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デミット×カワード ぷろとたいぷっ  作者: 駒沢U佑
第一章 環境適応のススメ編
38/53

始まりが終わり、次の町へ

大変お待たせ致しました。一月以上更新出来なくて申し訳ございません。


それでは第一章ラストエピソードです。どうぞ。




「ふふ……」



 手を握る。五指を全て畳み、拳の形に握り込む。それだけの行為がどれだけ億劫だった事か。


 足を前に出す。足指で地面を蹴り、腰を捻り、重心を移動させながら太ももを上げ、先まで足を置いてあった場所よりも前に下ろす。それを連続して行う事によって成る前進という行為の為に、どれだけ倦怠感を引き剥がさなければならなかった事か。


 全身に纏わりつく脱力感を表現するのならば、空気そのものが蜂蜜のように粘っていたと言うべきか。


 動くのが億劫で、寝転がるのも怠くて、寝返り一つに気合を入れなければならなかった日々。



「ははは……」



 それが、今やどうだ。握り込む拳は目に見える程固く、繰り出す足は風切り音を唸らせ、進む肉体は今にも浮かび上がらんばかりに軽い。これに、歓喜せずにいられるだろうか。



「――は、はははははははははははははははははははは!!」



 耳をつんざくほどに大きな笑い声が場を満たす。眼を見開き、牙をひん剥き、腹の奥底から捻り出すかのように呵々大笑と空を仰ぐ紅朗。己が蹴飛ばしたスカイクォーツも、困惑顔で立ち尽くすソーラも、呆然と間抜け面を晒すフレグも。その全てに目もくれず、紅朗は歓喜という激しい感情に身を任せていた。



「やった! やったぞ!! 手に入れた!! ようやくこれで俺は、自由に動き回れるぞ!! ははははははははは!!!」



 一頻(ひとしき)り笑ったのだろう紅朗は、それでもテンションが戻らないままその満面の笑顔をソーラへと向ける。



「さぁ、最後の仕上げと行こうじゃないか!! ソーラ!!」


「クロウ、その……大丈夫?」


「あぁ、最高にハッピーだ!! テンションは鰻登り! 留まる事を知らねぇぜ!」



 主に頭が。という意図の問いだったが、その意図に紅朗が気付く事は無かった。


 まぁ、肉体の方は特に怪我も無さそうではあるし、足取りにも異常は見られないのだから、脳以外は大丈夫なのだろう。



「そう、良かった……な訳無いでしょ!!」



 その事実に安堵の息を漏らしつつ、ソーラはクロウの耳を引っ張った。



「どーするのよ騎士団長倒しちゃって!! お尋ね者確定じゃない!! それも強烈にヤバいヤツ!!」



 国家権力に対する暴力の行使だ。これでもう犯罪者ルートは確定済み。その上、ロレインカムの最高戦力《騎士団長》を単独撃破だ。危険人物として国際指名手配されてもおかしくない。


 にも関わらず、紅朗は知ってか知らずか素知らぬ顔で。



「長い人生、お尋ね者になるのも一興さぁ。良いか? これは俺がまだ二十歳になる前の話だが、ビッグ・ベンをピサの斜塔ばりに傾けちまった事があってだな――」


「あなたの犯罪歴なんてどうでも良いしビッグもピサも知った事じゃないのよ!!」


「まぁ良いから聞けよ。これは一種のチャンスなんだ。まず無料で俺のエサが手に入るだろ? そしてあわよくば金も手に入る。何故ならば俺がウィナー(勝者)だからだ」


「何もかもがあなたの都合か!!」


「何もかもが俺の都合だ。俺の人生なのだから」



 自己中心的にも程がある台詞を吐いて(のたま)う精神構造の持ち主は、それで話は終わりと言わんばかりに話を転換させる。



「まぁそんな事はどうでも良い。それよりさっさと行くぞ。ソーラ、宿に戻って――あぁ、いや。それは俺がやろう。お前はテーラとシロを連れて北門に連れてきてくれ。それだけで良い。任せたぞ」



