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悪役令嬢をもう一度  作者: 流らいき
19/24

019.令嬢、魔法使いと会う

 新年が明け、私は8歳となった。

 この国では、生まれた翌年からみな一律に新年に歳を取る。

 だから私もリスティスも同じ8歳だ。

 予想に反して、私はお父様たちと共に再び王都へ訪れていた。

 そして到着早々、お父様と王宮へ出向くことになった。

 お父様と同じ馬車に乗るのは初めて。ヴィーの時には何回かあったけれど、やっぱりひどく緊張する。

 タウンハウスから王宮までは20分程度の距離とはいえ、どうにも息苦しい。従僕も侍女のクレアも同乗しているけれど、2人は役目に従って存在感を消しているからなおさらに息が詰まりそうだ。

 お父様は長い脚を組み、目を閉じている。

 お父様は銀の髪を耳に掛かる程度に切り揃えている。私とは違う癖のない髪は細く、光の加減では白にも見える。

 娘の私から見ても、美しく格好良い男性なのだけれど、いかんせんその雰囲気が恐ろしすぎる。

 何を言われるかといつもヒヤヒヤしてしまう。

 今だって、目を閉じているだけで眠っているわけではなさそうなので安心はできない。

 お母様はいったいいつも何をお父様と話されているのかしら。

「なんだ?」

 耳朶に響く低い声に胸が跳ねる。

 見過ぎたーーーッ!

「なんだと聞いている」

 お父様はいつの間にか目を開けていた。

 同じエメラルドの瞳でも、リスティスより幾分深い緑色をしている。何より、宿る熱がずっと低く冷たい。

「い、いいえ、何もございません」

 お父様の目線が怖くて、僅かに視線を落としていた。

 ああ、どうしてあんなに見てしまったのだろう。

 気づいてくださいと言っているようなものじゃないか。

「顔は上げていろ」

 ハッとしてお父様を見つめる。

「いついかなる時も顔を下げるな。堂々と振るまえ。ウーゼル殿下の側に身を置く以上、常に他者の目を意識し、いかなる時も隙を見せるな」

 生唾を飲み込んでいた。

 お父様から目を離してはいけないと思った。

「お前は母に似て容姿が良い。笑顔でも浮かべていれば大抵の者は認めるだろう」

 え?

 今、褒められました?

 じわじわと言葉が胸に浸透する。

 お母様に似ている?

 それはお父様から初めて頂いた言葉だった。

 全身に染み渡った時、満面の笑みを浮かべていた。

「はい、お父様」

 お父様は眉間に皺を寄せ視線を外してしまわれたけれど、気にならないくらい私は喜びに満たされていた。


 王宮にやって来たのは、ウーゼル王子様に会うためだった。

 今年から王立学校に入学されるウーゼル王子様が、出立の前に会いたいと連絡してきたのだそうだ。

 本当にギリギリだったようで、明日にはウーゼル王子様は出立されるらしい。

 私はあまり会いたくないのですが・・・。

「久し振りだね、ヴィヴィアン」

 ウーゼル王子様は、にっこりと人好きのする笑顔を浮かべていた。

 私もお父様に言われたとおり笑顔を浮かべる。

「ご無沙汰しております、ウーゼル王子様。ごきげん麗しく存じあげます」

「ああ、そうだね。君に会えて嬉しいよ」

 客室には、私とウーゼル王子様とクレアだけが残されていた。

 お父様はウーゼル王子様と挨拶だけされると、どこかに行ってしまわれた。

「ハーグリーブス侯爵は相変わらずだね。小言を忘れない」

 苦笑で返すしかない。

 ウーゼル王子様は「座って」と促し、しれっと私の隣に腰を下ろす。

 横に手をずらせばすぐに触れられる程度の距離だ。近すぎないだろうか?

