところではまだ教えられてないですね』


「まあ、そちらは先生が先生だから、やることが違うのかもね」


『そうかもしれませんね。でもこちらにもあるとは思います。わざわざありがとうございます、考えてみますね』


「ええ、頑張ってね」


 そう言って寮棟に帰るクインの後ろ姿を見送る。姿が見えなくなってから、私も帰路についた。

 クインが言っていた言葉が頭に残る。冒険者といえば、コニオさんと同じ地位だ。その高低に違いはあれど、それは人の依頼を受けてそれを遂行する仕事。

 コニオさん程の人物ならまだしも、なりたての新米には様々な事柄が付きまとうだろう。

 私は何がしたいんだろう。私の目標は、この学校で終わってしまっている。これからの生き方を、私は知らない。

 無人の家に着いた。簡単な食事を摂り、考えを押し出すように魔法のことを考える。そのまま床に就いた。


 それでも2人で考えた魔法は良かったらしく、日々の練習や、たまの集まりで、少しずつ物になっていく。もうすぐ完璧な形になると言う所で、マナ校長先生から声がかかった。校長室へ向かい、椅子に座っている校長先生に向き合う。


「ミツキ様、最近はどうでしょうか。随分と根を詰められているようですけれど」


 校長先生はいつも通りの微笑をたたえながら言う。


『もう少し、だと思います。そのせいで中途半端に終われなくて』


「ふふ、わかりますわ。そのもどかしいような楽しいような気持ち。大切にしてくださいませ」


『はい、ありがとうございます。それで、今日は何かあったんですか?』


「そうですね。もう少しだと聞いて安心しました。今日呼ばせていただいたのは、試験のお話ですわ」


 そう言って校長先生は、机から羊皮紙を取り出す。


「試験は、現在行われている依頼のバックアップとなりますわ。コニオと住居を共にしているのなら、最近コニオが大きな依頼、で出かけたはずです」


 その言葉に小さく頷く。


「それは我が国からの依頼なんですの。一定の周期で起こることなので備えに不備はないはずですが、それでも一定の怪我人は出ますわ。なので、その人達の支援が試験内容となります」


『怪我人……、何かと戦っているんですか?』


「魔物ですわ」


 魔物。耳馴染みは無いはずなのに、不思議とすっきりと受け止めることが出来た。


「驚かれないんですのね。聞いたことや見たことがあるんですの?」


『聞いたことも見た事も無いはずなんですが、何となく懐かしいような気がしました。何でなんでしょうか』


 校長先生は少し悩む様子を見せたが、特に思いつかなかったようだ。


「わかりませんね。どこかの書物で見たのでは無いですか? それはさておき、ミツキ様に行って頂くのは後方なので危険は無いと思いますが、その分来るのはそこまで下がらなければ行けなくなった方々ですわ。それだけは覚悟しておいて下さいませ」


 言った後、持っていた羊皮紙を渡してくれる。


「その他重要なことはそこに書いてあります。良く目を通しておいて下さいね。今日は急に呼び出して申し訳ありませんでしたわ」


『いえ、分かりました』


 そうして一礼をして部屋から出た。

 クインが言っていたことが目の前に形になってやってきた。単純に合格したいという気持ちと、その先の不安が混ざり、何度も何度も貰った羊皮紙を見返す。


「あ、ミツキも試験の羊皮紙を貰ったのね」


 歩きながら進んでいて、いつの間にか寮の近くまで来ていたようで、前を見ると服を片付けているクインさんがいた。


『あ、そうなんです。なんでも大きな依頼の後方支援をするとか』


「へぇ、なるほどね。私の方は班を作って撃ち漏らしの確認と物資の補給が試験らしいわ」


『撃ち漏らし……ってことはもし居たら戦闘ですか』


「そうだけれど、きちんとしていれば大丈夫な筈よ。ミツキが医療の訓練をしてる間、私達も戦闘訓練を積んできたんだから」


『応援しています、頑張ってくださいね、クイン』


「そっちもね、お互い合格しましょう」


 話して、少し落ち着いた気がする。試験まではもう少し、それまでに魔法を完成させて、やれることをやろう。

 そうして、また魔法を繰り返し、日々が過ぎ。

 その日は、ある意味必然的にやって来る。


“精霊よ、この者に癒しあれ。『薬のように』『手術のように』。生の安らぎを。回復の喜びを。《ヒール》”