 北門とは、先程迄シロと共に紅朗達が暴れていた場所、その反対に位置するロレインカムの出入り口である。細長く形成されたロレインカムのほぼ両端に位置しており、また丘に挟まれている町特有の立地条件により、その二つからしか入る事を地理的に許されていない。


 因みに彼らが仮拠点としている宿は町の中心にあるギルドより南門寄りで、しかし彼らの現在地である奴隷商館から向かえばその経路はやや南門から外れてしまう。その事実を加味して紅朗は判断したのだろう。要するに、二手に分かれて効率良く荷物と仲間を取りに行くという事だ。


 そう一方的に告げた紅朗はソーラの返答を待たず踵を返し、何を思ったのか奴隷商館の正面玄関から入館する。微かに響く荒々しい足音。時折聞こえる女性の悲鳴に不安を募らせるフレグとソーラは、やがて壁の穴から身を乗り出した紅朗を目撃した。


 その肩に、色の薄い少女を担いだ姿を。


 最早その姿は只の誘拐犯である。



「お、お客様!? な、なにを……っ!!」


「あ、こいつの代金や館の修繕費は諸々ソイツが払う事になってっから。詳しくはソイツから宜しく」



 いきなりの暴挙にまずフレグが反応した。少女を担いだまま地面に降りてきた紅朗に食って掛かるが、紅朗はそれに取り合わない。そればかりか問題の解決を未だ苦悶の表情で倒れ伏す騎士団団長(スカイクォーツ)を指差して託す始末。



「ちょっと!! この娘、アルテリアじゃない!!」


「あーあー、良いから早よ行けホラ。時間切れになんぞおらダァッシュ!!」



 次いでソーラからも詰問されるが、紅朗は手拍子で捲し立てた。実際、時間は無いのだ。騎士団の総団員数が二十余名である筈が無い事はソーラにだって解っている。いや、狐兎族姉妹の頭脳担当であればソーラこそがその実数を紅朗以上に知っているのだ。



「、っ! あー、もー!! あとでちゃんと説明してもらうからね!!」



 その事を理解しているソーラは、紅朗への詰問を後回しにして走り出す。


 ソーラの背中を充分見送った紅朗は、肩に担いだアルテリアの少女スイを担ぎ直し、フレグに背を向けた。頭部が紅朗の背中側にあるスイ(元商品)は自然とフレグ(元所有者)と向き合うようになり、困惑した当人同士の視線が交わる。


 そんな、やや気まずい視線を最初に切ったのは、スイだった。



「あ、あの……」



 か細い声だ。転がる小石にさえ掻き消されてしまうのではないかと思ってしまう程、小さな声。その声を、少女は己が喉を振り絞って捻り出した。



「今迄、お世話になりました……」



 そう、フレグの目をしっかりと見て言ったのは、数十分前まで部屋の片隅で縮こまっていたあの少女だ。食が細く、出された食事をいつも遠慮気味に、周囲の顔色を窺うように口へ運んでいた少女。声を上げず、物音さえ出さず、衣擦れすら立てないよう、必死に己を消そうと身動ぎせずにもがいていた少女。正直言ってフレグは、そんな少女の声を聴いたのはこれが初めてでもあった。


 そんな少女が、今初めてフレグに対して喋り、こうして真正面から別れを告げてきた。


 つい数日前に一目見たばかりの青年に抱えられながら、彼女はフレグに対して喋ったのだ。


 つまりは、そういうこと(・・・・・・)なのだろう。



「……実の所、大損害なのですよ。貴方が居なくなるのは」



 そうして、フレグの口から溜息が漏れた。フレグには一体、彼女の身に何があったのかは解らない。青年とのほんの少しの会合で何を話したのかは皆目見当も付かない。それでも少女スイにとっては意味のある時間だったのだろう。


