其ノ拾漆 伍時間目 戻りかけた日常
やっと視点が元に戻ります
(同日追記)重大な欠損が見つかり、加筆修正致しました。本当に申し訳ございません
わたしは自室のベッドで目を覚ました。
確か自分の身体にある《呪い》についてオルト君の家に行ったと思うのだが、その後の記憶が全く思い出せない。
時間を確認しようと目を開いて、隣で眠るコニオさんを見て時計を見て。
コニオさんを見て。
「ーーーーーっ!? 〜っ!」
驚いてベッドで飛び上がりそうになったのを全身の鈍い痛みが留める。
いるはずの無い存在の純粋な驚きとえも知れない恥ずかしさ、そこに加えて鈍い痛みが寝起きの脳内に飛び込んできた。
わけも分からぬままにほぼ反射でコニオさんを批難しようとする。
が、起こそうとした行動は尻すぼみになって消えてしまった。理由は簡単。わたしの横で椅子に座り、ベッドに上半身だけ寄りかかって寝ているコニオさんの横顔はまるでなにかに追い詰められて、やっと安心できる場所を見つけたかのような、そんな顔になっていたからだ。皮肉にも痛みがあったことと喋られないことで起きることは無かったので、音を立てないよう静かにベッドに入り直し、コニオさんの横顔を見守った。
こんなに穏やかなコニオさんの顔をわたしは久しく見ていない気がする。最近は学校へ毎日言っているので当然と言えばそうなのだが、コニオさんとあまり過ごさなくなった。コニオさんも冒険者として仕事があるのだろうがこうやってゆっくりと二人で時間を過ごすのも、また大切なことなのだと思う。
学校は遅刻が確定したのだが。
見ているうちに窓から差し込む陽光と布団の暖かみでまた眠気がわたしの瞼を降ろしてゆく。
......眠れない。見ているうちは全く気にならなかった筈の、コニオさんの顔が近い。それはもう息がかかりそうなほど。何故か眠ろうとすると変に意識してしまって目を離せな......
「......!」
「〜〜っ!?」
ばっちり目が合った。全く問題は無いはずなのに頭が混乱する。結果また飛び起きようとしてしまい、痛みに顔を顰めることになった。
「ミ、ミツキ、無事なのか!?」
わたしを見たコニオさんはとても驚いた様子でそんなことを聞いてきた。安否を確認するような言葉が不思議で、
『無事、というのはどういうことですか?何かわたしがしたんでしようか......?』
オルト君の家に行った後の記憶がないので心配になってそう聞くと、コニオさんは少し驚いて考える様子を見せた後、いや、と続けた。
「どこかからとても疲れた様子で帰ってきた後、6日間寝ていたんだ。」
『六日間もですか!?』
「ああ。理由もわからないし全く目を覚まさないと、みんな心配していた。」
『そう...ですか。』
「ああ。ずっと寝ていたんだ。身体が固まっているだろう。急に動かない方がいい。」
『そうですね、さっきコニオさんに驚いて飛び起きようとして痛い目を見ました。』
少し怒ったような顔を見せてみせると、コニオさんは困ったように笑って
「それは済まなかったな。......昨日は帰りが遅くてミツキの様子を見ているうちに寝てしまっていたようだ。」
と言った。
クインさんに報告しに行きたいな、そう思ってゆっくりとベッドから出る。
『それでも、ゆっくりとならなんとか動けそうですね。』
「無理はしない方がいいぞ?」
『わかってはいますが、そんなに寝ていたなら学園の皆も心配していると思いますので会いに行って安心させてあげたいんです。』
「そうは言ってもあともう一日くらい待てばもっと回復するだろう。わざわざ今日行く必要は......」
『コニオさんもわたしが寝ている間心配してくれていたんですよね、ならそれぐらい心配している人が皆にいたなら早く安心させてあげたいじゃないですか』
それを聞いたコニオさんは少し驚いたような表情を見せた後、とても優しい微笑みを湛えた。
「やはりミツキも、.....ちゃんと成長しているんだな。」
『成長...ですか?』
全く予想もしていなかった言葉に、思わずオウム返しをしてしまう。
