2 腕相撲
「なあなあ、腕相撲しようぜ!」
クラスメイトのそんな何気ない言葉から、1年A組の休憩時間は、腕相撲大会へとなり替わった。
入学して早二週間。
水姫を含む英雄魂の話が、普通のクラスメイトにもようやく馴染みはじめ、少しずつ理解を得ていた。
そんな中、教室にはある程度グループが出来上がり、派閥も出来始め、学生らしい集団が出来上がりつつある。水姫はといえば、未だにグループに入れず、一人で読書をしたり涼太にちょっかいをかけられたり勉強したり涼太に告白されたりの日々だった。つまるところ、学校での関わりが浦島三兄弟だけになりつつある。
そんな状況に僅かな焦燥感を覚えながら、水姫は言い出しっぺである男子生徒を横目でちら、と見やる。読書をしようと本を取り出していたその手は動かしつつ、クラスのざわめく様子を観察していた。
「いいけど、どうして」
「だって、このクラスには金太郎が居るんだぜ!?俺たちの中に金太郎を超す怪力が出るか、試してみたいんだ」
「さすが男子。アホな事考えるわ」
「力登くん、どうするー?」
女子は興味ないそぶりをしつつも、名前があがった力登に視線をやる。実際はこのクラスで目立ってしょうがない彼が気になって仕方ないのだろう。可愛らしいとはいえ容姿も整い、英雄魂として将来が確約されているのだ。クラス中が興味津々といった様子で彼に視線を向けていた。
どうするんだろう、力登くん。
水姫も少しだけ気になって、彼に顔を向ける。
一番前の席でぼんやりと教科書をしまっていた彼は、振り向くと、女子が好むようなあざとい笑顔で、いいよ、と答える。
その様子に女子は悲鳴をあげ、男子は勝つことに一心で奇声を発する。一気に騒がしくなった教室を見て、水姫はため息をつく。傍観者を貫くつもりだが、あの力登のあくどい笑みに嫌な予感がする。彼はあんな見た目をしているが、実は腹黒いことを知っているのは一体この中でどれだけいるのだろう。
きっと何か企んでいるのだろうな、と水姫は予想し、何もありませんようにと願う。
力登は教室の中央に置かれた机に腕を置き、挑発するような目つきでクラスメイトを見まわす。
それを合図に、一斉にみんなは机を動かし、中心を開けて輪を作った。水姫も流れで輪の中に加わることになり、更に深いため息をつくことになる。
どうしてこうなった。
「さ、誰が一番乗り?」
「俺!俺がいい!」
そう手をあげた男子は、最初に腕相撲をしようと言い出した彼だった。いかにもスポーツマンといったいでたちだが、どうにも声の大きさが尋常じゃない。
誰かを思い出すな、と苦笑すると、力登がぼそりと呟くのが聞こえた。
「兄さんみたいにうるさいな……」
あ、やっぱりそう思うよね。
水姫は挑戦者の彼にあのうるさい男を重ねると、勝負の行方を見守るため、息をのむ。
二人が腕まくりをして、お互いの手を握る。
そして、お互いが頷きあって、ジャッジをする生徒に合図を送った。ジャッジをするのはクラス委員長の男子生徒で、彼は自分の事のようにごくりと喉を鳴らし。
その声を、かけるのだった。
「はじめ!」
ドンっと鈍い音がした。
クラスメイトも、勝負を買って出たあの生徒も、目を点にして訳が分からないといった様子でいる。
だが、力登は変わらず微笑んでいるし、いつものように目の当たりにしているその力に冷静で居られたのは水姫だけだった。
「え、えっと、何が起きた、今?」
クラス委員長の動揺の声に、皆はふっと意識を戻して机を見る。
そこには、力登の腕が彼の腕を倒している。それどころか、机に少しだけくぼみが出来ているのは錯覚だと思いたい。
「今の音は、腕を倒した音?」
