其ノ外伝 今夜は、月が綺麗ですね。
話の内容、設定は本編とはまったく関係の無い、短いお話です。この日が皆既月食ということで作りました。興味のない方は飛ばしてしまっても本当に問題ありません。
ある夜月を見上げると満月に近づいていることが分かった。昔から月は好きで、見ると大体どのぐらいの月かわかる程度には観察していた。
この世界にも三日月や満月を気にする風習はあるのだろうか。気になってその次の日に話題に出してみる。
『コニオさん。』
「なんだ?」
『もうすぐ満月ですね、楽しみです。』
「まん.....げつ?すまんがどういう意味かよくわからないな。」
どうやらそんなものはないらしい。少し悲しい。
「そんなことよりも月といえば明日は魔の月の日だから、あまり夜まで起きているなよ。」
『魔の月、ですか。』
「そうだ。月が欠けたあと月の色がおかしくなることから、災いの前触れだと言われている。だからその日はその月を見て災いが来ないようにすぐに寝てしまうのが慣習なんだ。」
月が欠けた後で月の色が変わる、か。ここの月が前世の月と変わらないなら、若しかしたら月食なのかもしれない。
『その月は、災いの元じゃないですよ。』
月が好きだったわたしはどうしても月が悪者扱いされることが気に食わなかった。
「.....?どういうことだ?」
『私たちが今いるところって、星ですよね?』
そもそもの確認をしないとわからない。
「俺たちのいるところも大きな丸い星で外には太陽とか月とかが浮かんでるんだっていうやつは確かにいるな。あまり信じられて無いが。」
やはり。ならば魔の月は本当に災いの元では無い。
『その月の状態は月食と言って、いつもは太陽の光を反射して光っている月が私たちのいる星に光を遮られてしまった状態で見えることを言います。これはめったに見られない貴重な瞬間なんですよ!』
思わず興奮気味に話してしまった。コニオさんは珍しい物を見ているかのように驚いている。
「そ、そうか。詳しいんだな。」
『月は好きなんです。だから月のことを悪く言わないで欲しくて.....。』
「そうか.....それは済まなかったな。」
『悪いと思うんなら、実際に見に行きましょう。』
「.....え?」
『明日までに、月が良く見えそうな所を探しておいて下さいね!わたしは学園でクインさんも誘って見ます!』
あまり深く話し込むとこの世界の風習として却下されそうだったので無理矢理話を纏めて学校へ向かった。
「はぁ!?明日の月を見に行く、ですって!?明日は魔の月って言って災いの予兆なのよ?」
『だから魔の月でも災いの予兆でもないんです!』
例によってクインさんの部屋。授業の終わりに魔の月についての警告がされ、次の日は注意すること、と言われ解散になったすぐあとにクインさんに月を見に行こうと言って注目を浴びてしまい、また例によって連れ込まれたのだ。
そこで詳しい説明をしたのだが、流石に用心深く、同意が得られずにいた。
『何も起こりません!唯の珍しい現象なだけですから!』
「今まで色んな人が危ないかもって言ってるのよ!?きっと何かあるに決まってるわ?やっぱり行くべきじゃないのよ!」
『かも、きっとで月を否定しないでくださいっ!.....どうしても来てくれないんですか?』
「.....そんな顔するのはちょっと卑怯よ.....」
『.....?』
「.....っ!.....あーもうわかったわよ!コニオさんも来るらしいし何かあっても大丈夫でしょ!行くわよ!行けばいいんでしょう!?」
半ば自棄になっている感じだがクインさんが折れてくれた。
『ありがとうございます!』
「もう.....何があっても知らないからね?」
『大丈夫ですよ!では明日夜に迎えにいきます。どうにかして学園の外へ出ておいてください。』
「いいえ。この寮に居たら明日は絶対に出られないわ。だから.....」
「今日はミツキさんの家で寝かせてもらうわ。」
そう言って実際に3泊までの外泊の許可を本当に取ってきた。
今度はわたしが驚く番だった。
「ど、どうも、いつもミツキさんと仲良くさせて貰っています、クインと言います。今日は明日、一瞬に月を見に行くことになりまして、その為に泊まらせていただく運びとなりました、よろしくお願いします。」
ここはコニオさんの家の所謂リビングルーム。
和やかな雰囲気に全く似つかないガッチガチのクインさんがいた。
『なんで来るって言っておいてそんなに緊張してるんですか?』
