異世界の過去へ
アルティラス暦486年12月22日 リーニア王国 コッザウ 公園
僕は雪がちらつくコッザウの公園を歩きながら緊張をほぐそうと努力していた。今夜、恋人にプロポーズするからだ。防寒着を着込んだせいで動きずらい。木に吊るされたランタンのおかげで夜でも明るい。深呼吸して、人々が行き交う公園の中心、待ち合わせ場所の銅像へ急いだ。
「アレクサンダー」
恋人の声が僕を呼んだ。声がした方向に視線を向けると、行き交う人々の中から華やかな姿の恋人が駆け寄ってきた。
「遅刻よ」
「急いできたんだ」
僕は答えた。
「サラ、大事な話がある」
周囲の人目が気になった僕に気付いたサラは言った。
「公園を歩きましょうか」
人目を避けて人通りの少ない場所を僕の左腕に抱きついて歩いているサラは言った。
「震えているわ、具合でも悪いの?」
「実はそうなんだ。夜、よく眠れない。食欲もない。頭も回らない。一生、この調子かもしれない」
僕は言葉を切り、勇気を振り絞って続けた。
「治す方法は一つ、君が僕と結婚してくれること」
サラは立ち止まった。
「渡したい物が……」
言いながら、コートの内ポケットからリングケースを取り出して、パカッと開けた。
「最高だわ」
二人で笑みを浮かべた。僕はサラの左手の薬指に指輪をはめた。
「泣かせるねぇ」
唐突に男の声が言った。振り向くと林から強盗が現れ、近づきながら続けた。
「つい聞きほれちまった。若く麗しい恋人達のーー幸せになってくれよ」
強盗は僕とサラの周りを歩きながら、言った。
「感動的な場面に水を差すようで悪いだが金を頂こうか」
「はい?」
「宝石もだ。幸せになるための試練ってやつだ」
僕はためらった。
「騒がないほうが身のためだ。素直に出しな」
言って、防寒着の内側から拳銃を取り出した。銃口を僕に突きつける。僕は恋人を守ろうとサラと強盗の間に入った。
「分かった」
僕は言って、持ち金すべて強盗に渡した。
「これで全部だ」
「指輪もな」
「いや」
サラは懇願した。
「頼むそれだけはーー」
強盗は僕を押し退けて恋人の腕を掴んだ。
「やめて!」
僕は強盗に掴みかかった。強盗ともみ合いにある。その時、強盗が持っている拳銃から閃光と轟音、大量の白煙が発生した。
サラが積もった雪の上に倒れた。僕はサラに駆け寄った。その背後で強盗が言った。
「逆らうからだ」
急いで遠ざかる足音。胸から赤黒いしみが恋人の服に広がっていく。騒ぎに人々が駆けつける中、僕は雪が積もった道で倒れた恋人を看取った。
アルティラス暦500年7月 リーニア王国 バルトライプス山脈 レッドストーム秘密基地 現在
「特定できたら教えてくれ」
基地の外に出た俺はガスマスクを外しながら、木箱の上でレッドストームが残したノートパソコンを操作している和彦に言った。
「作戦は失敗だ」
「お前のせいではない」
和彦の横にいる彰人がなだめた。
マリーラ村の戦いで負傷した戦闘員から秘密基地の情報を得た俺達は、その秘密基地を襲撃した。我々の目標はタイムマシンの回収とゲートの確保だった。
ゲートの確保は成功したものの、タイムマシンの回収には失敗した。
閉じられたゲートを開けることに成功した時間警察日本支部21世紀局は武装タイムマシン、技術者、関係者をムー世界に送り込んだ。
俺はT30重戦車の横を通って、管制塔の西にある格納庫に向かった。この基地にはMiG-17、Su-25、MiG-25、Ka-27、Ka29TB、Mi-28が格納されていた。
途中、撃破されたヤークトパンテルⅡやE-100対空戦車に目をやった。格納庫に入ると中は薄暗く、巨大な灰色のトンネルのようなゲートが鎮座している。その手前にはデカくてゴツイーー直線的で角ばったドイツ製武装タイムマシンがあった。
「拓馬、これを見てくれ」
和也が言って、俺にタブレットを差し出した。それを受け取って、目を通した。
「君たちが基地内で遭遇した防護服の奴は、テスラトルーパーと言うらしい」
「それで?」
「テスラコイルを小型化した武器、テスラガンを装備する特殊歩兵で、そのテスラガンの電撃で歩兵や車両を攻撃するそうだ」
「テスラ兵器か」
「それだけじゃない、テスラキャノンを搭載したT-72の試作型が存在している」
