22 カトレア
今なら分かる気がする。伝えるってとても勇気のいる事だ…喧嘩した後にちゃんと謝って、自分がどう思っていたのか伝えられたキースくんは本当に凄い!
私は寮に戻って来ても、なかなかカトレアに声を掛けられないでいた。第一声を何にすれば良いのか、どうやって話を進めれば良いのか全然分からない。そういえばこの世界に来てから喧嘩という程のものを今まで経験した事が無かったかもしれない。
うじうじしていても仕方が無いから、自分を追い込む為にとにかくカトレアの前に立つ事にした。どう話すかはそれから考えれば良い。カトレアは目の前に立ち塞がった私を見て困惑しているようだった。
「……っ、あの、あのねカトレア!話が…あるの!お願いっ!私の話を聞いてくれない?」
「うん…クオルフ、実は私からも聞きたい事があるの。」
「じゃあ、部屋に行こうか。ここじゃちょっとね…」
他の寮生達が多く居るロビーでは何かと話がしにくい。興味津々で聞き耳を立てているのは丸分かりだ。
「それで、クオルフの話って何かな?先に聞くよ。」
「うん、まずは、騙すみたいな形になってごめん!ずっとカトレアにも色々と隠して黙ってた。だから嫌われても仕方無いって思ってる。」
二人の相部屋に到着して、椅子に向かい合って座った状態で深々と頭を下げた。
「っ、それよ!正直ちょっと傷ついたわ…その、親友だと思ってたから。」
傷つけたって分かって、申し訳無いし辛いのに、カトレアがそう思っていてくれた事が嬉しい。
「私も…こんな状況であれだけど…親友だと思ってる。だから、もしカトレアさえ良ければ話を聞いて欲しいんだ。今まで隠してた事、全部話すから。」
「分かったわ。どんな事でも話して頂戴。聞かない事には全て受け止めるとも言えないけれど、クオルフの話はちゃんと聞くから。」
「ありがとう…まず、そうだね…私はスラムの住人です。噂通り、元々はあちらに住んでいたの。今は毎日授業が終わったらスラムに向かって、そこで午後や休みの日は仕事をして寮に戻って来てる。ここまでは良いかな?」
「ええ……その、こう言ってはなんだけど、スラムは恐ろしい所だというのが常識よ。そんな所にいて、クオルフは大丈夫なの?」
「うーん、難しい質問だなぁ…もう嘘はつけないから本当の事を言うけれど、完全に大丈夫とは言えないよ。
命を狙われる事だってあるし、女の子は捕まえられると外国に違法奴隷として売られるか、金持ちの妾にされるか、娼館で働かされるか……
まあ、そんなに甘い物でも無いんだけど、幸い私はとても運が良かったから、守ってくれる人もたくさんいて、今までこうして無事でいられたんだよね。」
普通に育って来た女の子にはちょいと刺激が強すぎるかな?と思ってカトレアをチラッと見ると、意外にも嫌悪感を剥き出しにすることも無く真剣に聞いてくれていた。
「そっか……そういえば、守ってくれる人って診療所の人なの?前に助手として働いてるって言ってたわよね?」
「うん!あー何から話せば良いかな?その診療所って言うのが、ぶちまけちゃうとスラムにある四つのギャングが共同で運営してる所なんだけど、私はそのギャングの頭達と診療所の医師に守って貰っているの。」
「それって、その……医師の名前って、エインじゃ無かった?」
やっぱりカトレアはお兄ちゃんの事が知りたかったんだ!私は大きく頷いて知っている限りの事を答える事にする。
「その通りだよ!私も今日エインさんに聞いたばかりなんだけど、カトレアはエインさんの妹なんでしょ?」
「じゃあクオルフは…お兄ちゃんの所で働いてくれてたのね。ありがとう…それに、ごめんね。こっちの方こそあなたに隠し事してたの。その事を考えたら、クオルフとどう話していいか分からなくて、ずっと無視しちゃった……私酷い事しちゃったね。ごめんなさい…」
今度はカトレアが意気消沈して深々と頭を下げて来た。
