第四十譚 男二人は戦地に赴く
「あれ? グラジオラスにアルヴェリオじゃない。こんな夜更けにどうしたのよ?」
俺達を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。
ゆっくりと振り返ると、そこにはアザレアが立っていた。
アザレアは俺達の恰好を見て、不機嫌そうに問いかけてくる。
「どういう事? そんな恰好してどこ行くつもりよ」
「いや、ちょっとアルヴェリオと見回りに行こうかなって思っててね」
ジオは自然な感じで言葉を返す。
だが、アザレアは納得してないような表情で俺達を睨む。
「……それ、嘘よね? グラジオラス、アンタって嘘を吐く時どんな表情するか自分でわかってる? 常に笑顔のアンタの目がね、笑ってないのよ。嘘を吐く時だけ、いつも」
「……そんな事無いさ。行こうアルヴェリオ」
アザレアはジオに近づくと、胸倉を掴んで声を上げた。
「説明しろっつってんだよ!」
俺はアザレアに見つかったことより、アザレアがジオの胸倉を掴んだことよりも、アザレアがそういう言葉遣いで話すことに驚いた。
ジオは観念したのか、微笑みながら言葉を発した。
「聖王軍の本体が近くまで来ていてね、とてもじゃないけど今の戦力じゃ到底太刀打ちできない。だから戦える僕達で、本体をどうにかしてこようと思ってるんだ」
「どういう、事だよ……本体って、さっきので終わりじゃないのかよ!?」
今の状況に混乱しているのか、アザレアは顔を青ざめながらもジオに怒声をぶつけていた。
「さっきのは囮だったのさ、本体を隠すための。だから、今の君みたいに、他の兵士にこの事が知れたら彼らは戦意を失って戦いどころじゃない。だからこそ、僕らがどうにかするしかないんだよ」
「だからってアンタら二人でどうにかなるもんじゃねえだろ!?」
アザレアの意見は尤もだ。
本体の正確な勢力がわからない以上、二人で行くのは死と同じ。
だけど、わからないからこそ、大勢で動くのは危険なんだ。
「そうだね。僕ら二人で行ったらきっと死んじゃうね」
「ならアタシも……!!」
アザレアの言葉を聞いたジオは、真剣な表情で首を横に振る。
その行動に腹が立ったのか、アザレアはジオを離して思い切り顔を殴った。
「なんでだよ! アタシじゃ足手まといになるってのかよ!!」
「違う! 君まで死んだらこの国はどうするんだ!」
ジオの言葉に、アザレアは言葉を失う。
「でもっ……! そしたらアンタらが……っ!」
不安そうな表情で話すアザレアに対し、ジオは真剣な表情のまま歩き出す。
「この国は代々女性が治めるのが決まりだ。男である僕が死んでも影響はないからね。さ、アルヴェリオ。行こうか」
「……いいのか?」
俺が問いかけると、ジオは首を縦に振り「うん」と呟く。
俺はジオに着いていくために歩き出そうとするが、何かに裾を引っ張られ歩みを止められた。
「……離してくれないか?」
裾を引っ張るアザレアに問いかけるが、彼女は俺を真剣な表情で見つめたままだ。
だが、次の瞬間に俺は手を握られていた。
「アンタ勇者なんだろ? 頼む。アイツを――」
その時だ。
彼女の言葉は途中で途切れ、俺を見る目が変わった。
目を見開いたまま、驚愕の表情を浮かべていた。
「どうしたんだ?」
俺が問いかけても反応せず、口をパクパクと金魚のように動かすばかり。
一体どうしたっていうんだ?