 後ろに控えたクレアがあからさまな咳払いをしているのに、ウーゼル王子様は気にしない。

 仕方なくスカートの位置を直す素振りで横にずれた。

 ウーゼル王子様に体を向けると、微笑を浮かべられているのだけれど、何か言いたげにも見える。

「うん、まあ、今はいいさ」

 何が今なのだろう。

 今だけじゃなく、今後もないと言いたい。

「今日戻って来たのだってね。疲れているところ悪かったね」

 本当にそう思っているのなら呼び出さないでほしい。

「いいえ。ウーゼル王子様こそ、明日にご出立と伺いましたわ。お忙しかったのではありませんか?」

 お忙しいのでしょうから、わざわざ時間を取っていただく必要はないですよ。

「だからこそだよ。しばらくは戻って来られない。ヴィヴィアンと会えなくなってしまうじゃないか」

 いえいえ、会えなくて問題ございません。

「そのように思っていただきありがとうございます。ですが、ウーゼル王子様の貴重なお時間をちょうだいしてしまい申し訳ありませんわ」

 私の貴重な時間を返していただけますか?

「君のためならいくらでも時間を作るよ」

 いえ、私の時間は有限です。

「まあ、わたくし本気にしてしまいますわよ」

 冗談も休み休みにしてくださいませ。

「もちろん、本気にしてくれていいんだ。私は君に夢中だからね」

 夢中の意味違いますよね?

「そんなことおっしゃられて・・・。イグレーヌ様に申し訳がありませんわ」

 茶番もいい加減にしていただけませんかね。

「それは言わない約束だろう?」

 ウーゼル王子様は、魅惑的な微笑でアメジストの瞳で私を見つめ、内緒だと言うように唇に人差し指を当てられる。

 私は変わらぬ微笑を保てていたかわからない。

 しばらくお互いに笑顔で見つめ合った後、ウーゼル王子様はクスクスと笑い出された。

「ふふっ。ヴィヴィアン、顔が引き攣っていたよ? まだまだだね。それにイグレーヌの名前は禁止だよ。君は私の恋人なのだから」

 そうなのだ。

 私は、今、ウーゼル王子様の恋人ということになっている。

 もちろん本当ではない。

 ウーゼル王子様の婚約者は、正式にイグレーヌ様と決まっている。

 それなのに、ウーゼル王子様の想い人として私の名前が知れ渡っているらしい。

 まあ、お父様たちが故意に流した噂なのだけれど。

 お父様はすでに私を囮にするための準備を進めており、イグレーヌ様より私を目立たせようとしているらしい。

 悪意の矛先を私に向けるために。

 どうしてこうなったのかしら。

「君は乗り気じゃないみたいだけれど、私としては本当にしてもいいと思っているんだ。ん? その顔は信じていないね」

 それはまあ12歳の想い人が8歳って大丈夫なの? って思うし。

「ええ、正直に申し上げて正気を疑っておりますわ」

 表情が引き攣っていたとしても仕方がない。

 本気で正気を疑っている。

「そうかい? でも私が君を気に入っているのは本当だよ。その才能を買っている。それにヴィヴィアンは可愛い。将来は侯爵夫人に似て美人になること間違いなしだ」

 ウーゼル王子様は肉食獣を思わせる視線で捕らえ、不遜な微笑を浮かべた。

「つまり、君は私のものになるべきなんだよ」

 ウーゼル王子様ってこんなに肉食系だったのですね・・・。

 私は眉をひそめた。

「ウーゼル王子様。評価いただきありがたいのですが、わたくしにその意思はございません。父からもきつく言い含められておりますの」

 けれど、ウーゼル王子様の態度は変わらない。

 不敵な笑みで宣戦布告された。

「なに、君が成人するまで8年もあるんだ。じっくりいかせてもらうよ。それに、表向きは君は私の恋人だ。そのうち嘘か真かわからなくしてあげるよ」

 獰猛な獣が舌舐めずりしている錯覚が見える気がした。

 負けそうになる意思を奮い立たせて、挑むように視線を外さない。

 負けるもんか! こっちは命がかかっているんだから!

