第32話:運営の論理、あるいはシステムの体温
「……運営、だと? 冗談はやめてくれ。ここは俺たちが命を懸けて守り抜いた、たった一つの現実だぞ」
俺は震える手で鉄の棒を握り直し、制服姿の男たちを睨みつけた。
リーダー格の男――ゼンと名乗ったその男は、面倒そうに首の骨を鳴らし、手帳を懐に収めた。
「命を懸ける、か。ユーザーは皆そう言う。だが高木くん、君が握っているその『鉄の棒』……。
本来は存在しないはずの、メモリの書き換えミスで生まれた不正オブジェクト(ゴミ)なんだよ」
ゼンの背後に控える男たちが、腰の警棒のようなデバイスを起動させる。
パチパチと青白い火花が散り、その光がパッチワークの街の空を無機質に照らし出した。
「……ふざけないで。ゴミかどうかを決めるのは、貴方たちじゃないわ。
ここに生きる人たちの、その鼓動が決めるものよ!」
エリザベートが凛とした声で言い放ち、俺の前に一歩踏み出す。
彼女の羽織ったカーディガンの裾が風に揺れ、王女としての気高さが、歪な街並みの中でも眩しく輝いた。
「おやおや、メインヒロインのロール(役割)も随分と壊れているな。
……いいか。我々の仕事はこの『欠陥商品』を回収し、次のバージョンへと移行させることだ」
ゼンが指をパチンと鳴らした瞬間、周囲の風景が「読み込み中」のようなノイズに覆われた。
足元の石畳が消え、無機質なグリッド線だけが広がる「空白の領域」へと、俺たちは強制的に引きずり込まれる。
「カイト殿、足場が消えていく! これは……騎士道も魔法も通用せぬ、理外の力か!」
シルヴィアが足を踏ん張り、俺の背中を守るように長剣を構える。
その額には汗が滲んでいたが、彼女の瞳には微塵の恐怖もなかった。
「ニャッ! だったら、その理屈ごと引き裂いてやるニャアアッ!」
ミアが音速の踏み込みでゼンへと襲いかかる。
だが、ミアの爪が彼の喉元に届く寸前、ゼンの周囲に『アクセス禁止』の透過文字が浮かび上がり、彼女を無情に弾き飛ばした。
「無駄だ。我々管理側には、あらゆる物理干渉を無効化する権限がある。
君たちがどれだけレベルを上げようが、開発者ツールには勝てないんだよ」
吹き飛ばされたミアを、阿良多が間一髪で受け止める。
彼の眼鏡の奥の瞳は、絶望ではなく、相手のシステムの「脆弱性」を必死に探っていた。
「……カイトくん。あいつらが持っているデバイス、あれが通信の基点だ。
あれさえ奪えれば、僕たちの『定義』を自分たちで取り戻せるかもしれない」
「……ゲートウェイか。阿良多、ユキ。奴らの権限を一時的に奪う方法は、本当にもうないのか?」
俺が小声で尋ねると、ユキが俺の手をぎゅっと握りしめた。
彼女の持つ「スマートフォンの破片」が、微かな、けれど確かな熱を帯びている。
「……先輩。……私の中に残っている『栞』のデータ。
これを使えば、一瞬だけ、この世界の時間を『未確定』の状態に戻せるかもしれません」
ユキの瞳は、静かな決意に満ちていた。
それは、かつて図書室で孤独に震えていた少女の面影を、完全に消し去っていた。
「よし。……ゼン、お前の言う『運営』のやり方には、致命的な欠陥があるんだよ」
俺はわざとらしく、鉄の棒を地面に放り投げた。
丸腰の俺を見て、ゼンが怪訝そうに眉をひそめる。
「欠陥? 管理コストを最小限に抑え、完璧な物語を提供する。これのどこに問題がある?」
「……お前らは、パチンコ台の『釘』だけを見て、打ってる客の顔を見てないんだ。
不条理で、予想外で、勝てるはずのない一撃を叩き出す……それが、俺たち人間の一番の特技だ!」
「……今よ、カイト!」
エリザベートの叫びと同時に、ユキが破片を高く掲げた。
空間がバキリと音を立てて割れ、管理側の「論理」を塗りつぶすほどの、膨大な記憶の奔流が溢れ出した。
それは、俺たちがパッチワークの街で食べた不味いコンビニ飯の味や、
名前のない敵と交わした一瞬の言葉、それら全ての「無駄」な情報の塊だった。
「なっ……!? 情報過多だと!? バカな、こんなゴミデータが、我々の盾を……!」
ゼンの周囲の『アクセス禁止』が、激しいノイズと共に砕け散る。
「今だ、シルヴィア! ミア! 全ツッパで行けええええっ!」
「承知!!」
「いくニャアアアッ!!」
シルヴィアの一閃とミアの連撃が、盾を失った「運営」のデバイスを粉々に粉砕した。
空白の領域が崩れ、俺たちは再び、夕闇に包まれたパッチワークの街へと戻ってきた。
だが、そこにはもう、ゼンたちの姿はなかった。
ただ、地面には彼らが落としていった、奇妙な『社員証』のようなカードが残されている。
そこには、俺の知っている文字で、こう記されていた。
『株式会社・運命構築 サービス企画部 高木海斗(欠番)』
「……俺の名前が、欠番……?」
俺の正体に関する、最悪で最高に気になる謎が、また一つ増えてしまった。
だが、仲間たちの温もりが、俺を現実へと繋ぎ止めてくれる。
「カイト。……どんな名前でも、貴方は貴方よ。……さあ、帰りましょう。
私たちの、この不完全な『家』へ」
エリザベートが微笑み、俺の手を引く。
だが、その背後のアスファルトには、誰にも見えないほど小さな「アップデート予約」の文字が、不吉に明滅していた。
物語は、ついに「創造主」との直接交渉へと舵を切っていく。