「良いよ、お互い様っていう事でどうかな?…あー、でもやっぱり私の方が他にも言わなきゃならない事があるし。」
「ううん。お互い様って事にしてくれるなら嬉しい。許してくれてありがとう。」
「いやいや、こちらこそ。続きも聞いてくれる?」
「もちろんよ。」
「えーと、じゃあ、とりあえずエインさんは元気にしてます。あと、これは本人から言った方が良いのかな…?エインさんから聞いてる?」
「何だろう?最後に連絡を取ったのはもう三年くらい前になるのかな?スラムのギャング運営の診療所で働き始めたっていう事くらいしか聞いてないのよね。」
「そうなんだ…うーん、驚くと思うんだけど、エインさんね、結婚したんだ。相手は私のお姉ちゃんみたいな人なんだけど…大丈夫?」
カトレアがあまりに突然のことで固まってしまっている。顔の前でおーいと手を振ってカトレアの意識を戻す。
「う、うん。ねえ…今度会いに行っても良いかな?」
「もちろん。その時は用心棒連れてくから心配しないで。まあ、査問会が開かれるみたいだから、それを乗り切ってからじゃないと無理だけどね。」
「査問会っ!?そんなのどうするつもりなの?」
カトレアはびっくりしてさっきまでの動揺も一気に吹っ飛んでしまったようだ。不安そうに私を見詰めてくる。
「んあー!分かんない!てへっ。とりあえず経緯の説明と、弁明になるかな。いざとなれば権力行使でどうとでもなるから心配しないで。」
「権力って…あなたは一体何者なの?前々から貴族の隠し子なのかなって勝手に推測してたんだけど…」
もしかしたらそれを聞く事で二人の関係が変わってしまうのでは無いかと、カトレアは恐る恐る聞いてくる。
「いやーまあ、その通りっていうか。隠し子でも無く、ちゃんと最新の貴族名鑑にも名前が乗ってるんだけどね。お父様が亡くなった時に、隠居していた先代の当主で、今はまた当主になっているお祖父様にスラムに捨てられたのよ。いとこを養子に迎えたから用済みになってね。」
「そうだったの…私は貴族の事は良く分からないんだけど、クォーターエルフにしても、凄い魔法の力を持っているよね。もしかして…上級貴族の娘だったりしたの?」
「そうだよ。私も入学してから図書館で調べて知ったんだけど、どうやら侯爵の娘らしいの。でもお父様が亡くなったから実家は頼れないのね。というか今回の事が広まったのも、養子に迎えられたいとこのせいだし。向こうは私がいとこだなんて知らないけど、これからも知られたく無いと思ってる。」
「そう…じゃあ誰に頼るつもりなの?」
「うーんとね、まずギャングの人達から、賄賂とかで退学処分にならないようにねじ伏せる事は出来るって言われてる。あと、今は再婚して子爵夫人になったお母様がいるんだけど、お母様に侯爵の娘だと証明して貰えば解決するとは思う。人って権力に弱いじゃない?」
「でも、クオルフのその言い方だとあんまり使いたく無い手なんでしょう?」
「バレた?お母様には迷惑かけたくないし、力でねじ伏せても不満は残るでしょう?あんまり居心地の良い学園生活にはならないだろうね。」
カトレアにはバレバレか。実は一向に対策を立てられてないんだよね。
「私じゃあんまり力になってあげられないけど、出来る事は何でもするわ!とりあえずキースにも相談しない?」
「確かに…キースなら信頼出来るし、ちょっと知られたくない事は今はわざわざ言わなくても良いよね。私の事は全て開示しても良いけど、エインさんの事もってなるとややこしくなるし。」
「ごめんね。」
「いーのいーの。元はと言えばつけられた私が悪いんだからさ。もうちょっと警戒して撒いてからスラムに向かうべきだったよ。」
「ぷっ…あはは。ごめん、クオルフのそういう所好きだよ。」
私があんまりにもあっけらかんと言ったのが壺に入ったようで、カトレアは笑い出してしまった。もーっ!と頬を膨らませながらも、こうやって普通に接する事が出来るようになった事が本当に嬉しかった。




