第一章その後の話。
お久しぶりです。駒沢です。あるいはU佑です。もうUSKでも良いとさえ思っています。半年以上ぶりのお話は第一章の締めくくり。その後のちょいとした小話のようなものです。お楽しみいただけたら幸いです。
名も無き森の中で、五人の男女が一つの火を囲み、座っていた。
否。より正確に言うのであれば、一人の男と、二人の女。一人の少女と一匹の怪物。そうした四人と一匹の生物が、薄暗くなりかけた空の下で、太陽の代わりと言わんばかりに煌々と燃える火を囲んでいた。
「さて。何から言うべきか」
揺らめく照明の中、一人の男が声を出す。
「まず、俺の名はクロウ。22歳。Dランクの冒険者。というより旅人……放浪者? の方が近いかな。ちょいとやんごとなき事情で主食が魔力になっちまっただけの、普遍的な男だ。そこら辺の事情については聞かないでくれ。俺にも解んねぇ。そしてお前を雇ったのは、俺の食料事情改善の為だ」
赤い明かりに負けじと劣らない赤褐色の髪を後頭部で一つに結わいた、髪色よりも濃いダークブラウンの外套を着込んだ男は一人の少女に向かって言う。外套の隙間からチラリと見える剣鉈の鞘が、彼が少なくとも旅慣れしているだろう証拠のようにも見えた。
そしてクロウという男は、傍らの女の一人に視線を向ける。その合図が何を意味しているのか理解した女はクロウに一つ頷き、一人の少女と一匹の怪物に顔を向けた。
「私はソーラ。こっちのテーラの妹で、私達もDランク冒険者。種族は見ての通り狐兎族で、年は18」
ソーラと名乗る女は、さながら兎のような耳と狐のような尻尾を持つ女だった。赤い光に照らされて尚白いと解る長い頭髪を持ち、頭髪と同色の白いファーが付いた外套を着込んでいるその女性は、自身の顔を照らす光と同じ赤い瞳を持ちながら、しかしその切れ長の瞳は火とは真逆に、どこか冷たささえ感じさせる。だが、その冷たさは決して不愉快なものじゃない。浮かべている微笑とも相俟って、冷たいというよりも涼しいと形容すべき、爽やかな快感を齎してくれるものだった。
「あたしはテーラ。ソーラの双子の姉。……基本的な事はソーラが言っちゃったんであたしからは特に無いけど、強いて言うのなら、あたしが肉体労働担当。ソーラは頭脳労働担当かな。だから難しい事はあたしに聞かないで欲しい」
次いでソーラに促されるように発言したのは、ソーラの紹介にもあった双子の姉であるテーラ。双子と言うように、確かに部分部分のパーツは似ている二人ではあるが、それ以外の部分は対照的な姉妹だ。ソーラの体毛は白いのに対し、テーラの体毛は濃い金色。あるいは琥珀に近い。長さ一つとっても、ソーラは長髪でテーラは短髪だ。眼の形も色も、ソーラと違って勝気な形の翡翠色。彼女自身が言う通り、肉体労働……つまりは活発であろう事は見た目が物語っていた。
「私は、スイ……です。種族は、アルテリア……。10才……。奴隷、です……」
このパーティー内での年長者達、紅朗達三人の視線を向けられて話し始めたのは、幸の薄そうな美少女だ。波打った腰辺りまでの長い髪は淡い金色で、伏し目がちの瞳はアメシストよりも薄めた紫、長く尖った耳は雪花石膏のように白かった。他人から見た彼女の印象は、誰が見てもこう言うだろう。幸どころか色素まで薄い少女、と。
単一の皮で作成された量産品のような簡素なワンピース調の服。腰辺りを濁った灰色の紐で雑に縛っているだけの服装が、その印象に拍車をかけている。
そして残った最後の一人は、
「シロはシロ!」
周囲の動向と空気を読んだのか、自分の顔よりも大きな手を上げて高らかに自分の名前を宣言した。
二対四本の小さな角を頭部に生やし、それらを埋めんとばかりに膨れた白い体毛。肌も白く、体の要所要所には鱗を生やしている。黒眼の赤い瞳。歯は総じて鋭く、両手が異常なまでに大きく、反対に下肢が未発達な、少女のような生物。彼女が人であると断言出来ない所以は、その眼球色だったり鱗がまばらに生えた皮膚だったりもするが、最たるはその尾だろう。
