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少女まんがヒロイン育成法

ヒビキ少年視点の舞台裏

 夢魔、というものをご存知だろうか。

 別名、淫魔ともいう。

 人間の夢の中に現れては性交を行うとされるイキモノ。



 そんなイキモノを母にもつが、父は人間だったのでどちらかというと人間寄りに生まれたオレは人間界で育てられることになった。

 両親はそれはもう仲がいい。見ていてこちらが胸焼けするくらいに。

 特に母はどうもイイトコのお嬢様だったのにもかかわらず、人間界へ観光に来た際に通常なら餌にしかならない人間の父に惚れ込み過ぎて自分を監禁しようとした婚約者を死ぬ一歩前まで叩きのめし、それを阻もうとした実家を破壊しつくし、一方的に絶縁宣言をして父をさらって駆け落ちをした猛者である。

 父は普通のサラリーマンに見える。実際、中間管理職の立場に胃を痛める中年だ。最近は腹も出てきたし、たまに口から出た滑るジョークも母しか笑わない。

 しかし母のことは「しょうがないひとだなぁ」と言いながらも愛してはいるようである。どんなに失敗した母の手料理でも残さないで食べているし。休日はいまでもふたりで手を繋いではデートにでかけている。


 そんな二人を見てきたからこそ、オレは相思相愛に憧れている。

 だから、断固、あれは許せない。許せない、が。

 オレには止められなかった。

 ごめん、ごめんマドカ―――







 五歳を過ぎた頃、母のいた世界からお偉いさんとやらが団体で観光のついでにやってきた。

 ちなみに母は絶縁宣言をしたが、オレが生まれてからはむこうが会いたがってしかたがないのでしぶしぶ連絡をとりはじめたそうだ。

 なんでも、母がいなくなったあと、唯一の血縁である妹もトウトイヒトに嫁いでしまったらしく跡継ぎが欲しいらしい。面倒な。

 母からは別に継がなくていいけど、従兄弟とは仲良くしてちょうだいねと言われて嫌々ながらも会ったのがこれまたお人形みたいにきれいな顔をしたイキモノだった。




 金髪碧眼の同い年だというお人形はオレを見て、にこりと笑ってこう言った。


「これが新しいオモチャ?」


 その中身はすこぶるアレであった。



 それから数日、もう嵐、嵐、嵐。いままでの価値観は総崩れ。体はボロボロ。心はクタクタ。

 それでもまだついていけたのは、この身が半分は人間ではないからか。

 ケラケラ笑いながらオレを引きずりまわす悪魔は今日の夜には帰る。

 ぐったりしながらソファーに体を沈ませていると、それを叩き起こすようにインターホンが鳴った。

 横でテレビを見ている輩をしり目に出てみると、小さな画面に鮮やかに映る光景。


『ヒビキくーん!』


 元気な声は、隣に住んでいる二つ下の女の子。肩下まで伸びた髪を高い位置で二つに結んでいる。

 この子がこれまた可愛いんだ。オレのあとをちょこまか着いてきてはオレの真似をしたがる。

 危ないから距離を置こうとするんだけど、そうするとまー泣く。泣く。


「ヒビキくんおいてかないでぇえええ!!!」


 泣き顔も可愛いんだ。とにかく可愛い。妹がいたらこんな感じなんだろうなあと、いつもべったべたな関係になっている。家も隣で近いしな。

 そういえば、従兄弟が来る前に法事で一週間くらい家を空けてたんだっけ。

 オレが玄関に出る前に、母が中にいれたらしい。パコパコとせわしない音が響いて、勢いよく居間のドアが開いた。


「ヒビキくーん!」


 そしてそのままマドカは一目散にソファーに飛び込んだ。

 いつもならそこはオレの定位置である。ある、が。

 いまそこにいるのは―――


「……ナニコレ」


 避けなかったのか、避けきれなかったのか。

 お偉い従兄弟サマの上にマドカが乗っていた。

 ナニコレってなんだナニコレって。


「まっ」


 逃げろ、払い落とされる!