 何をもっても喋らなかった少女が、青年に身を預けて別れを切り出すという事。それはつまり、彼女は既に決めてしまったのだ。未だ身を預けている青年に付いていくと。


 それを察してしまい、少女の代金も支払人こそ変われど取り立てられるのならば、フレグには最早異を唱える事も出来ない。例え唱えようとも、それだけは出来ない。少女が身を預けている者は、今彼自身の目の前で、ロレインカム単独最大戦力を下した者なのだから。商人であろうとも、一個の生命体。自分の身は惜しいのだ。


 取りあえず憂さ晴らしにロレインカム防衛騎士団には手数料を取れるだけふんだくろうと画策しつつ、フレグはスイに視線を向ける。これだけは、言っておかなければならない事を告げる為に。



「覚えておきなさい。それ程の価値が貴方にはあるのです。商人である私の目がそう言っている事を、努々忘れぬよう」



 卑下する事無く、自身を持って生きろと。そうするに足る理由は確かに存在するのだと、フレグは言う。きっとその言葉が本当の意味で少女の胸に届く時は遠い未来になるだろう。ただそれでも、言わずにはいられず、願わずにはおれず、祈らずにはいられなかった。奴隷商館の主として、商品に責任を持つ一人の商人として、ただのフレグフロウ・フリーフルズとしても。両親に否定され続けた今迄の人生を、どうか払拭出来ますように、と。



「ほいじゃー、俺らも行こうかね」


「――待、て……ッ!!」



 後方から漂う、どこかしんみりとした空気を振り払って立ち去ろうとする紅朗だが、未だ倒れ伏して身動き出来ない男から制止の声がかかる。振り返った紅朗の視線はあからさまに面倒臭そうだ。



「何を、する……つもりだ……っ!!」


「一通り目的済ませた犯罪者が次に何をするかなんて、言われないと解らないのか?」



 まるで吐き捨てるかのような言葉。そこに救いは無く、取り付く島もない。ばかりか紅朗は、思い出したかのようにこう付け足した。



「あぁ、そうだ。約束は別に守らなくても良いぞ。所詮口約束だ。それを破る事なんて、別に騎士道には反してねぇもんな。実に立派な心掛けをどうかそのまま、王制の名に恥じぬ姿勢で邁進してくれたまえ。アディオス」



 大地に縛り付けられている上、更に矜持をもって雁字搦めにされたスカイクォーツに紅朗はもう視線さえ向けない。紅朗にとってスカイクォーツは既に、壁では無いのだから。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲




 閑散としたロレインカムの町をソーラは走っていた。目指すべきはこの町の南門。つい先程迄ソーラを含めた三人で暴れまわった場所だ。幸いにして目的地は近く、家屋という障害物を抜きにすれば直線距離にして二百m少しだ。情勢さえ変化していなければ、未だ姉と異形はその場所にいる筈である。そう(あた)りを踏んで、ソーラは駆けていた。


 しかし、現実としてロレインカムでソーラ達に与する者は少ない。当たり前であるが治安を乱したのは明らかにソーラ側であり、厄介者の誹りは免れないだろう。それで無くとも住所不定の冒険者よりも身元の硬い国家権力に信を寄せるのは当然の事だ。


 であれば、防衛騎士団の劣勢を冒険者が見ていて、その様子を騎士団の支部に伝えるのは容易に想像が付く。冒険者で無ければ一般町民、あるいは戦闘に参加していない連絡役の騎士がいないとも限らない。


 そういった不安要素を思い浮かべた丁度その時。ソーラの下へ、残念な現実から飛び込んできた。



「あ、ソーラー!」



 そう、自分の名を呼びながら手を振るのは実姉であるテーラだ。隣には共闘戦線を張ったシロも居て、二人して此方に向かって走ってきていた。



「ごめーん、助けてー!」


「待てやゴルァ!!」


「うっとこの副団長離せやァッ!!」


「オドレ、タダで済むと思うなや!!」



 後ろに、明らかに友好的では無い強面のお兄さん達を大勢引き連れて。



「何よソレー!!」



 思わず実の姉を見捨てるように踵を返して逃走を図るソーラ。それでもやはり姉を見捨てる訳には行かないと思い直したのか、両足の回転速度を少しだけ落としてテーラ達と並走する。


