第五十譚 夢と信頼と謁見と
ナファセロ達との語らいは翌朝まで続いた。
気付けば、空に太陽が昇り始めていて、寝るということそのものを忘れて話し込んでしまっていた。
俺達は互いに顔を見合わせ、こんなにも話し込んでいたのが可笑しくて仕方がなくて、三人で大きく笑った。
そのまま俺達は後ろに倒れ込み、忘れていた疲れが睡魔へと変わり、意識を手放した。
□■□■□
何かから逃げるよう、全力で森の中を走っている。
なんで俺は走ってるんだっけ。
こんなに急いで、何から逃げてるんだろう。
体が自由に動かない。
まるで、一つの映像を見せられているかのような、大スクリーンで映画を見せられているようなそんな感覚だ。
寒いとも、暑いとも感じない。
確かに俺は肩で息をしているのに、苦しいとか疲れているとかも感じない。
本当に不思議な感覚だ。
辺りからは火の手が上がり、何十人もの叫び声が聞こえてくる。
助けて、熱い、痛い、苦しい。
耳の中に入ってくる悲痛の叫びを無視して、俺は走っている。
なんで助けないんだ? 俺は何してるんだ?
止まれ、止まれよ。
言葉を発したくても発することが出来ない。
ただただ前を向いて、前だけを見て走っている。
止まれ、止まれって、振り返って助けろ。
そんな俺の想いが通じたのか、俺の視線は後ろに向いた。
そこに映った光景は、一言で表すなら地獄。
燃え盛る炎の中で焼かれる人達。一人の人間が、何の武器も使わずに人間達を虐殺していく光景。
女子供関係なしに、胸を抉り、頭を捥ぎ、四肢を剥ぐ。
それを作業のように平気で行う人間に、俺は恐怖を覚えた。
いや、人間じゃない。あれは、悪魔。むしろ、悪魔と一緒にするのもおこがましいほど、邪悪で危険だと感じた。
――……ま――
しばらくの間足を止めていた俺の体は、怯えるようにまた走り出した。
――ア……さま――
聞こえてくる悲鳴に耳を塞ぎ、走った。
なんで逃げるんだ。逃げるなよ。戦え、戦えよ。
そこで逃げたら、勇者なんて――
「アル様!」
「――っ!?」
俺はその声に反応して飛び起きる。
「……こ、ここは? エルフィリム……?」
「大丈夫ですか? 酷くうなされていたようですが……」
セレーネが心配そうに問いかけてくる。
「……あ、ああ。大丈夫、うん。大丈夫だ」
さっきのは……夢、か?
こんな時に嫌な夢見ちゃったな……。
「汗も凄いですし……嫌な夢でも見てしまったのですか?」
「ああ。でも……夢ってよりは大分リアルだったような……」
確かに、夢だ。夢だと思えば体が動かなかったり、寒いとか暑いとかの感覚がなかったのも納得できる。
でも、それ以外は妙にリアルだったような……まるで、俺が体験したことがあるかのような……。
「少しだけ、じっとしていてください」
そう言ったセレーネは、道具袋からきれいな布を取り出して、俺の顔に当てた。
「汗、拭いますから」
「……ありがとう」
しかし、セレーネは何かを思い出したかのように、布から手を放し、自らの手を掴んだ。
「……せ、セレーネ?」
「ご、ごめんなさい。私、今肩が上がらなくて……ごめんなさい」
セレーネは困ったように笑うが、どこか無理をしているように感じた。
「なあ、何か無理してないか?」
俺がそう問いかけても、セレーネは首を横に振って「いいえ」と微笑むだけ。
またこれだ。
セレーネは何も言ってくれないんだ。
困ってるとか、悩みがあるとか。そう言った事を一度も聞いた事がない。
弱音だって彼女は言わない。
「セレーネ、あの――」
「本当に何でもないんです。本当に……」
なんで、セレーネは言ってくれないんだろう。
そんなに俺が信用できないのか? それとも心配かけるからって事なのか?
セレーネは俺の事を支えてくれるって言ってくれた。勿論、それは嬉しいし、実際に支えてもらってると思う。
でも、それは何か違うだろ。
仲間ってのは、支え、助け合うんじゃないのか……? 一方的に支え続けられるのは違うだろ……。
「そういえば、ジオさんから伝言を預かっていました。日が暮れたら謁見の間に来るように、と」
「……そっか、わかった」
考えだしたらきりがない。
きっと、今のセレーネに聞いても何も教えてはくれないだろう。
なら、教えてくれるようになるまで待つだけだ。
だから今は違う事を考えよう。
「……って、もう日が暮れてるっていうか夜……だよな?」
「……夜ですね」
「なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!?」
「ごめんなさい!!」
俺達は謁見の間に急いで向かった。
□■□■□
謁見の間前に着いた俺とセレーネは、兵士に連れられて中に入る。
「アルヴェリオ様が参られました」
中に入ると、そこは懐かしい奥行きのある間で、長く赤いカーペットが女王のもとにまで続いていた。
俺達は申し訳なさそうにカーペットの上を歩く。
カーペットの両脇には、偉そうな服装を着た妖精族がズラッと並んでいて無駄に緊張感がある。
女王のもとまで歩いた俺達は、片膝をついて頭を垂れた。
「頭をお上げください、アルヴェリオ様。貴方は我々妖精族の英雄なのですから」
俺はスッと頭を上げ、女王と視線を合わせる。
「いえ、俺だけの力ではないので英雄と呼ばれるのは違うと思います」
「それは何故ですか?」
「確かに、一般の兵士達と比べたら戦果は大きいかもしれません。ですが、共に戦ったグラジオラス王子にこそ、英雄の称号が相応しい――と、俺は思います」
その言葉を聞いた女王は、クスッと微笑んだ。
「……やはり、グラジオラスが言っていた通りの御方ですね。どことなく雰囲気もあの御方にそっくりです」
「あの御方……ですか?」
「勇者リヴェリア。ご存知ですか?」
女王の放った言葉に、辺りはざわついた。
「女王陛下! 奴は勇者ではありません! 我々の敵、聖王なのですぞ!」
側近の一人が女王に向かって声を上げた。
しかし、女王は首を横に振りながら否定した。
「いいえ、それは違います。聖王はあの御方の偽者……あなた方もよくわかっているはずです。あの御方は見ず知らずの我々妖精族を救って下さった。そのような御方が聖王の筈ないと」
女王に続くように一人、また一人と側近達がその言葉を肯定した。
俺はその光景に、胸が熱くなっていくのを感じた。
五十年経った今でも、こうして信じてくれている者もいたんだ、と。
「……話がずれてしまいましたね。先程の通り、見ず知らずの私達を救って下さった貴方には、お礼がしたいのです」
「お礼なんて受け取れません。俺はただ、自分が後悔しないように戦っただけですから……!」
「いいえ、それでも救って下さったことには変わりありません。なので、感謝の印としてこれを」
そう言って手渡されたのは、銀色に輝く不思議な首飾り。
「それは“妖精族の首飾り”。それがあれば、貴方を死から守ってくれるでしょう」
「死から守る……」
「そして、もう一つ。貴方が何かに困った際、我々妖精族は貴方の力となる事を約束しましょう」
女王はその言葉と共に立ち上がり、手を差し伸べてきた。
俺はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「我々は敬意を表して、貴方をこう呼びましょう――」
女王の口がゆっくりと開かれ、次の瞬間に歓声が沸いた。
「勇者アルヴェリオと!」
俺は少しだけ照れくさかったものの、再誕の勇者でよくないか、なんて事を思った。
でも、そう呼ばれることがとても懐かしく思えた。




