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ヒオクダルスの二重螺旋  作者: 矢崎未紗
第18話 潜入の操言士と涙の別れ

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6.少年の戦い(中)

「はあ……なんとか……出た、ね」


 長い上り坂だった。ピラーパレスに下りた時以上に上った気がする。

 王黎は情けなく肩で息をした。


「途中で……完全に……崩壊、始まりましたね」


 ルーカスは息を整えながら、自分たちが出てきた穴を見下ろした。

 最美が見つけた上り坂は、とんでもなく長かった。傾斜はゆるやかだが複雑に右へ左へと曲がりくねっており、途中から方向感覚が完全に失われてしまった。

 それでもどうにか這い出てみれば外は真っ暗で、すぐさま王黎は光を放つ球体を作り出して最美に持たせた。

 あたりは背丈の短い草の生えた芝生のようで、おそらく人の手で植林されたと思われる細い樹木が等間隔に並んでいた。


「紀更の操言の力を感じます。行きましょう」


 方角はわからないが、王黎はある方向を指差した。


「何か嫌な予感がします」

「同感だな。この状況下で楽観できる要素など何もない」

「急ぎましょう」


 エリックとルーカスが頷くと、暗闇の中を四人は小走りで進んだ。



     ◆◇◆◇◆



「ブリアナ、今夜は自宅に戻って休みなさい」


 王都ベラックスディーオの操言士団本部、守護部会館。その待機室のソファに座って船を漕いでいた操言士ブリアナの肩を揺すりながら、師匠のイレーヌはやさしく言った。


「はっ……す、すみません、わたくしったら」

「休息も勤めのうちですよ。さあ、帰りなさい。明日からは別行動です」

「でも、イレーヌ様。明日からは別行動って」


 ブリアナは帰り支度をしながらも不安げにイレーヌを見つめた。


「わたくしは、王の近衛兵と共に王を警護します。あなたは守護部のほかの初段操言士たちと共に、ここでラファル部長やミッチェルの指示に従いなさい」

「それならわたくしもライアン王の警護をしますわ」


 イレーヌは現王ライアンの実の姉だ。きっとそのつながりもあって王の警護に選ばれたのだろう。だが、ブリアナは四大華族、モワナール家の娘だ。王族とつながりがあるのはブリアナとて同じだ。


「あなたは街の人々を守りなさい。どんなに小さな子供も、老い先短い老人も。病やけがで苦しむ大人も、すべて分け隔てなく。王族だとか華族だとかそういうものは一切関係なしに、あなたの手が届く範囲の人すべてを守りなさい」

「でもっ」


 国王よりも市井の民を守れとイレーヌは言う。

 操言院の修了試験合格後、ペレス家主催のパーティー会場で王黎から「目に見える上辺部分でしか人を語れない」と指摘されたブリアナだったが、イレーヌへの弟子入り後、イレーヌの教えを通して王黎のその言葉の意味を少しずつ理解し始めていた。

 四大華族だとか王族だとか、そういった肩書きにばかりとらわれて本質が見えていない。それが自分の弱さであり欠点だ。だが、真に立派な操言士になりたいのなら、肩書きを気にするような色眼鏡は早々に壊せとイレーヌは言った。立派な操言士になるためには、まずは一人の人間として中立公平、自分自身についてさえフラットであれと。


「ブリアナ、あなたは自分で選べるのです。どんな操言士になるのか、その身に宿る操言の力をどのように、何のために使うのか。それを理解したうえでなお王族を守りたいと言うのなら……そうした道を選ぶのなら、そのつもりで研鑽しても構わない。けれど王族を守りたいという気持ちに少しでも混じりけがあるのなら、まずは己の真の心を探ることです。自分に人にも、曇りなき心で接することができるようになりなさい」

「イレーヌ様……」

「〝師匠〟です」

「イレーヌ、師匠……」

「あなたがどんな操言士で在りたいのか、それは何のためなのか。焦らずにじっくりと考えて見つけなさい。あなただけの軸を、しっかりと持って生きなさい」


 イレーヌはほほ笑むと、ブリアナの背中を押して守護部会館から帰宅させた。



     ◆◇◆◇◆



「ユルゲンさんっ!?」


 紀更は驚愕し、急いで背後を振り返った。

 薄闇の中、光球がわずかに照らしたのは、ドサバトの放った糸に足をからめ取られ、左右の二の腕と右の脇腹にクフヴェの蔓が食い込んでいるユルゲンの姿だった。


「やっ……いやっ、やめてっ!」


 紀更は絶叫し、ユルゲンに向かって走り出した。


「来るんじゃねえ! 紀更、操言士の役目を果たせ!」


 紀更の気配に気が付いたユルゲンが、暗闇の中で紀更に怒鳴る。


「致命傷じゃない! まだなんとかなる! 操言の加護を!」


 決して諦めることのないユルゲンの力強い声が、紀更の頭の中を埋め尽くしていた恐怖を小さく委縮させた。その声は紀更に冷静さを与え、紀更は流れるようななめらかさでいくつものイメージを思い浮かべ、そのイメージと結び付く言葉を次々に紡いだ。


