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エルフは言霊に希う  作者: 望月うさぎ
壱ノ章 「いってきます。」
22/28

其ノ拾陸 異時間目 気付いたら異世界で女の子の身体になっていた件について。

視点が戻ります。

2018/02/06 結びが消滅していたので加筆致しました。

人は本当に驚いた時は意外と何も出来なくなる。本当かどうかは知らないが、少なくとも俺はそうらしかった。

部活から帰っていた筈だったのだが、何故か目を覚ました。まず寝てなんか居なかった筈なのに。初めに覚醒したのは感覚。どうやら自分が何故か拘束されている、ということ。手足胴体を鎖か何かで雁字搦めにされているらしい。長い間眠っていたのか、強い空腹も感じた。

続いて戻ったのは嗅覚。いい匂い、強いアンモニアじみた匂い、この部屋の匂いであろう不思議な匂い、そして鉄棒を間近で匂っていると思う程のむせ返るような鉄の匂い。

遅れて戻ったのは視覚。


見知らぬ男の子の目の前で、見知らぬ女の子が滅多刺しになって殺されている光景。

鉄の匂いは。身体中から穴を開けておびただしい量の血を撒き散らしながら倒れる女の子の血の匂いだった。


こんなものを急に見せられて、咄嗟に何かできる人が居るだろうか。

俺はほぼ本能で息を殺し成り行きを見守った。


しばらく男の子が俺のせいじゃない、お前が悪いんだ、などと喚き散らしている間に、余りにも非現実的な光景だからか、不思議と頭が冷えてきた。

落ち着いているとは言えないとはいえ周りを見回す。

やはりこの部屋には見覚えがない。一体何処に連れ去られていたのだろうか。

そもそも連れ去られて何が目的なのか。

そう思って自分の身体を見下ろすと

やけに自分の身体が華奢なことに気付いた。

まるで小さな女の子の様な。

まるで、ではない。

俺は小さな女の子になっていた。

勿論頭の中で処理が追いつくはずもない。

部活から帰っていたと思ったらいつの間にか気を失っていて、目が覚めたら目の前で人殺しが起こっていて、拘束されていて、自分が何故か小さな女の子になっている。理解できない。しかしこの状況はそんなに甘く無さそうだ。

時間はゲームのように俺の理解を待ってくれる便利なポーズ機能なんて搭載していなければ女の子を殺したであろう男の子が俺を殺さない確証もない。もし殺そうとすれば拘束されている俺に抵抗の術は無いし、殺されればセーブポイントから再開なんて機能も無い。

どうにかしなければ。そう思って思考を放棄した脳を回転させる。

すると、脳裏に蘇ってきたのは打開策では無かった。


それは、記憶。俺では無いこの身体の娘の記憶。森でやはり見知らぬ男に名付けられる所から記憶は始まる。その男、コニオから付けられた名前はミツキ。なんとこの娘はエルフらしい。魔法まであるらしく、本当にゲームのようだった。

森を抜け道を歩く記憶、学校に入り、目の前の死んでしまった女の子と友達になる記憶。この身体の主の意識がどうなっているのかは知らないが、目の前のこの光景を目にしていなかったなら幸いだろう。名前はクインと言うらしい。ついでに男の子の方はオルト、スライドショーの様に次々と記憶が流れて行き、ここにオルトに拉致監禁されるところで記憶の再生は終わった。


とても長い間記憶を見続けていた様な気がするが、事態は余り進展していないようだ。また記憶から察するにどうやらこの男の子に俺が殺されることは無さそうなので少し落ち着く事が出来た。


ただ未だ解せないのは何故俺がこんな所、というかこの娘になっているのか、だ。


俺はただ部活から帰っていただけなので心当たりが全くない。ネット小説でよく見る女神様と話して転生させて貰った覚えも無ければそもそも死んだ覚えも無い。この身体をこの娘に返せるかどうか、ひいては自分が元の世界に戻れるかは知らないがとりあえずは死なないようにこの場を乗り越えることが必要そうだった。


まず試すことはこの世界にあるらしい《魔法》での打開。この娘は《言霊使い》なる存在だったらしく、非常に強力な魔法を使っていたらしい。中身の違う俺でも使えるかどうかは怪しい所だが、試してみる価値はあるだろう。


