三
天気がいいということで庭でお茶をすることになった。
「さぁどうぞ」
「ありがとうございます」
お茶を受け取り飲む。
「美味しい」
笑みがこぼれる。そんな私を見て十和子さんも微笑む。
「外でお茶するのは初めてね。ずっとお庭の手入れをサボっちゃってたのよ。最近やっと手をつけね」
周りを見回してみる。
庭には沢山の花が植えられていて、小さな池もあった。ふと、生け垣に椿が植えられていることに気づく。
「十和子さん、あれって椿ですよね」
「あら、淒いわね葉月ちゃん。まだ花が咲いてないのに分かるのね」
十和子さんは何か思い出したように微笑む。
「あれね、律君が植えたのよ」
「えっ」
律、という言葉にビクりとなる。幸い私の反応に十和子さんは気付かず、言葉を続ける。
「十年くらい前かしら。いきなり律君が椿を育て始めてね。それまで植物になんて全く関心がなかったのに、何があったんだろうってビックリしたわ。結局理由は教えてくれなかったけど、今でもよく手入れに來るのよ」
そういえば、椿堂にある椿もたまに律が手入れしている。他は全くしないくせに、あれだけは。
「あぁ、そういえば、あの頃から律君少し変わったのよね」
「変わった?」
「それまでの律君って、全然人と関わろうとしなかったの。関わっても仕事の為」
「でも十和子さんは」
「私は父と結託して、あらゆる手で律君を連れ回してたからね。よく社交界とかに連れて行ってたのよ。律君って、一度深く関わると放って置けない性格でしょ? だから他の人達よりは関わりが深いのよ」
なるほど、律が何故かお偉いさんと関わりがあったのは、十和子さんのお陰だったのか。
「でも、やっぱりどこか壁はあったわ。関わってはくれるけど、自分からは決して関わろうとしない。少し目を離したら、どこかに行ってしまうんじゃないかって思っていたの。だけど、椿を育てるようになってから、律君から私達に関わってくれるようになったのよ。父が病床に伏せたときも、何度もお見舞いに来てくれた」
十和子さんは嬉しそうに笑う。
「何が彼を変えたのかは分からないけど、律君を変えてくれた何かにすごく感謝しているの」
十和子さんの言葉に、私も嬉しくなる。きっと、その出来事があったからこそ、私や太一は律に助けて貰えたのかもしれない。
「話が逸れてしまったわね。葉月ちゃん、私に何か用があったんでしょう?」
その言葉にハッとする。そういえば私、出かける予定があったかもしれないのに押しかけちゃったんだった。
「少しお話がしたかっただけなんですけど、十和子さん用事があったんですよね?」
申し訳なく言うと、十和子さんは首を振った。
「心配することないわ。だって私の用事は葉月ちゃんに会うことだったんだもの」
「え、私に?」
そういえば、用事はなくなったって言っていたような。
「律君に頼まれてね。最近様子がおかしいから、ちょっと話を聞いてきてほしいって」
ドキッとする。まさか律が十和子さんにそんなことお願いしていたなんて。
「ほんと、律君は葉月ちゃんのこと気に入ってるのね」
微笑む十和子さんに、顔が熱くなる。
なんだか嬉しい。律が私のことをそんなに気にしてくれていたなんて。
「もしかして、葉月ちゃんは律君との事で相談しに来たのかしら」
「はい……」
あ、だけどどう話そう。律の過去のことは流石に話しづらいし。それに、今一番どうにかしたいことは……
「実は、最近律とどう接したらいいのか分からないんです」
「あら、なにかあったの?」
「えっと、ひょんな事から律の過去のことを少し知ってしまって」
「なにか怖いことだったとか?」
「いえ、そうじゃないんですけど。えっと、律の大切な人とのことだったんですけど」
ゆりさんのことを思い出して胸がズキズキする。あぁ、まただ。
「その人のことを思い出すと、なんだか変な気分になるんです。胸が痛くなったりもするし。だけど、律と居るとドキドキして、違った変な気分になってしまうんです」
律を見るとドキドキする。声を聞くとソワソワする。触れられたら、恥ずかしくて逃げ出したくなるけど、嬉しいとも感じる。
「私、どうしちゃったんでしょうか? なにか病気にでもなったんでしょうか」
聞きながら十和子さんを見ると、まばたきをした後、ふふっと笑い出した。
「葉月ちゃん、本当に分からないの?」
「へ?」
予想外の言葉に、首を傾げる。すると、十和子さんはニコリと笑う。
「変な気分になったり、胸が痛くなってしまうのは、その大切な人に葉月ちゃんが嫉妬してるからだわ」
「し、嫉妬?」
「そうよ。だって、葉月ちゃんは律君のことが好きなんだもの」
十和子さんの言葉に、私の時間が止まる。
え、今なんて?
私が律のことを……
「あ、は、え?」
頭がこんがらがって、上手く言葉が纏まらない。そんな私に、十和子さんはクスッと笑った。
「律君と一緒に居るとドキドキしない?」
「あ、します」
「じゃあ、触れられたりしたら恥ずかしくなったりは?」
「それも、します」
「でも、嬉しくない?」
どんどん体が熱くなる。十和子さんの言葉に同意するたび、自分の気持ちが何なのか自覚していく。
「うれ、しいです」
そっか。ゆりさんのことで胸が痛んだのも、律とどう接したらいいか分からなくなってしまったのも、自分では気づいてなかったけど、私の中である感情が生まれていたから。
「私、律のことを好きになってたんですね」
言葉にした瞬間、弾けたように想いが溢れる。律が好きだって完璧に自覚してしまった。ドキドキと心臓が壊れるんじゃないかというほど高鳴る。
「謎は解けたようね」
笑う十和子さんに、恥ずかしくて私は顔を伏せた。
どうしよう。気づいた途端にどんどん感情が溢れてくる。律のこと思い出しただけで、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。今でこんなんじゃ、本人と会うなんて……
「どうしよう。気持ちが何なのかは分かったけど、ますます律とどう接したらいいか分からなくなっちゃった」
十和子さんに助けを求めるよう視線を向けると、彼女は困ったように眉を下げた。
「あらあら。悪化させてしまったみたいね」
「すみません……」
十和子さんは考え込み、なにか思いついたのかポンっと手を叩いた。
「そうだわ。いい考えがある」
「え?」
十和子さんはニッと笑い、私の手を握った。
「私に任せて」
なんだか楽しそうな表情の十和子さん。きっと律もこうやって連れ回されてたんだろうな。
私は嫌な予感を抱きつつも、頷くしか選択肢が思い浮かばなかった。