「その情報を21世紀局に送ったか?」
言って、タブレットを返すと
「すでに送った」
和也は答えた。周囲を見回すと博士を見つけた。博士の方に歩きながら、尋ねた。
「博士、どうやってゲートを開いた?」
博士は異世界の村人のような格好だ。
「専用の機械とオシロスコープでムー世界に照準を定めます」
博士は答えて制御卓を示した。
「22世紀の時間犯罪者の歴史改変に妨害され続けられて、照準がズレてしまった。我々は決して君を島流しにしたわけではない。我々は【旭日の夢】を利用しただけさ」
「私も協力する。この事態は私のせいでもある」
と、唐突に秘密基地で保護した中年の男が言い出した。俺は博士を示して言った。
「彼に従ってくれ」
「名前は?」
博士が尋ねた。
「アレクセイ・マリシュキンだ。よろしく」
言って、二人は握手した。
格納庫の外に出た俺はT30重戦車の砲撃で倒壊した管制塔に向かった。その管制塔の前で時間犯罪者どもが集められている。その時間犯罪者の横にいるリンに尋ねた。
「これで全員か?」
「そのはず」
リンは答えた。俺は周囲を見渡した。
「T30の乗員は?」
「T30?」
「基地入り口手前の重戦車の乗員たちだ」
俺は基地の入り口手前で乗り捨てられたアメリカ重戦車を指示した。
「分からない」
リンは答えた。ヘリポートに顔を向けるとベルと進、保護された人々がいるのが見えた。俺はヘリポートへ向かった。
「ベル、進」
俺は二人を呼んだ。二人が振り向くとベルが言った。
「彼らは一旦、マリーラ村に送るわ」
「ケガは治した」
進が付け加えるように言った。
「そうか、進、脱出したT30の乗員は見なかったか?」
進は顔をしかめた。
「いや、見てないぞ」
「あ、あの……、何人かがテレポート魔法でーー」
と、ボロボロの服を着た痩せた男が恐る恐る言った。
「どこに行ったか分かるか?」
俺は男の言葉を遮って訊いた。
「分からない……」
「クソ」
残党はまだ残っているうえ、ムー世界の過去へ行ってしまった。最悪の状況だ。
「ギフ2からギフ1へ、特定した。基地の入口に来てくれ」
ヘッドセットから彰人の声が言った。俺は無線機の送信スイッチを押した。
「ギフ1、了解」
それだけ言って、進に“行くぞ”と頭を横に倒して合図した。
俺は相棒の進と基地の入口前にいる和彦の所へ向かった。 隊員達はすでに集まっている。
後ろからリンが言った。
「私達に何か隠しているわね?」
「ああ」
俺が応じるとリンが木箱に歩み寄った。木箱の上に置かれているファイルを手に取って開いた。
「アレクサンダー……」
リンは思い出そうとしている表情になった。
和彦が振り向きながら、集まった全員に聞こえるように声を張り上げた。
「特定した。アルティラス暦486年12月22日だ。ただ、行き先の時間は分かったが、場所が特定できなかった」
「さすがタイムマシンだな」
淳が言った。
「もう一度言って」
リンがファイルから顔を上げて言った。
「486年12月22日」
和彦が答えるとリンは和彦の肩越しにノートパソコンの画面を覗き込んだ。
「日付に覚えが」
リンは続けて言った。
「彼の恋人が殺害された日よ。確か……。コッザウの公園だったはず」
「十分すぎる情報だ」
「何をするつもり?」
振り向いたリンが尋ねた。
「それを言えば、俺達を逮捕するだろう」
リンは片眉を上げた。
「俺らは過去に行く」
「ッ!?」
俺は驚いた表情のリンに言った。
「全員を基地の作戦室に集めてくれ」
協力者を含む全員を制圧した基地の作戦室に集めた。
アランが尋ねた。
「それで、君たちは一体何を隠している?」
「これから伝える情報は機密情報だ。口外したら反逆罪だ」
俺は言った。
レッドストームが残した情報を元にタイムマシンと探時機をムー世界用に改造、調整している間、時間警察、歴史改変、武装歴史改変組織レッドストームについて情報を共有した。
我々の世界では、歴史改変などの時間犯罪が日常的に発生しており、時間警察がそれらを取り締まっている。
時間警察とは歴史を管理し、時間犯罪者の取り締まり、大規模な歴史改変の修復を行う機密組織だ。
我々は以下の三つを相称して【時間犯罪者】と呼称している。
