【88】君の主人公になりたい
――笑いたければ、笑えばいい。
「なっ……! この死損ないの何処にこんな力がッ……!?」
俺の人生は――幸福で、不遇で、哀れで。
ただただ、無力だ。
勇者と期待されておきながら、
大切な女の子の笑顔一つさえ守ることさえできない。
――情けない!
「情けないんだよ……!
今までうじうじしてた自分が最高に恥ずかしい!
今日まで足踏みしてた時間が憎くて仕方がない!」
だからこれは、ただの俺の自己満足だ。
なくした時間を無駄だったと認めてしまう前に、
この目がただれて何も見えなくなってしまう前に、
この足が腐ってどこにも歩けなくなってしまう前に。
エマ――俺は君の、主人公になりたい!
「来い! 俺の、俺だけのチート権能!」
神さま。
今、この時だけでも構わない。
俺に、大切な人の涙を止めるだけの力を!
「……セイ、タ?」
「ちッ……! このタイミングで覚醒しやがった!」
リョウヘイに傷つけられ、血を溢れさせる手の平から
眩い光が発光し、前腕から指先までもを覆っていく。
たちまち傷は癒え、
素手だった右手には
光の粒子が集結して、
一つの剣を生み出した。
それは、鏨の生み出す白銀の刀身にあらず。
聖なる金線を放ち、その切っ先は空気すら切り裂けると
思えるほど澄んでいて、神々しい透明の光を携えている。
宝剣――そう呼ぶのがふさわしい。
名は、まだない。
それは、
穂刈誠太のこれからの人生が
見つけ出していくことだろう。
彼ならきっと、
この剣に
いい名をつける
ことができる。
『新・西の勇者』穂刈誠太――権能名――『大器晩成』
ああ、不思議だ。
剣の使い方がわかる。
初めて持つのに、その
全てを理解できている。
自然と笑みがこぼれた。
俺はきっと、この瞬間を迎えるために
この世界に転生したんだ。
如月を助けるためでも、勇者になる
ためでもない。
世界を救うなんてとんでもない。
俺には荷が重すぎる。
それを背負ったら、今度こそ
俺の心は折れてしまうだろう。
でも、今は気分がいい。
だって、今の俺は――最高にカッコいいだろ?
生きてるって、感覚がする。
随分と長いこと忘れていた。
この世界を楽しむための、矜持ってヤツを。
「さあ、最後の勝負といこうか。過去の勇者さん」
ただ、したいようにカッコつければよかったのだ。
それさえ分かれば、勇者は最強になれる。
◇
「……ああ。最悪だよ―……穂刈誠太」
三度剣を挟んで相対する二人の勇者。
方や、私情と欲望のために娘を殺めようとする過去の勇者。
方や、大切な人の笑顔を取り戻さんと覚醒した新時代の勇者。
まとうオーラは歴然、神でさえ穂刈誠太に味方してるかの
ようにさえ感じる。
「お前、日本に帰りたくねえのか」
それは、吐き捨てるような言葉遣いだった。
なんど説得しても言うことを聞かない幼児に
対して向けるような、明らかな嘲弄を添えて。
「俺の娘の絵馬はなあ、日本に帰るための
カギなんだよ。――『紫の傷跡』って、
聞いたことあっか?」
「その質問に答えたら、剣を引いてもらえますか? 先代」
「ちッ……。先代なんて呼ばれる日がくるなんてな。
だが、その反応は知らねえんだな。ようするに、だ。
――絵馬の額にある紫色の傷跡、それを大きく
開けば、次元が歪曲してこの世界と日本が
つながる。禁書庫で得た、確かな情報だぞ」
全てはこの日のために、ユキミヤ・リョウヘイは
ロウム・クロノウェルの禁書庫に入り浸ってまで
書架をあさり、知識を蓄えてきた。
――是が非でも、日本に帰りたいがために。
そのためなら、たとえ娘を殺すことも厭わない。
「もう、うんざりなんだよ……。この世界では、
かんったんに命がこぼれ落ちる。人が死ぬんだ。
そんなクソみたいな世界に骨を埋めるくらいなら、
俺は――。俺はもう一度、日本で絵本を書きたい」
絵は、ユキミヤ・リョウヘイのすべてだった。
昔から想像力だけが取り柄で、
ふとした瞬間に思い描いた世界を
用紙から切り取るようにして毎日、
何枚も何枚も描いた。
大人になって、それを職業にできた。
幸せだった。結婚して、子供も生まれた。
名は、絵馬。
それは絵の世界から飛び出した
ペガサスのように、自由に
この空を飛び回れるように。
そんな感慨をこめて、付けた名だった。
……なのに。
「この世界の空は、汚すぎるんだよ!