 急いで伸ばそうとした手は、マドカの間の抜けた声に固まった。

 マドカは、まじまじと従兄弟の顔を見上げて満面の笑みを浮かべる。


「わあ、てんしさん!」


 キラキラとした視線を受けて、従兄弟はぴしりと固まっていた。

 そりゃそうだ。三日も一緒にいたけど、人間は従兄弟の顔を見たら惚けたように固まってしまう。

 そしてそのまま魂が抜けたようになって媚びへつらうのだ。こんな幼児相手に。理性などかなぐり捨てて。

 これは彼がもつトウトイ家系の中でも特に強く、先祖返りとまでいわれる無差別フェロモンのせいだ。古今東西、老若男女すべてにおいて効くらしい。まあ、夢魔だし。

 オレは半分その血が入っているので効果はないが、ごく稀にだが餌である人間にも効かない場合がある、らしい。

 例を出すならオレの父がそうである。母以外でもちっとも効かないそうだ。


 そしておそらく、マドカも特異体質(そう)であったようで。


 すごく嬉しそうに従兄弟とオレの顔を交互に見やるマドカにどう反応を返してよいかわからず、無駄に時間ばかりが過ぎていく。


「……へえ」


 オレより先に拘束を解かれたらしい従兄弟は、改めてマドカを抱きかかえて目を合わせた。

 そして、大人さえも惑わす笑みを浮かべる。


「こんにちは?」


「おおお、てんしさん! てんしさん! こんにちは!」


 手足をバタバタとさせて喜ぶマドカ。

 いや、悪魔だ。本当に悪魔だから。逆だから。

 しかし、マドカは本当に耐性があるらしい。

 目はとろんとならずにいまだに元気がよすぎるくらいにキラキラと輝いている。


「……お名前、なんて言うのかな?」


「んとね、まーちゃん!」


「そっかー、まーちゃんかー」


 ふにふにと、マドカのやわらかな頬をつまんでは伸ばして遊んでいた従兄弟は不意に無表情になってなにやらブツブツ言い出した。

 さすがにその光景は異様だったようで、マドカも不安げにこちらをチラチラと見てくる。

 というより、いつまでひざに乗せとく気だ。

 こっちに来い、と腕を出すとマドカもひざから降りようと従兄弟に背を向けた。


 が、そのまま従兄弟に抱え込むように羽交い締めされた。かなり強めに。


「ん、にゃああああ!!」


「マドカー!?」


「逃がさないよ? ようやく……ようやく見つけたんだから」


 そう、言うと。

 髪を上げて無防備だったその首に。

 おもいっきり、従兄弟は噛みついた。


「―――――!?」


「まっ」


 マドカはまん丸に目を見開いて、口から声にならない叫びをあげてくたりと力をなくしてしまった。

 そのまま崩れ落ちたマドカを抱きしめた従兄弟につかみかかる。


「おまえっマドカになにやった!」


 奪い返そうとしたが、きつくきつく抱きしめた従兄弟から氷点下の冷たい視線を食らい、動けなくなった。


「マーキングだよ」


「マーキングって」


 犬とか猫とかの、あれだろ。ここはオレの縄張りだっていう。


夢魔(うち)はさ、基本的に性に奔放だけどこれはって時があるの。いわゆる運命の相手を見つけた時。だーれにもとられないように、いつだってどこにいてもわかるように印をつける。ほら、見て」


 マドカの首もとを体勢を変えて見せてくる。

 その、首には小さな花の、つぼみのようなアザが―――


「残念。つぼみだとさ、夢魔の力を受け入れるのは無理。魔界には連れていけないなあ。しばらくは近くにいて慣れさせないと。ボクの力を受け入れさせる準備をしないとね」


 くすくすと、従兄弟が、シズカが笑う。



 それが、オレの悪夢のはじまりであった―――



 ただし、物事とは予定通りには動かない。


 魔界の、夢魔の王子様であるシズカの誤算。

 それはマーキングの副作用だった。







 マーキングされてからのマドカは人によく注目されるようになった。

 というより、以前よりさらに可愛くなった。元から可愛かったのだが、それに輪をかけて可愛くなった。

 そうだろう、マドカは可愛いだろうと自慢が出来たのはそこ数日だけだった。

 変質者に追い回されたマドカを助けた時に、相手の目が、とろんとした目になっているのに気づいたからだ。


「どういうことだ!?」


「………もしかしたらボクのものになったことで、ボク自身の力がマドカにじみ出て元々理性の弱い人間があてられているのかも」



 夢魔の無差別フェロモンが、マドカに移った。






 すでに暗示でマドカの兄として常に側にいたシズカと当然のように巻き込まれたオレは、どうにかこうにかマドカに気づかれないように熱烈な変質者やストーカーを追い払っていたのだが。


 ある日、シズカはこうのたまった。


「女装するわ」


「はあ!?」


 いったいなにがどうしてそうなった。

 しかし本人は至極大真面目だった。


「こうなったらボクが表立ってバカを引き寄せる。男より女になってたほうが、ボクに男が寄ってくるだろ。マドカに異性が近寄りにくいし」


「それは、そうだろうが…」


 そこまでするか?