彼女の胴体を延長させて伸びているような尾っぽ。その太い尾は見た目通りの筋力を持っているようで、彼女の胴体を浮かせるだけに留まらず常に支え続けていた。恐らく、彼女の足は地面に触れた事など殆ど無いのかもしれない。そう思わせる程に彼女の足は小さく細く、同時に彼女の尻尾は太かった。
全体的なシルエットを例えるのなら、蛇のような少女と言えば良いのか、少女のような蛇と言えば良いのか。ヒトという種を無理やり蛇に変換したらこうなるのではなかろうか。とも言える、なんとも不明瞭な生き物がシロである。
そのような姿形をしているのだから、彼女を人とカテゴライズ出来るのかは不明。ただまぁ、言語を使用出来る事と周囲の状況を空気を読むレベルで理解出来る事から、学習能力は高い方なのだろう。名前だけしか言わない自己紹介を見れば、その能力も現状はお察しレベルな訳だが。
「うん。まぁ、だろうな。お前に多くは求めてないから、そのままで良い」
後続の言葉が出てこない事に察しのついた紅朗は生暖かい視線をシロに向ける。
そんな、四人と一匹。あるいは、五人。種族も性別も年齢も職業も違う五人が、どうして一堂に会して焚火を囲み、自己紹介をしているというのか。
それは、少し前に遡る。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
空では太陽が西に沈みゆく頃の事だ。
夕陽は世界を橙色に照らし、草原を黄金よりも濃く鮮やかに染めていた。
その光は鬱蒼と茂る森の中に居ても尚感じ、夜が迫ろうとしているのをこんこんと示している。
「んー……、ここまで来れば大丈夫だろ」
そんな森の中。夕陽よりも赤く、まるで赤錆のような色調の頭髪をした青年クロウこと本名石動紅朗は、後ろを振り返りながら告げた。赤錆色の頭髪はしとどと濡れており、額に浮かぶ玉汗はするりと頬を伝う。露出した首も滝のように汗が溢れているのだろう、肌に浮かぶ水滴もさることながら、その下にあるシャツの襟元は広範囲に渡って濡れている。息も少し上がっていて、その表情には疲労を感じさせる苦痛の色も見えるが、しかしそれ以上に歓喜の色が濃い。その顔はさながら、勉学から解放された小学生が己の体力限界ギリギリまで遊び尽くした直後のようだ。
次いで彼は、頬に流れる汗を手の甲で拭いながら空を見上げる。重厚な木の葉の層に埋もれてはいるものの、間々から垣間見える空の色が現在の大体の時刻を教えてくれた。厳密に計る必要は無い。なにせ今彼が立つ場所は森。動ける時間帯か否かさえ判断出来れば充分なのだ。
「もうこんな時間か。はしゃいで走り過ぎたな」
彼がはしゃいでしまったのも無理からぬ事だろう。ちょっとした個人的事情ではあるが、日本産まれの彼がウェールズという北欧の国からどういう原理かこの魔術蔓延る異郷に迷い込み、どういう現象か急に動き辛くなってしまった肉体が、とある事情によって今朝方からがっつり動けるようになったのだから。この異郷に紛れ込んでからの六日間分、抑圧されてきた肉体的衝動を一気に開放させてしまうのも仕方ない事だった。
ただまぁ、それに着いていく方にとっては溜まった物じゃない。
空を仰ぎ息を整える彼の後方には、二名の死者が大地に体を預けていた。異郷の原住民。兎のような長い耳を持ち、狐のような尻尾を持つ二名の女性。狐兎族の双子姉妹。テーラとソーラ。今の今迄走り続けていた彼を、ずっと追いかけ続けていたのだ。決して短くない距離を、テンションぶち上げでハイペースに走る彼の背を。
如何に肉体労働が多い文化圏で生きていようと、ましてや荒くれ仕事である冒険者を生業としている二人であろうとも、ハイペースに終わりの見えないランニングを続ければ体力が切れるという事なのだろう。
