24.元勇者と神の日常
エターナルから神、勇者、魔王がいなくなってから5年が過ぎた。私たちは田舎に引っ越して、のんびりと暮らしている。誰も私たちが勇者だと知らない場所で……。
「洗濯日和~!」
今日もいい天気で、私は洗濯ものを干し終わると、ぐっと伸びをして庭で猫と遊んでいる子どもたちに声をかけた。
「アンズ、マッシュ。お父さんは?」
4歳のお姉さんがアンズで、2歳の弟がマッシュだ。二人は顔を上げると、一斉に庭の隅にある木を指さす。
「お父さん、アレンで遊んでる~」
しっかりもののアンズに教えてもらい視線を向けると、アレンにもたれかかっているジェイドがいた。遠目でもしっかり手で毛並みを堪能しているのがわかる。私はゆっくり近づいて、うっとりした顔でもふもふを堪能しているジェイドに呆れた顔を向けた。
「ジェイド……あんまりアレンの毛並みを触ると、禿げるよ」
「ヒスイ、邪魔しないでください。それにアレンの毛並みは責任を持って整えているので、禿げたりしません」
私はアレンを枕にして寝ているジェイドの隣に座った。ジェイドは拗ねたのか、ムッとした顔をして私に背を向ける。私はおかしくてクスクス笑えば、アレンも喜んでしっぽを振っていた。拗ねたジェイドのさらさら髪で遊んでいると、拗ねることに飽きたのかごろりとこちらに体を向ける。
「平和で、眠くなります……子どもって、なんであんなに元気なんですかね」
私が洗濯をしている間、ジェイドは子どもたちと遊んでくれていたのだろう。元勇者なのに、子どもと遊んだぐらいで疲れている。
「ジェイドが年取ったんじゃないの~?」
「ほう。今から君と一戦交えることくらいできますよ?」
「冗談よ」
私はジェイドの顔にかかっている髪をはらい、微笑みかけた。この5年、本当に世界は平和になった。小さな争いが全てなくなることは難しいけれど、国同士の戦争はないし、エターナル全体が平和を考えて実行しようとしている。それだけ、アークの言葉は影響力があったんだ。
私がジェイドの左隣で風に吹かれながら子供たちを見ていると、黒猫が二人の間から飛び出して駆け寄って来た。もう遊びは終わりとでも言いたそうな顔で、私の膝の上に乗って来る。
「アーク、ありがとう」
私は甘えてきたアークの頭を撫でる。アークは嬉しそうに喉を鳴らし、膝の上で丸くなった。だらーんとしているアークを、ジェイドは羨ましそうに見ている。
「いいですね、アークは。ヒスイに昼間から甘えられるんですから」
「ジェイド……何嫉妬してるの。アークは女の子よ?」
「関係ありませんよ。その、マスターは私のものと言いたそうな顔が嫌なんです」
そう。この黒猫はアークだった。あれから半年後、突然家に黒猫がやってきた。野良猫のわりにはこぎれいで、アレンも吠えないから保護するために家の中に入れてあげた。そして、ぼわんっと煙が出たと思えば、人になったんだ……。
「マスター! やっと会えましたね!」
手を広げて私の胸に飛び込んでくるアーク。抱きかかえられる大きさで、5歳くらいの子どもの姿をしていた。フリルが多くて可愛いピンクのワンピースを着ている
「なっ、誰ですか!?」
突然のことにジェイドも驚き、敵かと戦闘態勢を取る。
「私です。アークです!」
丸い目は金色で、ほんのり赤いほっぺはやわらかそう。声もアークより高くて、子どもっぽかった。そして何より。
「あ、あ……猫耳としっぽがある!」
私は鼻血が出ないように鼻を押さえ、首根っこに腕を回して抱き着いているアークを片腕で抱きしめた。このエターナルに獣人はいない。見たことのない姿に、ジェイドはあんぐり口を開けていた。
「はい! マスターが猫耳幼女は素晴らしいとお話されていたのを思い出したので、この姿にしました!」
「え、ちょっと、それ前世の話よ!?」
驚愕の言葉がかわいいアークの口から出てきて、私は慌てて小さな口を塞ぐ。あ、いけないことをしているみたいな絵になった。こちらに向けられるジェイドの視線が冷たい。
「ヒスイ……猫耳幼女って、どういうことですか? まさか、前世は男?」