「ああ。学園に行かせる前はまさに右も左もわからないとても幼い女の子で、学園に通わせてずっと一緒に居られなくなってどうなるかと心配していたんだ。だが通わせた後は、毎日毎日様々なことを経験して吸収して強く賢くなっていく。それに、これはお前の種族の関係も深いのだろうが、いつの間にやらものすごい速度で身体も成長しているようだ。俺はそれを何処かで感じながらそれでも離れて欲しくないと思ってしまったのか、過保護になっていたのかもな。」
帰ってきた言葉は深い愛情に満ちたそんな言葉だった。
確かにわたしは学園で過ごす日々がだんだんと楽しくなっていたし、余り自覚したことは無いが、よく考えて見れば記憶の中にある<人>の成長速度と比べるとかなり変則的成長をしていると思う。特に身長は今や元の世界の中学生中頃程の身長まで成長している。扉の取っ手が高く感じたあの頃に比べると、確かに大きく変わってしまった。
だが。
『過保護だなんて......心配をかけているのはわたしの方なのに。すみません。わたしも自分がコニオさんから離れられないのに、無理矢理だなって思ってはいたんです。』
「いや。.....そこまで言うのなら止めはしないが、
本当に無理はするなよ?無理をしてまた大怪我をしたとなっては、安心させに行ったのにも関わらずまた心配させてしまうからな。」
『はい。ありがとうございます。わかりました。本当に、ごめんなさい。』
「いや、俺もミツキが元気なことも成長していることも嬉しいことなんだ。そんなに気にしなくてもいい。」
そんなやり取りと共にわたしはゆっくりと準備をして、ゆっくりと出かけた。本当にゆっくりとしか動けないが、これなら痛みは特に無かった。
いつもの道をいつも以上に時間をかけて学校へ向かう。さっきのコニオさんの六日間ただ寝ていただけ、という言葉は恐らく嘘だ。......といってもただの嘘なのでは無いだろうし、引き止めてくれたあの言葉からも心配してくれているのも本当だと思う。嘘が入っていたことはなんとなくわかったが、恐らくその嘘はわたしを思ってのもの。
だがわたしは何故かその真実が知りたかったのだ。なのでもしかしたらクインさんが、わたしが目を覚ますまでの何かを知っているかもと思い、外出を希望し学校に向かった。いつの間にか授業をまだやっているかさえ怪しい時間となってしまったが、教室へ行くとまだ授業をやっているらしく、ジャス先生の声が聞こえてきた。
「ーーーであるから、この魔法は命中精度を高めることに成功したというわけだ。」
以外と授業中の教室へ入るのには勇気がいることを今初めて知った。扉の開く音がやけに大きく聞こえる。
「皆わかった......か......?」
ジャス先生がわたしを見て固まる。
見渡すと、一様に驚きやそれに準ずる何かで固まっていた。
一瞬の静寂の後、ざわざわと話し声が聞こえ始めた。
だがクインさんだけは、何故か笑顔だった。いつものように、クインさんの元へ向かう。
「おかえりなさい、ミツキさん。」
『はい。ただいま戻りました。』
「......本当に良かったわ。」
微笑んでくれるクインさんに笑顔を返しつつ先生に向き直る。
『授業を止めてしまってすみません。』
「いや。正直助かった。居なくなった初めはかろうじて授業が進んでいたんだが、最近は皆がお前を心配して全く授業が進まなくなっていてな。俺も困ってたんだ。」
授業が進まなくなったことしか困って居なさそうなことを言いながらも心配してくれていたのだろう。その声は優しさが込められていた。
先生は手を2回大きく叩いて1度ざわめきを止め、
「今日はちょうど時間もキリもいいし、ここで終わりとする。ミツキが帰ってきたので明日からはきちんと進めるぞ。」
そう言って教室を出ていった。
その後は皆からよく帰ってこれたね、や大丈夫だった? など様々な言葉をひとしきりかけられた。お昼に授業が終わるように、この世界では子供が家族の手伝いをするのが普通なので、昨日まで何事もなく学校へ来ていた子が急に来なくなることはよくあることらしい。そんなことを聞きながら相槌を打っているとクインさんに渡したい物がある、と言われていつも通りにクインさんの寮室に行った。といってもクインさんは久しぶりだと言っていたが。
