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ジェヴォーダンのチャーチグリム①

 2026年7月22日の午後4時57分、常緑塾の前に軟式吹奏楽部の面々は集合していた。瀬革さんに呼ばれたのだ。


「ちょっと調べたんだけどさ、常緑塾が今キャンペーンをやってて、塾生は友達に塾を紹介して体験授業を受けさせたら、図書カード1000円分が貰えるらしいんだよ。俺達の誰かが体験に行くのを交換条件にして、瀬革に入部してもらうって云うのはどう?」


 潮戸先輩の提案に応答する人はいなかった。

 ここで余計なことを口に出せば、自分が体験に行かされることを各々感じ取ったのだ。

 塾生が続々と出てくるのを横目に待っていると、5時を少し回った頃に、瀬革さんは茶髪の人――どこかで見たことがある気がする――と一緒に塾から出てきた。


「待たせてしまってすみません。灯里からこの部のことは聞きました。それで……俺から紹介したい人がいて……」


 茶髪の男は浅いお辞儀をした。


「初めまして、内見湊です。瀬革とはその……例のアレ関連で仲良くなってぇ、それで軟式吹奏楽部さんの話も聞いて……で、もしよければ俺も入れてくれませんか?」


 そうだ、内見だ!

 LINEに送られた写真では髪を染めてなかったので判別に時間が掛かったが、栗江B高3年の能力者の内見湊だ!

 アレと云うのは異能のことだろう。


「えーとその……デリケートな話題なので失礼を承知で訊きますが、内見先輩、"受験"は大丈夫なんですか?」


 潮戸先輩は伏し目がちに質問した。

 3年の夏が受験の山だ、と云う風な謳い文句を聞いたことがある。

 灯里先輩の調査で内見さんが3年生であることは分かっていた。だから、瀬革さんだけを勧誘する手筈だったのだ。


「ほんの数時間でも君達の手助けができればと思って。部活も引退しちゃって最近"楽しみ"がないんだ。これからもっと勉強漬けになるから、これを最後の"楽しみ"にしたいんだ」


 内見さんは前髪をイジりながら言った。

 常緑塾に通っていると云うことは、勉強はできる方の人だと伺えるが、感性が楽観的すぎる。

 仮に加入したとして、万が一彼の受験の結果が振るわなかった場合、俺達は責任を取れない。


「気持ちはありがたいんですが、俺達の活動よりも優先すべきことがあると思います。8月に入った後も、この部は続きます。先輩の貴重な時間を奪うわけにはいきません。……瀬革も他に注力したいことがあれば、勧誘は受けなくていいからね」


 瀬革先輩は腰が低い対応を示したが、二人とも意思は変わらないようだ。


「君達は20日くらいの計画を立ててるみたいだけど、本当は数時間もあれば終わるんだよなぁ……」


 内見さんは独白なのか俺達に向けた苦言なのか捉えきれない声色で吐き捨てた。

 そのせいで皆、触れるかどうか迷ってしまったのだ。

 その隙を突いたのが内見湊だ。

 前髪を掻き分け、左目から、いや左目があったはずの窪みから射出された釣針が潮戸先輩の頬を引き裂いた。


「なんで外したんですか先輩!」


 瀬革は声を荒らげて自分の影から狼を顕した。

 一匹と言うより一頭と言った方が適切だろう。

 自動車ほどのサイズの獣は全身が影の色だが、背に赤の斑点があり、その辺りの毛が逆立っているので、ハイエナにも近い風貌だった。


「……!」


 潮戸先輩は頬の創傷を押さえて瞠若しながらもペース鳴カーを連結させて作った輪飾りを電柱に掛け、バンドの自由な伸縮性を活かして退いた。

 それと同時にフェイダウェイが飛び出して狼に殴りかかったが、奴はそれを横っ跳びに体躯を躱し、瀬革の影の中に、顔だけを出した状態で沈んだ。

 父親に湯船に肩まで浸かって100秒数えろ、と言われた子供の様な可愛らしい体勢だが、跳んだときに見えたアジリティや鋭い爪は凶暴性の塊だった。


「本当は眼球を狙ったんだけどな〜。瀬革、お前の異能と交換できたりしないかな? 俺の異能使い辛ぇんだよ〜」


 内見は前髪をくしゃくしゃとイジりながら言った。

 左目はいつの間にか元の瞳に戻っていた。


「躍、フェイダウェイ貸してー。内見さんって3年生でしょー? なら、18歳の可能性もあるよね?」


 好里先輩はそう言って内見に向かって走り出した。

 瀬革の狼が飛び出し、先輩に向かって前足を振るったが、空を切った。

 好里先輩の肩を掴んでいたフェイダウェイが先輩を上に押し出したのだ。

 フェイダウェイは反作用で仰向けの体勢になったが、飛び掛かる狼の顎に蹴りを入れて怯ませた。

 その間に好里先輩は、9m跳ぶ走り幅跳び選手の様に手足を回して空中姿勢を保ち、内見の頭上を越すタイミングでメタボリックを発動させた。

 全体が血脈を打つかの様に赤く、蔦の様な何かが絡み付いた刀身が真っ直ぐに長い洋刀を具現化させ、内見に突き立てたのだ。

 しかし、体が真っ二つになるわけでもなかったし、大手塾の前に血の雨が降るわけでもなかった。

 ホログラム状の刀を当てることが、一昨日教えてくれた、大人を固定する効果を与えるための条件なのだろう。


「乗って内見さん! 場所が悪すぎる!」


 狼は一足でフェイダウェイを蹴り飛ばし、瀬革を大きな背に乗せた。そして、逃走を試みた。

 敵二人の間にいる好里先輩は瀬革から距離を取りつつ、ダメ押しでメタボリックを内見に突き刺した。

 しかし、「邪魔だ!」と内見は先輩を腕で払い、狼に乗ろうと走り出した。


「フェイダウェイ、内見を止めろ! そいつはまだ誕生日がきていない未成年だったんだ!」


 猿渡先輩は叫びながら突進したが、彼の式神が内見を掴む前に、内見は瀬革の腕を掴んだ。


「つくづくお前は頼りになる後輩だな……ずらかるぞ!」

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