「ち、違うわ! 女だって言ったじゃない! ただちょっと、オタク趣味があったというか、RPGとか獣人が好きだったというか! あ、ほら、ジェイドも動物好きでしょ? それと同じで」
「ただの猫と、猫耳がついた幼女は違います」
ばっさりと切り捨てられ、私は心に深い傷を負った。まさかこんなところで前世の恥ずかしい趣味がばれるなんて、穴を掘って埋まりたい。
「マスター! これでずっと一緒にいられますね」
「わ、わかった。わかったから、人がいる時は猫の姿でね!」
「はい!」
アークは大変聞き分けがよく、すぐに元の黒猫に戻った。それを見たジェイドが誘われるようにふらっと足を前に出したので、私は急いでアークを抱き上げる。
「ジェイド……猫ちゃんだけど、中身はアークだからね。アレンのように好き放題触ったら、セクハラだから!」
「うっ……なんという拷問ですか。しかたありません……アレンで我慢します」
そう悔しそうに言った瞬間、アレンがぞわっと震えたのを私は見逃さなかった。アレンがストレスで禿げないように、私がもふもふを管理しないといけないと誓った瞬間だった……。
そんなことがあって、今ではすっかり家族の一員になったアークだ。ジェイドはたまにアークの頭を撫でさせてもらっているようで、関係は悪くない。たまにしょうもないことで喧嘩しているけど。
私はアークを撫でながら、面白くなさそうなジェイドに顔を寄せる。
「わがままなんだから……今はこれで我慢してね」
駄々をこねる子どもを宥めるような気持ちになりつつ、私はジェイドの頬に軽くキスをした。アレンは空気を読んで見ないようにしてくれ、アークは対抗意識を燃やして唸る。
「あ、ママとパパがラブラブしてる~!」
「僕もいれて~!」
「アンズ、どこでそんな言葉知ったの!?」
「友達が言ってた~」
わいわいと騒ぎながら、二人は私たちの間に割り込んできて、アレンを枕にして寝転んだ。ふふふと笑い合って、アレンの体に顔をうずめたりジェイドにちょっかいを出したりしている。その姿を見ていると、幸せだとつくづく思う。
「じゃあ、私も寝よっと」
アンズの隣に私も横になり、アレンの温かさを感じる。呼吸に合わせて体が上下していて、その振動が心地よい。アークはちゃっかり私の腕の中に潜り込んできて、ゴロゴロと喉を鳴らした。
子どもの声に耳を傾けながら空を眺めると、風が吹いて木の葉が揺れる。草の香りがして、穏やかな気分になった。
(なんて幸せなんだろ……)
いつの間にか子どもたちは寝息を立てていて、アークも深い眠りの中。ジェイドも寝たかなと視線を上げると、ジェイドと目が合った。紺青の髪が光を受けて艶めき、頬へとこぼれ落ちている。その絹糸のような髪にヒスイのピアスが抱かれていた。私の左耳にあるピアスも、きっとジェイドには見えている。
(ジェイドと出会えて、よかった……)
何気ない日常を一緒に過ごせることが何よりも嬉しくて、何度も救われた。無意識に笑みが零れていて、破壊力のある微笑が返って来る。
「ヒスイ」
甘く優しい声。もうジェイドがいない生活なんて考えられなくて、ジェイドは私の家族で、私の一部になっていた。
「愛していますよ」
そんな彼に本気で囁かれたら、顔を真っ赤にするしかない。愛していいのか、愛されていいのか迷った時もある。失った仲間への罪悪感もあった。それでも今は、幸せになることが、生かしてくれたみんなへの感謝の気持ちだと思う。だから……。
「ジェイド……私も愛してるわ」
今はこうやって、自分の気持ちを素直に伝えることができる。頬を赤らめ言葉を返せば、ジェイドはとろけるような満面の笑みを浮かべた。そのずるい顔に胸が高鳴って、なんだか悔しくて顔をもとに戻す。風がすこしひんやりして、心地よかった。
おだやかに、ゆっくりと時間が過ぎていく。傷は少しずつ癒され、幸せが増えていく。それはジェイドと、支えてくれるみんなのおかげで。
「……ありがと」
私は小さく呟くと、瞼を閉じた。家族のぬくもりを感じながら。
Fin.
ここまでお読みくださりありがとうございました! 8割がた重たい話でしたが、最後は後味ほの甘くなりましたかね(*´ω`*) 読んでくださった方、企画に参加してくださった方、ありがとうございました!