渡された物は、見ただけでそれが何を説明しているかがわかる程よく書かれた魔法について解説された紙の束だった。
「ミツキさんが居なかった間の授業中の内容よ。いつもはこんなことはしないからちょっとわかりずらいかもしれないけれど、何かあればわたしが聞くわ。」
『いえ、とてもわかりやすいです。わたしのためにわざわざありがとうございます。たど、これとは違うんですが、聞きたいことがあるんですが。』
「? 何かしら。」
『わたし、オルト君の家に行った後のことを覚えていないのですが、何があったのか知りませんか?』
クインさんの顔に薄い驚きの色が混じる。
「コニオ様からは、なにか聞いたの?」
『はい。コニオさんからは、六日間寝続けていたんだって聞きました。それが完全に嘘だとは思わないんですが、全部本当だとも思えなくて。何があったのか知りたいんです。』
「確かに信じられない事だとは思うけれど、それであっているわよ?そもそもそんなことでミツキさんに嘘をつく必要はないし。」
そう言われれば確かにそうなのだ。
クインさんまでそういうのならば恐らくはそういうことなのだろうし、嘘なのだとしても絶対に知ることは出来ないことなのだろう。
『......そうですか、気のせいなら良かったです。クインさんこそ嘘をつく必要が無いですし、本当にそうなんですね。コニオさんを疑うなんて、駄目ですね、わたし』
「............まぁ、どんなことも鵜呑みにするのは良くないわ。混乱してたし仕方ないわよ。ほら、そんなことより居なかった間の魔法をちゃんと覚えましょう?といっても、あまり特別なことはやっていないけれど。」
そう言って机を二人で向かい合って座れるように出してくれた。
一通りの内容を読み、中身を理解し終わる頃には日が傾き始めていた。
内容としては、《詠唱》をする際に同じ系統の命中を加えることで効果の強化、そして《詠唱》の長さによる魔法の強化、というものだった。前者はアーマーで魔力量をあげている時に、既に体験していたらしい事だったが、《詠唱》の長さでも効果が変わるのは初耳だった。
『これぐらい......ですかね。』
終わる頃には外は既に日が傾き始めていた。かなり時間が短かったような気がするから不思議なものだ。
いつの間にか隣にきて解説を入れながら一緒に見ていてくれたクインさんは伸びをしながら
「確かにあってるけれど、五日分の内容をこの時間だけで理解するんなんて。」
と驚いたような声をあげた。
『完璧じゃないですけど、クインさんが作ってくれたものがとても分かりやすかったんですよ。』
「そうかしら。でも、わかりやすかったなら良かったわ。作った甲斐があるものね。」
そう言って満足そうにクインさんは微笑んだ。本当に頑張ってくれたのだろう。
『もうそろそろ帰らないとですけど、帰ってからも読み返しますね!』
「ふふ。そこまでしなくてもいいのよ?今日は来てくれるか心配だったから嬉しかった。気をつけて帰ってね」
はい、と光を返しわたしはクインさんの寮室を後にした。
帰りにやはり時間がかかってしまってコニオさんにまた心配されてしまったが、今日は本当に行って良かったと思う。
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それから数日間が過ぎた。毎日の生活は楽しいのだが、最近は授業で小さな問題が出来た。
授業に付いていけないのだ。
内容は理解しているので正確には付いていけないと言うのも語弊があるのかも知れないが、実技で全く出来ないのでそう言ってもいいのかも知れない。授業の内容は、攻撃魔法の強化と効率化を目指す、というものだ。
何が問題なのかと言うと、わたしの結局解決しなかった《呪い》が悪化していた。