【歴史改変者】
長期にわたって大規模かつ徹底的に歴史を改変する時間犯罪者
【歴史介入者】
ごく短時間の(すぐに自己修復される)改変だけで満足する時間犯罪者
【時間旅行者】
様々な時代(本来いるべき時代とは別の時代)に不法滞在して歴史的な出来事を観察する時間犯罪者
ほとんどの時間犯罪者は歴史介入者と時間旅行者。
基本的に歴史は変えられない。長期にわたって大規模な改変作業を行わない限り、歴史は改変されない。ごく短時間の改変では、歴史という情報それ自体が持つ自己修復性の中に消えてしまう。つまり、改変し続ける必要がある。
最初の改変は改変後、しばらくの間、世界に影響を与えない。つまり、過去を改変したとしてもすぐに現在が変わるわけではない。
歴史には矛盾が満ちている。歴史とは矛盾した情報の集合体だ。
話を聞くにつれソワソワしだしたシオリ。
我々、時間警察は守る歴史が多すぎるため、人員がひどく不足している。本来は求人に応募するか、スカウト、リクルートされてテストを受ける。時間警察みたいなものの概念を想像できる人間がほとんどいないため、全ての時代から隊員を集めているわけじゃないが、今回は例外だ。
共有できる情報だけを彼らに教えた。機密情報の共有を終えると、ムー世界の住民たちはざわついた。
俺は思った。
ひいじいちゃんに関しては、一体誰が改変し続けているんだ? 一発ぶん殴って、牢屋にーーいや、石器時代に時間流刑にしてやる!
「過去に行くという概念が理解できるとは意外だ」
彰人は言った。
「言うのを忘れていたが、過去、未来に行く魔法、機械は法律で禁止されている」
進が彰人に言った。
「それだけは元の世界よりも優れているな」
彰人は答えた。
「それな」
英一が同意した
「ただ、その法律を作った初代勇者は時間犯罪者の疑惑があるんだ」
進は付け加えるように言った。
「今は、それを調べる余裕はない」
俺は隊員達に言った。
「つまり、私を助けてくれたのはーー」
落ち着かない様子のシオリが言った。
「今の俺が過去に行って、お前を助けたとしても歴史という情報それ自体が持つ自己修復性の中に消えてしまう。俺は、お前を助けてない。次聞いたら、二度と同じことを聞けないようにしてやる」
俺はシオリの言葉を遮って言った。
「過去に行って、彼女を助けたの?」
美香が尋ねた。他の隊員達が俺の回答に注目する。
「助けるわけないだろ。だいたい、過去で助けただけなら、自己修復される」
「それで彼らの目的は何なの?」
リンが尋ねた。
「奴らは、ただのテロリストではない。歴史を自分達の都合がいい世界に作り変える武装組織だ。目的は過去を書き換えて世界を赤く染め上げることだ」
「つまり、虐殺するということですか?」
シオリが訊いた。
「違う、違う、そうじゃない。世界を社会主義に染めるつもりだ」
「分かりません」
「つまり、全ての国民が平等なパラダイスみたいな世界の創造だ」
「まだ、分かりません」
「王様や貴族、農民には貧富の格差があるだろ。その格差を無くして、全てのものが平等に共有されていユートピアを目指しているのさ」
「厳密には共産主義だ。社会主義ではない」
彰人が訂正した。
「それはどんな考え? 何が違うの?」
マノが訊いた。
「社会主義は企業が得た利益を国が管理し、国民の給料も国が管理して分配する。一方で共産主義は、そもそも、全ての利益をみんなで共有するという考えで国が管理する制度自体もいらないーー極端な思想だ。共産主義は社会主義の理想的な思想であると同時に社会主義の進化版だ」
「それでは、サボっている人のせいで真面目に働いている人が不公平になってしまうのでは?」
「そう! その通りだよ、マノ! まじで天才!」
進が関心した声でマノを褒めた。
「なんでそれだけで理解できるんだよ」
彰人が言った。
「それは悪?」
マノが尋ねた。
「いや、共産主義は悪ではない。貧富の格差をなくそうとしたのは素晴らしい。だが、奴らは極端だ」
俺が答えるとリンが訊いた。
「それが彼らの理想とする世界?」
「極端な世界だ。俺達がいた世界の過去、現在そして未来の武器、兵器をかき集めて武装している。地上の太陽すら保有していると考えてもいいだろう」
