【54】始まれ私の物語
格子の窓から、淡い満月の光が降り注いでいる。
薄暗いだけだった牢のなかに一筋の光が灯る。
床に反射し、私の目に入り、青く――美しく、
その月光は私の瞳を包み込んだ。
私は、この日の満月を、一生忘れないだろう。
私はこの日の思い出を、心に刻んで離さない。
こんなに嬉しいことが―……人生で二度もあっては、
贅沢すぎると思うから。
たとえ、もしも日本に変えることができても、
できなくても、一生の宝ものにしよう―……。
「お迎えに上がりました―……イズミ皇女殿下」
この素晴らしい、家臣との再開を。
「――よく……来てくれたね……」
ああ、なんてみっともないんだろう。
両手は手錠でつながり、左右に天井に吊るされて。
肌は緑色のザラザラになって頬なんてボロボロだ。
ゴブリンだから、空腹をあまり感じないのが―……唯一の救いで。
ああ―……みっともない。
なのに、こんな私でも、あなたたちは―……。
「お美しゅうございます―……我等の王よ」
膝をついて、頭を下げて……。
こんな私に、尽くしてくれる。
――泣いちゃだめ、泣いちゃだめだ。
今泣いたら、涙を拭えない。みんなの前で、
恥ずかしげもなく泣けるほど、私だって
羞恥心のない女じゃないのだから。
――みんなの、名前を呼ぼう。
この瞬間を、少しでも長く感じるために。
「……ブラッドフォード」
「はっ。……やっぱりアンタの元について、よかったぜ」
「ジヲォン……」
「はっ。あまり老骨に、無理をさせるものではありませぬぞ」
「レイ……ッ」
「はい。……よくぞ、ご辛抱なされました」
「ゲイブっ……」
「おう。……やめろよ姉貴。女神に、泣きっ面は似合わねえ」
「いっ――い……る――」
「――声に出さずとも、伝わります」
鼻が詰まって、言葉が出ない。
舌の上で、なんども言葉がからまわりしてしまう。
視界が歪む。大きな水の粒が、私の両目を覆っていく。
その微笑みが、よく見えない。
「鎖を絶ちます」
キン! と鋭い刃先がしなる音。
崩れ落ちるような破砕音の後に、
腕が「ふわり」と浮遊感に包まれる。
両腕が地面についた感触、実に8日ぶり。
生きた心地がした実感も、実に8日ぶり。
そして、こんなにも暖かいキモチに包まれて
泣きたくなったのは―……きっと、小学生のとき以来だ。
「さあ、立ち上がって」
涙でぐちゃぐちゃになった視界に、ハンカチが差し出される。
乱暴に水分を拭うと、目の前には長く、
細くたくましい手が差し伸べられていた。
「今度こそ、実現いたしましょう」
強く、その手を握る。
ぐいっと引っ張られる感覚がして、
両足をついて地面に立つ。
曇りなき眼で前を見た。
そこには―……。
――私を、笑って待ってくれていた、『家族』の姿があった。
「殿下と僕たちの夢を。人間界への侵略計画を。そう―……」
手を引いてくれた人を見上げる。
「異世界人類、ニート化計画を」
――イルガスは、満月とともに微笑んでいた。
はい、章が終わりました―……。
次は冒険編になります。この幹部メンバーと一緒に、サバイバルをします。
家事をしたり洗濯をしたりと―……『南の賢者』がいる国を目指しながら、
戦いとはかけ離れたほんわかとした生活を書くつもりです。
ええ、あくまで「つもり」です。
なぜならあの子たちをまだ書いてないんです。
穂刈誠太たちが、戦線を離脱してからどうなったのか―……。
その辺も含めて、「なるべく」ほんわかと、日常系の話を書こうと思っています。