 恥ずかしくないのか?


「恥でなにもしなくて婚約者奪われたほうが恥」


 はっと鼻で笑ったシズカはオレを冷めた目で見てきた。


「働け、下僕」


 誰が下僕だ。







 少しずつ、少しずつほころんでくるマドカの首もとの花のアザ。

 本人は気づいていないところを見ると、夢魔にしか見えないのかもしれない。

 夏になり、薄着になり、ちらりと見える度に心臓がはね上がる。


「来年には咲くかなあー」


 マドカが中学最後の学年になり、秋口にちらりと見えたアザはほぼ満開になっていた。

 毎朝、誰かに聞かれないようにシズカの寝室でマドカの身辺の情報交換をしていた際、シズカが嬉しそうに言った。


「うん、そうしよう。来年の、ボクとマドカの、同じ誕生日の日に食べちゃおう」


「食べっ」


 それはカニバリズムとか、そういう意味ではなく。あれ、だよな。あああああああ。


「半夢魔なんだからわかるでしょ。せ」


「口にだして言うなぁああああ!!!」


 オレにとってマドカは聖域(きよらか)なの。汚されちゃいけないものなの。

 可愛い、可愛い、オレの妹なんだよおおお!


 頭を抱えるオレに、美少女の格好をしたシズカが言う。


「そういうことだから、ねえ、ヒビキ」


 シズカから、冷たい冷たい視線が突き刺さる。


「邪魔だてしたら、ただではすませないよ?」







 言われたが。

 そう言われたが。

 なんの心の準備もしていないマドカに実は姉じゃなくて狼だったよウフフとかされたら心が、心が痛い。頭も痛いし心臓もすでに痛い。

 いや、もう暗示はどれだけかけているのやら。

 マドカの両親はもちろん、友人、教師にエトセトラ。いまさらだとも思うが。

 実は、マドカが鳩、ではなく文学少年と呼んでいるらしいあいつは何度も記憶を消されている。

 シズカの攻防をすり抜けて、どうにかしてマドカと接触してしまうのだ。元よりストーカー気質を持っているらしい。

 あと、クラスメイトの男子。生徒会長にサッカー部の後輩。教師はただの犯罪枠。

 シズカのフェロモンよりもマドカの魅力に気づいてしまったが最後、お先は真っ暗さようならである。

 それでも、しつこく関わってくるのだからすごい。



 マドカの、そしてシズカの十六の誕生日。

 シズカの犯行予告日。

 暗澹たる気持ちで人気のない校舎の裏でぼっちごはんを食べていたオレは、空間をねじ曲げていきなり目の前に現れたシズカと抱きかかえられているマドカを見て飲んでいたお茶でむせた。

 むせながらも何事だと立ち上がると、いつになく焦っているシズカを見やる。


「マドカが、息してないっ」


「ちょ、落ち着け! どうしてそんなことに」


「メスブタ共に連れていかれたって聞いたから急いで向かって…」


 もはやその抱きしめは骨が折れそうなほど。それ以上はやめろと言おうとしたとき。

 マドカが、びくりと震えた。


「うっげほっ」


 トン、トトトン。


 マドカの口から、丸い玉が転がっていく。


「………」


「………」


 白雪姫かおまえは。


 オレと、マドカを横抱きにしたままのシズカは「はぁあああ」とそのまま地面に崩れ落ちた。

 一応、脈と息を確認したが「鳩が…鳩が」と寝言をむにゃむにゃと言えるだけの体力はあるようだった。なにがあったんだ。

 シズカが、顔を伏せて低く低く言った。


「ヒビキ、もうダメ。ボク、堪えられない。もしこれで本当にマドカ死んでたら、まわりの人間巻き込めるだけ巻き込んで死んでやるところだよ」


「お、おまえな…」


 これは冗談ではないのだろう。いつもへらへらと笑っているのに無表情だ。

 人形のような顔が、ぼそりぼそりと言を紡ぐ。


「本当はさ、両親にきちんと挨拶させたかったし、学校行ってるなら卒業させてあげようって思ってた。思ってたけどちょっと目を離したらこれだもん。もうダメ……閉じこめる」