 そして並走して初めて気付いた事だが、ソーラはどうして後ろのお兄さん方があんなにも殺気立っているのか理解した。


 テーラを挟んで向こう側に居るシロが、器用な事にロレインカム防衛騎士団の副団長であるアマレロを自分の身体で巻いて捕らえながら走っているのだ。そりゃあ、あんなにも騒ぎ立てる筈だ。しかもそのアマレロ、胴体と言うべきか尻尾と言うべきか、シロの太い体で巻き付かれて身動き出来ないものの、完全に意識を戻していてシロの捕縛を解こうと顔を真っ赤に染めながら奮闘していた。


 その目を疑うような光景に、ソーラは思わず吠える。



「ちょっとテーラ!! コレどういう事よ!!」


「いやぁ、どうもこうも。増援を捌き切れなかったという事になります」


「シロ、つかれた……」


「じゃあその巻き付けてる荷物離しなさいよ! そんなもん持ってるから追ってくるんでしょ!!」


「馬鹿だなぁソーラは。今更離した所で許されるものじゃないでしょ」


「馬鹿は貴方よこの愚姉!!」


「あ、ひっどい今の言葉。あたし超傷ついた」



 まるで反省の見られないテーラと、動き辛そうにうねって走るシロ。背後からの怒声と響く足音、くぐもった呻き声という不協和音(BGM)を聞きながら三人はひた走る。



「いやでも実際妙案だったとあたしは思うよ? コレ抱えているから向こうも本気で攻撃し切れてないし、今コレ離したらアレらプラスコレよ? 正直もう勝てる気がしない」



 と、アマレロを指しながら告げるテーラ。確かに、それはテーラの言う通りだろう。アマレロが何時意識を戻したのかは定かでは無いが、全身筋肉のようなシロに人質としてアマレロを背負わせるのは、そう悪い手では無い。こんなに早く意識を戻したという事は、今こうして自分達を負う後ろの面々にアマレロが加わっていたかもしれないという可能性にも繋がっているのだから。


 アマレロを倒した際のコンビネーションは即席のもので、次もあのようにがっちり嵌まる事は早々無いだろう。しかもアレは此方の力量を知らないアマレロにとってはあらゆる意味で奇襲であり強襲なのだ。だがアマレロはもう知っている。テーラの体捌きを、ソーラの目晦ましと攻撃魔術を、シロの強靭さを。


 それらを知っているアマレロが、また同じような手で倒せるとは限らない。そんなアマレロを、気を失っている段階で捕縛し無力化したのは良い手であると断言出来るだろう。そう、良い手ではあるのだ。鬼気迫る騎士達の猛追に晒される今の精神状態さえ抜いて考えれば。



「もう! もう! もう! 弁明の余地なんて無いじゃない!!」


「あっはっは。まだ頭の片隅にでも弁明出来ると画策していた所がソーラの凄い所だよね」


「なにそれ皮肉ッ!?」


「とんでもない。あたしが全幅で尊敬している所だよ」


「これ、じゃまー……」


「絶対離すんじゃないわよシロ!!」



 先程とは違う言葉でシロの行動を縛るソーラ。コレ呼ばわりされたアマレロが憤慨して体を揺すっているのだから、それはもう走りにくい事この上ないのだろう。それでも離す事は許されない。もしかしたらシロだけでもなんとかなるのかもしれないが、賭けに出るには危険過ぎるからだ。そんな賭けに出るぐらいなら、騒々しいバックミュージックと共にこのまま走り続ける事をソーラは選んだ。


 そんな彼女に、災難はまだ降りかかる。



退()けやウォラァッッ!!」



 暫し走り続ける事、数十分。突如としてソーラ達の前方から響く野太い声と騒音。走るソーラ達の目の前で、前方にある路地から騎士が二名、吹き飛ばされていた。その路地の向こうから慌ただしく飛び出してきたのは、右肩に少女を、左肩に荷物を大量に背負った赤髪の青年。此度の事件の中心的存在と言っても良い男、紅朗だ。