前は人に向けることだけができなかった筈の攻撃魔法が、いつの間にかただ発動させようと《詠唱》をするだけで駄目になってしまった。色々と試行した結果、原因は攻撃の威力にあったようで、やっとのことで発動した炎の弾の筈の魔法は、消えかけたロウソクのような炎がゆっくりと進んですぐに消えるのみだった。
自身強化魔法をかけて武器を使う、という少し反則じみてはいたが攻撃が出来ていた方法も、少し強くするだけで魔法が消えてしまった。
そんな状態では当然攻撃魔法を習う授業で上手くいくわけもなく、授業が憂鬱になるのも時間の問題だった。
しかし、だからといって休むのも五日間も寝込んでいたらしい後ではまた心配をかけそうで気が引けてしまう。
なのでて今日も学校へ行き、見慣れた道を通り教室に
入る。
教室の中に見慣れた顔の中から、友人の顔を見つけてそちらに向かった。わたしがこの教室に来れているのはこの友人、クインさんのおかげでもあると思う。そう思えるほどに彼女との会話は楽しい。
「あ、おはよう、ミツキさん。......ごめんなさい、昨日も本とか色々調べたのだけれど、詳しいことはやっぱりよくわからなかったわ。」
なんと、わたしの《呪い》についてわざわざ調べてくれていたらしい。
『いえ、頼んでもいないのに本当にありがとうございます。ゆっくりと治して行こうと思います。』
笑顔を浮かべて返事を返す。
「ええ......。それがいいわね。」
『はい。確か今日は自己強化魔法の実技試験ですね。』
「そう言えばそうね......。もう、ミツキさんは何も悪くないのに!いっそ休んでしまってもいいんじゃないかしら!」
『あはは......、まぁ、出来るだけ頑張りますよ。』
悔しそうにそう言うクインさんにそう言っていると、急いだ様子のジャス先生が教室に入ってきた。
何なのだろうと見ていると教室を見回して私を見つけ、
「ミツキ!校長先生がお呼びだ。今日の授業は免除とするので至急校長室に行くように!」
と言った。マナ校長先生がわたしに何なのだろうか?クインさんと目配せをして、『はい』と文字を出してジャス先生の元へゆく。
『わざわざ校長先生から、何なのでしょうか?』
先生は考え込むような仕草を見せるが、
「うーん。あの方は良く特殊なことを考えているから、済まないが私にもよく分からないな。悪いことには殆どならないのが救いだが。」
と帰ってくるだけだった。考えることが特殊、という言葉に嫌に説得力があった。先生も驚かされたことがあるのだろう。『そうですか。』と送り一度クインさんの所に戻る。
『何だか分からないですけど、休むことになっちゃいましたね。』
「私も驚いたわ、でも良かったじゃない。若しかしたらミツキさんのことについて何か分かったのかも知れないわ。」
『確かにそうですね。行ってきます。』
「ええ。」
そうしてわたしは校長室へと向かった。
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校長室へと入るのは入学してからは2回目だが、前回は呼び出されてというのでは無かったので校長という地位を示しているかのような高級そうで重厚な木の扉に少し緊張した。
コン、コン、コン、とノックをすると中からマナ校長先生の
「入ってくださいませ。」
という声が聞こえたので扉を開け、
『失礼します』
と出し、一礼をして中に入る。
「あらあら、そんなに礼儀正しくなさらなくてもよいんですよ? そんなに礼儀正しくしてくださるのは珍しいほうですし。」
『そうなのですか?』
「ええ、一応”冒険家は礼儀も忘れてはならない"と言ってはいるのですがその教育は一通りの実技的なものが終わった後にするのでできる頃には卒業してしまうのです。ですので基本的に農民や市民からの入学者が多い我が校では徹底出来ないことが多くて。......あぁ、すいません、わざわざ授業を抜けて来て頂いたのに。関係の無い話を長々と。」
『あ、いえ、聞いたのは私の方なのでいいですよ。それで今日呼ばれた理由というのは?』
「はい。ミツキさんの《呪い》についてです。」
ついに原因が見つかったのか。思わず身を固めてしまう。
「その......、誤解を産む発言で申し訳ないのですが、原因が見つかった訳ではないのです。」