この娘に倣って頭の中でこの娘が使っていた腕力を強化する魔法を唱える。

変化は無かった。

.....そうだ。そう言えばこの家に来る時に魔法が使えなくなっていた記憶があった。

只でさえ謎だらけなのに元の身体でも謎があるとは。頭が痛くなる。

少し考えて怪しい点は見つけたが、手が動かせないとどうしようも無さそうだ。


諦めて別の方法を考えようとしたところで、それは突然起こった。

死んでいた筈のクインの身体が、そこら中に飛び散り、大雨の日の水溜りの様に広がって部屋のほぼ半分を真っ赤に染め上げていた血が燃え上がり、暗い部屋には明らかに不自然に真っ黒な影に呑まれ始めた。


余りにも唐突な出来事に、未だ言い訳じみたことを独りごちていたオルトさえ唖然としてその様子を眺めていた。


そして完全に呑み込まれてしまい、中の様子を窺うことさえ出来ない影と静寂が残った。


その静寂は作り出した本人によって破られる。


影の淵を崖を掴むようにして、先程呑まれた死んだはずのクインの手が影の中から出てきた。そのまま傷なんて初めから無かったかのように無傷のクインの身体が表れる。


身体から不気味に真っ黒な煙が立ち上っている、見るからに異常な様子の彼女は、目の前の未だ状況が飲み込めない俺とオルトの姿を認めると


「ふふふふふふっ。ふふふふふふふふふふふふふぁあはははははははっ!」


笑った。それはまるで玩具を見つけた子供のように。


そしてダッシュでいちばん近くに居たオルトに襲いかかった。

ダッシュと言っても、その初動からオルトまで動くのが速すぎてほぼ見えない。瞬間移動と言っても通じてしまいそうな程だった。


「ひぃ!?な、なんで生きてるんだおまえはっ.....おまえは一体なんだんだ!」


何とか反応したオルトはとても慌てた様子で逃げ始め、あろう事か俺の後ろに隠れた。


いや。動けない俺の後ろに来るなよ。


そうは思ったが、俺がこんな殺意を向けられて襲われたらなりふり構わず逃げるので、それをこの男の子に求めるのは酷なのかも知れない。真正面からクインの姿を見る。この娘の記憶を見る限りクインはこの娘のとても親しい友人だった様なのだが、クインが止まる様子は無い。


そしてクインは現代なら即銃刀法違反で捕まりそうな刃物を構えて振り抜く体制に入る。


ああ。死にそうだな。俺。


まさか親友らしい彼女に殺されるとは。

無事にこの身体をこの娘に返せなかったことへの残念に思う気持ちと、諦めが俺を包む。


が、俺の首が吹き飛ぶことは無かった。首の目前で首を斬ることに抵抗しているかのように震えている。そして抵抗する力が殺そうとする意志に勝ったのか、斬られたのは首ではなく大きく逸れて俺の腕を吊るしていた鎖だった。驚いてクインを見ると、とても苦しげな表情で、肩で荒く息をしていた。


「はあっ.....!このこは違う.....コノコモコロス.....殺さないっ.....逃ガサって!」


俺はその声に押されて、まずこの娘が付けていたオルトから貰ったらしい首飾りを引きちぎる。

.....ことは力が弱すぎて出来なかったので普通に外す。途端に戻ってくるのは確信にも似た感覚。俺にも魔法は使えそうだった。


脳内でこの娘が使っていた腕力を強化する魔法を唱える。

今度はわかる。腕に力が溢れる感覚。


今度こそ体を拘束していた鎖を引きちぎる。


長い間身体の動きを強制的に制限していたので、全身に未だ鎖が食い込んでいるかのような感覚と無理な体勢を取り続けたことによる痛みが身体中にある。力が抜けて崩れ落ちそうだ。


それでも逃げなければ。自分に一瞬であれ打ち勝って助けてくれたクインに示しがつかない。子供の、しかも女の子の身体となってしまった違和感と併せて全く覚束無い足取りで何とか出口を目指す。


「おい!どこに行くんだ!おまえは俺の奴隷になったはずだろうが!早く戻って人質になれよ!」


背後からオルトの意味のわからない言葉が聞こえてきたが、そう言えばこの娘が限界で何も聞かずに了承したのか。強制力もなさそうなので無視を決め込む。逆に無視しなかったのはクインの方だった。