その傍らでは白い尾っぽをうねらせる、蛇と少女が合わさったような生き物であるシロが不思議そうな顔で狐兎族姉妹を見下ろしているが、野生で生きてきた文字通りの野生児たる蛇少女にとっては、この程度の走行で体力が尽きる事は無いようだ。道中、人間の耳を摘まんで伸ばしたかのように変形した長い耳を持つ色素の薄い少女スイを赤髪の青年から背負わされたものの、少女一人の重荷を加味しても尚、蛇少女の体力が削り切られる事は無かった。
「それにしても……」
死体と化した二人の女性。化け物然とした白蛇少女に薄幸美少女。人によっては摩訶不思議にも映るだろう光景を振り返る事無く、青年は呟いた。
「腹ァ減ったなぁ……」
「そりゃね!! そりゃあね!!」
「いったい何時間走ったと思ってるのよ、このバカ!!」
青年の独白に、グアバァッ!! とでも効果音が付きそうな程に勢い良く、死力を振り絞って声を荒げた狐兎族姉妹。
さもありなん。赤髪の青年、石動紅朗。そして後方の四人。今朝方にロレインカムという町で大暴れした挙句、犯罪者同然にその町を脱出。そして陽の落ちる今の今迄走り続けていた。走行時間にして最低でも十時間以上。ノンストップで。
はしゃぎ過ぎて明らかにオーバーロードした紅朗は、空腹を訴えるように大地へ倒れた。
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「まずは飯だな」
場に集う紅朗以外の四人が地面に腰を下ろし、一息吐いて荒い呼吸を整えた所で紅朗は言う。
と言っても、呼吸を荒げていたのは僅か二名ばかりだが、まぁそれは大した問題じゃないだろう。太陽もまだ落ちきってはいないとはいえ、それは時間の問題。どのみち、もう活発に動けるような時間帯では無くなるのだから、その場で野宿するというのも妥当と言えば妥当だ。荷物は全部持ってきてはいるし、その中に野宿用の道具はある。人数的に厳しいかもしれないが、野営道具を持っていない者は野生児たる蛇少女のシロと薄幸少女奴隷のスイのみ。シロなら外で寝るのなんてただの日常に過ぎず、スイは体が小さいので誰かの予備を回せば問題は無い。
では何が問題なのかと言うと。
「え、あぁ……うん」
「なんか、そこはかとなくムカつくわね……」
発言主である紅朗が未だ倒れたままの姿勢だと言う事だろうか。
四肢を全て大地へと投げ出し、顔だけをソーラとテーラに向けている。見ようによっては、ただ怠けているだけのようにしか見えない。当人にとっては空腹で身動き出来ないような状態なのだが、見た目的に危機感がまるで見えず、そもそも倒れるような状況に至った原因を作ったのは紅朗本人なのだ。自業自得以外の何物でも無く、それでも尚悪びれる事無く真顔のまま提案するのだから、二人の感情が多少波打つのも仕方ない事だろう。
「いいから飯だ飯! スイー! 飯くれー!」
そんな二人の前で、だらけながら美少女に飯を催促する青年。倫理観だけで言うのならば最悪の部類に匹敵するであろう光景が誕生した。
「え、あ、はい……ご、ご飯……」
紅朗の催促を受けた薄幸奴隷美少女スイは、しかし何を思ったのかあたふたと右往左往する。恐らくは食事を作ろうとして、しかし現状彼女には個人的な荷物など無く、食料の入った袋がどれだか解らない上に、他人の所有物である荷物を勝手に漁る訳にも行かない故の挙動なのだろう。奴隷ではあるが、一定以上の社会性はあるようだ。
が、今回に限って言えばそれは不正解。
「違う違う。魔力をくれ。あの時やったように。俺の栄養源は魔力なんだ」
挙動不審になったスイに対し、紅朗は回答を告げる。それは決してスイを思っての事では無く、眩暈を起こして倒れる程の空腹に襲われているからだ。スイが正解を掴むまで待つほどの余裕など今の紅朗には無い。
因みに紅朗の言う「あの時」とは、今回こうして森の中でぶっ倒れる羽目になった原因の一つで、しかも噛み砕けばスイが欲しかったからこそ起こした事件のようなものだが、それは割愛。
