第35話:不合理な連撃、あるいは欠陥品の誇り
「……無駄だ。君たちの行動は、全て既知のアルゴリズムに基づいている」
銀色の瞳をした『もう一人の俺』が、静かに右手を振る。
それだけで、シルヴィアが放った渾身の唐竹割りが、まるで見えない壁に阻まれたかのように空中で静止した。
「なっ……!? 私の剣が、触れることすら叶わぬというのか!」
シルヴィアが歯を食いしばり、血管が浮き出るほど力を込める。
だが、銀の瞳のカイトは表情一つ変えず、彼女の剣の腹を指先で軽く弾いた。
「騎士シルヴィア。君の忠誠心は、本来『勇者の生存率』を高めるためのブースト機能に過ぎない。
今の君は、その役割を放棄したただのバグ……出力は以前の四割以下だ」
「……だとしても! 私がこの剣を振るう理由は、システムに与えられた命令ではない!
私が、私の意志で、カイト殿を守ると決めたからだッ!!」
シルヴィアが咆哮し、ジャージの袖を千切れんばかりに膨らませて再び踏み込む。
その泥臭く、洗練されていない、けれど重い一撃。
「ニャッ! 理屈ばっかりうるさいニャ! 予測できないのが、アタシのいいところニャ!」
ミアが瓦礫の影から弾丸のように飛び出し、銀の瞳のカイトの死角を突く。
だが、彼は一歩も動くことなく、ミアの軌道を「予読み」するように首を傾けて回避した。
「猫人ミア。君の野生の勘は、ランダム関数の産物だ。……計算の邪魔だよ」
「……っ!?」
銀の瞳のカイトが放った不可視の衝撃波が、ミアを吹き飛ばす。
宙を舞うミアを、俺は全力で駆け寄り、その小さな体を抱き止めた。
「カイト、大丈夫!? ……あいつ、私たちの『設定』を知り尽くしているわ」
エリザベートが俺の傍らに立ち、手に持ったノートを強く握りしめる。
彼女の目は、かつての絶望に沈んでいた頃のものではない。敵の動きを、その弱点を必死に暴こうとする、開拓者の目だ。
「ああ。……あいつは『効率』の化身だ。俺たちが積み上げてきた絆や、無駄な会話を、ただのバグとして切り捨てている」
俺は立ち上がり、銀の瞳の自分を真っ向から見据えた。
足元の地面が、大学の冷たいタイルから、王都の暖かい土へと目まぐるしく入れ替わる。
「……阿良多、ユキ。あいつの『完璧な予測』を壊す方法はあるか?」
「……一つだけある。カイトくん、あいつは『論理的な最適解』しか選ばない」
阿良多が、レンズの割れた眼鏡を指で押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、僕たちが『最高に効率の悪いこと』を同時に行えば、あいつの演算はパンクする」
「……効率の悪いこと?」
「はい、先輩。……例えば、あの日、図書室で交わした『物語の続きの予想』。
あれは、システムにとっては一文字の価値もない、完全な無駄でした」
ユキが、栞の挟まれた本を胸に抱き、静かに歩み出る。
彼女の瞳から、一筋の光が溢れ出し、広場全体に「止まったはずの時間」の残滓を撒き散らした。
「……お前たち、何を……。そんな無意味なデータを展開してどうする」
銀の瞳のカイトが、初めて僅かに眉をひそめた。
彼の周囲に、俺たちが過ごした「何の役にも立たない日常」の光景が、ホログラムのように浮かび上がる。
エリザベートが失敗した料理の匂い。
シルヴィアが内緒で読んでいた少女漫画の台詞。
ミアが昼寝の最中に漏らした、とりとめもない寝言。
それら全ての「不確定要素」が、戦場のノイズとなって銀の瞳のカイトを包み込んだ。
「……エラー。定義不能なノスタルジーを検知。……処理優先順位が、低下……?」
「今だ!! 全員で、あいつの理屈を叩き潰すぞ!!」
俺の号令と共に、五人の意志が一つに重なる。
俺たちが求めているのは、完璧な世界じゃない。
間違いだらけで、不運で、けれど最高に愛おしい「未定義の明日」だ。
俺の手の中の鉄の棒が、仲間たちの想いを受けて、かつてないほど激しく熱を帯びた。
「これが……俺たちの全ツッパだあああああっ!!」
俺は、自分自身の影を打ち破るべく、光の渦の中へと飛び込んだ。