期待が空回りして、気が抜けていくのを感じた。しかしそれならばそれ以外の何か、があるということ。向き直って話に耳を傾ける。
「ミツキさんに来て頂いたのは、とある確認と言いますか、お試しと言いますか、そういったものです。もし成功すれば新しい道が開けるかも知れません。」
『新しい道、ですか?』
「ええ、そうです。とりあえず移動してからお話しましょうか。詳しいことはそこでお話します。」
『はぁ、わかりました。』
「それでは私の手をお取り下さいませ。」
そう言って手を差し出して来たので握る。
「初めての筈ですので本来なら目を瞑っていてもらうのですが、ミツキさん程の方なら目を開けて何が起こったのかを観てもらった方が良いかもしれませんね。」
『? それはどういっ!?』
疑問のために送ろうとした言葉は後半を驚きを表現するのに食い潰された。
それはわたしとマナ校長先生の身体が急に空中に浮かんだからだ。そして浮遊感を感じたと思えば、辺りの景色が光に包まれてゆく。
光が収まった時には、校長室に居たはずのわたし達は大きな机がいくつかあり、奥に所狭しと檻が並べられた研究室のような不思議な雰囲気の部屋に移動していた。
『ここ......は?というか今のは......』
「誰にも邪魔されることは無いですし、焦ることなくゆっくりと行きましょう。まずここは私が個人的に様々な研究をするために空きの部屋を利用して作った部屋でございますわ。先程使ったのは転移魔法。私の場合は、自分が意識している、または接触しているものを自分がハッキリと記憶している場所に転移させることが出来るというものです。」
そして、と校長先生は続ける。
「ミツキさんには、ここで回復魔術を試していただきたく思いますわ。」
『回復魔術ですか?』
「ええ。あれから《呪い》について考えましたわ。その過程で気になったのが『対象への攻撃意思』が《呪い》の発動条件なのか、『何かの対象として意識すること自体』が発動条件となっているのかということでしたの。正直どちらでもありうるのですが、武器を持って戦うことが出来た、という話から前者である可能性が高いと思いましたわ。」
今はそれも出来ないのだが、言わんとすることは納得が行ったので、言葉を引き継ぐ。
『前者ならば、回復魔術を使っても《呪い》を受けることがない、ということですか』
「ええ。流石聡明でいらっしゃいますわね。......と言っても根本的な解決には全くなっていないので気休めで本当に申し訳ないのですが。」
校長先生は腕を組んで困ったような顔を浮かべている。今まで様々な魔法に触れてきたのだろう。それだけに解明出来ない状況が大きな事なのだ。
『いえ、マナ校長先生もクインさんもわざわざわたしなんかの為に色んなことを考えてくださって本当に嬉しいです。』
「《呪い》を解明出来ていないので素直に喜べないのが残念ですね......。また解明は進めようと思っておりますので、お待ちくださいませ。」
『ありがとうございます。それで、回復魔術はどうやって使えは良いのでしょうか。授業では攻撃魔術しか習って来なかったのですが。』
そう話を変えると、校長先生はポンと手を打ちながら
「そうですわね。では、順番にお教えしましょう。まずは実際に見てもらった方が宜しいでしょうか。」
そう言ってマナ校長先生は部屋の奥から小さな檻を持ってきた。中にはネズミの様な生物が入っている。
......狼の時も感じたが、動物大きさがわたしの想像よりも大分大きいように感じる。人の両手には乗り切らない様な大きさのそれは、とても凶暴そうな印象を受けた。しかしこの世界では普通なのか、校長先生は平然としている。檻の鍵がきちんとかかっていることを確認しながら、校長先生は私に問うてきた。
「そもそもの問題なのですが、ミツキさんは傷や血を見るのは平気でしょうか?中には傷を見ることさえ駄目で回復魔術どころでは無い方も多々いらっしゃるのですが。」
そんな問いを掛けられ、ほぼ無意識に思い出したのは自分の腹に突き刺さった包丁と流れ出る血だった。