「う、うるさいわねっ!目の前にあのコニオ様がいるのよ!?緊張しない訳がないじゃない!」
「そんな気を張らなくても今の俺は唯のミツキの保護者だ。気にする事は無い。」
「い、いえっ!そういう訳にはっ!ずっと憧れにしていました方のまえでそんなっ!」
こんなやり取りをさっきから続けている。
『一回コニオさん、向こうで明日の予定を決めようよ。その間にクインさんには落ち着いて貰って。』
「そうするか。」
そう言って連れ立って奥の部屋に向かう。
『頑張って慣れてね?クインさん。』
力なく頷く姿が見えた。
話が決まって戻ってくると、大分クインさんも落ち着いたようだった。
わたしの部屋で話したり晩御飯を食べたりしているうちに慣れてきたのか、コニオさんと剣や冒険について語り合っていた。わたしの知らないことが沢山あったので、やはりクインさんも色々なことを考えているのだろう。
『お風呂、入ってください。』
何時もはそんな頻繁にお風呂は入れないのだが、今日はクインさんというお客様がいるので特別だ。
「お風呂?」
『ええ。いつもはお湯を流すだけですか?』
「そうね。寮ではそんな贅沢出来ないし。」
『そしたら是非。きっとあったまって気に入ると思います。』
ふーん、と言うクインさんから、何故か不穏な空気を感じた。
『.....どうしたんですか?』
「いえ、初めてだから少し不安だなぁ、と思って。」
『.....大丈夫ですよ。そんなに難しいことも無いですし。』
そして、ついにというか、やはりというか、爆弾は投下された。
「ねぇやっぱり一緒に入りましょうか。.....ええ、そうしましょう!やっぱり不安だから!何かあったら大変ですものね!」
『い、いえ、大丈夫ですって!きっと何も無いですから!』
「うん?きっと?きっとで否定しちゃ駄目だって言ったのは誰かなー?」
『え?いや、あれは言葉の綾というかなんというかその、色々と問題があるというか...ー!』
お風呂を入れただけなのに、どうして辱めを受けるのか。
「いやー、こういうのもいいわねぇー」
当日、授業は昼までなので学校はある。初めて二人で学園へ行く。いつもは辺りの風景を眺めたりしながら歩くので、二人で取止めのない会話をしなが学園へ向かうのは少し新鮮で楽しかった。昨日の夜も随分話していたのに話すことは尽きないものだと思う。
そのまま授業を受けて彼女は今日の準備をしに一度寮へ戻り合流した後、家に帰って夕方を待った。
『満月ですよ!満月!』
夕方。月が昇りはじめた。空の端から大きな満月が顔を出している。
「本当に何も無いんですかね.....?」
「ミツキを信じるしかないだろうな。」
そしてコニオさんが見つけてくれた高台へ向かう。
今日の天気は快晴では無いが、月が幽かに霞み幻想的な雰囲気を醸し出す様なうっすらとした雲だった。
そして夜が深まり、月食が始まる。
満月が夜の帳と共にゆっくりと欠け始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと欠けていくうちに少しずつ赤みが増してゆく。
完全に辺りが真っ暗になり、月が見えなくなった。
「本当に月が見えなくなったな。.」
「やっぱり不気味ですね...」
何も明かりが無いため本当にほとんど何も見えない闇の中、じっと待ち続けた。
そしてついに、朱に染まりきった満月が、再びその姿を表した。その姿は、綺麗な円でありながら、本来は白い黄色であるはずの円。それが赤銅色に染まり上がり、朧気な雰囲気をえんしゅしている。
『おおーーー!』
実際に見るのは本当に久しぶりだ。大きな満月が私たちの暗闇を照らす。
「こんなに.....こんなに綺麗だったのね.....思ってたのと全然.....違うわ.....」
「これを災いの元だというのは流石にもう出来そうもないな.....」
二人もこの月を見て感動しているのだろう。
ふと、ある言葉を思い出した。
それは確か、愛を表現する言葉。
しかし、この世界で出会えたこの二人に向かって使うとして、何か不都合があるだろうか。
その逸話を知らないとしても。この気持ちの少しでも伝わればそれだけで幸せなことだと、そう思う。
少しでも伝われば嬉しいと、そう思う。
俺も、わたしも、彼らは本当に大好きだ。
「今夜は、月が綺麗ですね。」
言葉は静かな闇夜に花を添え、溶けて消えていった。
これを書いている時に実際に月食が見えました。ミツキではないですが、やはり月は幻想的で不思議な何かを感じますね。