 暖かな光と共に、確かな早さで木の傷が消えていく。これが、私の普通の速度。

続けて隣の同じく傷をつけた木に移り、


“───────、《ヒールメント》”


 より大きく強い光が生まれ、先程より明らかに早く傷が無くなった。 純然たる魔法の力だった。違いを生んだのはイメージと詠唱。言霊は使っていない筈だ。


 ……自然と、溜め息が漏れた。でも、その溜め息は前のそれとは全く違っていて、まるで寒い夜に暖かいものを食べた様な優しくて、明るいものだった。

 やっと完成した。私の回復魔術。

 もう一度傷をつけ直し、やり直す。やはり普通のヒールよりも回復のスピードは早かった。何度も試し、確認した。


「流石ですわ、ミツキ様」


 その声に振り向くと、後ろの転移魔法の入口に校長先生が立っていた。


「本当に完成させてしまうとは。これまで何人か……本当に少ないですが教えた方々は最後には諦めてしまいました」


『沢山手伝って貰わなければ出来ませんでした』


「そうでしょうね。新しい魔法というのは、そう簡単に出来るものではありませんわ。ミツキ様は、魔法の基本理論しか習っていません、それで完成させられると言うことは、何か大きな願いや思いがあったのだと思いますわ」


 そう言って校長先生は今まで無数の傷を付け治してきた木に向かって何か光を投げかける。

 すると、その光は無数の青色の光に変わり、薄暗い部屋を照らし出した。よく見ると、それは文字のようになっている。数え切れないほどの文字を、青色の光は形作っているのだ。


「これは、かけられた魔法に使われた詠唱を可視化する魔法です。今見えているのはミツキ様を初めてここに連れてきた時からの物ですわ。これ程までの試行錯誤……、良ければ思いを教えてくださいませんか?」


『思い、ですか。……誰かの力になる。と言ったら聞こえが良いですけど、結局は何も出来ないのが嫌なだけ、なんだと思います』


「……確かに、その気持ちはよく分かりますわ」


『そうなんですか?』


「ええ、私もここを創った理由がそれですから。……おっと、関係ない話でしたわね、さておき、試験ももうすぐですわ。是非とも頑張ってください」


『分かりました、……また機会がありましたら、先程のお話、聞かせてくださいね』


「……ええ、また機会がありましたら」


 そう言って私は部屋を出た。小走りになってしまいそうなのを抑えて外へ。辿り着いたのは幾度となく通ったクインの居る寮。部屋の扉をノックすると、はーい、と言う声と共に扉が開く。


「ミツキじゃない!どうしたの? ……って、今日はやけにわかりやすいわね。ついに完成したの?」


 クインは突然の来客に驚いたようだったが、どうやら私の様子を見て察したらしい。


『はい、何とか。それで、1番お世話になったクインには早く伝えとかなきゃって思って』


「おめでとう、ミツキ! とても苦労したのね、少し目に隈が出来てるわよ?」


『そう……ですかね? クインに手伝って貰わなかったら、今頃挫折してたかも知れないです。本当にありがとうございました』


 気恥ずかしくて目の下をほぐすようにして誤魔化す。しかし見ると、クインの目の下にも、少し隈が出来ている。


『でも、クインにも隈、出来てますよ?』


「あら、本当?ふふ、クインと相談してるうちに、私も1つ思いついたことがあってね。もう少しで試験だし、完成させたいと思ったのよ」


 クインさんの顔は本当に楽しそうだった。私も魔法を完成させる直前を思い出して、納得する。


『応援してます、クイン。試験も頑張りましょうね、邪魔しても何ですし、私は帰ります』


「……ええ、頑張りましょう。また」


 それから校長先生に頼んでまた木の部屋に連れて行ってもらい魔法の練習をしたり、街に出たりして。

 試験の日がやって来る。

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