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エルフは言霊に希う  作者: 望月うさぎ
壱ノ章 「いってきます。」
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其ノ弍拾壱 卒業試験・前 

 目を覚ますと、微かに外が明るくなっているが、まだ薄暗かった。どうやら早く起きすぎたようだ。しかし早く起きる分には好都合だったので布団から出て洗面台に行って顔を洗い、鏡の前で少し乱れた髪を整える。長い髪だがさらさらとして手で整えるだけでまとまってくれる。朝にこうやって髪を整えること自体やっていなかったことなので違和感があったはずのことを、当たり前のようにする。違和感があることが、不思議に思えた。

 整えたら朝食を取り、服を着替える。結局魔法のクラスが変わってから制服を着る機会が減ってしまったが、今日くらいは、と制服とローブを着る。黒地に赤の線が入った服の上から真っ黒なローブを被り、鏡を見るとふとここに来て初めて制服を来た時の姿が重なる。比べるまでもなく、身体はとても成長している。

 じゃあ、心は?

 ……心の中で自問して、ため息を着いて玄関へ。誰もいない入口をふと眺める。

わがままになっていいんだ、そう言われたことを思い出す。何があろうともまずはこの学校でやれることをやりきる。やりたいことはきっとその終わりに待っているのだと少しだけ思うことが出来た。


行ってきます

 そう心の中で呟いて扉を開けると、中よりも少し明るい光が射し込む。目を細めて慣れるのを待って歩き出した。行く先は学校へ。暫く歩くと大きな校舎が見えてきた。マナ先生のいる部屋に行きノックをする。


「どうぞ」


部屋に入ると椅子に座ったマナ先生がいる。


『おはようございます』

「はい、おはようございますわ」

『今日……ですよね』

「そうですね。そのためにこちらを用意致しました」


そう言って机の大きな引き出しから丁寧に折りたたまれた服を取り出す。


『これは?』

「これはギルドで回復魔術を使うものが公式の場所で着るローブです。卒業試験の際にはそれぞれのクラスでローブが配られるのですわ」


手に取り広げてみると、真っ白な生地の縁に金色の刺繍が施されたきれいなローブだった。着てみるとやはりどこかで採寸されているのか、ピッタリとあっていた。


「よく似合っておりますわ」

『ありがとうございます』

「他の方の準備が整い次第向こうから連絡が届きますから、それまで軽くお話致しましょうか」

『?』

「そのローブについてですわ。白は清潔な印象を与えるから、というのも一つの理由ですが、私はもうひとつ理由があると思っておりますのよ」

『理由、ですか?』

「ええ。回復魔術を使う状況というのは、誰かが怪我をして血を流している所ですわ。それはとても悲しく、あっては行けないことです。だからこそ私《わたくし》たちはそれを癒しますが、それを忘れては行けないのです。だからこそ血も汚れもその全てを身をもって覚えておく。そんな意味があると、私《わたくし》は思っております」

『……心がけます』

「持論ですからそんなに重く捉えないで下さいましね」


そう言うとマナ先生の後ろの窓から、鳥が1羽飛んできた。鳥はは光で出来ており、マナ先生が窓を少し開けると中に入り、マナ先生の手の中で消えた。手の中には巻かれた1枚の紙が残っていた。マナ先生が広げて読む。


「連絡が来ましたわね。目的地は郊外の森、その手前にある救護用のテントです。頑張ってくださいませ」


 そんな言葉に送られ言われた所へ行くと、忙しく人が出入りする大きなテントの前に白いフードを被った人が立っている。恐らくそこが集合場所だろう。監督役であろう人の元へ行き、礼をしてから文字を送る。


『すみません回復魔術の試験をする場所はここですか?』

「ああ、そうだ。お前が最初だな、あと2人来るからここで待機しておいてくれ」

『分かりました』


 そう言われて待っていると、直ぐに同じ白いフードを被った男女が現れた。


「遅なってしまいすみませんっす」

「お待たせしてすみません」

「揃ったようだな、では、これから試験を始める。この成績如何で卒業出来るか、そして冒険者として採用されるかが決まる。心してかかって欲しい」

「試験って、何するんすか?」


 男の問に、試験官は頷いて答える。


「知っている人はいると思うが、このテントは現在進行中の大規模作戦で出た負傷者が運び込まれるテントだ。そこでお前たちには、自分の思う通りに治療を行ってもらう」

  