あれよりも酷い様な状態は沢山あるのだろうが、あんなことになった人を助けられるなら。出た答えは一つだった。
『平気では無いとは思いますが、大丈夫ではあると思います。』
「そうですか。それは良かったですわ。それでは、行きます。」
そう言って、何かを唱え始めた。
「───《スリープ》」
どうやら眠らせる魔法のようだ。それを唱えながら、傍らに置かれていた刃物、メスの様な形をしているそれで檻の中にいたネズミの足を切った。
「ピギィィィィッッッ!!」
ネズミは大きな声を上げて檻の中で暴れ始めたが、すぐに魔法の効果が表れたのか、動きが鈍くなり、遂には眠ってしまった。校長先生檻を開けてネズミを取り出し、机の上に横たえた。
そしてそのまま血の流れるネズミに手をかざし、詠唱が始まった。
「”精霊よ、この者に癒しを与えよ。『薬の様に』。《ヒール》」
言い終わると、校長先生の手から暖かな光が出てネズミを包む。その中でネズミの切り傷から血が止まり、傷が消え、跡形も無くなった。
「これが回復魔術、《ヒール》です。」
『とても凄いですね......。』
初めて見る神秘的な光景に、出てきたのはそんな言葉だった。
「確かに傷を癒すことの出来る素晴らしい魔法ですが、その代わりに魔術の質を上げるのは難しく、基礎魔術でさえ素質によっては全く使えない者さえいます。なので、十全に使える者は魔術師の中でも限られてくるので騎士団の部隊や冒険家のパーティーの中でも重宝されますね。」
『なるほど。』
「使い方なのですが、問題はここにあるのです。」
『問題ですか?』
「ええ。この魔法はその効果が【人を癒す】というイメージだけで精霊に呼び掛けて決まる、というものなので、他の魔法とはその基本から大きく違うのです。」
私が今まで習ってきた魔法は具体的なイメージを作ることによってその魔法の効果を強く現れる様に出来た。ならばそのイメージだけで形作る回復魔術はそれが強くイメージ出来ない者には実質使用不可能だということか。
『わかりました...やってみます。』
知らないことだらけのこの世界、やって見なければわからない。
頷くマナ校長先生が、さっきと同じくネズミの足を傷つける。
それを正面から捉え、意識を集中させる。
────"精霊よ、この者に癒しあれ。『薬の様に』、『手術の様に』。生の安らぎを。回復の喜びを。私は痛みなど許さない。死など認めない。《ヒール》"
想像したのは前の世界、そして今の世界、数多く見てきた軽傷、重症。ある物は絆創膏をはり、又ある物は病院へ、この世界では治療所へと運ばれた。
それら全てが、その場で跡形無く癒える想像。
翳した手から暖かな、いっそ熱ささえ感じる光がネズミを照らす。
その光が消えた跡には、傷の癒えたネズミが穏やかな寝息を立てていた。
「どうやら、回復魔術は使えるようですね。」
『はい、良かったです。』
後ろからそんな声をかけられて振り返ると校長先生は安心したような微笑みを浮かべていた。
「それならば、先程申し上げた道を示すことが出来ます。強制ではございませんので、嫌ならばそれでも構いません。ミツキさんの行きたい道を選んで下さいませ。」
『道、ですか?』
そう聞くと、校長先生は頷いて少しの間を開ける。そしてゆっくりと
「はい。ミツキさんには、現魔法クラスを抜け、以後私と一緒に回復魔術を勉強して頂こうと思っております。」
と言った。
想定外の言葉にわたしはしばらく沈黙するしか無かった。
『......すみません、今すぐは決められそうにありません。少し、考える時間を貰っても宜しいでしょうか。』
やっと出したのは、問題を先送りにする言葉だった。
「ええ。もちろんですわ。ミツキさんのこれからを決める大切な選択ですもの。よく考えて決めて下さいませ。」
校長先生からは優しい言葉を貰ったが、わたしはまだ悩むことになりそうだった。
リアルがたてこみまして、長い間遅れてしまって本当に申し訳ございません。待って下さっていた方(いるのでしょうか?)大変お待たせいたしました。