どんなに青く澄み切ってたってなあ、
ちょっと下を見下ろせば誰かが
殺し合っているんだぞ!?」
魔族と人間の終わらない紛争、
東西南北の協定されない和解案。
争いは、いつまで経っても終わらない。
「だから俺はもう一度、平和な日本の空を見たい!
もう一度絵本を書いて子供たちに見てもらいたい!
ただ、それだけなのに……。どうして邪魔をする、勇者ァ!」
瞬間的な跳躍で、いっきに距離をつめる雪宮良平。
銀色の刀身が、誠太の心意気までもを切断しようと
圧倒的な圧力をもって、刺突を開始する。
誠太はそれを、最低限の動きで受け流した。
「――帰りたいさ。俺だって」
かりに蝿が彼らに寄ったなら、意識せずとも
その斬撃に飲まれて一刀両断されていることだろう。
彼らが剣戟を交わす空間は、空気すらも尖っている。
新しい時代と、過去の時代が遡及し剣を交わし合う。
歴史的な邂逅に、エマはまぶたをつむって祈っていた
ただひたむきに、穂刈誠太の安全と勝利を。
「でも、帰るならエマも一緒だ。そうでしょう? お義父さん」
「……だぁーれがお義父さんだ、ああ!?」
激高が頂点に達した良平の剣が、
最高の猛威をくり出した。
「これで最後だ! お前だってそろそろ
限界だろ! ――いくぜ、”努力の剣”!」
「……倒れませんよ、その程度じゃ」
その刃先は目前に達するまで、剛毅な
姿勢を貫く穂刈誠太。そしてその鋼の
意思が、今――己の剣に宿る。
「娘を殺すために磨いた汚れた”努力”の剣に――。
勇者である俺が、負けるはずがない」
腰の鞘から、予備の剣を取り出して。
新しい勇者は、その剣を――抜いた。
「大器晩成、二刀!」
血まみれた”努力の剣”と、
勇気と覚醒を顕現した二本の剣。
盛期の戦いを制するのは、果たして――
◇
「……終わったよ、エマ」
優しく毛布をかけるようにかけられた言葉で、
エマは目を開いて――戦いが終わったことを
知らされた。
「勝ったよ、エマ」
穂刈誠太が、そこに立っていた。
「……ほかに言うことは?」
「心配かけて、ごめん」
「ほかには?」
「愛してる」
言って、ひと思いに抱きしめた。
突然の抱擁を受けたエマは、
しかし、それを拒まず――
嗚咽をもらしながら、
誠太の胸に顔をうずめた。
どうして――最初からこうすることが
できなかったのだろう。彼女はずっと、
誠太が悔恨に捕らわれていた時だって、
ずっとそばにいてくれていたのに。
どうしてもっと早く、この小さい体を
抱いてあげられなかったのだろうか。
こんなにも、震えていたというのに。
「心配したんだから……」
「うん……ごめん」
「……あやまってばっかりじゃ、わかんない」
「俺を待っててくれて、ありがとう」
抱擁から開放して誠太が笑顔を見せると、
エマも涙を流しながらも強気に微笑んだ。
「ユキミヤ―……お父さんは?」
「そこに」
指をさした方向には、すべての力を
使い切って地に伏せた父親がいた。
折れた”努力の剣”とともに。
血は、一滴も流れていない。
「殺さないで、くれたんだね」
「どんな人間であろうと、エマの
お父さんであることに変わりは
ないからね。気絶にとどめたよ」
平然と言ってのける穂刈誠太。
後悔に溺れていたときと、
ずいぶんな違いようだ。
やはり勇者の器なのだ、
彼は――穂刈誠太は。
新しい時代の勇者の、誕生した瞬間であった。
「……でも、これからどうしよう」
目を伏せながら、エマは言った。
「私の『紫色の傷跡』に、そんな力があるなんて
知らなかったの……。お父さんだけじゃない、
これから色んな人に狙われるかもしれない。
私は、どうしたら……」
「心配することないさ」
それに対する誠太の返答が――今後の『北』と
『西』の命運を、大きく変えることになる。
「逃げよう、エマ。俺といっしょに――東へ」




