ジェヴォーダンのチャーチグリム②
狼に飛び乗ろうとした瀬革は突然苦しみ出した。
更に、掴んだ手を話し、後ずさってしまった。
「あがっ、あ゛、」
何かを訴えるように喉を掻いて何か発声しようとしているが、瀬革は彼を見捨てて逃げていった。
「石って云うのは何百万年、下手したら何億年もかけて作られるらしいんだー。つまり、川辺で見かける石は人間で例えるなら成人どころかご老人なんだよねー。大先輩だねー」
「待てっ!」
好里先輩の説明口調には耳を貸さず、内見は瀬革を呼び止めようとした。
しかし、原付並のスピードで駆けていく狼は止まらなかった。
内見は手足をじたばたと動かして藻掻いたものの、彼の首から上が仕事をしなかった。
「なんでだよ!? 何がどうなって詰んだんだよ!」
「石を飲み込んだからだよー」
好里先輩の解説が再開した。
「私の異能は、具現化した剣で触れた固体を好きなタイミングで固定できるんだー。私がジャンプしたとき上向いたでしょ〜? そのとき小さな砂利を、刺した剣に伝わせて内見さんの口に入れたんだー。そしてその砂利を固定したの。喉の辺りで何かが引っ掛かってる感じがしないー?」
内見は苛立ちを隠さずに、喉の手前のしこりを、イライラ棒――バラエティ番組で偶に見る、輪っかが線に触れると電流が流れる奴のことだ――の様に口の中を通らせて体外に排出した。
砂粒が一つぽつんと浮いている様がシュールだ。
「おい、悠長にお喋りするな。俺もお喋りしたくなっちゃうだろ。そいつの左目に気を付けろ! 起死回生の一撃を企んでいるかもしれないからなー」
フェイダウェイは内見の髪を掴み、視線が空を向くように引っ張った。
「待った、待った。やめろ、俺はもう帰るんだ」
内見がそう言うと、木製の丸っこい小鳥が飛んできて肩に留まった。
嘴や爪など詳細な部位まで全てのパーツが明るい色の木で作られているが、目はなかった。
その代わり、波打った円形の木目が眼球の役割を果たしていて不気味だ。
その木目の中心の、色が少し濃くなっている部分が瞳で、ぎょろぎょろと周りを観察している。
小鳥のくせに一切鳴かないと云う点も不気味だ。
「俺の異能はこいつの視界が捉えた物を、俺の左目で再現することができる。能力名は|鳥は見ている《Bird's watching》。川田町2丁目の釣具店と金物屋の間を徘徊させてた」
ここで内見は一息置いた。
フェイダウェイが髪を放してくれたのでヘアスタイルを整えたのだ。
「蓮希の能力は影踏みだ。あの狼に影を踏まれると本人にもダメージがいく。あくまでそれは追加効果みたいなもんで、戦闘におけるあいつの甜味は近接攻撃だ。蓮希の運動能力ははっきり言って低い。でも、あの狼が蓮希を守るように立ち回られると崩せなくなる。……もういいか? 俺はこれ以上蓮希にもお前らにも加担しない。んん、まだ喉が痛ぇ。俺、一応お前らの先輩だからな? 受験生を労れよ」
「え〜でも、私のメタボリックが効かなかったってことは17歳ってことですよねー? じゃあ私とタメですよー」
それを聞いた内見は前髪を掻き分ける手を止めて、青筋を浮かべた。
「昨日18になったんだ。タメじゃねえ」
そう言い残して内見はすたすたと帰ってしまった。
何度も言っているが内見は背が高い。
それに細眉、茶髪と云うことも相まって怖い印象があるのだが、そんな人に意見していく好里先輩のメンタルとコミュ力はもっと怖い。
先の会話の最中、俺は文字通り目を見張ってしまった。
せっかくならそのコミュ力でなぜ彼らが俺達と対立したのか質問してほしかったところだが、内見は既に話し掛けていい状態ではなくなっていた。
