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幸運値MAXの俺、異世界のカジノを初日で壊滅。支払いに差し出された姫騎士を景品としてお持ち帰りする  作者: 葉山 乃愛


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第71話:通話ボタンの重み、あるいは歪んだ通帳

サーバー室に立ち込める珈琲混じりの黒煙の中、俺のスマートフォンの着信音が、やけにけたたましく響き渡っていた。



画面に表示されているのは、紛れもなく『親父』の二文字。

つい昨夜、ミアが汚した口元を見て破顔し、シルヴィアとコップを傾けていた、あの不器用で優しい親父からの着信だ。

しかし、阿良多のノートPCの画面に映し出された十年前からの資金流出ログは、その親父が千影の『出資者』であることを残酷に示していた。



「……カイト、出ないの?」



リザがそっと俺の背中に手を添えた。

彼女の碧眼には深い憂いと、それ以上に、俺が再び信じていたものに裏切られるのではないかという強い痛みが滲んでいる。

だが、その手のひらから伝わる温もりが、恐怖で硬直しかけていた俺の指先を動かした。



俺は画面をスワイプし、通話ボタンを押して耳に当てた。



『……カイトか。そこに、千影はいるかい』



スピーカーから聞こえてきた親父の声は、いつもの快活な父親のそれではなく、ひどく疲れ切った、大人の男のトーンだった。

その背後からは、どこか聞き覚えのある、規則正しい小さな機械の駆動音が微かに漏れ聞こえている。



「親父……どういうことだ。千影の拠点のサーバーを追ったら、お前の口座に行き着いた。十年前から、お前があいつに資金を流してたって……本当なのか?」



俺の問いかけに、シルヴィアとミアが息を呑み、拘束された千影すらも静かに目を細めてこちらを見つめた。



『……本当だ。千影が現実世界で動かしていたあの金は、すべて俺が、この街の土地を切り売りして作ったものさ。

お前を騙すつもりはなかった。だが、そうするしかなかったんだ。

カイト、お前が三年前に行方不明になったあの駅の改札口……あそこで本当は何が起きたか、お前はまだ半分しか思い出していない』



親父の言葉が、俺の脳の奥底に眠る、霧に包まれた記憶の蓋を無理やりこじ開けようとする。

三年前のあの日。俺はただ、迷宮の街へ迷い込んだわけじゃなかったのか。



『お前が倒れて、医者からももう目覚めないと言われたあの日……。

千影が俺の前に現れて、一つの提案をしてきた。

最新の電子医療システムと、あいつが開発している“精神の避難所”へお前の意識を転送すれば、いつか必ず肉体を持って現実へ帰すことができる、と。

そのための維持費と開発資金を、俺はこの十年間、あいつのフロント企業に支払い続けていたんだよ』



「な……っ!?」



驚愕のあまり、声が出なかった。

親父が千影にお金を流していたのは、俺の日常を壊すためではなく、壊れてしまった俺の命を、あちらの世界システムの中で繋ぎ止めるための『延命費用』だったのだ。

十年前からの投資というのは、俺が倒れる前から、千影のシミュレーション・アプリの実験を支援していたからに他ならない。



「あはは……。本当に、おじさんは律儀だね」



シルヴィアに押さえつけられたまま、千影が自嘲気味に笑った。

「カイト。君をあの街へ送り込んだのは僕の実験だが、君の『肉体の器』を現実世界で三年間も無菌室で守り続けていたのは、そのおじさんの執念だ。

僕が君たちのデータを初期化しようとしたのも、これ以上実験を続ければ、現実のおじさんの資産が底を突き、君の医療用サーバーの電源が物理的に落ちるからさ。

僕は僕のやり方で、君たちの“命”を効率的に保存しようとしていたんだよ」



すべてが、一つの線で繋がった。

千影の冷酷な計算も、親父の不器用な出資も、すべては俺というバグまみれの存在を、現実世界に引き留めるための足掻きだったのだ。

伏線は、俺が目覚める前から、この街の病院の片隅に隠されていた。



『カイト。今、お前の仲間たちが全員、肉体を持って現実に上書きされたと聞いた。

ユキちゃんという子が、奇跡を起こしてくれたんだな。

……だったら、もうこの機械サーバーは必要ない。俺の役目も、ここまでだ』



親父の声とともに、電話の向こうの規則正しい駆動音が、プツリと静かに途絶えた。



「親父!? おい、親父! 今どこにいるんだ!?」



『……喫茶店『夜鴉』の、真下の地下室さ。

ユキちゃんが潜んでいる、メインサーバーの前にいる。

……カイト、最後に一つだけ、父親らしい仕事をさせてくれ』



通話が切れた。

「カイトくん、大変だ!」

阿良多がノートPCを叩き、顔面を蒼白に染める。

「お父様の端末から、地下のユキちゃんのシステムへ、すべての残高を投げ打った『最終決済データ』が送信された。

でも、その処理の負荷のせいで、現実世界への上書きが不完全だったリィナさんとルカくんのデータの輪郭が、また消えかかっている……!」



ルカの手を見ると、確かにその指先が、ガラスのように微かに透け始めていた。

救ったはずの日常が、再び手のひらから溢れ出そうとしている。

俺は崩壊したサーバー室を飛び出し、エレベーターへと全力で走り出した。


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