第4話『土三寒六の弾丸と、忍び寄る影』後編
「いやぁ、こむぎちゃん。やっぱりここのうどんは美味いねぇ!」
私は護さんに連れられて、牟礼町の八栗駅の近く、住宅街の一角にある『おうどん天晴れ』の暖簾をくぐっていた。
昨夜の死闘が嘘のように、護さんは幸せそうな顔で丼を抱えている。
「ちょっと護さん、何を呑気に考えてるんですか! 昨日『最強の武器を手に入れる』って大真面目に言ってたじゃないですか。何で普通にうどん食べてるんですか!」
「まぁまぁ、こむぎちゃんも怒らんと食ってみな。飛ぶぞ」
「まぁ……いただきますけど。……えっ?」
箸で掴んだ麺を一口すすった瞬間、私の脳内に電撃のような衝撃が走った。
何、この新食感。表面はとってもツルツルなのに、噛み締めた瞬間に圧倒的なモチモチ感が弾ける。まるで極上のうどんスイーツを食べているかのような、奇跡の喉ごしだった。
「お、美味しすぎます~っ!!」
「そうやろ、こむぎちゃん。この『天晴れ』の麺はな、他では絶対に味わえない唯一無二の『つるもち麺』が特徴や。これぞ、今夜の戦いを制する最強の武器になる。よし、十玉持ち帰りや!」
「分かりました! じゃあ事務所に戻ったら、早速カチコチに冷凍しておきますね」
「いや、冷凍やない。今夜はこの生麺のまま行くで」
湯気の中で、護さんが不敵に、そして怪しくニヤリと笑った。
◇◇◇
そして再び私たちは、ライトを消した軽トラの中で、あの不気味な中村トンネルの前にいた。
手元にあるのは、護さんの指示で事前に仕込んだ「うどん」だ。
「護さん、一体何を考えてるんだろう……。茹でたてのうどんを、全部三センチ幅に細かくブツ切りにしておけだなんて。しかも、この尋常じゃない数……」
不安に駆られる私を置いて、護さんは一人で暗闇のトンネルへと突入していった。
数分後、洞窟の奥からジトジトとした怪異の気配と、護さんの鋭い合図が響く。
「よし、出たで! こむぎちゃん、用意した奴をこっちに!」
「わ、分かりました!」
私はブツ切りの生うどんが大量に詰まった大きなビニール袋を、トンネルの奥へと投げ渡した。護さんはそれを空中で受け取るやいなや、袋の中にガバッと手を入れ、うどんの破片を豪快に鷲掴みにした。
「怪異祓い麺場家たるもの、同じ手は二度も喰らわんで! これでも喰らえ、オラァッ!」
護さんはその刻んだうどんを、壁からウジャウジャと湧き出る無数の黒い手に向けて思い切り投げつけた。
パーンッ! と、生のうどんを打ち付けた音が、トンネル内に響く。
「あれ……? 確かに当たった手は一瞬怯んでいるみたいだけど、あんまり効いてないんじゃ……?」
「こむぎちゃん、よーく見とくんやで。真のコシってのは、ここからや!」
護さんは生うどんを両手で掴んでは投げ、掴んでは投げ、マシンガンのように乱射し始めた。
すると、トンネルの中で信じられない光景が始まった。
「……あ、あれは!?」
思わず私は大声を上げた。
護さんが投げた三センチのうどん片は、怪異の手に当たった後、消滅するどころか凄まじい勢いで「跳ね返り」、対面の岩肌に衝突し、さらにそこから別の手へと向かって超高速で跳ね返っていったのだ。
トンネルの狭い空間を、何千、何万という白い弾丸が縦横無尽に飛び交う。
「……まさか、跳弾!?」
「おぉ、よう気づいたな、こむぎちゃん! これが『天晴れ』のつるもち麺だからこそできる、我が一族最強の広範囲殲滅兵器――『天晴れ流・つるもち麺跳弾』や! 一匹たりとも逃さんで。まんでがん(残らず全部)除霊したるわ!!」
護さんの言葉通り、弾性の限界を超えたうどん弾は、ゴムボールのように壁や手を跳ね返りながら、全方位から怪異の手を正確にハチの巣にしていった。
悲鳴を上げて次々と消滅していく黒い腕。
乱れ飛ぶ白い残像の中、護さんは静かに目を閉じ、指先で空中を十字に切り裂いた。その姿は、どこか厳かなオーラを纏っている。
「土・三・寒・六・常・五・杯」
一歩を踏み出し、さらに空間を突く。
「一・練・二・踏・三・鍛!!」
護さんが最後の呪文を紡ぎ終えた瞬間、空間を埋め尽くしていた跳弾が一斉に光を放ち、残っていた無数の怪異の手を根こそぎ消し去った。
後に残ったのは、静寂を取り戻した手掘りのトンネルだけだった。
「あの、護さん……。何ですか、今の陰陽師みたいな格好いい呪文は……」
「……ふっ、これは麺場家に代々伝わる、最高位の除霊術式や……」
「いや、前半はうどんの塩水比率で、後半はうどんの打ち方の基本ですよね? 絶対違いますよね?」
「こむぎちゃん……と、とりあえず……よ、よかったぁ……」
私のツッコミが終わるが早いか、護さんは緊張の糸が切れたように、ガクリと地面に膝をついた。
「護さん!? どうしたんですか、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る私。まさか、強大な蕎麦の呪いを受けてしまった――!?
ぐぅぅぅ~~~~。
静かなトンネルに、信じられないほど大きな腹の虫が鳴り響いた。
「……こむぎちゃん。うどんが跳ねるん見よったらめちゃくちゃ腹減った~」
「もう、護さんったら。心配して損しましたよ!」
呆れる私をよそに、護さんはよろよろと立ち上がり、嬉しそうに軽トラへと歩いていった。




