第四十七譚 畔の決闘
「アタシと決闘しろ」
冷たい風と共に、彼女の言葉が耳に入ってくる。
「……は?」
俺は思わず聞き返した。
アザレアがアザレアじゃないような、まるで別人のような口調と声音。
彼女が本当に言ったのか、信じられなかったためだ。
「決闘だ、アルヴェリオ・エンデミアン。いや――」
そう言いながら、アザレアは瞳を閉じる。
言葉を途中で切り、ゆっくりと瞳を開けながら言葉を紡いだ。
「リヴェリア・エアズ・レ二ヴァン」
俺は一瞬だけ、背筋が凍るような悪寒を感じる。
彼女から放たれる殺気や負の感情が伝わってくる。
「は……?」
「テメエはリヴェリアなんだろ?」
周囲の空気が一段と悪くなる。
さっきまで感じていた殺気や負の感情も、より一層強くなっているのがわかる。
「見損なったぜ。昔のテメエはそんなことする奴じゃなかったのによ……!」
「昔……? ちょっと待て! お前、昔のリヴェリアを知ってるのか!?」
「決闘に勝てたら教えてやる」
アザレアは胸の前に杖を構え、戦闘準備を整えた。
ちょっと待て、待ってくれ。
俺はこいつを知らない。五十年前にこいつとは会った事もない。
だってこいつは俺が死んでから生まれたんだろ?
なのになんでこいつが俺の事を知ってる?
リヴェリアがどんな人間だったか知ってる奴は限られている。
共に戦った仲間達、冒険の途中に出会った友。
その連中の中にこいつは含まれない。
なのになんで――
いや、待て。違う、そうじゃない。そもそも、そもそもだ。
なんでこいつは俺の事がリヴェリアだってわかったんだ?
「さっさと構えろよ、それとも逃げるのか?」
「……勝ったら教えてくれるんだろうな?」
「勝てたら、な?」
俺は一度深呼吸をし、自分を落ち着かせた。
今は深く考えるな。
勝てば教えてもらえる。勝てばいいんだ、勝てば。
長剣を抜いた俺は、浅い姿勢で構える。
「相手より先に一撃決めた奴の勝ち、そういうルールでいいよな?」
「ああ、問題ない」
俺とアザレアは互いに向き合い、開始のタイミングを狙う。
大樹から落ちてきたと思われる葉が、俺達の目の前で舞い落ちていく。
その葉がフェアリーレイクの水面に落ちた瞬間――
「“炎女神の一撃”!!」
「“幻影”!!」
俺達は同時に魔法を唱えた。
アザレアの詠唱よりも早く、俺の詠唱が終わる。
ぎりぎり魔法陣に入る場所に立っていてくれたアザレアには、既に幻術魔法がかかったはずだ。
いくらこいつの魔法の威力が化け物クラスだったとしても、幻影相手じゃ意味がない。
アザレアが幻影に気を取られている隙に背後に回り込こんで斬る。これで俺の勝ちパターンだ。
俺は左から大回りでアザレアに突っ込んでいく。
アザレアの目は、未だに幻影の俺を捉えていた。
「――そこ!!」
「はぁ!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
アザレアが、見えていないはずの俺に向かって魔法を放って来たからだ。
間一髪のところでそれをかわし、アザレアから少しだけ距離をとる。
「嘘だろ……見えてんのかよ……」
「あァ? 勘だよ、勘」
「お前化け物かよ……」
こんなに早く切り札を潰されるなんて思ってなかった。
ちょっと精神的に来るな、これは。
「……まあ、いいか。幻術魔法はあくまでサブだからな」
「……テメエは一体何言ってんだ?」
俺は長剣を収め、瞳を閉じた。
視覚を遮断し、聴覚、触覚に全神経を集中させる。
湖面から飛び出る魚の音、遠くから聞こえる宴の音、冷たく吹く風。
それらがはっきりとした瞬間に、瞳を開く。
視覚だけに全神経を集中させ、長剣を抜いて深く構える。
「……やっぱり、か。これで決着だ。アタシの一撃とお前の一撃。どっちが強いかで勝負が決まる」
ただ一つ。ただ一点だけを狙って、その一点に全てを乗せる。
「来いよ……! “地獄の炎”!」
俺はゆっくりと地面を踏み出し、アザレア目がけて真っ直ぐに走る。
アザレアの放った炎が、凄い勢いで俺に向かってくる。その魔法の熱により、辺りの草が一瞬にして焼け焦げた。
炎が俺に当たる瞬間、羽織っていたマントを身代わりに左へ大きく跳んだ。
「決まっ――なっ!?」
左へ跳んだ俺は力強く地面を抉るように踏み出し、一瞬でアザレアの背後に回った。
アザレアがマントの正体に気づいたのか、背後の俺に魔法を放とうと振り返る。
しかし、もう遅い。
俺の剣先は、確かにアザレアの首筋を捉えていた。
あとほんの数ミリ動かすだけで、アザレアの首に長剣が突き刺さる。
俺は集中を解き、アザレアに問いかける。
「どうする? まだやるなら俺は構わないけど」
「……降参」
その言葉を聞いた俺は、長剣をアザレアの首筋から離した。
アザレアは苦笑いを浮かべながら、その場に倒れ込んだ。
「は、っはは……。やっぱり、本物だ……」
「で? どういう事か話してもらおうか」
「それは……こっちのセリフだよバカ……」
アザレアは下を向いたまま言葉を発する。
「いや、お前がどんな事情抱えてようと、まずは俺の質問に答えてくれよ」
「……アタシだよ。アタシ……覚えてないのか? リヴァ……」
俺は鞘に収めようとしていた長剣を地面に落とす。
今俺はどんな顔をしているんだろうな。
きっとひどく驚いてわけわかんない顔してるんだろうな。
だって仕方ないだろ。
「お前……その呼び方……。ナファセロ……?」
「……!! ああ、ああ……! そうだよ……リヴァ……! 戦士のナファセロだ……!」
目の前に、かつて共に戦って死んだ仲間を名乗る奴が現れたら。