「なん、どうし……え、うそ。だって……アン、タ……」
何かを呟いているが、上手く聞き取れない。
酷く動揺しているようで、頭を抱え始めた。
「……おい! 大丈夫か!?」
しかし、アザレアは何も話さずにその場から走り去ってしまった。
「一体何だったんだ……?」
酷く混乱していたアザレアの様子が頭から離れないまま、俺達は東の桟橋へ向かった。
□■□■□
東の桟橋に来た時点で、真っ暗だった空は徐々に明るくなってきていた。
「じゃあ飛ばすよ」
ジオが魔法を唱えると、俺の体は宙に浮き、凄まじい速度で湖の上を飛んだ。
向こう岸についても尚、その速度はとどまらず一気に森の中へ入っていく。
「とりあえずこれでもう見つかる心配はないね」
「まあ、既にアザレアに見つかってるんだけどな」
森の中へ入ると同時に速度を落とし、ジオが風魔法を解いて地面に降りた。
「ちょっと魔力を温存させてもらうね」
「ああ、どのみちこんな森の中で飛ぶのは難しそうだしな」
俺達は森の中を速足で歩いていく。
ジオは時折耳を澄まして辺りを警戒しているが、まだ音は聞こえないらしい。
どこにいるのかわからない以上、いつどこで鉢合わせするかわかったもんじゃない。
だからこそ、俺達は常に辺りを警戒し、速く安全に進まなきゃいけない。
「東側とは聞いていたけど、具体的な場所は聞いていないから結構スリルあるよね」
「いや本当にこういうスリルいらないから。本当に」
こんな時にスリルは求めてないから。
お前はマゾか? マゾなんだな?
「……作戦、上手くいくかな?」
不安そうに尋ねてくるジオ。
こんな時は余計に心配させないように「大丈夫」とか言うんだろうけど、俺は言わない。
「わからない」
実際、この作戦は賭けみたいなものだから失敗すればそれで最後。完全な成功じゃなきゃ俺達は死ぬだろう。
そんな賭けだ。
それなのに、軽々しく大丈夫だなんて言えない。いや、相手がジオじゃなく綺麗な女性であれば言ったかもしれないけど。
「まあ、やれるだけの事はやってみようぜ。それで失敗したら俺達の人生それまでだったって事で」
「……そうだね。うん、気楽に考えるとするよ」
「それが一番だ」
嘘だ。
失敗したらそれで終わりなんだぞ。
俺は恐いさ。恐いとも。
失敗したら、俺はまた死ぬんだ。三度目の人生も終わってしまうんだ。あのツラく苦しい瞬間を、三度も経験することになる。
そんなのは嫌だ。俺はまだ結婚どころか恋愛だってしたことない。
俺は決めたんだ。三度目の人生は精一杯生きて、今までの分を取り戻そうって。
ああ、そうさ。絶対に成功してやる。
この作戦を成功させて、聖王を倒して、世界が平和になったその時は、この世界で幸せに暮らすんだ。
「――どうやらこっちで当たってたらしいね。目の前にお客さんたちが沢山いるよ」
木々の間から奥を覗くと、そこには完全武装した騎士達がゆっくりと進軍していた。
だが、その数は先ほどの魔物達と比べると少なく感じた。
「……なんだ。てっきり十万近くはいると思ってたけど、随分と少ないな」
こんなところで死んでたまるか。
例え失敗しても、足掻いてやる。
見苦しかろうが、精一杯生きてやる。
□――――エルフィリム:大樹通り
大樹通りのベンチに、一人の少女が座っている。
先程から遠くを見つめて何かを呟いては頭を抱え、俯いてはまた呟きを繰り返している。
辺りはまだ薄暗く、太陽も昇っていない。
昨晩はここで祭りのような催しが開かれていたせいか、多くの兵士達が大樹通りに寝ころんでいた。
「なんで……どうして……」
少女の声が静寂の中に響く。
「アンタは何者なんだよ……? アルヴェリオ……いいや――」
またしても、少女は頭を抱え込んで俯いた。
その時、エルフィリムに強い風が吹く。
風と共に、少女の口が開いた。
「――リヴァ」
少女――アザレアの言葉は、風に流されて消えていった。