 しばらく睨み合うように見つめ合ったところで、ウーゼル王子様はふっと柔らかな笑みに戻される。

「それはそうと、そのウーゼル王子様っていうの止めてくれないか? ウーゼル・・・いやユーサーと呼んでほしいな」

 確かに、親しげに振る舞うならばそのほうが良いかもしれない。

 いつまでも睨んでいても建設的ではないのでここらで私もやめよう。

「わかりました。では、ウーゼル様とお呼びさせていただきますわ」

「ユーサーだよ」

「いえ、ウーゼル様で。それでは、わたくしのこともヴィヴィとお呼びくださいませ」

 ウーゼル王子様・・・ウーゼル様は、ため息をつく。

「君、意外と頑固だよね。でも必ず呼ばせてみせるよ。後悔しても知らないよ、ヴィヴィ」

 私もついため息をこぼす。

「ウーゼル様ほどではありませんわ」

 それにしても、クローディン王子様とは全然違うのね。

 クローディン王子様はもっと単純な方だったわ。

 前途多難だわ・・・。


 ウーゼル様の案内で、私たちは王城へ移動した。

 王子様に案内を頼むなんて恐れ多いことなのだけれど、快諾いただいたのでお願いしている。

 もちろん、無条件ではなかったけれど。

 王宮は王族の方々の住まいであり、賓客のための客室だ。

 王族の方の私的なお茶会や、先ほどのような私的な来客の応対は王宮で行われている。

 一方、王城は国政の場だ。日常的な国務や公式行事などが執り行われる。お父様の仕事場でもある。そして、一般的な客室がある。

 ウーゼル様に案内いただいているのは、明日までここに滞在しているある方を紹介いただくためだった。

 やっとこの時が来た。

 やっと、マスター・マーリンと会う時が来たのだ。

 事前にフェイを通じて約束を取り付けていたのだけれど、ウーゼル様の教師をされていた経緯もあり、ご紹介いただくことになった。

 ウーゼル様が扉をノックすると、高くも低くもない声が返ってくる。

 室内に入るとそこにはいかにも魔法使いという出で立ち――灰色のローブに、長い杖を持った老人が立っていた。

「お待ちしておりました」

 彼こそマスター・マーリンだった。

 ヴィーの記憶と寸分と違わないのは、すでに高齢だからなのだろうか。

 顔には皺があり歳を取っていることがわかるのだけれど、いったい何歳なのかはわからない。そしてその背筋は伸び、声は若い。

「マーリン。時間を取らせて申し訳ない。彼女がハーグリーブス侯爵家のヴィヴィアン令嬢だ。ヴィヴィアン、彼はマーリン。王立学校の教師にして私の師匠だ」

「初めてお目にかかります。ハーグリーブス侯爵が娘、ヴィヴィアンと申します」

 ウーゼル様の紹介に合わせ、スカートを引いて礼を取る。

「これはこれは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。殿下の師匠になった覚えはありませんが、私がマーリンです。噂のご令嬢を殿下自らご紹介いただけるとは役得ですね」