要はスイは一度、紅朗に食事を与えた事があると認識すれば良い。狐兎族姉妹もそういった認識を得た。
「あ、はい」
スイもスイで合点がいったのか、自らの肩辺りの高さで右手を一振るい。するとどういう原理かボーリング玉程の大きさの水球が空中に形作られた。生活魔術が一つ、水を産み出す魔術だ。恐らくは空気中に漂う水分を集めているのだろうと紅朗は睨んでいる。言うなれば場所の取らない除湿器か。
言葉にすればそれ程陳腐なものではあるが、紅朗にとってそれは黄金の山より価値のあるもの。何故なら水球は、己が命を保つ食料なのだから。
その事実を体現するかのように水球へとかぶりつく紅朗。見ようによっては水球に頭を突っ込んだ入水自殺のようなものだが、紅朗の頭部を完全に覆った水球が凄い勢いで縮小していくのを見れば、確かにそれは給水という食事行為に見えなくもない。
と、そこでソーラが一つの疑問を抱く。
「あれ、治癒術じゃないんだ」
紅朗の捕食第一号としての観点から言えば、現状の光景に疑問を抱くのも無理は無い。なにせ紅朗が最初に食べた魔術はソーラの治癒魔術なのだ。だが厳密に言えば、紅朗は魔力を捕食するのであって魔術を食べている訳では無い。炒飯であろうが粥であろうが、米は米、という事と同じであろう。調理形態は関係無く、魔術式がなんであろうと問題は無い。
その上でスイが行使した魔術が水関連の生活魔術だったのには、ある理由がある。水球を全て吸い込み、腹を満たした紅朗が満足気にその理由を述べた。
「使えないんだってさ」
「……私、魔術の使い方を知らないんです……」
紅朗の言にスイが追従する。その様はまるで自らの力不足を悔いるかのようで、身体を縮こませて視線は伏せ、弾劾に耐えようとしているようにも見えた。
加えて言うのならば、スイには生活魔術を行使したという概念も無い。育った環境が環境だったので、彼女は現在判明されている魔術の体系を知らないのだ。生活魔術も治癒魔術も攻撃魔術も知らない。アルテリア独特の、優れた魔術師たる裏打ちは存在しない。スイの感覚で言えば、彼女はただ膨大な魔力で周囲の水分を集めた、言わば力技を行使しただけに過ぎない。それでも十歳程度の子が感覚のみで魔力を操り、水球を創った事は賞賛に値する魔力感覚。無知ではあれど、流石はアルテリア、という事なのだろう。
だがそれを知らない狐兎族二人は、その事実に首を捻るばかり。
「え、貴方アルテリアじゃないの?」
「てゆーか、そもそもこの子何? どういった経緯で此処にいるの?」
狐兎族姉妹、特に姉であるテーラは、スイがこうして共に行動している経緯をまるで知らない。紅朗がスイと出会ったのは彼が単独行動していた時の事であるし、その時だってスイの話は出していなかった。妹のソーラでさえスイと顔合わせしたのはテーラの数分前だ。要約すれば、彼女ら二人はスイの事を何も知らないのである。
「……ご飯、食べる前に自己紹介からした方が良いかもね」
ソーラの提案。そして話は冒頭に戻るのであった。
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「――それで?」
「それで、とは?」
自己紹介を終えた紅朗達一行。一人満腹になった紅朗を他所に、もそもそと携帯食料である干し肉を食い千切ったり野草のスープを飲んだりしている中、突然と湧き上がったソーラの言葉に紅朗は小首を傾げた。
傍らではシロが、火に撫でられている大きな肉の塊が焼き上がるのを今か今かと待っている。スイはその隣で、鍋で暖められた野草のスープをちびちびと口に含んでいた。おっかなびっくり唇を伸ばしているのはきっとまだ熱い為だろう。
そんな彼らの食事ではあるが、実はその夕餉の献立で一悶着あったのだが、それはまた後日語る事としよう。今は、ソーラの言葉の真意についてだ。