作戦室にどよめきが発生した。
彼ら、異世界の住民相手に第二次世界大戦の兵器でも十分だ
「彼らの規模は?」
リンが訊いた。
「元の世界にいる部隊を合わせると、一国の軍隊並みだ。チェルガン帝国の全軍が真正面から激突しても勝つことはできない。状況は最悪だ」
「チェルガン帝国軍は世界最強と言われている軍隊ですよ!?」
シオリは言った。
「我々には奇跡の兵器ーー地上の太陽が必要だ」
「想像できるが、念のため聞いておこう。地上の太陽とはなんだ?」
ざわついている中、彰人が訊いた。
「核兵器、あるいはそれに似た破壊力を持つ兵器のことだ」
「勇者が使った兵器を奇跡の兵器と言うんだ」
進が俺の言葉に付け加えた。
「私も過去に行きます」
と、唐突にシオリが言った。
「シオリ、やめたほうがいい」
マモルがシオリを止めた。
「俺も同じだ」
ハンスが加わった。
「反対しても無駄だろうな」
アランが言った。
「賛成できない」
俺が言うと和彦が尋ねた。
「どうして?」
「危険すぎる任務だからさ。それにお前らは協力者であって仲間じゃない」
「目は多い方がいい」
英一が賛成した。それに付け加えるように和彦が言った。
「お前と進だって最初は協力者だっただろ?」
俺は彰人に顔を向けた。
「俺は反対だが、土地勘がない。誰かは連れて行かないといけないだろう」
彰人は答えた。美香に顔を向けると
「人員が不足しているから賛成だけど、懸念がある」
美香は答えた。俺は部屋の隅にいるクレ部隊の隊長、和也に顔を向けた。和也は顔を縦に振った。
「厚着しろ、目的地は冬だ」
「僕たちは何をすれば?」
マモルが尋ねた。
「お前とハンス、ベル、マノは進と一緒に行動してくれ」
「「了解」」
「「分かったわ」」
一斉に返答した。和彦が持っているタブレットに映る局長が言った。
「念のため、修復部隊をそっちの世界に送り込む」
「ああ、あの無能連中か、了解した」
俺が言うと局長が顔をしかめた。
例外で協力者としてシオリを連れていく。異世界の冒険者の恰好に装備を身に着けて、防寒着を着込んだ。その防寒着で身につけた装備を隠す。
「なんて、デカくてゴツいウォーマシンなの」
リンが直線的な角ばったプーマ装甲歩兵戦闘車の外観に似たドイツ製武装タイムマシンを見て呟くように言った。
「そして重い」
彰人が付け加えた。確かにこのドイツ製武装タイムマシンはT-72主力戦車並に重い。
「ウォーマシンって?」
和彦が尋ねた。
「ああ、それなら、チャリオットやウォーワゴン、レオナルド・ダヴィンチの戦車を想像すればいい」
進が答えた。
「なるほど、分かりやすい」
「誰かさんが駄々をこねたせいで」
美香が嫌味ぽっく言って、俺を睨んだ。
「なんだよ、俺のせいだと言いたいのか」
「ええ、そうよ。別の武装タイムマシンの選択肢もあったのに」
「ドイツ製はデカくて複雑なんだよ」
和彦が美香の言葉に付け加えた。
「だから、毎回、整備士が嫌な顔するんだな」
彰人が言った。
「そうゆうこと」
和彦が応じた。
「タイムマシンは大っ嫌いだって言っていたのにな」
英一は言った。
「その大っ嫌いなタイムマシンに乗るためにもドイツ製の武装タイムマシンを選んだんだ」
俺が答えるとアランが歩いてきてシオリに言った。
「過去に行く前に娘に伝えておきたいことが」
「パパ何?」
「シオリならやり遂げられる」
ギフ部隊にシオリを加えた俺達はムー世界用に調整されたドイツ製武装タイムマシンに乗り込んだ。俺はシオリに言った。
「そこの座席に座って、シートベルトを装着しろ」
「シートベルト?」
俺はシオリのフルハーネス式のシートベルトの装着を手伝った。後部ハッチの外からリンが言った。
「とにかく気をつけて」
和也、淳、進、異世界の住民たちが見守る中、後部ハッチが閉まった。
「こんなシートベルトが必要ですか?」
シオリが尋ねた。
「もちろん、今にわかる」
操縦席にいる彰人が答えた。
タイムマシンが動き出した。振動する。数秒後、揺れが激しくなると周囲の空間がグニャリと歪んでムー世界の過去へ向かった。
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