43 医者
「まいど〜!100エル丁度ですね。ありがとうございました!」
今日も元気に診療所で働いております。今みたいに時々お水を買いに来てくれる常連さんもいて、私とゼムが管理人になってからも順調にやり繰りしてる。
今日は診療所が終わった後にドンやギャングの頭達が来る事になっている。何だろうと思いつつ、今回も巻き込まれる模様。たまには診療所関連以外の会合もしてるみたいなんだけどねぇ。
そんなこんなで患者さんの診療中に血塗れの患者が運ばれて来た。お腹にナイフが刺さってる。けっこう深いな。
「抗争でやられた!早く診てくれっ!」
「ごめんなさい!命に関わるので先に急患診ますね!」
先に診ていた患者に断りを入れて診察室から出て貰ってお仲間が診察台に横たわらせた患者の着ているシャツを裂き、傷口を見やすくして固まった。
「…これは、手遅れかもしれませんね。とりあえず最善を尽くします!」
ナイフが内臓のある位置に深く刺さっている。これまでもこの患者のような重症患者は何人も来たけれど、助けられたのは半分にも満たない。
…全ては私の力不足だ。
ひとまず止血用のガーゼをたくさん用意して、ギフトをかけて傷口にあてる。そのガーゼを患者のお仲間に手で上から圧迫して押さえてもらう。六歳児の私の力じゃ止血には足りないのよ。
さて、ここからどうするか。日本じゃ刺されたら抜かずに止血してすぐに病院に行けって言われてたけど、今はここが診療所で私が治癒士なんだ。かといってそれ以上の知識は私には無い。今まではとりあえず圧迫止血してから出来るだけ傷が広がらないように刃物を抜いて急いで縫ってたけど、今回は内臓も傷ついているし、正直どうすればいいのか全く分からない。
あぁ、もう。何でまだ医者が見つからないのよ!
そんなどうにもならない事を心の中でボヤきながら、覚悟を決めてナイフを抜こうとした所で突然の衝撃と共に撥ね飛ばされた。
「バカ野郎どもがっ!なんでガキにやらせてるんだ!ふざけるのも大概にしろっ!」
私を突き飛ばしたのは、この白衣を来た若い男の人。
「って、もしかして!お医者さんっ!?お願いします!患者さんを助けて下さい!」
「邪魔だ!離れてろ!」
そう言われて素直に従った私が目にしたのは鮮やかな手つきで処置していく医師の姿だった。
特に衝撃だったのは彼が患部に手をかざして「治癒」と唱えると、みるみるうちに内臓の傷が塞がった事だった。その後は傷口を縫って閉じて肌についた血を拭い去って彼は一息ついた。
その様子をただ呆然と見守っていた私も患者さんが助かった事にホッとして力が抜けた。
「…ありがとうございます。正直私では助けられませんでした。」
「……お前は一体何だ?何故お前が処置していた。素人が治癒士として診療していると聞いて急いで来てみればこれは何事だ!治癒士は一体どこにいるんだ!」
「おっしゃる通りです。この私が治癒士なんです。こんな素人のガキで申し訳ありません。」
自覚がありまくるだけに深々と頭を下げて様子を伺うと、彼は信じられないという驚愕の表情で私を見ていた。
そこへ遅ればせながらドンがやって来て私と彼を引き剥がして問答無用で二階の会議室へと連れて行かれる。
そこで聞かされたのは、薄々分かっていた事ではあるが、彼はようやく見つかった診療所の医者だという事だった。見つけて来たドンが、最終交渉のために診療所で会合が開かれるまでの間、アジトで診療所の説明をしていたら突然飛び出して行ったらしい。
そして今に至る――と。
ドンがその説明をしている間、物言いたげに黙って聞いていた彼は説明が終わった途端に切り出した。
「何故ロクな治療も出来ないガキを治癒士にした?まだその辺の大人を捕まえて来た方がマシだろうが。」
「んなこたねぇさ。この嬢ちゃんは上級貴族の娘で、それ以上に博識で患者にも慕われている。この嬢ちゃんがいなきゃ救え無かった命は山ほどあるんだ。あんまりうちの治癒士を悪く言わないで貰おうか。」
吐き捨てるように言った彼にドンが凄みのある顔で庇ってくれる。
「いいの。私の知識は聞きかじりとうろ覚えって言ったでしょ?本当に医療関係者が見たらすぐに止めたくなるレベルだと思うからさ。」
「ったって、スラムでは貴重な知識と人材だ。舐められてちゃならねぇ。」
「確かにここはスラムだが…闇医者くらいはいるだろうに。」
「闇医者は所詮闇医者だから腕も千差万別なのよ。おまけにぼったくりもいいところで、ほとんどのスラムの住人は医者にはかかれない。だから作られた診療所なんです。そこだけは分かって欲しいです。」
私が苦虫を噛み潰したような顔で言うと、そうか、無知ですまない。と、彼は意外にも素直に理解を示してくれた。
「だが…貴族の子ならば魔法が使えるだろう?それも魔力が多いだろうから潤沢に。それなのに何故治癒魔法を使わない?」
「すみません。そもそも治癒魔法という概念がありませんでした。私は家庭教師とかがつけられていた訳でも無く、お母様やお父様、乳母に勉強や魔法を教わっていたもので。」
治癒魔法か…あれは魔法だったんだ。みるみるうちに傷が塞がっていくのには驚いた。…でも、魔法なら私にも出来るかもしれない。
「あぁ…そういえばそうだったな。貴族はそもそも自分で治癒魔法を使ったりはしなかったか…専属の医者がいれば必要無いものな。」
「ええ。私は風邪も引いた事が無かったのでお医者様に会う機会もありませんでしたし。」
「それは実に健康体だな。ちなみにお前、名前は何と言う?子どもだという事と治癒魔法を知らなかった事を抜きで考えればお前の処置は概ね正しかった。」
「私はクオルフです。どうかよろしくお願いします。ご覧になった通り私じゃ危なっかしいのでちゃんとしたお医者様に診療所に来て頂けるとありがたいです。」
切実な問題に深々と頭を下げたら無言で見つめられた後にため息を吐かれた。
「…言っとくが俺はまだ決めた訳じゃ無いぞ!スラムのど真ん中にあるギャング運営の診療所で働くとか俺みたいな小心者には無理だ!」
「まあそうそう決心つくものではないわな。だがまあ、やっと見つけたまともな医者なんだ、こっちもそう簡単には諦められねぇ。」
「小心者には見えませんけどね。ほんとの小心者はギャングの頭にビビって一目散に逃げ出すか、大人しく従う物なのよ。」
「それは嬢ちゃんもだろ!肝っ玉が据わってやがる!」
「うむ。命に関わる事なので手加減無しで扱ったがクオルフは逃げなかったな。かといって大人しく従う訳でも無かったしな。」
「ぐぅ…」
彼にそっくりそのまま言い返されたけど、事実だから返す言葉も無い。
そうやって戯れている内に診療所を閉める時間が来て、玄関の札を下げてまた会議室へ戻る。ちなみにドンが来た時点で相変わらず客も患者もとっくに逃げている。
間もなく他のギャングの頭達もやって来て、会合が始まった。




