第49話:錆びついた再会、あるいは観測者の原罪
「……リィナ、姉さん……。どうして、そんな姿に……」
ルカの震える声が、駅前広場に冷たく響く。
列車の乗降口に立つ少女――リィナの右顔面を覆う金色の歯車は、不快な金属音を立てて狂ったように逆回転を続けていた。
彼女の濁った瞳にはルカの姿が映っているはずなのに、そこには何の感情の光も宿っていない。
「……ターゲット……個体名ルカ……および隔離フォルダ99の排除……」
リィナの口から漏れたのは、先ほどの監査官たちと同じ、完全にシステムに調教された無機質な音声だった。
彼女が手を掲げると、指先から溢れ出た黒い錆の粉末が、周囲の石畳を容赦なく腐食させていく。
「阿良多、あれは一体どういうことだ! なんでルカのお姉ちゃんが、正史の列車なんかに乗ってるんだよ!」
俺は鉄の棒を構えながら、背後の阿良多に叫んだ。
「……最悪の伏線回収だね。ルカくんがかつて言っていた『完璧すぎて滅びた故郷』……。
システムはその世界を消去する際、優秀な観測データを持っていたリィナさんを捕らえ、列車の『生体コア』として再利用したんだ。
つまり、彼女自身がこの監査官部隊のメインシステムそのものなんだよ」
阿良多の言葉を聞いたルカが、絶望に顔を歪めて地面に膝をついた。
彼の体は、再び微かに透け始め、胸のエンブレムが悲鳴のような音を立てる。
「……僕が、今までたくさんの街を価値なしと判定して、システムに差し出してきたのは……。
運営に『従えば、いつか姉さんに会わせる』と言われていたからだ。
僕が自分の手を汚して守りたかった人が、まさか、システムの手先として僕たちを消しに来るなんて……!」
ルカの告白に、ユキがハッと息を呑んだ。
かつてルカの鍵から感じ取ったという「深い悲しみ」の正体が、この残酷な真実だったのだ。
「ルカ……そんなの、あんまりニャ。あんなボロボロの姿にされて、お姉ちゃんも絶対に苦しんでるニャ!」
ミアが怒りに震えながら爪を剥き出しにする。
その隣で、シルヴィアも木刀を握る手に血がにじむほどの力を込めていた。
「……カイト。リィナさんを救うには、あの列車のコアである彼女をシステムから切り離すしかないわ。
だけど、彼女から放たれる錆は、触れたものの時間を強制的に『風化』させる。近づくだけで、私たちの存在が朽ち果ててしまうわ」
リザが鋭い視線でリィナを捉えつつ、俺の前に一歩出た。
彼女の纏うオーラが、リィナから広がる錆の霧を辛うじて押し留めている。
「風化だろうが何だろうが、関係ねぇ!
ルカをお前たちのようにはさせないって、俺は約束したんだ。
目の前で泣いてる姉弟を引き離したまま、何が新しい日常だ!」
俺は鉄の棒を握り直し、リィナに向かって走り出した。
ユキがすかさず、白銀の日記帳を掲げて俺の背中に光の加護を与える。
「先輩、行ってください! 彼女の錆びついた時間を、私たちの『今』で押し戻します!」
ユキの光が俺の体を包み込み、迫り来る錆の粉末を次々と弾き飛ばしていく。
だが、リィナの背後にそびえる巨大な列車が、再び「ヴォォォォン」と狂ったような警笛を鳴らした。
リィナの右顔面の歯車が急速に回転を速め、ユキの白銀の光すらも茶色く染め始め、日記帳のページがバラバラと焦げ落ちていく。
システムが本気でこの街を、俺たちの存在を歴史から消去しようとしているのだ。
「……これ以上、僕のために誰も傷つかないでください!」
ルカが叫び、自らの体を犠牲にしてリィナの元へ飛び込もうとする。
それを、俺は左手で手荒く掴んで引き留めた。
「馬鹿野郎! 泣くのはあいつの目を覚まさせてからにしろ!」
俺はルカを背後に押し込み、渾身の力を込めて、リィナの右顔面の歯車へと鉄の棒を突き出した。
だが、その鉄の棒の先端が彼女の錆に触れた、その瞬間。
ドクン、と、俺の脳内に凄まじい衝撃が走った。
流れ込んできたのは、俺の記憶ではない。
ルカとリィナの故郷が、あの優しく完璧だった世界が、システムによって静かに、冷酷に消去されていく瞬間の「本当の記憶」だった。
そして、その記憶の最深部で、包帯を巻いたあの『古道具屋の店主』が、ニヤリと不気味に笑っているのが見えた。




