第十六譚 北平原での腕試し
□―――― ???
空が赤紫のような禍々しい色に染まっている。
辺りに植物のような生命体は見当たらず、ただただ邪悪な気配を感じさせる大地に、一際目立つ城が建っている。
黒く染められたその城の最奥地――玉座に座る魔族が、手下と思われる骸の魔物と会話を交わしていた。
「戦力増強の件はどうなっていますか?」
玉座に座る若い女型の魔族が問いかける。
その魔族の瞳は真っ黒に染まっており、人間の瞳の様に白い部分は一切ない。紫の髪は地面に着くほど伸びており、額には二本の小さな角が生えている。
「順調に進んでおりますねえ。この調子でいけば、一ヶ月後には我々の戦力が上回ると思いますねえ」
「そうですか、報告ありがとうございます」
手下の報告に満足そうに頷く女魔族。
「しかしよかったんですかねえ? 人間共の手助け何てしてしまってねえ」
骸の魔物は少し不思議そうに問いかける。
その言葉に女魔族は真剣な表情で答える。
「彼らに死なれてしまっては困ります。それに奴等の戦力低下にも繋がったわけですし、こちらにも利はありました」
「確かに八皇竜を殺せるのは嬉しい限りですしねえ。しかしですねえ――」
玉座の間の扉に手をかけて、骸の魔物は続けて言葉を発する。
「人間共に深く干渉するのはよくないですねえ、“魔王様”」
魔王と呼ばれた女魔族は口をキュッと結び、不機嫌そうに頷く。
「……わかっています」
「彼らの何が気に入ったのかは知りませんけど、程々にしてくださいねえ」
そう言うと、骸の魔物は玉座の間から出ていった。
静かになった部屋の中で、女魔族は一人呟く。
「……魔王、ですか」
そう呟いた女の表情は、悲しみや憎悪など、色々な感情が入り混じっているように見えた。
□――――トゥルニカ北平原【アルヴェリオside】
「さーて! とっとと確かめて終わらせようぜ!」
「回復は任せてください」
北平原に着いた俺達は、北門から数百メートル離れた場所を拠点にした。
あまり王都への被害が出ないかつ、俺達が見られない程度の場所だ。
もし、俺の職業が特別なものであった場合、情報が流出してしまう危険性がある。
そうなった場合、俺の情報は瞬く間に全世界に発信され、あっという間に聖王の元へプレゼントフォーユー。
それだけは何としてでも避けたい。だからこそ人目に付かない城壁沿いを拠点にしたのだ。
城壁の高さはおよそ三十メートル。城壁の上で見張りをしている奴等だって、こんな真下を見る奴なんていないだろうし、なにより見張りは多くない。そのため、城壁沿いが一番安全なのだ。
「視認できる範囲で二匹か……」
「ですが二匹とも行動は別々です。一匹ずつ戦闘することも充分可能かと」
俺達が狙うのは魔物の中でも比較的弱い部類に位置づけされる“ゴブリン”だ。
全身緑色で、その小さな体は人間の子供ほどの大きさで、耳は人間のよりも細長くエルフに近い形をしている。
ゴブリンとは、冒険者のほぼ全員が初めて倒す魔物であり、魔物の中で一、二を争うほどの弱さだ。
普通は数匹で群れを成すのだが、この付近ではそれが見られない。
だから、ここは腕試しに最適なんだ。こういう所も五十年前から変わってないみたいだな。
「じゃあ一番近い右のゴブリンから行ってくる」
俺は右手で長剣を抜いて軽く構える。
肩の力を抜き、全身をリラックスさせる。そうしながらも、しっかりと標的に狙いを定め、目を離さない。
まず確かめるべきは剣を振るスピード、威力、間合いに入るまでの速さだ。
剣を振るスピードや威力などは鍛え方によって向上するが、やはり基本的には戦士職の方が圧倒的だ。
以前、戦闘職に詳しい知り合いが居た。そいつが言うには、戦士系統とその他の職とでは圧倒的に剣の扱いやすさが違うらしい。
だから、もし振るスピードと威力が高いと感じたら俺は戦士系統という事になる。
そして相手の懐に入るまでの速さ。これが速かった場合は盗賊系統の可能性もあるという事になる。
戦士系統は基本的に足は遅いものだ。五十年前、実際に体験した俺にはわかる。
さて、俺は一体何の職に就いているのか……。
「アル様、左のゴブリンがこちらに気づいたようです!」
「そっちが先か……」
目の前のゴブリンから、左からゆっくりと向かってきているゴブリンに目線をやる。
距離はざっと五十メートル。
俺は瞬時に体を左に向けて大地を蹴る。
ゴブリン向けて走り出した俺は、同時にタイムを測り始める。
一秒、二秒と時間が過ぎていくにつれ、俺とゴブリンの距離も近づいていく。
ゴブリンが奇声のような声を発しながら、手に持っている小さな棍棒を振りかざす。
だが、もう遅い。
「――三秒弱か」
手に持つ長剣でゴブリンの胸部を突き刺す。
衝撃により、奴の胸部には大きな風穴が空けられた。
お互いがお互い目がけて走り出して三秒弱。ゴブリンの足はそれほど速くない。それを考慮すると大体五秒か。
俺はその五秒に違和感を感じる。
盗賊系統ならもう少し速いタイムを出せていただろう。だが、戦士系統にしては速すぎるのだ。圧倒的なまでに。
なら盗賊系統なのではないか? いや、それも違う。
力が無い盗賊系統にしては長剣の威力も剣速も段違いだ。
わからない。一体何の系統なんだ?
「後ろです! アル様!」
「人が考えてる最中に……!」
俺は咄嗟に、左腕をゴブリンに向ける。
いつものように呪文を唱えようと口を開く――しかし、上手く呪文を唱える事が出来ない。
寧ろ最初から魔法など知らなかったかのような感覚に陥る。
ああ、クソ。アホだ俺は。
ついリヴェリアの時の癖が出ちまった。魔法剣士だった頃の癖が……。
「くそっ! 魔法が使えないとかどんな苦痛だよ!」
左腕を引っ込めて一歩距離をとった俺だったが、次の瞬間不思議な光景が目に映った。
――ゴブリンがその場に倒れ込んだのだ。蹲った状態で小さな呻き声を上げながら。
俺はゆっくりと近づき、ゴブリンを仰向けにする。その眼は虚ろで、この世とどこか別の場所に行ってしまったのではないかと思わせるほどだった。
後ろで見ていたセレーネも俺の元へやってくる。
「……アル様、一体どのような魔法を?」
「いや……わからないんだ。魔法を発動した感覚もなかったし」
ゴブリンに何か魔法をかけたのだろうか。それとも元々弱っていただけなのか。
既に太陽も落ち始め、辺りは薄暗くなってきていた。
結局どんな職業なのかもわからなかったし、系統だってあやふやだ。
しかし、今俺の頭の中を支配していたのはゴブリンの事についてだった。
俺は、目の前で呻き続けて死んだゴブリンが不気味で仕方なかった。




