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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第20話 最初の操言士と王都決戦

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1.黙認(下)

 王黎に命じられた最美はニジドリ型になると暗闇を裂いて滑空し、ニアックに向かっていった。少し遅れて、両刀を鞘から抜いて構えたユルゲンは地を蹴ってニアックに攻撃する。


【地を割り這い出る幾千の光の縄、悪しき彼の者の手足に巻き付き、強く締め上げ引っ張らん!】


 コリンが操言の力を使い、ニアックの動きを止めようと試みた。地面から生えるように出現した光の縄が、ニアックの異様なほど細く長い手足を捕らえ、ニアックは動けなくなる。そこへ最美が滑空し、嘴に咥えたナイフでニアックの丸い胴体を裂いた。さらにユルゲンも、胴体を両刀で攻撃する。


【光は闇に覆われる! 地の下には光はない!】


 しかし、コリンの作り出した光の縄は別の操言士によって無効化された。


「カギソ!」


 王城から出てきた背の高い色黒の男が目に入り、紀更は叫んだ。


「紀更、王黎! ニアックは任せます!」


 コリンはニアックではなくカギソを再び目標に定めると、カギソとの対操言士戦を再開した。


「おらぁっ!」


 ユルゲンが地面を蹴って飛翔し、ニアックの真上から両刀を振り下ろす。けれど、光の縄の拘束がなくなって自由に動けるようになったニアックは、とっさに飛び退き攻撃をかわした。


「ああ、もう、やだやだやだ、どうして」

「闇神様、気を確かに! あなたは今や光と闇、両方の四分力をその身に抱くお方! 神に等しき存在!」

「あ、あ……そ、そ……光……闇」


 カギソに鼓舞されると、ニアックは何かを思い出したようだ。首をぐるりと一回転させて、自分の丸くなった胴体をまじまじと見下ろす。


「四分力……神」

「うるせえ! てめぇは神でもなんでもねえ!」


 ユルゲンがニアックに怒鳴りつけ、再び両刀を振るって攻撃する。ぼうっとしていたニアックはユルゲンの攻撃をもろに食らい、衝撃でうしろに吹っ飛んだ。


「あ、あ」

「くたばりやがれっ!」


 悪態をつきながら、ユルゲンは再びニアックに向かって飛翔し、攻撃する。


――ヴィイイイイイイイ!


 その時、羽虫が大量に震えるようなにぶい音と、幼子が上げる甲高い悲鳴が入り混じったような音が、広場を制圧するように鳴り響いた。予期せぬ騒音に、ユルゲンは攻撃の手を止めて後退する。


「ぐっ……な、んだ」


 音の発生源はニアックのようで、ユルゲンはニアックを睨みつけた。


【不愉快な音を遮る厚手生地のカーテン、我らを覆え!】


 紀更が操言の力を使い、味方とニアックの間に分厚いカーテンを出現させて、鼓膜をざわざわさせる音を防ぐ。しかし、聞いたこともない騒音は完全には遮断できなかった。


「操言の力、不愉快だ。ボクの前で二度と使うな」

「なっ……」


 カギソを捕らえようと操言の力を使って言葉を紡いでいる途中だったコリンは、急に自分の身体がずしりと重くなり、瞠目した。


「最美、戻っておいで!」


 王黎も同様の異変を感じ取り、すぐさま最美を呼び戻す。


「おお……おお! 闇神様! あなたの力なのですね! 我ら操言士が生まれた時から持っている操言の力……それを無に帰す新たな神の力!」


 カギソが、頬が裂けたかと思うほどに口を開き、うっとりとした笑みを浮かべた。


「王黎師匠、コリン団長?」


 表情を重たくする二人の様子に気が付き、紀更は声をかけた。


「紀更くん! 君もわかるだろう!? ライアン王から奪った光の四分力が闇神様に馴染んだのだ! そして君たち操言士の力……操言の力を奪ったのだ!」

「操言の力を奪う?」

「見たまえ!」


 カギソは、耳障りな音が鳴りやんだニアックを手のひらで指し示した。紀更たち全員はニアックに視線を向ける。

 そこには、先ほどまでの奇妙な肉団子姿ではなく、紀更がサーディアのピラーパレスで見た時と同じ、普通の人の形をしたニアックが立っていた。ぎょろりとむき出した眼球も、異常に伸びた手足も丸くふくらんでいた胴体も、すべてが正常に戻っている。ただし、ピラーパレスにいた時とは違って、美しい光を放つ朱色の輪がひとつ、縹色の輪が三つ、ニアックの身体の周囲を厳かにとりまいていた。


「光の四分力を示す朱、そして闇の四分力を示す縹! その両方をまとう彼はいま、光と闇の両方の力を手に入れた! この世界を創った光の神様カオディリヒス、闇の神様ヤオディミス、その両方を超えた存在になりつつあるのだ! 君たちのその魂に宿っている残りの四分力も手に入れれば、さらに神を超えるだろう!」

「馬鹿なことを」


 両手を大きく振り、大げさな身振り手振りを交えながら唾を飛ばして語るカギソを、コリンは馬鹿にするような表情で睨んだ。


「コリン団長、でも君は知っていた。オリジーア王家が宿す神の力を狙って、幾度となくこの国を脅かし続けてきた存在がいたこと。それを知っていながらもボクらを放置してくれた。ね、そうだろう、コリン団長。君はピラーオルドの存在を黙認してくれていたんだ。そういう意味では、君も裏切りの操言士だね」