 マスター・マーリンは軽い調子で返答する。

 ヴィーの時は、授業くらいしか関わりがなかったので、それほど人となりを知っていたわけではなかったのだけれど、こんな感じの人だったのだろうか。

 相対するウーゼル様も同様に軽い。

「はは。光栄に思ってもらっていいよ。私の可愛い人だからね」

「ウーゼル様!」

 合わせて照れたように咎める声を上げてみる。

 嬉しそうな微笑みを返されるのだけれど、どことなくいたずらが成功した笑みに見えなくもない。

 そんな子供のやり取りを見守るマスター・マーリンは、ただの好々爺にしか見えない。

「ウーゼル様」

 時間もあまりないので、予定通りさっさと退出願いたい。

 その意思は伝わったようだ。

「さて、お互い時間もあまりないことだし、私はこれで退散するよ。可愛い人の機嫌を損ねたくないからね。じゃあ、マーリンあとはよろしく頼むよ」

「ええ、任されましょう」

「ヴィヴィ、帰る前にもう一度私を訪ねてね。約束だよ」

「承知いたしましたわ」

 ウーゼル様はさっと私の手を取って口付けると、すぐに離して扉に向かった。

 クレアにも頷きをもって退出を促す。

 クレアはとある物を私に渡すと、渋々部屋を出てくれた。

 マスター・マーリンは、無害そうな顔で私と向き合う。

「人払いされ、この老人にどのような話ですか?」

 私はクレアから渡された袋から魔道具を取り出した。

「それは?」

「マーリン様。他言無用でお願いしたいのですが、これは音を外に漏らさない効果のある魔道具です。これを使って話をさせてくださいませ」

 マスター・マーリンは目を細める。

 そんな効果の魔道具は私が知る限り存在していない。これは私が知識チートを活かして作った新しい魔道具だ。

「見せてもらっても?」

「はい」

 1つを渡し、もう1つ同じものを袋から取り出し補足を加える。

「これは同じものを4つ使い、その囲まれた空間の音を外に漏らさないものです」

「これをどこで?」

 私は一旦口を閉ざす。

「話はこの魔道具を使ってからでよろしいでしょうか?」

 マスター・マーリンは、もう一度魔道具を確かめ頷く。

「いいでしょう」

 マスター・マーリンから魔道具を受け取り、促されたソファの周囲に魔道具を配置した。スイッチを入れる。魔道具から不可視の膜が発生しているはずだ。

 マスター・マーリンの視線は魔道具からその膜を追うように動く。

 フェイの師匠というだけあり、魔力の流れが見えるからだろうか。

「なるほど、この膜が音を遮るのですか」

「はい。と言ってもわたくしには見えないのですが、そういうイメージで作りました」

 マスター・マーリンは魔道具から私へ視線を移した。その視線は鋭い。

「あなたが作ったのですか」

「はい。そのとおりですわ」

 魔道具1つ1つから音を遮る膜を伸ばす。4つの魔道具はそれぞれ対局にある魔道具を目指し斜め上方向へ向かって曲線を描き、左右に配置された魔道具に直線上に膜を伸ばす。完成形のイメージとしてはテントが近いだろう。

「マーリン様。あなたにお伺いしたいことがいくつかあります。ですが、あなたにはそれに答える義理はないでしょう。ですので、わたくしとしてはせめてもの誠意としてこちらの手札をお見せしたいと思います」

 マスター・マーリンは、瞬きとともに視線の鋭さを消された。

「なるほど。あなたはまだ若い。幼いと言っていい年頃なのに随分と現実的な思考をされる。殿下が気に入るわけですね。いいでしょう。見せていただけますか」

 唇を舐め、生唾を飲み込む。

 ここからが勝負ね。

「この魔道具は、わたくしが1人で作りました。わたくしは魔法陣を読み解くことができます。新しい魔法陣を作る知識があります。

 これをご覧ください。これはこの魔道具に使っている魔法陣と同じものです。この魔法陣は《遮音膜》と表しています」

 マスター・マーリンは、魔法陣が描かれた紙を受け取り確認している。

 紙には、《遮音膜》の3文字が印鑑のように円内に横に延びた形で収まっている。

 その表情からは感情を窺い知ることは難しかった。

「この他にも、水をお湯に変える《加温》、温かな風を発生させる《温風》、一定の温もりを維持する《定温》などを製作いたしました」

 こうして挙げると、温める系ばかりね。真冬に作っていたのだから仕方ない。

「この知識は、誰かに教えを受けたものではありません。わたくしが生まれ持ったものなのです」

「生まれ持った・・・」

 マスター・マーリンは、驚くこともなく、慎重に真実を見極めているようだった。

「1つお伺いさせていただきます。コミナミ(・・・・)の名に聞き覚えはありますでしょうか」

 マスター・マーリンの表情はやはり変わることはない。

「古南ですか? さて?」

 でも、それで十分だった。

「ええ、古南(・・)です。マーリン様、あなたはこの名をご存知のはずですわ。そうでなければ、わたくしたちの言語から外れた、日本人ですら言い難いその名前を1度聞いただけで発音できるわけがありませんもの」

 マスター・マーリンはゆっくりと瞬きをした。

「なるほどなるほど。言われる通りですね」

 フフッと小さく笑ったらしい。

「白状しましょう。古南を知っていますよ」

 やった!

 思わずガッツポーズを取りそうになるのをこらえる。

「マーリン様。わたくしがあなたにお会いしたかったのは、コミナミさんからあなたのことを聞いていたからなのです。

 わたくしの前世は日本人でした。そしてその時、コミナミさんと出会ったのです」

 マスター・マーリンは、瞬きを繰り返す。

 パチパチ。パチパチ。と。

 あれ?

「ゼンセ?」

 あれ?


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