「え、一瞬だったよね?マジで?」
きっと皆は少しだけ争ったあと、力登が勝つとでも思ったのだろう。
だが、そんなわけない。
そんなことで終わるわけない。
なんたって、車をへこませる力があるのだ。壁を殴って水姫を脅してきたのだ。
圧勝するに決まっている。
一般人の力なんて、蚊が止まるよりも軽いとでも思っているだろう。
みんな力登を甘く見すぎだ。
あの可愛い顔は相手を安心させて突き落とすためにあるに違いない。
ひきつった口元を掌で隠しつつ、力登を見ていると、肩をすくめて呆れていた。呆れるなら手加減してあげたらどうかと思う。
「すっげええええ!金太郎マジ力持ちじゃん!」
唖然としていた空気はいずこへ、いつの間にか復活していた男子は歓喜の声をあげて称えるように踊り狂った。
何だこの人、本当に誰かさんにそっくりじゃないか。
「はいはい、じゃあ、他に挑戦したい人、いる?」
力登のその一言に、皆が面白半分で次々と手をあげる。
そして、そのたびに一瞬で力登は腕を倒す。
痩せている人はもちろんのこと、筋肉がありあまっているだろう相手にも余裕で、ぽっちゃり体系の力自慢である女子にだって容赦はなかった。
結局クラス全員が挑んで、皆が惨敗に終わる。
ただ一人、水姫を除いては。
「あーあ、手加減してるのにこれだよ。みんな、もっと力つけなきゃ。これじゃからかいがいがないよ」
「たぶん、力登くんに勝てる人なんていないよ……。ていうか、やっぱりそんな理由で受けたんだ」
「なんでさ。僕は今能力何も使ってないんだよ?ほら、携帯についてるまさかりはあそこだし」
水姫の言葉に、力登は深いため息をついて、彼の席を指し示した。確かに、まさかりのキーホルダーがぽつんと置いてある。
どうやらあれが能力を使うときの道具らしく、いつも携帯につけてあるのだと以前聞いた。しかし外してこの力の強さなのだから恐れ入る。一体握力はどれくらいなのか、想像もつかなかった。
「そうだ。姫だけやってないね。やる?」
「いやいやいや、待って。私、ほら、この通り力なんて全然ないし」
結果は分かってるからやる必要ないでしょと言いかけて、クラス中が期待の眼差しで見ていることに気付いて、押し黙った。
「竜宮さんなら、同じ英雄魂だしあり得るかも」
「うんうん、もしかしたら、勝てるかもよ?」
「絶対に無理!この人に勝つなんて無理!」
同じ英雄魂だからといって、それがつり合いになるわけない。水姫は全力で否定するものの、結局空気に流されて力登と勝負することになった。
そして、開始の合図もないのに力登に腕を倒される。
まさに一瞬。やられた側は何が起きたか全くわからない状況だった。
「え、力登くん、まだはじめも言ってないのに」
「姫ってか弱いんだね。もやしみたいに細いから?」
「もやしは余計よ!」
ムキーッと唸ると、意外にも、女子たちが彼女を取り囲むようにして立っていた。
「え、何?」
「なんか、竜宮さんって美人だし冷たいイメージでとっつきにくそうだな、と思ってたんだけど」
「そんな事、ない?」
あるわけないし、それより冷たいイメージって何ですか。
言いかけて、ハッと口をつぐむ。
これは、もしや。
友達を作るチャンスじゃないか。
「そんなわけないわ。私だって、普通に話するわよ」
「あー良かった。もっと怖い人かと思ってたから」
もしかして、力登はクラスの人と話せるようにと腕相撲を誘ったのだろうか。そう思って彼に視線を向けると、笑顔で何やら呟きつつ、自分の席に戻っていく。
「よし、これで姫と手を握ったよって兄さんをからかえる」
ええ、そんな事だろうなとは思っていましたよ。




