番外編 ✾ 何者
「まぁ?わたくしってば耳が悪くなってしまったかもしれませんわ!先程断った話題をもう一度持ちかけるなんてそんな愚かで失礼なことなさるわけないですもの!」
口元にだけは笑顔を浮かべるとエリカはたじろぐ令嬢達を冷たく見据えた。スカートをふわりと持ち上げて会釈すると「話が終わったのなら失礼しますわ」と言い放って通り過ぎる。
本当に、鬱陶しったらありはしない。角を曲がると鬱憤ごと吐き出すようにため息を付いた。
「ヘザー様とアモネちゃんに何があったかなんて私達が喋るわけ無いですって何度言えば分かるのでしょうね」
横を歩くウィンがぽつりと呟く。
「本当にね」うんざりした顔でエリカが返した。
先日のヘザーと劣等生のいざこざと謎の友好関係についてはエリカこそが聞きたいことだろう。
アモネとかいう頭の悪い貧乏男爵の娘とどう仲良くなるっていうのか。
あの頭のおかしい男子生徒と組んで2000点を取った挙げ句、「僕達最高のダッグでしたね!」と吐き気のするような爽やかな笑顔で握手を求められた時の不快感はエリカにとってはたまったことはない。
仲が悪かったといえばヘザーだって同じなはずだ。同性異性うんぬんを除いても、自分たち以上に関係はギスギスしていた。
ウィンがどう思っているのかは分からない。笑顔でアモネと話したり、勉強したりといった有り様だ。アモネもかなり心をひらいている。
そして、実はこれはかなり異常だ。
ウィンは普段めったに心を開かない。ここ最近のウィンは他人に優しすぎる。特にアモネには群を抜いて優しい。試験でのペアとだって、それをきっかけに話すようになった。
入学当初ヘザーに馴れ馴れしく話すものに片っ端から牽制をいれていたのはエリカではなくウィンだった。
そう思えば変わったのはいつだろうか。ウィンは元々ヘザーを〈お嬢様〉と読んでいたはずだ。いつからヘザー様と呼ぶようになっただろうか。
部屋に変えると日記を何冊か引き抜いた。たしかウィンはこの学園に入るタイミングで付くようになったはず。そして、ここ一年のことではない。ならばニ年辺りだろう。
日記をパラパラと捲るも、書いてあるのは授業から思いついた応用内容や新しい魔法のアイデア、せいぜい話した人や危険人物が書いてあればいいほうだ。
「まぁ、そう簡単にはいかないわよね」
エリカはふぅ、とため息を付く。
パチリと指を鳴らすと魔法で日記を片付け、部屋を出てエリカ達三人の共有スペースとなっている部屋に戻る。
机に頭を押し付けるように勉強道具を広げながら眠るウィンを見つけたエリカは、クスリと笑ってウィンの頭を撫でた。
「わたくしは今のウィンのほうが好きですけど」
インクがつかないようにとペン立てに羽ペンをもどしてインク壺を閉じてあげる。魔導書をどかしてやろうとエリカが持ち上げると、その下から小さな本が出てくるではないか。
――日記。
ハッと息を呑んだ。
こんな奇跡があっていいだろうか。エリカは頬を紅潮させて素早く日記を捲る。
めくった瞬間エリカは眉をひそめた。
そこらじゅう造語で溢れている。文体や語彙だって、ウィンが普段使うものではない。
――10月3日。ヘザー様が尊い!朝から勉強してる!授業中にあくびしそうになってたのめっちゃかわいい!!ちゃんと寝てね!ウィンに生まれてよかった〜
――12月23日。そろそろクリスマスだねっ!ヘザー様には何あげたらいいかなってエリカパイセンに聞いたら「しるか。」くぅーかっけー。夜に星見てたら雪が鼻についてびくってなってたヘザー様可愛すぎる!めっちゃ栄養♡
――3月12日。既にめっちゃ春で草。例の花畑モネっちが育ててるんだよね〜。聖地巡礼で草。花畑だけに?シオン様の存在原作にはなかったやーん!!私ですら今日まで知らなかったんですけど?転オリが神で笑える。ヘザー様が口の周りについたドレッシング舐めてるのえっっすぎないか。最高だぜ☆
――4月15日。はぁ!?ペアがところどころ変わってるんですけど!!それにお前アモヘザに関与すんなし!!まぁ仲いいから許す!てえてえ〜!ヘザー様って、原作よりどうなってるんだろう。原作より表情柔らかい気もするし、突然暴走したのは原作にはなかった。やっぱあいつ
パッと手元から日記が消える。同時に自分が自室にいることに、エリカは気がつく。
「ひっ」
ぶわりと鳥肌がたち、掠れるような小さな声がエリカの喉から漏れた。
すぐさま先程までいたはずの部屋に出ると、小走りで走る音とガチャリという施錠音、そして椅子にかけられたブランケットだけが残されていた。
エリカは目を鋭くして今しがた閉じた扉を見据える。
空間移動。その画期的な使いやすさと誤った時の凶暴性から〝地獄の旅〟の二つ名が付く、高度な無属性魔術だ。
細かい現在地と転送先の座標を計算し、必要なだけの魔力を込めなければならない。その難易度から事故、死亡例が多発し、今では法律で禁止されている。懲役25年だ。
それを、もし、もしもだ。ウィンが、つかったとする。しかも、集中していたとはいえすぐ側にいるエリカに詠唱を聞かれずにやってのけたとする。
だとしたら。
もしかしたら。
「あなたは……」
――何者なの?