 正常さを取り戻したニアックが、にまにましながらコリンに笑いかけた。


「どういう……コリン団長、どういうことですか」


 コリンがピラーオルドの存在を知っていたこと。そして、知っていながらも放置していたことを知り、紀更は驚きと絶望の表情でコリンを詰問した。


「コリン団長はピラーオルドのことを知っていたんですか!? 彼らが怪魔を作り出しているということ! 四分力を狙って、各国の王家を狙っていること! この大陸に生きる人々の生活を脅かす、すべての元凶が彼らだってこと……知ってたんですか!?」

「コリン団長」


 紀更と同じく、王黎も責めるような目でコリンを見つめた。最美とユルゲンは一度ニアックから距離をとり、それぞれ王黎と紀更を守れるように二人のすぐ傍に立った。


「操言士は……怪魔と戦っていればよい」

「え?」

「人と人が争うくらいなら、怪魔と戦っている方がよい。そうでしょう」

「何、が」


 コリンはカギソとニアック、それから紀更を順番に見つめて肩の力を抜いた。


「何が()()なんですか……意味がわかりません」

「わかる必要などない。愚かな民ども……真実を知ろうともせず」

「何を……コリン団長、何を言っているんですか!」


 動揺して叫んだのは王黎だった。

 紀更と王黎の混乱っぷりが面白いのか、カギソは大口を開けて笑い、ニアックもくつくつと嬉しそうに小声で嗤った。


「ああ! わかる! わかるよコリン団長! ワタシも同じ思いだ! なぜ気にならないのか。引っかからないのか。すべて解き明かしてみたいと思わないのか。考えもせず気にもせず、ただ流れに身を任せるだけの浅はかな思考。己の生き方の手綱を握ろうともしない、家畜にも等しい愚民ども! 君たちから見ればワタシは狂っているように見えるだろう! だが狂っているのはワタシではない! 君たちの方だよ!」

「ふふっ、カギソはおしゃべりだなあ。それじゃあ、彼女たちには伝わらないよ。でも、まあいいよね。だって、君たちはもうここで終わりだ。その力をボクに渡して? ボクと君が必ず愛し合う、素晴らしい新たな世界を創るから。そこで一緒に生きよう?」


 ニアックが、紀更に向かってゆっくりと歩き出す。ユルゲンは右手の刀を前方に突き出し、ニアックを威嚇した。


「紀更に近寄るな、化け物」

「化け物? 何それ。ボクのこと? ああ、やだなあ。君も変わらないね。そうやってボクと彼女の仲を邪魔する。どうして? ねえ、どうして?」

「お前も十分おしゃべりだよ、このクソ野郎が」


 ユルゲンが全身に力を入れて怒気を放つと、ユルゲンのひたいの輝紋が呼応するように輝きを増した。

 それを見て、ニアックの目が細くなる。唇がきゅっと一文字に締まり、明らかに苛立ち始めている。そしてそんな自分をごまかすように、ニアックはわざとおどけた調子で言った。


「あ~ヤダヤダ。嫌だねえ。ボクは彼女を愛しているんだよ? この世界の誰よりも、彼女のことが好きなんだよ? スキナオンナノコに近付いて何が悪いの? そういう君は何様なの?」

「お前こそ何様だよ。惚れた女なら、怯えさせるんじゃなくて喜ばしてみやがれ」

「喜ばす? ふふっ……あははっ」


 ニアックは不満げな表情から一転して、愉快な笑い声を上げた。


「いいよ! もちろんだよ! ボクは最初からそのつもりだよ!? 彼女のこと、すべてあますところなく愛してる。だからその心が欲しい、その魂が欲しい。そのかわいい身体をボクの手で思う存分かわいがってあげたい。髪の毛の先から足先まで全部まさぐって、いじくりまわして、あられもない声を上げさせて、そうして快楽の先に導いて、悦ばせてあげるよ! だから君は邪魔なんだよ!」

「イヤ……ほんと、気持ち悪い」


 ニアックから目をそらして、紀更は手のひらで口元を抑えた。嘔吐するほどではないが、胃の中を虫が這いずり回っているような感じたことのない気持ち悪さを覚えて、背中が丸まる。そんな紀更の様子を心配そうな表情で一瞥すると、ユルゲンはニアックを睨みつけて唇を噛んだ。


「四分力だとか国だとか、ンなもんは関係ねぇ。てめぇは俺がぶっ飛ばす!」


 ニアックの顔から笑顔が消え、無表情になる。それから怒りを浮かべたかと思ったら、急に悲哀の表情に変わり、紀更を求めるように手を伸ばした。


「ああ、ボクは悲しいよ、奏桜(かなでざくら)。闇の四分力を宿した本当の君にやっと逢えたのに……また間違った選択をするんだね」

「奏桜?」


 ユルゲンが、初めて聞く名前を繰り返す。

 するとその瞬間、紀更の視界が凄まじい速度で回転し始めた。



     ◆◇◆◇◆

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