第一話:チンピラとチーズケーキ
プロローグのプロローグ:チンピラとチーズケーキ
パサデナの高級住宅街に建つ地中海風の豪邸。
倒産した投資会社の社長が逃亡し、銀行の抵当権となり、差し押さえの札がベタベタと貼りまくられた物件だ。
マーカス・ヴァンスは吸っていたキャメルのメンソールの火をもみ消し、愛用の黒いウルヴァリン・1000マイルブーツの足底で、重厚な玄関ドアを蹴り開けた。
石油ボーリング会社の現場にいた頃から馴染んだクロムエクセルレザーの頑丈なブーツが、軋んだ音を立てる。
広大なリビングの革製ソファでは、地獄耳の地回りのヤクザから派遣されたであろう子飼いの三人のチンピラが不法占拠を決め込んでいた。
ガラスのテーブルには安いLAD(合成麻薬)の錠剤が散乱している。
輩を居座らせて、居住権を主張して競売手続きを遅らせ、銀行からの手切れ金を揺すり取る、昔ながらのヤクザの手口だ。
「まったく、クラシックだなぁ。」
マーカスは不本意ながらも、多くの「チンピラ」と関わらなけらばならない人生だったが彼らを見るたびに吹き出しそうになってしまう。
それは、彼らが皆見事にステレオタイプな風貌であり、立ち振る舞いも、まるで映画やドラマのチンピラ描写そのものだからだ。
もちろん数種類には分類できるものの、驚くべきことに「例外」がない。
今回の3人組も御多分にもれず、レイカーズのタンクトップ、ハイブランドとサーフ系ブランドのコラボTシャツ、目の粗いサマーニットのポロシャツ、それぞれ派手な時計に指輪、ネックレスやブレスレット、そして3人全員が入れ墨だらけだ。
マーカスは「めんどくせえ」という言葉を飲み込み、心の中だけに留めた。
またもやチンピラ相手に一仕事しなければならない。
弁護士のカストラスが破産管財人から泣きつかれた「掃除」の仕事だった。
もっとも長身な「レイカース」が跳ね起き、ポケットからナイフを抜こうとした。
マーカスは無言で間合いを詰め、レイカースが目の前のテーブルを跨ぐ前に、右手に握り込んだキーホルダー代わりに長年使っているスイスアーミーナイフに付けた重い鍵の塊を、男の鼻頭へ容赦なく叩き込んだ。
ガツン!
鈍い音が響き、男は顔面を血だらけにして鼻と口の周辺を両手で覆いながら膝から崩れ落ちた。
残る二人が固まる。
マーカスは、少し大きな声で言い放つ
「まぁ、おちつけ。」
そして、ポケットからくしゃくしゃの100ドル札を一枚取り出し、血の海になったテーブルの上に放り投げた。
「選択肢は二つだ」
マーカスはメンソールに火を付け、鼻から煙を吐き出した。
「その100ドルを拾って1分以内にここを出て行くか。それとも、テーブルの上のLADと一緒に911通報されて、薬物所持と住居侵入で刑務所へ行くか。好きな方を選べ」
「おい……ボスになんて言い訳すればいいんだよ!」 一人が震える声で叫んだ。
「心配するな。事実を正直に話せ」
マーカスは冷たい目で男を見下ろした。
「元LAPDの頭のイカれた賞金稼ぎに脅されたと言え、お前らのボスは信じる。」
1分後、豪邸にはマーカス一人だけが残された。
マーカスは落ちていたLADの袋を一瞥してため息をつき、トラックへ戻った。
古びたトラックの荷台には金属を切断や溶接するためのバーナーがついたプロパンや、工具箱、金属片などが満載で、ラッチ付きのストラップで固定されている。
両ドアには業者のLay’s PTY.LTDの文字と電話番号のプリント。
カストラスが借金のカタにガードレール設置業者から取り上げたとか。
不格好だが、マーカスにとっては都合のいい車だ。
仕事の性質上、誰も気に留めない車、目立たない車が最適だった、その点においてこのトラックはパーフェクトな「ワークホース」だ。
1996年製 シボレー CK1500 GMT400型
5.7リットル スモールブロック V8エンジン
マーカスは、一度は自宅アパートのあるベニスビーチに向け車を走らせたが、気が変わって、Uターンした。
腹が減ったのだ。
マーカスは、オールド・パサディナ地区を目指した。
チーズケーキファクトリーのチーズケーキが目当てだった。
大ぶりで厚みがあり、厳選されたクリームチーズをふんだんに使用し、独自の製法で焼き上げられた生地は、ずっしりとした濃厚なコクがありながらも、驚くほどなめらかで口溶けが良い。
マーカスが最も気に入っている点は、ケーキの底面に、バターとシナモンの風味が効いたサクサクとしたグラハムクラッカー・クラストが敷かれており、濃厚なチーズフィリングとの絶妙な食感のコントラストを生み出しているところだ。
朝からケーキ。
そう、糖分が必要だった、チンピラ相手の案件とはいえ全く緊張しないわけではない。
マーカスはチーズケーキ2人前を購入し、車に戻るや否や一口噛り付いた。
「ピースオブケーキな仕事を、本当にピースオブケーキを食う前に終わらせたな。」 などと下らない事を思いつき心の中で笑った。
携帯電話が震え「金の亡者」と表示している、カストラスからだ。
彼の弾んだだみ声が聞こえた。
「マーカス。パサデナの件は片付いたか?」
マーカスはトラックのエンジンをかけた。
「で、次は何だ?」
カストラスは下品に笑った。
「まあそう焦るな」
「実は裁判所から連絡があった。保釈中にトンズラこいた20歳の黒人青年を連れ戻してほしいんだ
が——ピースオブケーキの簡単な仕事だ」
聞けば保釈の申請者は被疑者(被告)の祖母で、ボルチモア在住、青年の罪状は軽微な窃盗らしい、確かに「ピースオブケーキ」かもな。
ボルチモア、それにしても遠いな、一体、何日かかるのだろうか、まぁいいさ、報酬は弾んでもらう。
カストラスは下品だが、金払いは決して悪くはない。
もし奴が報酬をケチったら、荷台のガラクタをガレージセールで売り飛ばしちまうか。
マーカスはある程度本気でそんなことを考えながら、西へハンドルを切った。
長旅だ、アパートに帰って身支度を整えなければならない。
記念すべき第1話「チンピラとチーズケーキ」、いかがでしたでしょうか。
パサデナの乾いた空気とチーズケーキの濃厚な甘さ、そしてここから始まる2,700マイルの長旅の気配を感じていただけたなら幸いです。
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次回、第2話「Grandpa's Gun」もお楽しみに。