「バカ言わないで!ミツキちャんはワタシガ守って.....コロシテ.....あげルンだカら!アハハハハッ!」


そう言って笑うクインの苦しそうな声を背に、私は外へでようと扉へ手をかける。


が、そこで身体が動かなくなった。


オルトを見てもなにかしたようには見えない。

流石に扉が開けないほど非力でもない。

ならば。何故か。

それは簡単だ。俺は所詮はこの娘の身体に何故か入り込んだ異物に過ぎない。そんな異物程度がこの娘が心から望んで入ることを拒否して別の行動を取ることなど出来はしない。

俺は今回の達成すべき目標はこの娘の身体と俺が無事に生き残ることだったのだが、この娘の条件はその中に、

クイン、そしてなんとオルトまで入っていた。


難しいなんてレベルではない。が、そうしなければ絶対にここから逃げることは出来ないだろう。


振り返るとクインが息付く暇も与えずオルトを攻撃している。自室ということで一応色々と仕掛けてあるらしく、どうにか逃げ回っているが、それもずっとは続かない。対処され、破壊されればそれまでだ。


なのでまずはクインあの動きを止めることが必要だろう。しかしこのままだとボロボロの身体は一撃入れられれば恐らく即死、良くて行動不能だろうか。しかし自己強化を使えるほど体力は回復していない。まずはそこから。魔法の利便性はこの娘がしっかりと証明している。あとは俺の想像力。


"我が希うは抑止力。そして抑止力は我が力。精霊よ、我が力となる全てを並べ集めよ。《マジックコレクト》”


変化は見えないが、何かが変わった気配。

待つと、クインの攻撃でホコリが舞い上がった際、不思議な色の液体が入った容器が飛んでくる。確認もせずに飲み干すと、ブルーベリーと似たような味が口の中に広がり、身体中の拭い難い倦怠感が完全とは行かないまでも、確かに引いた。そのままこの娘の記憶を頼りに《アーマー》

と呼ばれていた魔法を使う。


これでとりあえずの防御は確立出来た。あとは双方が生き残っているうちにクインの暴走とオルトの蛮行を止めなければならない。

俺は服を捲り上げ腹部を確認し自分の予感が的中していることを確信する。


"顕現せよ。俺・の力。磨きし業を今一度手の中に。『風は竹』。『風は苧』。形を灯し(・・・・)この掌の中に(・・・・・・)

《風祝の弓エア・ボウ》”


現れた物に明確な色は無かった。しかし形として確かに弓がそこに存在する。初めて見るものなのに勝手知ったるように扱える。息を整え、足踏、胴造り、弓構え。


"形作るは輝く矢、産む力をもって『火の海と化せ』。《烈火の流星群ファイアアロー》”


構えた弓に、静かに炎の矢が番えられる。物見、打起し、第三、引分。速度を求めた結果型は少し崩れがちになってしまっているが魔法によってそれを支えて引いていき、離れ。.....流石に残心を残す余裕はない。


予想通り、記憶にあった《呪い》は発動しなかった。


軽い射撃音と共に弓の力と風に後押しされ、凄まじい速度で風にあおられて盛んに燃える炎の矢が、狙い通り.....クインに迫る。



「あはははははははっ!まさか攻撃魔法が使えるなんて思わなかったから少し驚いたけれど、流石にバレない筈がないじゃ.....え?」


迫っていた一本の矢は二本となり、四本となり、まるで烈火が燃え広がる様に瞬く間に数を増やしていく。しかしその矢は広がりながらも向きを変えて、クインの立つ場所へ殺到する。


「面白い!面白いわ!流石『私』が羨ましがってる人なだけはあるっ!」


クインはそう言って低く構えを取ると、矢を剣で切り払い、腕に矢を受けながら、止まることなく真っ直ぐこちらに突っ込んできた。避けてもくれないのか。矢を対処していて速度が落ちているために目で追えるがそれでも速すぎる。魔法を使う暇もなく回避するしかなかった。背後で破壊音。

反射的に振り返ると床に亀裂が走っていた。


冷や汗が伝う。慣れない殺意に竦みそうになりながらも止める方法を考える。攻撃をするとこちらに突撃してくることは予想できたがまさか攻撃を無視して来るとは思わなかった。近づいてきた所を魔法で捕らえようとしていた思惑は外れてしまった。