 ぐにゃりと、シズカの周囲の空間が歪んだ。








「ここどこ、あなただれ、ワタシはなに!?」


 妹分は、今日も元気にバカだった。


 ここは魔界だ。

 オレだってはじめて来たよ。来たけどいきなりこれはないだろう。

 心の準備するどころか逃げ場なしってどうなんだ。

 シズカが周囲待望の花嫁を連れて帰省したことで、王城のメイドたちがそれはもう色めきだって支度をはじめた。

 服の寸法やらなにやらこれやら。

 寝ている間に風呂で隅々まで洗われていると知ったら、マドカはどう思うのだろう。

 扇情的な薄くてひらひらとしたドレスは首もとが大きく開いていた。

 はっきりとわかる、大輪の花のアザ。

 このままだと、確実に喰われてしまう。


 せめて、せめて時間稼ぎを。


 回らない頭をどうにか動かしどこからか引っ張り出してきたのはメイド服。こんなひらひらした服で廊下に出るのはさすがにやめといたほうがいいと判断したからだ。

 王城の見取り図は、メイドたちから聞いてそれなりの場所の目星をつけて。隠れられそうなところをマドカに教えた。


 一日、一日でいいから猶予期限をあげてやってくれシズカ!








「邪魔だてはしないで、て言ったよね…ヒビキ?」


 翌日、キラキラとした笑みを浮かべながら近づいてきたシズカはそう言った。


「邪魔になってなかったんだろうがあああ!!」


 そう。メイドから教えられた道は逆にシズカの部屋に転移できる場所に繋がるもので。


「ウチのメイドがそんなこと教えるわけないじゃん、つめが甘いなあ」


 よくよく考えたら、そうだ。そうだった。あれだけ嬉々と用意していたのだからシズカの身内なのだから。信じたオレがバカだった。


「いつもならもう腹がたって腹がたってしかたがないから、半死半生の目に合わせるか性転換するかどっちがいいか聞きたいところなんだけど」


「どっちも御免だ!」


「最後まで聞きなって。でもマドカがさあ、ヒビキくんにひどいことしないでって言うからさあ」


「マドカ………!」


 優しい娘に育って…!


「最後まで、聞きなよ、ね?」


 真っ赤な絨毯の上に両手両足どちらも縛られて押しつけられているオレの元へ、ゆっくりとゆっくりとシズカが近づいてくる。


「ヒビキを盾にあんなこともこんなこともさせちゃった手前、肉体的にはひどいことしたらマドカにバレるしー」


 なにやった。


 なにやった!


「だから、見えないところに手を下す」


 うつ向きに転がされていたのを、シズカがブーツの先でぐるりと蹴って仰向きに返した。

 奴の顔は、にまりと笑んだままだった。


「マドカにかけたやつとはまた別なんだけど。ボクのやる同じマーキングなら、同効果になるよね?」


 シズカの手が、オレの首にたどり着き―――爪をたてた。


「いっ」


「ボクへの絶対隷従。そして同性のみにフェロモンを振り撒くように改良ー。がんばー」








「は?」


 いま、なんつった。


「マドカ、高校だけは卒業したいっていうから人間界に戻るんだ。もちろんヒビキも連れて帰るよ?」


 それは、よかった。

 オレも高校だけは卒業しておきたい。





 いやいやまて。

 それより聞きたいことがある。


「さっき言ってた、フェロモンってなんだ…」


「ああ、それ。イイコト思いついたんだよねー」


 聞きたい。

 いや聞きたくない。


「いままではさ、女に化けて男を引き寄せてたけど能率が悪いことに気づいたんだ。それよりもっと強烈に引き寄せられないかなーって」



 ねえ、ヒビキくん。


 マドカのこと、大事だよねえ?









「男にモテモテ、がんばってね?」





 夢魔は、悪魔はそう言って美しく笑ったのだった。




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