 そんなめちゃくちゃな。それでは試験ではなく、手が足りない所に適当に駆り出された様なものでは無いのか。困っていると、女が1歩踏み出した。


「ま、待ってください、後方支援とは聞きましたが……」


 言い淀む女に試験官は毅然と答える。


「いきなり実践するなんて聞いてない、か? 実際に冒険者になった時にはいつ誰が傷つくかなんて誰にも分からない。次の瞬間に暗殺者に隣のヤツが斬られているかも知れない。そんな時に待ってと言っても、命が尽きるのは待ってはくれないんだ」


 最もではあるが、そんな問題ではないと思う。しかし試験官にそう言われてしまっては、合格するためには


『やるしかない、ですか』


 それは2人も同じなのか、男はゴクリとわざとらしく唾を飲み込み、女は大きく深呼吸していた。


「じゃあ、テントに入ったら試験開始だ。いくぞ」

 

 中に入った瞬間、目がくらんだ。テントの床には大量の人が、簡素な敷物が引かれた上に並べられて倒れている。その苦しそうな表情と声、そして何よりもむせ返るような血の匂いに呼吸が乱れる。全てが生々しかった。2人は、オドオドとしながらも何とか1番手前から治療を開始した。私もそれに続こうとして、足が止まる。

 私はこんな現場に来たことは初めてである。経験もなければ知識もない。だから頭が痛い。そのはずなのに、手前から何も考えずに治療することに違和感がやまない。何も分からないはずなのに、体は急げと急かしてくる。

 私は、それに従う事にした。


 私は並べられている人々を見回す。ある者は体に大きな引っかき傷が出来、ある者は刃物のようなもので斬られている。大小様々な傷を、私はきちんと観た。

 そして私は手前の3人目も、そのまわりにいる人も無視して奥へと向かう。治療魔法をかけ始めていた2人は、信じられないと言ったふうにこちらを見る。しかしイメージの集中が途切れる方が不味いと考えたのか、怪我人に向き合い直した。

 私がたどり着いたのは奥の方にいた一人。一見すると他と同じような裂傷だが、傷の位置が悪く出血した痕が酷い状態になっている。そのせいで体力が衰弱していて、このままでは治療の順番が来る前に死んでしまう。

 怪我人の手を取って、健康な身体をイメージし頭の中で詠唱する。

 ヒール。

 光が溢れ、傷が癒えていく。弱々しかった呼吸が少ししっかりして来たら治療を辞めて次の人へ。

 丁度1人目を終えて次に行こうとしていた男の方が訝しむような視線を送ってくるが、そんなものに構っている余裕はない。次々と傷の深い順に安定させていく。

 必ずしも全快させる訳ではないのに、辞めるタイミングは何故かよく分かる。 全員を安定させた後に、直ぐに全快する人を、全快させる。


 「ありがとうな、嬢ちゃん」

 『あ、ありがとうございます』


 そうやって次々とテントから人を減らしていく。ほかの2人もさすがに試験を受けるだけの腕はあったようで、暫くするとテントの中の人数は片手で数えられるほどとなった。後は現場の人に任せていいと言われ、私たちはテントから出る。出た際に吹いてきた風がとても涼しくて自分が汗をかいていることに気がついた。

 それを拭っていると、おいお前、と一緒に試験をしていた男がこちらへ来る。


「なんだよアレは、こういうのは順番にやって行かなきゃ治療の腕を見る試験になんねぇじゃねぇか!」

『え、あの、それはですね』


 答えに迷っていると、試験官がこちらへやってくる。


「いや、確かに想像したのはそのような試験だが、あの場所でのこいつの行動は正しい。お前は、どこかで冒険者でもしていたのか? あんな判断、勉強だけしてたやつがやれるものじゃない」


 怒られなかったことに安堵していると、いつの間にか女も来ていた。


「それはどういうことですか? 私達は間違っていたってことですか?」


「いや、そこまで出来るとは思ってないからそれで落とすことは無い。しかし、今回の試験の人数からわかる通り、冒険者になるやつで治療魔法が使えるやつなんてそうそう居ない。だから大きな依頼で冒険者が複数いる時、……まぁ今回みたいな時だが、そんな時は1人の治療魔法使いが大量の人間を観ることがあるんだ」


「その時に大切なのが、如何に死んでしまう人数を減らすか。そして依頼が完了していない場合、依頼を続行出来る人数を少しでも多く増やすか、だ。そして、そのための治療方法が、命が危ないやつを治して安定させ、そのあとに早く治療出来るやつを素早く治療する方法。そうすればいまここにいない奴らの頭数が増えてそっちの消耗も減る」