「いいぞ!そのまま俺が逃げる時間を稼いでおけ!」


標的が俺に移って油断したのか、オルトがそんなことを言ってくる。


「あなたは殺すんだから逃がすわけないでしょう!?」


案の定クインがその声に反応してしまい、またもや逃げる羽目になっていた。殺されては困るのだが、その間に新しい方法を考えることが出来る。クインはとんでもない速度と力を持っているが、今はそこまで頭を使っているようには見えない。実際未だ逃げるオルトを追い詰めることが出来ていない。


速度を奪うことが出来れば。そう考え、魔法を使う。


"水は広がり、凍り、全てを静める場と化す。《アイスフィールド》”


不意に、寒く無かった筈の部屋に冷気が満ちて俺の足元から部屋の床に氷が貼られていく。所々下から飛び出る円錐状に尖った氷柱は当たれば只ではすまない程の勢いがある。


「な、なんだこれは!?」


遠くでオルトの驚く声が聞こえた。氷の上では滑ってしまうが、それ故にクインのあのスピードも出ないだろう。


が、そんな期待は絶望と共に文字通り叩き割られた。


確かに、想像したのが家に敷かれるカーペットの様な氷で決して厚い氷では無かったのは確かだ。しかし中途半端な力任せで床を殴って無理矢理氷を割れるとは思わない。予想よりずっとクインの力は強かった。そして氷を割り自由になったクインと氷で滑ってしまっていたオルト。最早決着が付いている。


まずい。

二度の失敗で産まれた意識の空白に後悔と焦りが入り込んでくる。

まずい。

このままではオルトが殺されてしまう。他でもない俺のせいで。

何か、何か方法は無いのか。

クインが走って行くのがこの時だけは何故か遅く感じる。しかし何も思いつかない。

クインが剣を構える。オルトは何とか逃げようとしているが、到底間に合いそうもない。

もう、取れる動きは残っていない。


出来ることは、何処へ届くともない願いだけだ。




止まれ。止まれ。止まれ、止まれ、止まれ。







「ーーっ!()()れぇ(・・)ーーっ!!」






それは本来、出来て当然なことなのに、この娘には絶対に出来ない筈のこと。

これだけは俺にも原因があるとは思えずこの娘の身体ではそうなのだろうと試すことさえ無かったこと。

確かに今まで一度も経験が無いらしく、無意識に飛び出したそれは少し掠れていて少しだけで既に潰れかけて痛いが、それでも。


小さな鈴をゆっくりと振り動かしたような優しく澄み透った声は、決して大きな声とは言えないが何故か響き、今、この世界で初めてこの娘の願い(・・・・・・・・・)を外へと吐き出した。


瞬間、世界が止まった。部屋に舞っていたホコリも止まり、クインは空中で、オルトは逃げ腰のまま静止した。


「な.....なによこれ!.....それに.....今の声。」


「た.....助かった.....のか?」


困惑する二人の元に俺は歩み寄る。言葉に出来るなら。それ以外に何が必要だろうか。


「オルト、.....それにクイン。」


二人は、声で誰がこれを起こしたかを察したのか、驚いた様な視線を向けるが、構わず話を続ける。


「もう、こんなことやめにしないか?そりゃ、はじめは皆、それぞれの目的の為に動いていたのかもしれない。だけどもうそれは全部、目算を誤ったり、有耶無耶になったりして、失敗した。」


俺の口調なせいで全くこの娘の綺麗な声に似合って無い。

それに喉はまだ音を震わせ伝える毎にヒリヒリと痛む。

それでも伝えることはやめない。


「なら、もう続ける必要なんてない。プライドの為に人を攫ってみたり、助ける為に人殺しなんてしてみて、少し大事になってみたりしたけれど、こんな争いはみんなで誤ってるんだから、みんなで謝って青春の1ページにすればいい。友達同士の喧嘩なんかでこれ以上過ちにする必要なんてない。」


オルトと向き合う。


「君は自分より幼そうなこの娘に負けて悔しかったんだろ?」


言われたオルトに少し苛立ちが混じる、が、淡々とからかわれずに言われて感情的になれないのか憮然としている。


「.....何で自分のことをこの娘、なんて呼んでるのかは知らないがまぁ.....そうだよ。才能(ランク)の違いだってことぐらい分かってる。けどそれでも自分よりもどう見ても年下の、しかも女の子に負けるのには耐えられなかった。本人に言うのも馬鹿な話だけどな。」


