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椿堂物語《完結》  作者: アレン
七章 想いと社交界
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 目の前に赤い池がある。私はその中央に立つ人影を見つめていた。

 影は二つ。髪の長い女と、赤髪の男。二人はお互いを愛しげに見つめている。

 私は池へ近づこうと足を踏み出す、が地面に張り付いたように動かない。


「ねぇ、私を見て!!」


 叫ぶと男がこちらに目を向けた。

 私を見てくれた。そう喜ぶが、次の瞬間絶望へと変わる。

 彼の私を見る目は氷のように冷たく、私を瞳に映してはいない。そして彼は口を開く。


「お前は誰だ?」



***************







「葉月姉ちゃん」


 体を揺すられハッとする。


「ねぇ、これどこにしまえばいいの?」


 本を掲げて見せてくる太一。


「あ、っと。それはあそこの二段目に入れといて」

「分かった」


 頷いて駆けていく太一を見ながらハァとため息をつく。

 いけない、ボーとしてた。それもこれも、ちょくちょく見るようになってしまった夢のせい。


 京都から帰って二ヶ月ちょっと。すっかり元の生活に戻っている。

 相変わらず依頼は猫探しだとか庭掃除の手伝い。それすらないときは、いつの間にか荒れる事務所の掃除をしている。


 チラッと部屋の奥に目を向ける。いつものところで、椅子に座って欠伸をしている律。私の視線に気づいたのかこちらに目線を向けてきたの

 で、バッと逸らして片付けを再開する。


 確かに元の生活には戻った。だけど、変わったこともある。

 私は、律のとこをまともに見ることが出来なくなってしまった。

 律を見て、心臓が壊れそうになるのは治らないし、どうしてそうなっているのかがハッキリ分からない。だから、なんとかしたいのにどうしようもできなくなっている。



 二人で黙々と片付けを続け、床が見えないほどあった本と資料の山を消すことができた。


「よし、こんなものかな」


 ふぅと息をつき、太一を目を合わせて笑う。毎回片付けるのが大変だから、常にこの状態を保ってほしいものだけど、片付けた後のこの達成感がなんとも言えないのが困ったところだ。


「疲れたでしょ。お茶にする?」

「あ、ちょっと今から……」


 時計を気にした様子に、あぁと気づく。そっか、もうそんな時間か。


「いいよ、行ってきな」

「うん!」


 太一は満面の笑みを浮かべ、急いで部屋から出ていく。と、ドアの手前で立ち止まってこちらに振り返った。


「暗くなる前に帰るね。お団子買って帰るから!」

「はぁい。鈴ちゃんによろしくね」

「うんっ。いってきます!」



 変わったことはもう一つ。鈴ちゃんが村を出て、美枝子さんの団子屋に住み込みで働くようになった。

 人手が足りないと言っていたのを思い出して、帰ってから鈴ちゃんのことを話したら、是非にと歓迎してくれ、先月こちらに越してきた。

 鈴ちゃんはすごく飲み込みが早く、大助かりだと美枝子さんには感謝された。今では団子屋の看板娘として街の人に大人気だ。


 そして、太一との仲も順調のようで、太一は毎日鈴ちゃんの仕事終わる頃に訪ねている。それに、鈴ちゃんと遊ぶようになってから、近所の子達とも仲良くなったみたいで、外へ遊びに行くことが多くなり、夕食のときには遊んだ話を楽しそうに話してくれる。

 保護者的な立場からいうと、子供が親離れしたみたいでちょっと寂しいけど、ちゃんと人間の友達ができ、人と関わるようになったことに安心している。



「うーん」


 凝り固まった体を伸ばしながら、次に何をしようかと考える。と、律がこちらをジッと見つめていることに気づく。


 ──ちょっと待て。今、この部屋って私と律の二人きりなんじゃないか?


 この二ヶ月、なるべく二人きりにならないように努めてたのに。流石にここで部屋を出ていくのは不自然すぎる。


「ど、どうしたの?」


 声が裏返らないよう気にしながら笑みを向ける。引き攣ってないかな、ちゃんと笑えてる?

 律は何も言わず、私を見つめたまま立ち上がった。えっ、と戸惑っている内に律は目の前まで来て、あっという間に逃げられないように本棚と律で挟まれてしまった。


「おい、何なんだお前」


 イラついた声にびくつく。睨む彼の目を真っ直ぐ見れない。


「な、何のこと?」


 俯きながら言うと、ぐいっと顎を掴まれ無理矢理持ち上げられ、必然的に律と真正面から見つめ合う形になる。


「いい加減にしろ。ふざけてんのか? なんか理由があるのかと放っておいたが、もう我慢ならねぇ」


 至近距離で見つめられて、心臓が飛び出るんじゃないかってくらい暴れる。怒鳴られて、睨まれて怖いはずなのに、ドキドキして、恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうだ。

 どうしよう。どうしたらいいの? 頭はパニックを起こしていて、なんて返事したらいいのか全く浮かばない。


 そんな私に、律はいっそうイラついたように舌打ちをする。


「妙な態度とりやがって。俺が何したってんだよ。言いたいことがあるんならハッキリ言いやがれ」

「あ、えっと。大したことじゃ、ない、から」

「なら理由を言え!」


 グッと引かれてますます距離が近くなる。強い瞳に真っ直ぐ見つめられて、心の底のモヤモヤしたもの全部引っ張り出されて、口から出てきてしまいそう。



『ゆり』って誰なの? あの子は律にとってなんなの? どうして、鬼を抑えてまで妖怪を追うの?



 今も、あの子のこと想ってるの……?




「律……」


 ガチャリと扉が開く音が、私の言葉に被さった。


「おぉ律。遊びに来たぞ……と」


 陽気な声と共に入ってきた蓮司は、私と律を見て固まる。そして私たちを交互に見つめ、ポリポリと頭を掻いた。


「あ……と。俺お邪魔だったかな?」


 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

 いやいや、そんなことない!


「ううん。蓮司、来てくれて助か……ブッ!」

「あぁ取り込み中だ。帰れ」


 律は私の言葉を無理矢理遮った。口をおさえる手をどけてやりたいのに、力負けして退かれられない。


「え、どっちなんだ?」


 戸惑いながら私たちを見る蓮司。すると、彼の後ろからピョコっと頭が出てきた。


「どうしたの蓮司。早く中に入ろうよ」

「あぁ千恵。それがな……」


 現れた千恵は私たちを見て目を丸くする。


「何してるの律! 葉月が可哀想じゃない!」

「千恵か」


 律の手の力が少し弱まる。私はすかさず手を振り払い、千恵の元に駆け寄った。


「あ、おい!!」

「千恵、外で話そ」

「えぇ?」


 戸惑う千恵の手を無理矢理引っ張って家を飛び出した。


 ──危なかった。もう少しでとんでもないことを口走ってしまうところだった。

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