 その男、紅朗は、ソーラ達の後方から鳴り響く音の群れに視線を向けて、ソーラ達に気付く。



「お、なんだか楽しそうじゃん。何アレ、お前らのファン?」


「出やがったわね諸悪の根源!! 大捕り物のお祭り騒ぎよ見て解らない!?」



 後ろを指差しながら並走し始めた紅朗にソーラが皮肉交じりの悪態を吐くも、紅朗は「酷ぇ言い草だ」と笑うだけで反省の様子は欠片も無い。そんな男の左肩で揺れる荷物達が、まるで拍手のようにバスンバスンと音を立てている事が更にソーラの機嫌を下降させた。


 そこで気付く。この男、荷物を取ってくるのが早過ぎないか? と。



「ていうかもう私達の荷物持ってきたの!? ちょっと早過ぎない!?」



 疑問は自然と口を突いて外に出る。ソーラの記憶では、奴隷商館の前から離れたのは自分が先だった。その自分が目的地である南門に辿り着く前にテーラやシロと合流し、こうして北門に向けて逃走しているのだ。ロレインカムの街並み、奴隷商館と南門、宿屋。その間にある走行ルートや所要時間、テーラ達との合流想定時間の短縮を考えると、紅朗は自分達の後方、追いかけてくる騎士達よりも後方から出てこないとおかしい計算になる。


 なにか嫌な予感がソーラの脳裏を過ぎった。



「いやぁ、予想通り宿屋を騎士達(アホ共)が張っていてね。面倒臭いから全部蹴り飛ばしてくれたわ」


「……全部?」


「全部」



 弁明して首肯する紅朗。猜疑の視線を送るソーラ。なんかもう、全部という言葉がどこまで当て嵌めているのか聞くのが恐い。だが聞かない方がもっと恐い。勇気を持ってソーラは疑問の声を上げる。



「一応聞いておくけど、宿屋の人には説明責任果たしたわよね?」


「はっはー。説明してる暇があると思ってんのかい? この後ろの光景を見てみ? ねぇ君見てみ?」


「あなた! 遂に無関係の善良な一般町民にまで手を出したわね!?」



 紅朗の反論に、ソーラは遂にやったかと目を見開いたが、しかしそれはどうやら早合点のようだ。紅朗はさも心外だと言わんばかりに眉をひそめる。



「おいおい、そいつぁ悪評が過ぎるってもんだぜ。面倒臭いから窓と内壁ぶっ壊して荷物持ってきただけだっつの」



 だが返ってきた言葉は迷惑者の誹りを免れない事実。実質どころか端から端まで器物損壊罪(犯罪行為)だ。内壁を壊したという事は部屋と部屋を物理的に繋げて、紅朗の部屋とソーラ達の部屋を直線距離で結んだという事だろう。紅朗の部屋とソーラ達の部屋は決して隣り合っている訳では無いのに。今頃、宿屋の内部は荒れに荒れているに違いない。



「完全に強盗のやり口じゃない!! 悪評どころかただの悪だよ!! 犯罪者だよ!!」


「緊急事態だ。やむを得ん。仕方なかったんや。大丈夫、文句は町民大好き皆のお友達(騎士団)が聞いてくれるって」


「何処まで自分目線よあなた!!」


「俺の人生なんだ。無論、何処までも」



 他人の家屋を破壊しておきながら全く悪びれる素振りの無い人をソーラは初めて見た。ましてや生活の基盤、言わば仕事の要とも言える大きな仕事道具なのにも関わらず。この男は一体どれだけ強固な精神構造をしているのか。