小首を傾げた紅朗にソーラは続けて問う。
「王都へ向かうって言ってたけど、なにか目的でもあるの?」
「おう。金だ」
返ってきた言葉は、なんとも現実的というか、酷く俗物的な思惑。
「なんでも王都で祭りがあるそうじゃねぇか。妙なペットも増えちまった事だし、スイとシロにかかる費用をここらで一気に稼いでおこうとな」
だがそれも、考え無しに言った事では無いらしい。無責任に動きまくるヤツだと思われていた紅朗だが、どうやら責任という単語ないし概念は教育されているようだ。ソーラの中で少なからず紅朗への印象が上方修正された。
「それに祭りだぜ? 色んなもんが売られて色んなもんが買われる熱狂的なイベントだ。王都がどの程度の文化レベルかは知らねぇが、どうせロレインカムと似たり寄ったりだろ? 娯楽も糞も無ぇんじゃ、年に一度のお祭り騒ぎ。当然そこに向けての資金は溜め込んでいるヤツも多いだろうし、熱で狂ったオツムじゃあ財布の紐を硬く縛るのは難しいだろうよ。素敵じゃないか。金が人を連れて歩いているようなもんだ」
そしてすぐさま下方修正される。今にもゲヒゲヒと笑いそうな程に歪んだ顔で夢想している紅朗の顔を見れば、それも仕方ない事だろう。
呆れをふんだんに込めた溜息を漏らすソーラだが、彼女の実姉はどうも違うらしい。紅朗の言葉に同調したかのように、喜々とした表情を浮かべていた。
「なになに、何か売るつもりなの? 売店? 出店?」
「いや、そこは全く考えていない。そもそもどんな祭りするのか聞いてないからな」
「まさかのノープラン……。それでどう儲けようと思えるのよ」
「アホか。儲け話なんざそこらに転がってる。儲ける事が出来ないのは、その転がった種に気付く事が出来ないからだ。金なんざ、どんな状況になろうとも生み出せるんだよ」
ソーラの半眼に応えた紅朗は断言する。そこにあるのは、世界中を流浪してきた何でも屋としての経験。全くの無名状態から依頼を任されるようになるまでに何度も積み上げたバックボーンが、彼の自信を構築していた。
「要は詐欺の手法と同じだよ。俺と言う人物を信じ込ませれば良い。なぁに、手慣れたもんさ」
「うわ、クロウ超悪い顔してる」
「一応言っておくけどそれ、犯罪だからね?」
「期待を裏切ればな。だが期待に応えりゃ詐欺にゃあならんし雇用される。なんだって使い方次第なのさ」
そして最高なのが、どっちに転んでも金は手に入る。成功者になろうが、詐欺師になろうが金は手に入る。
紅朗にとって言えば、この異郷でどれだけ法を犯そうともまるで問題にはしていない。何故ならば彼は、出来るだけ最短の方法で地球に戻らなければならない理由があるのだから。
彼の身体に刻まれた、【骨法術】という名の格闘技。否、格闘技ですらない、肉体の動作方法。それを教えてくれた師匠を捜索して見付け出す事こそが、彼の行動原理の一つだ。それこそが弟子である紅朗に課せられた最終ミッション。最後の修行。紅朗は、その修行の道中でこの異郷に紛れ込んでしまっただけに過ぎない。
何れ立ち去る異郷の法。一体何の遠慮をする事か。何の配慮をする事か。義理は無し。義務も無し。その価値さえ無い。目的達成の為には好き勝手暴れさせてもらう。最短距離で突っ走ってやる。
紅朗の中で、それは最早、確定事項であった。
しかしここで、最短距離で思いついた事がある。否、思い出した事、と言うべきか。
王都までの距離と日数である。
同じ冒険者でありちょっとした因縁やら交友関係があるガルゲルの言によれば、王都まで馬車で一週間ちょい。この異郷で一週間は十日。この世界の馬車が一日当たりどれだけの走行距離があるかは知らないが、地球では大体一日当たり100km程度。ただこれは舗装された道換算なので、この異郷ではそれよりも遅いペースだろう。道程の高低差や環境変化等で増減はするが、まぁそれぐらいのペースだと仮定する。だとすると王都までの距離はざっと約1000km。