そう言って自嘲気味に笑う。


「いや、わかるよ。何でこんな奴に劣ってるって思われなきゃ行けないんだって思うことが俺にもあるから。」


俺が高校2年生になった頃、新入部員の1年生の中に所謂天才がいた。

そいつは入部してすぐ、周りの1年生達が基礎の練習をしている中、部長に認められて弓を引いていた。そして瞬く間にレギュラー入り。

あいつの引く弓は的に当たるだけでなく、型もとても綺麗だった。

今まで俺が続けてきた練習を鼻で笑うかのような才能に、表面上は取り繕いながらも陰でいつも妬んでいたように思う。


けど、と俺は続ける。


「才能って言うけどさ。例えて、魔法に関して言ってもこの娘と君は比べられるものじゃあ無いと思うんだ。この娘はそりゃあ確かに魔力が結構あるけれど、だから君が劣っている、とは言えない。この娘は君の一番のこの部屋中に張り巡らされた魔法は使えない。それに多分ルール無しの戦いなら俺は君には勝てない。」


一瞬話すのを止めて、あらためてオルトの目を見る。


「だからこそ必要なのは妬んでいがみ合い、どうやって潰すかって事じゃなくて、どうやって力を合わせて完全じゃないことを助け合うか、だと思うんだ。俺はもう過ぎてしまったことだけど。」


オルトは俯いて何か考え込んでしまった。


今度はクインに向き合う。


「いつもこの娘と共にいて、助けてくれてありがとう。今回も迷惑をかけた。」


「うるサイわね!私はあいつを殺スノ!」


クインは全くこちらの話を聞いていない様子だ。

それでも諦めない。




ふと、何かが目覚める様な感覚と共に勝手に言葉を紡ぐ。


この娘が目覚めかかっているのか。それとも無意識中の行動なのか。それはわからないが、それでも今はそれに任せるのが最適なことはわかった。


「クインさん(・・)は何でそんなに自分を追い詰めているんですか?」



「っ.....!何を言っテルの!?ワタシは別にそンナことは.....!」


「だって。ただ殺したいだけなら、何でそんなに殺す殺すって、相手が対応(・・・・・)出来るように(・・・・・・)しているんですか。わざわざ単純な攻撃を繰り返して。」


「そっ.....れは.....。」


「クインさんに何の負い目があるのかはわかりません。でも、そんなに自分を傷つけなくても、私が相談ぐらいならいくらでも乗ります。ちゃんと叱れるかはわかりませんし、傷ついた心を癒せるかもわかりません。」


「うっ.....うるさい!うるさい!ワタシはあいつを殺して死ぬんだ!邪魔をするっ.....な.....ぁ.....?」


抱きついていた。他でもない俺が。全く意識していなかった唐突な抱擁でこれ以上無いほど俺も驚いたが、それよりも。


「だけど。それでも。死ぬなんていうのはやめてください。その言葉は、自分よりもよっぽど、聞いている私が傷つきます。初めての友達なのに。数少ない理解者なのに。そんな簡単にいなくならないでください。