 クロウ実はガチ山賊説を脳内で立ち上げ始めたソーラの隣で、今まで二人の会話を聞くだけに徹していたテーラがソーラに次いで疑問を投じる。



「ねぇ、ちょっとちょっと。色々聞きたい事があるけど、その前に、その子なに? ついに誘拐でもしてきたの?」



 テーラが聞きたい事は先の会話も含めて山ほどあるが、取り分け今一番疑問に思っているのは、紅朗が誘拐同然に担ぐ色素の薄い少女の事だ。流石にマジ誘拐だった場合に備えて剣の柄に手を伸ばしているが、その懸念は紅朗の頭に振り落とされた。



「アホ抜かせ。ちゃんと正当な担保を置いて買ってきたっての」


「ていうかその子、アルテリア?」


「あー……。その話は後で。ホレ、目的地が見えてきたぞぅ」



 テーラの話を止めるように紅朗が前方に指を向ける。それを追うようにテーラ達が目を向ければ、そこにあるのは門だ。


 山間に興された町、ロレインカム。その両端に位置する、南門とは正反対の位置に建造された門。道を仕切る関所。ロレインカムの北門が紅朗達の前に現れた。かれこれ数十分走り続けてようやく、彼らはロレインカムの町を縦断しようとしていた。


 そしてその門は、今は固く閉ざされていて三名の門番に守られている。といっても横木をもって両の扉を開かないようにした、極々単純な閂タイプの施錠。大きさも精々が3mといったところ。閂は上からかけるものでは無く横から差し込むタイプで、南門と構造が同じならば外開きだろう。外側に閂は無いと見て良い。魔獣とやらが蔓延るこの世界で、外に閂を付けるなど費用対効果に見合わないからだ。


 で、あれば――



「クロウ、門が閉じてるよ!? どうする!?」


「依然、問題は無し」



 傍らのソーラが悲鳴に近い問いを投げられるも、紅朗は尚走る速度を落とさず、左肩にぶら下げた荷物をテーラに押し付けた。ソーラ達は紅朗に追従するかのように後ろの騎士達を引き連れ、北門へ向かって走り続ける。門番達は紅朗達の気迫に恐れてか騎士達の怒号に押されてか、それぞれが武器を構えた。完全に外敵因子として見做されたのだろう。


 接敵まで10mだったのが徐々に縮まり続け、6m、5m、4m、と間隔が圧縮されていく。


 やがて当然来るべき結果であろう戦闘にソーラもテーラも集中力が頂点に辿り着こうとしている時。接敵まで約3mの時点で、誰よりも先に紅朗が動いた。



「シロ、アマレロ離せ」



 言うや否や。紅朗は空いた左手でアマレロの鎧、その襟首を鷲掴み、シロの拘束が解けると同時に右脚に力を入れる。力を込めたのは大地をしっかりと掴むため、踏ん張る為の動作であり、そして踏み込むための動作だ。さながら杭を打つかのように踏み込まれた右足の上では、左腕の荷重(アマレロ)によって捻られた腰。


 その姿勢は、見る者が見れば解る。それは野球でいう下投げの投球フォームに酷似していた。



「――おい、まさか、きさm――」


「そォら、受・け・取・れェ!!」



 自分の身に降りかかるであろう何かを察したアマレロの声を置き去りに、紅朗は全身を駆使して左腕を振り抜く。勿論、途中で左手を開く事を忘れずに。リリースされたアマレロは放物線を描く事無く中空に直線を引き、ボーリングの一投のようにアマレロの四肢が届く範囲内に居た門番を二名、薙ぎ倒した。



「ア、アマレロ副団ちょ――」


「職務中に余所見すんな危ねぇぞぅッ!!」



 残った最後の一名は、突如として放たれたアマレロという凶弾に驚愕している所を、先行するように速度を上げた紅朗の飛び蹴りが狩り取った。倒れている門番二名は昏倒。アマレロも起き上がるまで数十秒はかかる。それだけの時間的隙間があるのなら、後は簡単な作業のみ。差し込まれた閂の端を蹴り飛ばし、閂を外す。それだけで重いだけの扉の開閉は自由だ。



「シロ! ぶちかませ!!」


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」



 号令と共に飛び出すシロ。3m余りもの野太い尾。それさえ含んだ全身を跳躍させられる程の膂力。それをもってすれば、シロと全長程度の高さしかない扉の自重など、無いに等しい。