【この場にいるすべての怪魔の身体を強固な光の縄で拘束し、束縛し、その動きを封じる】


 散らばって飛びかかってくる怪魔カルーテ。節足を動かして多彩な攻撃をしかけてくるドサバト。その場から動きはしないが蔓や鋭利な葉で遠隔攻撃をしかけてくるクフヴェ。

 この目に映るすべての怪魔を拘束する。もう誰も傷つけさせないために。


【ユルゲンさんの身体にふれているすべての怪魔の蔓と糸を切断し、拒絶する】


 ユルゲンの足をとらえていた糸が、ユルゲンの身体に突き刺さっていた蔓が、刃物で切り落とされたようにすぱっとふたつに分かれて草むらの上に落ちた。


【ユルゲンさんの身体のすべての傷口をふさぎ、その自己回復機能を向上、上昇させる】


 ユルゲンの二の腕と右の脇腹が淡く光り、皮膚がゆっくりと再生した。失われた血液は戻らないが、何かあたたかいものがじんわりと、ユルゲンの全身を流動し始める。


「いいぞ、紀更!」

【この場にいるすべての怪魔の身体を鋭利な一線で切断し、引き裂き、屠り、必ず斃す光の力をその刀に貸与し、付与する】

「うらあぁっ!」


 新たな操言の加護を両刀に宿したユルゲンは、応急処置をされただけの傷口にわずかな痛みを覚えつつも、あたりをうっすらと照らす光の縄で拘束されている怪魔たちを片っ端から斬りつけた。


(なんとか……なんとかする! 操言士の私がっ!)


 ユルゲンの戦況を見守る紀更が気を取られたその時――。


「グォホオオオ!」

「グォホオオオ!」


 巨大な獣の雄叫びがふたつ、闇夜を裂いた。

 それはユルゲンがいる戦闘領域ではなく、紀更とマークに近い場所、ローベルが立っているすぐ傍に現れた。


「な……なんだ、あれっ!」

「ゲルーネよ! 最強の怪魔!」


 熊のような体型をしていながら、その体長は三階建ての建物をゆうに超える怪魔ゲルーネ。ひたいから生えた角が特徴的だが、恐ろしいのはその巨体が放つ馬鹿力だ。太い腕ではたかれたりしたら、人間はひとたまりもない。


「二匹同時なんてっ」


 ゲルーネの足元には、暗い目をしたローベルが立っている。以前見たローベルは横笛を使って怪魔を呼び出していたが、彼の持っていた横笛は、今は紀更の腰鞄の中にある。笛は使わずに操言の力を使ってゲルーネを呼び出したのか、それとも――。


「――具月石っ」

「なんだ?」

「マーク、ローベルさんは具月石という道具を持っているはず! それで怪魔を操るの! ゲルーネは無視して、ローベルさんからそれを取り上げて!」

「わ、わかった!」


 紀更はマークに命令した。

 マークはハネウマ型の姿のまま、暗闇の中の青年へと走り出す。

 そんなマークに、二匹のゲルーネが拳を振り下ろしてきた。


「うおッ!」

――ドンゴオオ!


 間一髪で避けてから、マークはゲルーネの拳が食い込んだ地面の穴を凝視した。


(冗談じゃねえ! あんな一撃、食らってたまるか!)

「ローベルさん、具月石を渡して! そんなもの、あなたは持たなくていい!」

「うるさい!」


 ローベルは右手で拳を握り、紀更の方へまっすぐに伸ばした。すると、ローベルのその動作が指示だったようで、ゲルーネ二体はマークではなく紀更の方を睨みつけて唸り、両方の腕を紀更めがけて振り下ろした。


【っ……ディロスシーガス!!】


 紀更は、ラテラスト平野での王黎の姿を瞬時に思い出し、見よう見まねで「操文」を唱えた。光の盾を作り出す操文はうまく効果を発揮してくれたようで、紀更を覆うようにまばゆい光の盾が現れて、振り下ろされたゲルーネの拳を受け止める。しかしゲルーネの腕力が強すぎるのか、紀更の操文の威力が弱いのか、光の盾はピシッ、ピシッ、と音を立てて今にも壊れそうだった。


「グォオオオ!」

――パリーン!


 二体のゲルーネの攻撃を受け止めきって、光の盾が粉々に砕け散る。


「紀更っ!」


 その時、すんでのところでユルゲンが走ってきて紀更の身体を抱きかかえた。そのまま横向きに勢いよく転がったので、盾を破壊したゲルーネの拳で紀更が潰されることはなかった。


「ユルゲンさんっ!」

「雑魚は全部斃した! 次はあいつらだ!」


 ユルゲンはすぐさま姿勢を起こし、紀更と共に立ち上がる。


「このっ!」


 ちょうどその時、マークがローベルに接近した。ローベルはハネウマ型のマークをなんとかしようと言葉を紡ぎかけたが、マークは素早く人型に戻り、ローベルの腹部に肘鉄を食らわせた。


「ふぐっ」

「そいつを寄越せ!」


 不意打ちを食らったローベルがうしろに倒れる。マークはすかさずローベルの右前腕を踏みつけると、力が抜けて開かれた彼の手から具月石を奪った。

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