.....お願いします(・・・・・・)帰ってきて(・・・・・)ください(・・・・)。」


「あっ.....うっ.....うん.....」


気づけば、俺もクインさんも泣いていた。


「くそ。動機も手段も気概も奪われたんじゃ絶対奴隷なんかに出来ないじゃないか。」


オルトの、悔しそうな言葉と掛け離れた朗らかな声でそんなことを言う。


「当然よ.....。そんなことは私が絶対許さない。

.....って.....えっ.....私の心が.....治ってる.....。」


泣きながら変身を返したクインは、何か変化があったようだ。


起きかけていたこの娘も、寝返りの様なものだったのだろうか、いつの間にか感覚が消えていた。





「あぁー.....もう。めちゃくちゃじゃない!」


「君がやったんだよ。全く.....。」


「元はあなたのせいじゃない!」


しばらくしてみんなが落ち着いた後、オルト宅がほぼ全壊している事が判明した。部屋がボロボロなので外に出て見ると目を逸らしたくなるような光景が広がっていた。


.....一応服は見繕い着させてもらった。流石に色々とまずかった。


俺の声はいつの間にか出なくなっていた。やはり先程の声は何か特異なことがあったのだろう。



あっ、とクインが何かを思い出したかのような声を上げる。


「そういえばあなたのとこの執事さん目が潰れてるから危ないかも」


「はぁ!?なんてことしてくれてるんだ君は!」


そう言ってオルト君は走り出した。


見えなくなった頃、振り返ることも無くクインさんはふとした様子で言葉を投げかけてくる。


「そういえば、結局あなた(・・・)って誰なの?」


聞かれてしまった。流石にこの娘で通せる訳は無いだろう。が、流石に異世界からこの娘に乗り移りました、なんてことも混乱させるだけだろう。


『さぁ 俺も気が付いたらこの身体の中に入ってたんだ』


完全に嘘ではない。何故帰っていたらこんな所で気が付いたか、は俺にもわからないのだから。


「ミツキさんといいあなたといい謎だらけね。」


『いつかわかると良いな。とりあえずは帰ろうか。』


そう言って歩きだそうとして、立ち止まる。


あの感覚だ。この娘が起きようとしている。


不思議そうにこちらを見ているクインに何を伝えるかを一瞬だけ考える。


『もうすぐ、この娘が起きる。そうなったら俺はどうなるかはわからないが、それでも少しこの身体でいた身だ。この娘のことは少しだけわかってる。どうか。これからもこの娘と共に.....。』


「.....!.....わかったわ。」



それを聞くと、俺はまるで布団の中に潜り込んだような温もりと共に意識を失った。








<><><><><><><><><><>








『この娘と共に.....。』


そんなことを言って不思議なあの人が消えた後、意識を失ったように崩れ落ちた(心配したが眠っているだけのようであった)ミツキさんの身体を背負ってミツキさんの家に行った。私も疲れていたのか、誘拐されていたミツキさんの家が空いているはずはなかったのだが。閉まっていることを確認して、諦めて家に帰ろうとした。


瞬間、とんでもないプレッシャーと殺意。


「ーーっ!?」


咄嗟に振り向くと、憔悴しきった様子の大人の男性が剣を抜いてこちらを睨んでいた。


全く面識が無い男に、あまつさえとんでもない殺意を向けられていてミツキさんを守るために扉の前に警戒しつつミツキさんを下ろし、剣を構えた。


「なんですか。あなたは誰ですか。」


気丈に振舞って見せるものの、相手の殺意はとても鋭く、その男の強さを物語っていた。


「俺のことはどうでもいい。そんなことよりその子をどうするつもりだ。何故お前がその子を背負っている。この俺が見つけられない程の隠蔽をどうやって.....いや。そんなことはどうでもいい。どういうつもりで彼女を攫ったのかは知らないが、見つけた以上はお前を殺してでも返してもらうぞ。」


どうやら私をミツキさんの誘拐犯と勘違いしているらしい。


「いえ、あの.....私はそんなことは」


「問答無用。はぁっっ!」


轟音と共に斬りかかってきた。


早すぎる。何とかして伝えないと。


「信じてくださいっ!」


何とか剣を合わせて吹き飛ばされる勢いで距離を取る。彼.....恐らく伝説の冒険者と言われているコニオさんの前では距離とは言い難いが。


「私はっ!」


再び剣戟。私の持っている剣が軋む音を聞きながら同じ要領で今度は本気で飛び退く。どんな手段を使っているのか、いつの間にか家から離されていた。


「ミツキさんをっ!」


三度の剣撃。もはや飛び退くこともできず何とか剣で受けて吹き飛ばされる。見ると剣が根元から折れていた。


「.....助けて来たんです.....。」


貯まった疲労でもはや動きを捉えることさえできず、呟くように最後の言葉を吐き出す。そして何かが迫る気配と。


目の前で私の髪を剣圧で揺らすコニオさんの剣があった。


「.....本当か。」


未だ殺意を向けながらそう聞かれる。


あるいはここでオルトのことを話せば即座に命は助かっただろう。しかしミツキさんの身体の中のあと人の言葉を聞いた後で、その選択肢は無かった。


「証拠は何もありません。でも。それでも私が死んだことをミツキさんが知ったらとても悲しむと、私はそう信じています。」


「.....そうか。」


コニオさんであろう人の殺意が薄れる。


「今は希望のある方を取ると決めている。ミツキが帰ってきたことは確かだ。.....一応、礼をいっておく。」


そう言って、その人は剣を引き、ミツキさんを背負って家の中に入って行った。



腰が完全に抜けていた私はしばらくその場から動けなかった。


そんな落ち着くとも落ち着かないともなく、ミツキさんと私とオルトを巡る誘拐事件は、不思議な人やコニオ様.....であろう人と出会ったり出遭ったりして、決着した。

弓の構え方は調べたので恐らくあっていると思います.....。

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