「潮戸、今日はもう帰って後日出直そうぜ。影が長くなる夏の夕方に瀬革と戦うのは危険だ。塾前で張り込めばまた瀬革とエンカできる」
灯里先輩の提案に、俺も賛成の意思表示をした。
実は戦闘が起こるとは夢にも思っていなかったので、ギターを持ってきていなかったのだ。
「いや、できれば今日潰しておきたい。実はこっそり狼の後ろ足にペース鳴カーを着けてたんだ。今も追跡している。色が同じとはいえバレるのは時間の問題だ。だから……」
「いや、瀬革はこんな状況でも毎日夏期講習に来るはずだ。今日に拘る必要はない。バレたくないならペース鳴カーを解除すれば……」
潮戸先輩が異を唱えたことで激しくなった論争を止めたのは、好里先輩のくぐもった呻き声だった。
突如として彼女の全身に浅い凹凸が浮かび、頬や腕には血の玉が膨らんでいたのだ。
「何……これ……?」
そのまま徐にへたりこんだが、右ふくらはぎにズボン越しにも分かるほどの大きさの柱状の出っ張りが現れた。
すぐにフェイダウェイがタックルをする様に好里先輩を抱え込み、常緑塾の2階自習室に繋がる階段に座らせた。
「あいつ嘘吐いたな!」
堂藤は激昂し、クラウチングスタートの構えをとった。
帰路についた内見に追い付いて報復するつもりなのだろう。
「待て堂藤」
猿渡先輩の一声は躾を覚え始めた犬に向けられたものの様に鋭く咎める響きだった。
「お前が焦ると俺まで焦っちゃうだろ。瀬革の異能は大体分かった。喋りながら整理する。あの黒狼に少しでも影を踏まれると、その人と影が……あー、リンク? 痛覚を共有するって云うかー、好里の体にできたぶつぶつはアスファルトの型なんだ。通と平行に斜陽が差す時間帯だから、好里の影はアスファルトの道にできてたんだ。……説明難ぃな」
「いや、分かりやすいですよ」
俺は相槌を打った。
「さっきの好里先輩はアスファルトを体に押し付けられたのと同じ状態だったと云うことですよね? だから陽の差し込まない階段のところに一時避難させたんですよね?」
「話が速いなぁ、白鉄!」
猿渡先輩は心底嬉しそうに叫んだが、すぐに真面目な顔になってテキパキと指示を出し始めた。
「俺と潮戸と堂藤で瀬革を追跡する。灯里は好里の傍で待機、ただしスマホは借りてく。白鉄は灯里のLINEを開いて待ってろ。お前の狙撃が必要になるかもしれない」
「ごめんなさい!俺、今日ギター持ってきてないです……!」
事態がかなり不味くなってきた。
このままでは置物から戦犯に降格である。
「あー、お前家はどこだ」
「栗江上町、学校のすぐ裏手です」
猿渡先輩はにやりと笑った。
「やっぱりお前の狙撃が必要になるな。家に彼女が来るってママに連絡しとけ。……おい堂藤!」
堂藤は靴紐を固く結んでいるところだった。
「なんですか?」
「今、走れるんだよな?白鉄のギターを家まで取ってきてくれ。何て言ったっけ、お前の異能名……スーパー・ハイウェイ?」
「ファントム☆ハイウェイです」
「そんな頭悪い名前だったか?」
「今改名したんですー。別に私の勝手でしょ?」
堂藤は猿渡先輩と目を合わせることなくウォームアップを完了した。
よーいどんの合図はなかったが、俺、灯里先輩、負傷した好里先輩を塾の前に残して、軟式吹奏楽部の異能力者達は二方向に走っていった。
「速っっっっや……」
堂藤が人とは思えない速度で走って行くのを見て、見かけによらず身体強化系の能力なのか、と俺は静かに驚いていた。
そして、もう数秒もしない内に家に女子の友達がギターを取りに来る旨の連絡を、きしょい誤解をされないことを祈りながら母さんに連絡をした。