 バガァァアン!! と、北門の扉は勢い良く開かれた。付き過ぎた勢力を伴った扉は門を支える外壁にぶち当たり、跳ね返ってくる程。


 そして、その余りにも開放された空間から、シロ、紅朗とスイ、ソーラとテーラが順々に飛び出した。



「セイムダート奴隷商館の前にお前らの大将が転がってるからよ! ちゃんと拾っておけよ!!」



 眼前には踏み固められた土の道。その先には草原の丘。丘を越えた先に森が見える。


 後方には外れかかった扉の門。起き上がりにもたつくアマレロ。鬼気迫る騎士達の群れ。彼らがいきり勇んで門を越えようとした矢先、扉が外壁から外れて彼らの道を阻んだ。騎士の姿は倒れた扉に隠されて見えず、さらには扉によって土煙が舞い上がり、視界が晴れるまでまぁまぁの時間が掛かるだろう。


 これは僥倖。幸先が良い。まるで自分の旅立ちを祝っているかのようではないか。そう笑みを零す紅朗は、大手を振ってロレインカムに別れを告げる。



「じゃーなー! 大将が治癒術で無事に治る事を祈ってるぜー!」



 治癒術がどこまで肉体を治してくれるのかは解らないが、きっと無理だろうと思いながら。スカイクォーツの怪我は治そうと思って治せるものじゃない。特にこの原始的な異郷では。治癒術が肉体の再生のみをもたらすものならばきっと不可能だろう。怪我の原因は、脊椎動物には無くてはならない骨。それがずれているだけの事。別に、欠損している訳でも、破損している訳でも無いのだ。ずらした際に神経を傷付けた可能性は否めないが、それは紅朗の知った事では無く、関心さえ無かった。


 紅朗の頭には既に、次の町への期待しか無いのだから。



「よーし! じゃあ王都目指して出発だー!! あっはっはっはっはー!!」


「あ゛あああああも゛おおおおおおおお!! これからどうしよおおおおおおおおおお!!」


「そろそろ腹括りなよソーラ。こうなったらなるようにしかならないって。取り敢えず何かあったら全部クロウを矢面に立たせよう」


「あれ? お前ら付いてくるんだ。もう離れるかと思ってたよ」


「今更!? ねぇ今更そんな事言うの?! こんな事になって離れられる訳無いでしょ!! 責任取りなさいよ!!」


「あと色々置いてけぼり感凄いから、それの説明はしてよね」


「んー、まぁそれは追々。まずは――」



 ちらりと紅朗は背後を振り返る。騎士達はまだまごついているのか、追いかけてくる様子は見られない。だがそれは時間の問題だろう。もしかしたらスカイクォーツを放って扉を退かし、すぐさま追いかけてくる可能性は否めないのだ。


 故に――。



「確実に逃げ切れるよう森まで全力ダッシュだ!! 着いて来いシロ!!」



 幼子が遊ぶようにシロは破顔し、ソーラは走りながら未だ呻いている。テーラは苦笑を浮かべ、スイは担ぎ上げられたまま困惑するばかり。それらを先導するように、紅朗は両足の回転速度を速めた。


 目指すは地球へ戻る事。その方法を模索する前段階として、紅朗は生活の基盤を踏み固める。食料は手に入れた。次は食料を養育するための金策。その為に、祭りを開催するという王都へ向けて紅朗は全速前進する。後に残る者達に一切の遠慮を排除して。




この度は私の小説をお読み頂き、誠にありがとうございます。これにてデミット×カワード第一章完結で御座います。第二章も構想はあるのですが、実はその件で心苦しいお知らせがあります。大変言い難いのですが、私、駒沢U佑。一年ばかり休ませて頂きたく思います。詳しくは活動報告に書きますので、どうかそちらの方もお読み頂ければと思います。第二章は31年の三月頃に更新予定です。それではまた、いずれ。

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