対して人間の徒歩では一日約30km程度。優れた軍隊などでは100km走破する強者もいるが、紅朗達にそれは当て嵌まらない。であれば、王都に着くまで30日以上掛かってしまう。
「さて、ここで問題。果たして王都の祭り開催に俺達は間に合うのか。そこら辺どーよソーラ」
「いやちょっと待って。まさか王都までの道のりとか開催日時さえ知らないとか、無いよね?」
「はっはっは。ご明察ぅ」
ソーラに対し笑って答えた紅朗。正直に言えば、こんなにも早くロレインカムから離れるとは思ってもいなかったのだ。王都の祭りに参加する事すら考えてもいなかった。それどころか、王都の祭りは見送りだなと視野の外へ流していたのだ。故に情報収集は欠片も行っていない。開催日時すら知らないのだ。
そこで、この異郷の先住民である狐兎族の双子姉妹。その頭脳担当ソーラに問えば、彼女は突発的な頭痛に見舞われたのか額を軽く押さえながら答える。
「まず、王都の祭りの開催は七月十五日。今日が六月十五日だから丁度一月後。ガルゲルが早めに王都へ向かったのは祭りへの準備の為。確か去年、屋台をやっていると聞いた事があるわ。その王都へ人の足だけで向かうにはどう考えても二十日以上はかかるけれども、祭りに参加する事なら可能よ。観客としてなら、ね」
「はん?」
どうやらソーラの言では、この異郷の馬車の一日の走行距離は地球のそれよりも遅いようで、人の足でも十分間に合うらしかった。但し、後に着いた注釈に紅朗の興味は引かれた。観客としてなら、とはどういう意味か。それはソーラが直ぐに教えてくれた。
「王都の祭りの内容はコロッセオ。正式名称・王都闘宴会。所謂、闘技大会よ」
「なにそれ、金のニオイがぷんぷんしていやがる」
闘技大会という事は名の通り、闘う事を主とした祭りなのだと推測出来る。であれば、そこには必ずある筈だ。優勝賞金は言わずもがな、一試合毎に起こる流動する経済。選手に対する勝者の予測。即ち、賭け事が。古今東西、勝負事には必ずと言っても良い程に賭博が付随する。
それはソーラも理解しているのか、紅朗の言葉に頷きを返して続けた。
「そうね。祭りに参加して大金を稼ぐのなら、この大会に参加する以外には考えられないわ。ただ、この大会には毎年、多くの参加者が殺到する。その為、その参加者を振るい落とす予選が設けられているの。その予選締め切りは、今から十五日後の七月一日。人の足だけではどう足掻いても闘宴会の予選に参加する事は不可能だわ」
「おいおい、上げて落すのは無しにしようや。なんとか出来ないのか?」
「出来るわ。ここから三日程東に進んだ所に、ホレヘルベルトという町があるの。そこから馬車に乗れば、予選締め切りにはなんとか間に合うでしょうね」
「成程。資金は?」
「余裕」
時間的制限はクリア。資金も、なんだかんだ紅朗が稼いだ金が未だ余っているので問題は無い。これはもう完璧だ。パーフェクトだ。自らが雑に組み立てたシナリオが思いの他上手くいきそうな予感に紅朗はほくそ笑み、そして自身の希望に沿った予定を即座に構築してみせたソーラに敬意を表した。
「……お前、天才か」
「貴方が馬鹿なのよ」
したり顔の馬鹿に即答したソーラだが、残念な事にその馬鹿は既に話を聞いていない。自身の脳内世界に入り込み、独断と偏見の入り混じった推論と憶測とで組み立てた未来予想図を現実のものとすべく画策している。
こうなってしまってはもう、何を言っても無駄だろう。呆れた表情を浮かべて紅朗のニヤケ面を見るソーラ。その表情には、一抹の不安が見え隠れしていた。
「まぁ、そのどれもが、私達が賞金首になっていなければ、だけれどね」
ね? ちゃんと帰って来たでしょう? 次? 二月ぐらいじゃないかなぁ。
第二章の進捗?
……。
御拝読有難う御座いました。それではまた何れお会い致しましょう。