 説明を聞いて、忘れていたことを予期せず言い当てられた感覚がした。どこかで聞いたのだろうか。


「これは試験なので言われなくても死にそうなやつは私が助けていくつもりではあったが、それよりも早くやっていくやつが居るなんて思いもしなかったよ。どこで知ったんだ?」

『すみません……、傷ついてる人が多くて頭が痛くなって、無我夢中でやったんです』

「……む、すまない、確かにそんな簡単に触れていい問題ではなかったな」


 試験官は何を勘違いしたのか、そういってひきさがった。自分でも説明出来ないのでありがたい。

 そう思っていた時、視界の端で何かが見えた。そちらを見ると、誰かが物を布でくるんで背負って走って来るところだった。

 物資の補給かと思い、無意識でその布を覗き込む。

 それは、物では無かった。上半身を円状に抉り抜かれたような大穴を空けて血溜まりに沈んでいる男がいた。走ってきたかれも、肩から背中を黒く濃い血に染めている。

「だれか! 誰か助けてくれ! 俺の親友なんだよ!」

 地面に布を置き、運んでいた片方が叫ぶ。汗と涙がぐちゃぐちゃになっていて、足は無理をして急いだのか靴に血が滲んでいる。しかし、それを助ける人は居ない。

「し、しかしその人はもう……流石に……」

「試験官さん、何とかしてやってくださいよ」

「いくらなんでもあれは私たちの手にも……」

 明らかに無理だという諦めの雰囲気が辺りを包む。それを感じ取って、運んできた男はさらに叫ぶ。

「そんなこと言わねぇでくれよ! ここで治せるんだろ! そう言われたからここに来たんだよ!」

 返す声はもうない。

 どうして? そう思った。だって。

だって治せるのに(・・・・・・・・)!!

 そう思ったら、立ち止まっていられなかった。

『あの、彼の元気な頃がわかるものなどはありますか?』

 私は叫び疲れたのか項垂れている彼にそう送る。涙で光で構成された文字が見えないのか、ごしごしと目を擦る。

「あ、ああ! あるぞ! 一緒に頑張ろうって魔法で絵を残してもらったんだ!」

 そして彼は自分の懐から1枚の紙を出した。そこには、肩を組んで笑っている2人が描かれている。これなら、今死に行く彼の姿が、形が分かる。あとはその体のその時に、戻してあげればいい。

 頭の中で、言葉を紡ぐ。

"精霊よ。この者に癒しあれ。それは『生きる時であり』、『この者に傷など無いことへの現れ』である。そこには時間の関は無く、ただある生への輝きである。注ぎて満たせよ。──《ヒールメント》"

 唱えた瞬間、欠けた上半身から光が溢れる。かざした手はイメージの継続のため解くことが出来ない。光に耐えて何とか見ていると、無くなっていた部分が踊るように身体に戻っている。みるみるうちに肩になり、腰になり、腕になって元の身体へと戻った。無くなった部分に酸素が足りないのか、治った男は眠ったまま激しく息をし始めた。

「まさか、どうやったんだ!?」

 試験官は理解ができないのか呆気に取られた顔をして、運んできた男は目を見開き、また大粒の涙を零す。

「ありがとう! ……ありがとう! 報告になかったデカブツを見た時にはどうなるかと思ってたんだ……! こいつとまた話せるのは、君のおかげだよ……!」

 少し恥ずかしくて俯きそうになるが、1つ引っ掛かりを覚える。『報告にないデカブツ』が対処出来ていない。そういうことなのだろう。

 想定外になった時に、どうなるか。今度はすぐ思いついた。

 前方の作戦支援をしているクインたちが、その緊急事態でどうなるのか。そして、オルトさんもそこにいて、想定外の何かと戦っている。

 答えは直ぐに出た。なおも泣いてお礼を言う男に、その前線の場所を聞く。

「おい待て、それを聞いてどうするつもりだ。今は試験中だぞ。医療技術は脱帽する限りだが、勝手な行動は医療者として許されない。わかっているのか」

 話を聞いていた試験管が釘を刺すようにこちらへ言うが、私とあの二人ならどちらが大切か。悩む必要さえなかった。私は2人を助けるのだと強く思い、何とか痛みを伴うことなく足に加速の魔法を付ける。そして、木々の隙間を全力で走った。

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