第十五譚 謎に包まれた勇者と僧侶
「な? 何も書かれてないだろ?」
能力が書かれた紙をセレーネ達に見せる。
上部へと向けられた視線は一瞬にして俺自身に向けられる。
「これは一体……!?」
状況が理解できていないセレーネと違い、神官長は落ち着いた表情でブツブツと独り言を言い始める。
ちなみに俺もこの状況を理解できていない。
職業に何か書かれていなければマズいのだろうか。
しかし、ここに来るまでの間にセレーネから聞いた話が本当であるならば、書かれていないと確かにおかしい。天職とは定められた職。つまり生まれた時からの職業という事だ。
それが書かれていないとなると、俺は天職を持たずに――いや、違う。
生まれ持ってこなかったのはアルヴェリオ……その可能性も考えられるが、一番可能性が高いのはきっとあれだ。
俺という魂がこの身体に入り込み、転生した事による何かではないのか。
赤ん坊から始まる転生者と違い、俺のは明らかにイレギュラー。
転生とはごく一般的に、一からのやり直しだ。
しかし、俺は途中からのリスタートとなっている。
このイレギュラーにイレギュラーが重なって、アルヴェリオという存在が強制的に書き換えられたとしたら充分に考えられる。
だとすると、俺は今職に就いていない。つまりどんな装備だって使えるってことなんじゃないのか?
しかし、そう考えると色々と思う事がある。
炎竜戦前に武器屋で大剣を持たせてもらった時の事だ。
俺はあの時、力が無くて装備できなかったのだと思っていたが、果たして本当にそうだったのか。単純に装備できない物だったんじゃないか、と。
ダメだ。考えれば考えるほどに矛盾が起きる。
「――待ってくだされ」
神官長は突然に言葉を発した。
何かに気づいたのか、紙の上部を指さして見せる。
「職業欄をよぉく見てみるのです」
「しかし、先程も見た通り何も書かれては……え?」
神官長の指さした箇所を見たセレーネは不思議そうに紙を凝視する。
「何か文字が浮かび上がって来たのか?」
「……いえ、浮かび上がって来てはいませんが……これは何なのでしょうか?」
俺も気になり、その箇所を覗き込むように見る。
そこには先ほどと同じく真っ白い無の空間が広がっていた、ように思えた。
その箇所に目を凝らして見てみると、そこには白く書かれた文字の跡のようなものが見えた。
「何か書かれてる……?」
「どのような職業かは分かりませぬが、何らかの職には就けているようですぞ」
俺以外の二人は、そこに浮かび上がっている文字を読み取るのに夢中になっていた。
この反応からするに、こんな事は初めてなのだろう。
それもそうだ、生まれた時から定められているはずの天職がわからないんだもの。
しかし職業がわからないとなると、この先不便だな。
戦闘では、自分の能力を理解していないのは致命傷だ。どうにかして特徴を見つけないと……。
「アル様、一度王都の外で実践してみてはいかがですか?」
「……それは俺も考えてたところなんだけど、付き合ってくれるのか?」
セレーネは静かに頷く。
確かに王都の外で能力の確認をする時間は必要かな。
俺が転生してからまだ一日しか経っていないし、聖王討伐に急ぐ必要はないはずだ。
炎竜の事を考えると、できるだけ早く聖王を倒さなければならない気もするが、このまま行ったところで負けるだけだ。
それなら一日ぐらい修行のために使っても問題はないだろう。
「じゃあ俺達はもう行きます。ありがとうございました」
俺は立ち上がって深々と頭を下げる。
セレーネも俺に続いて頭を下げて礼をした。
「困ったことがあったら、また来てくだされ」
笑顔で見送る神官長を背に、俺達は天職場を後にした。
□■□■□
天職場を後にした俺達は、城下町の中を歩いていた。
相変わらず、道行く人達に「勇者様」と呼ばれるものの、始めの頃よりは大分落ち着いてきている。
時折、冷ややかな視線や殺気のようなものも感じられるため、やはり勇者という存在が全員に認められたわけではないのだろう。
「どこで腕試しをしますか?」
セレーネが左から声をかけてくる。
「とりあえずは北の平原に行ってみようと思うんだけど、それでいいか?」
「ええ、確かにそこならば腕試しには最適ですね」
俺は正面を向いたまま、左にいるセレーネと話す。
北の平原、そこは“トゥルニカ北平原”と呼ばれている。
そこには弱い魔物しか存在せず、冒険者になりたての初心者向けエリアだ。
俺の目的は現在の職に就いての手がかりを得ることにある。そのため、初心者向けの平原で腕試しをしようというわけだ。
「しかし、アル様の天職がわからないとは驚きましたね」
「うーん……俺もよくわからないから何とも言えないけど」
俺はそもそも天職場が初めてだった。
能力を知る事が出来る紙だって初めて見たし、あんなに便利な物だとは思ってなかった。
やっぱりどの世界でも文明の発展ってのは素晴らしいんだな……。
「私は、勇者という職にアル様が就いているのだと思っていたのですが……」
「ああ……それはちょっと勘違いしてるぞ」
俺は横目でちらりとセレーネの方を覗く。
「勘違い……ですか?」
「ああ、勇者なんていう職業は存在しないんだ」
そう、この世界に勇者という職業はない。
人々がそう呼ぶだけであって、そのような職業は一切ないのだ。
「人間の希望の象徴として、勇者の存在があるだけだからな」
まあそれも五十年以上前の話だから、今はどうなってるかわからないんだけどね。
「……では、もう既に貴方は勇者様なのですね」
セレーネが小声で呟く。
俺は苦笑いをしながら、
「五十年以上前はな」
とセレーネに向けて言葉を発する。
それを言い終えると同時に、セレーネの気配が遠ざかったのを感じた俺は、ゆっくりと後ろを振り返る。
そんな俺の目に映ったのは、道のど真ん中で俯いていたセレーネの姿だった。
「どうしたんだ? 置いてくぞ」
俺の言葉に、セレーネはハッと顔を上げる。
「ご、ごめんなさい。少し考え事をしていました」
速足で俺の元に歩いてくるセレーネはどこか悲しげな表情をしていた。
今まで考える暇なんてなかったけど、どうしてセレーネは俺に着いてくるのだろうか。
炎竜討伐後に言われた一言。「これでやっと信用できる」って言葉は結構ショックだったし、驚きもした。
確かに、聖王と同姓同名の勇者だって名乗る男が現れたら警戒だってするだろうし、信用なんかしないだろう。
だがそれほど警戒する相手に様付けしたり、一緒に着いて行くなんて言うだろうか。
俺は否だ。そんなことするのは相手を騙したい時だけに使う。
いや、考えすぎか。ただの天然なクール僧侶だ、きっと。
「ほら、北門まであと少しだ。ささっと行ってぱっぱと終わらせようぜ」
「はい、参りましょう」
再び、俺とセレーネは隣り合って北門へと歩く。
俺達の足取りは、決して軽やかなものではなかった。




